第9章 光と闇の戦記
5.2人仲良く地獄へGo Way!
国議会議事堂前の大通りには、大小様々な横断幕がビラビラと風にはためいていた。
書かれた文言がなかなか過激で、「脱・地球連邦!」だの「保守政党に今こそNO!」だのは可愛い方。「サトラー首相は売国奴!」「保守派害虫・駆除必須!」「地球連邦◯△▢☓(←放送禁止用語)!」といった、えげつない横断幕が掲げられる中、たくさんの人々がデモの会場へと向かっている。
2つの太陽が輝くティリッヒの空に盛大に花火が打ち上げられた。改革政党議員が主催する 地球連邦脱退推進デモ集会 の開催である。
議事堂前公園に備え付けられた特設ステージには身動きが取れないほど人々が押し寄せ、過激に嫌みを効かせたプラカードを振り回して盛り上がっている。
一方、公園周辺ではティリッヒ国軍が警備に当たり、機関砲完備の装甲車まで配置する警戒ぶりを見せている。それをさらに取り巻くように報道記者達がカメラを回し、物々しいこの状況を太陽系中に放送する。
「こんな大騒ぎが3日も続くのかよ。
ヒマな奴らが多いな〜。ちゃんと働いてんのかこの国の人間は?」
無許可で昇った議事堂屋上で、スコープを覗く ナム が呟く。
集まってきた国民はざっと数えて10万人強。「宇宙空港開港350周年記念式典」が開催される明日には、さらに人が集まるはず。
さぞや盛大なデモ集会になっただろう。このまま何も起こらなければ。
『ナムさん、こっちはOKッス!』
芋虫のバングルから準備完了を告げるロディの声が聞こえてきた。
これからやろうとする事への躊躇いが大きい、どこか不安気なモカの声も。
『あの、ホントに、・・・やるの?』
「会場がこんだけ盛り上がってんだ。こっちも楽しくやっちまおーぜ!
よし、主役が出てきたぞ! 総員、打ち合わせどおりによろしく!♪」
スコープ・レンズの向こうでは、熱気溢れて大盛りあがりの特設ステージに「本日の主役」達が登場していた。
改革政党の有力議員・ ラミレス と オルバーン である。
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「ティリッヒは地球連邦の傀儡はないっ!
500年前の宇宙開拓時代、我らの祖先は幾多の困難を乗り超え国を建てた。彼らは今嘆いている。懸命に育んだ美しい自然、それががもたらす豊かな恵みを 地球連邦にただ一方的に搾取されているのが我が国の現状です!あまりにも理不尽ではないでしょーかっ!!!」
「宇宙空港の問題も然り!あれだけの空港を維持・管理しているのはティリッヒの国家予算だとゆーのに、その利益の大部分は地球連邦に吸い上げられている!
おかしいじゃありませんかっ!国民の皆さん、今こそ立ち上がるべきなのですっ!!!」
握りしめたマイクに向かい、どこかの国の選挙演説のような文句を喚く2人の議員に、割れんばかりの拍手が起こる。
議事堂前公園からかなり放れた 建設中のビルの上にも、熱狂的な大歓声が空気を震わせ伝わってくる。
「うわぁすごい!地球連邦離脱に賛成する人ってこんなにいるんだ!」
スコープでデモ集会の様子を覗うフェイは、目を見張って小さく叫んだ。
そこ傍らではフラットが、まだガラスがはまっていない窓から改造ライフルを構えていた。
「政治家の質は 保守 も 改革 も大きな差はない。だが この国は マッシモ のようにバカじゃないようだ。地球連邦の鬼畜共の偽装に惑わされず 真実 を認識している。・・・ 風 はまだか?」
「うん、まだちょっと弱い。でもあれだけ人が集まってるともうすぐ強いのが吹くはずだよ!」
窓の外に掲げた 小型風速計 に目を向ける。
ティリッヒのようなコロニー内では自然に風は起こらない。要所要所で空気中の酸素濃度を測定し、人工的に風を起こして空気を循環させるている。
10万人もの人が集まれば酸素濃度が猛烈に下がる。必要な酸素を送り込むために強めの風が吹くはずである。
フラットはそれを待っているのだ。長距離射撃である。ライフル付きのスコープを覗く彼の顔つきは真剣だった。
「地球連邦の偽装に惑わされず、って・・・。
この国でも 地球連邦政府軍 が何か隠蔽してるの? その、マッシモみたいに?」
昨夜、フラットの故郷・マッシモで起こった凄惨な事件わモカから教えてもらったフェイは、恐る恐る聞いてみた。
大戦中、地球連邦政府軍が無国籍の傭兵達を騙して「盾」にした凶行「ビーナスフォース」。それを自軍の美談に仕立て上げ、真実を知る反政府組織の者達を無惨に抹殺、不当に断罪した「マッシモ動乱」。
フラットの父と兄が犠牲になっている。それを恨み、復讐を誓って彼は「大戦」を生き抜いてきた。
フェイや他の新人達が火星に来る前、マッシモでのミッションでナム達と出会い、復讐は辞めたと聞いてはいるが・・・。
「聞いてないか?『ティリッヒの悲劇』と言われる事件だ。」
口を歪めて小さく笑い、フラットはポツリと呟いた。
( ティリッヒの悲劇 ?)
