第9章 光と闇の戦記

2025年4月24日

4.失恋間際の隊長コマンダー

( ナム君、すごい・・・。)

モカは半ば呆然と、ナムとフラットの攻防を眺めていた。
さっきまでの重苦しい空気が まるで嘘のようだった。必死で逃げようとするフラットに 押し留めようとしがみつく ナム 、その様子を面白がって囃し立てる 弟妹達 。
目の前の光景に既視感を覚えた。エベルナ統括基地での修羅場、リーベンゾル・タークが来襲してきた時である。

「よっしゃ!やることは決まったな!
モカは絶対、渡さない。エメルヒにも、リーベンゾル・タークにもだ!」

そう言って、ナムはごく自然に指揮を執った。
あの時も暗い空気が一変した。タークが襲撃してきた目的、それを聞いて戦く仲間達の顔には 場違いな事に笑顔が浮かんだ。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発作に襲われたモカでさえ笑ってしまったほどである。型破りで強引だったが、彼が「やる」と決めた事には 結局みんなが従い、逃げ腰だったスレヴィとマイペースなマルギー、ニヒルで反抗的なA・Jでさえ協力し合ってあの難局を乗り切った。
ナムが動けば状況が変る。行き詰まり窮地に陥ったとしても、事態は一気に急変し、良くも悪くも進展する。

( それだけでもすごいのに、局長の思惑までわかっちゃったなんて・・・!)

モカは 局長・リュイ に言われた ある言葉 を思い出していた。

---☆★☆---☆★☆---☆★☆---

「今回のミッションは 5Aファイブエー だ。」

リュイはモカを局長室に呼びつけ言った。
火星を発ち、ティリッヒへ向かう直前である。副官・マックスには2Aツーエーだと告げたはず。モカは意味がわからず困惑した。

「ミッション始動時は2Aで通せ。何事もなければそのレベルの内容だが、『メビウス』がティリッヒに寄港する以上、必ず何か問題が起きる。
判断は任せる。状況を見て5Aファイブエーに上げろ。
その時 カルメンが使えねぇなら、リグナムを立てろ!」

「 ナム君を ?! 」
驚きの余り声が出た。
いつものようにソファに座り、テーブルに足をドッカリ投げだし本を読みながらコーヒーを飲む。傍若無人極まる態度のリュイを眺め、モカはさらに戸惑った。

MCミッションコードの一桁目はそのミッションの危険度・重要度を現す。ファイブは最も危険で厄介レベル。完遂困難である事を示している。
それこそ 傭兵部隊 が 戦場 に赴く装備で身を固め、常に臨戦態勢で挑むミッションである。指揮もカルメン・ビオラでは執れない。リュイ自らが采配を振る。
まだ見習い諜報員のナムには荷が重過ぎる。モカはそう思っていた。
しかし。
リュイの考えは違っていた。
彼は読んでいた本から顔を上げ、口元を歪めて 笑った のだ。

リグナムあれには人を特性を見抜き動かす小賢しい 才気 がある。完遂困難なミッションで ヤツがどう動くかが見たい。
サマンサを付けてやる。アイツなら余計な邪魔はしない、特殊公安局のクズ共にも問題なく対処返り討ちできる。
お前は黙ってリグナムあれに従え! ヤツは人の手駒になるようなタマじゃない。選りすぐった奴らで構成された部隊で指揮を執る 隊長コマンダー だ!」

常に無愛想・仏頂面のリュイが 笑う事など滅多に無い。
モカは信じられない思いだった。

---☆★☆---☆★☆---☆★☆---

( 選りすぐった人ばかりの部隊の 隊長コマンダー ・・・。)

改めて ナム を観察する。
フラットとの激しい攻防はどうやら決着が付いた模様。グッタリとソファに座るフラットを新人ルーキー達が介抱している。
ナムも 隣のソファでへたり込んでいる。
ロディが客室備え付けの冷蔵庫から出した水のボトルを出してきた。受取るなり開けて飲み干し、一息ついてニヤリと笑う。
「イケるぜオッサン! そんだけ体力あるんだったら、少々キツい修羅場でも 持ち堪えられる。
頼りにしてるぜ、ヨロシクな♪」
「・・・成功報酬3割増しだ!」
「OK OK♪ 払う俺じゃないからね。
・・・って、俺! そーいや懲罰喰らっちまって このミッション無給だった!
マジか!? 畜生ぉ、必要経費に俺の給料上乗せして請求してやるっっっ!!!」
「そんな請求 通るわけないじゃないッスか。すぐそこでウチの部隊の 経理担当者 が見てンのに。」
フラットにも水のボトルを差し出しながら、ロディが呆れた様に呟く。
「 あ、そっか。」といった面持ちの ナムがモカの方を見た。

( ・・・!)

咄嗟に 目を反らしてしまった。
後悔したがどうしようもない。モカは俯き唇を噛んだ。

「・・・ま、まぁ、俺の給料はどーでもいいや。うん。」
ナムがソファから立ち上がり、空になったボトルをゴミ箱に投げた。
ボトルはゴミ箱の縁に乾いた音を立てて当たり、明後日の方向へ飛んで行った。それをロディが無言で拾い、改めてゴミ箱に放り込む。
「そんじゃ、爆弾テロ阻止作戦、開始ッスね。
『ロゲヴィア』の情報集めて、アジト突き止めて・・・それからどーするンッスか?」
「 考えがある。テロ阻止した その後 の事も な。」
陽気な声が痛々しい。無駄に明るく振る舞うナムは 少々虚ろな目をしていた。

「成功報酬Getしなきゃ ミッション・コンプリート にはならないんだ。
5Aファイブエーを完遂させるにゃ、依頼人とエメルヒの野郎を納得させるモンを得る必要がある。上 等 だ! こうなったらとことん楽しもうぜ!
明日の改革政党デモ集会、仕組んだヤツらが目ぇ剥くような ド派手な 祭り にしてやンよ!!!」

(・・・ゴメン、ナム君。でも、私・・・。)

モカはキャスケットを被り直して目を伏せた。

---☆★☆---☆★☆---☆★☆---

ティリッヒは 地球と火星間 の軌道を回る 人工惑星型コロニー である。
本物の太陽とは別に、模擬太陽衛星 をコロニー周回させて充分な光を確保している。だからこの国の空には時として、二つの太陽が同時に輝く。それが黄昏時にもなると、運河が流れる美しい街が幻想的な雰囲気となり 美しい夕暮れの風景を楽しめる。

「モカさん、思いっきり目ぇ背けてたね。」
「なぁなぁ、ぶっちゃけ 脈 無いんじゃね?」
「止めなさいよアンタ達! フ ラ れ そ う な人に追い打ち掛けるだなんて!」

「・・・お前ら、それ追っかけ来てまで言う事?」
ネオミッツホテルからほど近い 運河の岸辺。
悠々とした流れを臨むベンチに座り、見る影も無く凹み落ち込むナムがどんより黄昏れている。
それにまとわりついている新人ルーキー達は喜色満面。ここぞとばかりに辛辣な言葉を投げ掛け弄り回す。
もちろん面白半分なのだが、多少は心配しているらしい。

「俺はちゃんとこいつらに注意したんッスよ。生暖か〜く見守るようにって。」
「『生』はいらねぇだろ『生』は!」
「そうか、あの娘がフラれた相手か。何というか、まぁ、元気出せ。」
「フラれてねぇよ!何だよフラットさんまで!」

ロディとフラットまで一緒だった。
本当に『生』暖かい目で苦笑している。それが無性に腹が立つ。
その時。
妙に陽気な声が掛かり、フラットの『生』温かい笑顔がビキッと突然凍り付いた!

「あら、楽しそうね。
こんなトコロで 失恋者 の つるし上げ ?」

サマンサである。
両手に紙袋をぶら下げ 上機嫌で川岸を歩いてくる。口元に浮かべる微笑は美しく、いかにも彼女らしいドS丸出しの 冷笑 だった。
「サム姐さん。どこ行ってたンッスか?」
「服買いに行ってたのよ。人の服だと動きにくくって・・・。
あら、こちらの方は? どこかでお見かけした覚えがあるんだけど?」
サマンサがフラットに気が付いた。
いささかわざとらしい口調だった。おそらくちゃんとわかっている。フラットがマッシモの下水道で 一戦交えた相手だと。

「イイエ、マッタクノ、ショタイメンデス・・・。(棒読み)」

鋼鉄の処女アイアン・メイデンが相手では 強面のフラットもいたいけな子ネズミ。ぎこちなく答える彼の顔は、真っ青な上に汗だくだった。

あーもーーーっっっ!
アレもコレもソレもドレも 冷血暴君 の所為だ!
見ていやがれあの野郎ぉ!このミッション、絶っっっ対 コンプリート してやる!
どんな汚い手ぇ使ってでも 俺らコケにしやがった連中 全員叩き潰したるぁぁぁーーーっっっ!!!」

「まぁ、楽しそう♡」

拳を握りしめて叫ぶナムに、サマンサが妖艶に微笑する。
かくして、MCミッションコード5Aファイブエーは始動した。
・・・始動してしまったのである。

→ 5.2人仲良く地獄へGo Way! へ

→ 目次 へ