ミッションがまだ2Aだった時、ティリッヒに到着してすぐモカから教えてもらった。
確かに「悲劇」だった。「大戦」最中のティリッヒで起きた痛ましい事件で、多くの人が命を落とし、その殆どが民間人だったという。
(でも、戦争中は似たような事件や事故があっちこっちで起ってた。他の事件とはなにか違うのかな?)
フェイは首を傾げた。
「 風 が来たぞ! 」
鋭く叫ぶフラットの声に、慌てて風速計を見た。
充分な風力である。親指を立ててフェイも叫ぶ。
「OK! イケるよ!」
フラットの表情が引き締まる。
狙うは、特設ステージで演説する議員2人の背後に掲げられた 横 断 幕 。
『今こそ改革を!我らの美しいティリッヒを取り戻せ!』
極彩色でそう書かれた横幅約30m程もある巨大な幕は、風をはらんで大きく反り返り、はち切れんばかりに膨らんでいた。
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パァン! パァン!
10万人の歓声にも負けず 大きく銃声が鳴り響いたのは 改造ライフルに取付けられた小型マイクの仕業だった。
特設ステージの両サイドにある2つの巨大なスピーカー。そこから聞こえた狙撃の音は、広い会場隅々にまで余す所なく轟いた!
もちろん、事前に小細工しておいた結果である。映像・音響装置をシステムごと乗っ取り 、バックヤードのモカがPCで操作し流したのだ。
会場のあちこちで悲鳴が上がる。騒然となる人々の前で、ステージ上の議員2人に横断幕が落ちてきた。
上部2か所でつなぎ止めていたロープをフラットに撃ち抜かれ、風に煽られた横断幕が照明用機具を取付けた梁に引っかかる形で裏返り、ステージ上の議員達に見事に被さったのだ。
「ひぃぃ!なんだなんだ!?」
「銃声が聞こえたぞ?!何が起こった!?」
喚く議員達の声とは別に、別の声が聞こえてきた。
これもバックヤードのモカの仕業。
ステージいっぱいに裏返り、白面を見せる横断幕の即席スクリーンに MC:2Aの諜報結果が映し出された!
『だいたい無国籍者の奴らなど碌なヤツがいるわけない。
そんな連中のために使う金は1エンもない。まだ市内をうろつく野良猫駆除に使った方が有意義ってモンだ。まぁこれも、動物愛護がどーたらとうるさいバカ共がいるんだがね。やれやれ うっとおしい。
とにかく金は見栄えのいい方へ使うに限るよ。サトラーのアバズレが失脚したらすぐ首相になる準備をせねばならん。せいぜい環境整備とか公共施設の充実化とかに使ってとくさ。
この程度でティリッヒの国民は素直に喜ぶ。だからやり易くて助かるよ。愚直も美徳とはよく言ったものだ・・・。』
『もしもし?マイ・ハニー♡
この間は楽しかったね。まったく、あんなヒワイな落とし技、どこで覚えてきたんだい?(ピー)を(ピピー)して(ピーピーピー)するなんて♡
しかも(ピー)が(ピピピったらピー)になって(ピッピキピーーー)しちゃうとか、天国までGo Wayしちゃったじゃないか♡
あぁ、キミが成人するまでは2人の関係はヒ・ミ・ツ♡だよ? ボクはもうじき首相になる。スキャンダルはマズいんだ。いい子で辛抱してくれたら服でも指輪でも何でも買ってあ・げ・る♡
だからさぁ、今夜また、この間のホテルでボクを天国に連れてってくれない?♡♡♡』
※ 自粛音の「ピー」はもちろん放送禁止用語。※
高級レストランで謎の黒ジャケットの男に語るオルバーンと、妻に隠れて自宅のトイレで浮気相手に電話するラミレス。
その浅ましさを目の当たりにして、デモ集会に集まった人々はしばしの間沈黙した。
しかし、その約数秒後。
怒号轟き物乱れ飛び、拳振り上げいきり立つ人々が特設ステージに殺到する。
デモ集会の会場は、まさに 地獄の釜 を開けたかのような凄まじい有様に一変した!
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当然、警備に当たっていたティリッヒ軍兵士達も騒然となった。
会場内の人々は激怒のあまり暴徒化しつつある。それを何とか鎮圧しようと公園内へとなだれ込む。
しかし、なぜかあちこちに掲げられているデモ用横断幕が一斉に兵士達の頭上に降ってきた。視界を奪われ身動き取れず、兵士達は混乱した!
フラットの仕業である。今度は消音器を取付けたライフルで、横断幕を支えるワイヤーや軸を打ち抜いたのだ。
「何をしている!何が起こっているんだ!?」
警備を担う小隊の隊長が無線マイクに絶叫する。
そのすぐ横を子供が1人、すばしっこく駆け抜けて行った。
うきょきょきょきょきょきょきょーーーーーーー!!!
隊長のズボンの尻に くっつけられた般若が笑う!
黄土色の不気味な煙幕が辺り一面を濃厚に覆い、カレーの香り立ち込めた!
「なんじゃこりゃああぁぁぁ??!」
ティリッヒ軍警備小隊は阿鼻叫喚に陥った!
「どーだ俺の腕前は!貧民街にいた時からスリは得意だったんだぞ!」
コンポンがドヤ顔で胸を張る。
「あの間抜け般若、気色悪ぃけどスゲェ威力だな!
なぁなぁロディさん、あーゆーの作るの、結構楽しんでんだろ?ナムさんに頼まれたからだけじゃなくってさっ♪」
『・・・。』
返事は無い。
腕時計型の通信機を通しての質問を、ロディは無言でスルーした。
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一方、大混乱に陥った集会会場。
横断幕の下敷きになり 大暴露を目の当たりにした オルバーン と ラミレス が脱出を図る。
「あんな鬼畜な発言かましといて首相になろうなんておこがましい!恥を知り給え!」
「未成年とやらかすエロオヤジに言われたくないわ!ふざけんなこのアホンダラ!」
互いに罵り合いながら、ステージ裏から這い出す2人。彼らの前に立ちはだかったのは、ツインテールの少女だった!
「アンタ達、サイテーよーーー!!!」
怒号を放つシンディが地を蹴り高く飛び上がる。
ゴスッ! ドコォン!!!
オルバーンの頭に踵を落とし、華麗に着地後ラミレスの股間に右ストレートを炸裂させた!
(私、人を殴るのが好きなんじゃないわ。
悪党を殴り飛ばすのが好きなだけよ!!!)
白目剥いて倒れる2人を見下ろし、肩で息してニンマリ笑う。
シンディはまた一つ、凶暴な方向へと進化した。
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義妹の勇姿をスコープで目視し、ナムは背筋を凍らせた。
狂戦士の爆誕である。手に負えなくなる前に対応策の検討が必要。右のこめかみに痛みを覚え、スコープを下ろして項垂れた。
『ナムさん! 警察隊が突入したッス!』
芋虫のバングルからロディが叫ぶ。ナムは右腕のバングルに口を寄せた。
「よし、情報どおりだな。どんな感じ?」
『場所はそこから北に5区画ほど放れた裏路地ッス。
ごくフツーの貧乏アパートがアジトになってたッスよ。ロゲヴィアのテロリストが15人、警察隊が40人って所ッス。今ドンパチやってる最中で 警察隊が当然優勢。すぐケリが付く感じッス。』
「大丈夫だと思うけど・・・カルメン姐さんは?」
『いないッス。浮浪者風のオッサンもいないッスね。』
通信機の向こうから ロディの安堵が伝わってきた。
爆弾テロ実行役・ロゲヴィアの情報を ティリッヒ警察に漏洩したのである。元々危険思考の武装集団、特殊公安局に利用されただけとはいえど 助けてやる義理などない。警察も喜んで話に乗った。とっ捕まるのは大いに結構、ティリッヒが少し平和になる。
一方、ビオラの情報では、カルメンの養父はセキュリティの厳しい宇宙空港に侵入できる 技 を持つという。
高度な諜報機器を入手できる後ろ盾を持っているのだ。それだけで組織の質がわかる。彼が属する集団は特殊公安局に騙され捨て駒になる三品なんかじゃあり得ない。
( 問題はそいつらが 何 考えてるか、だよなぁ。
宇宙空港の軍事用ブースに侵入するとか。 いったい何してやがったんだか。)
嫌な予感がする。
今、軍事用ブースに停泊しているのは 不沈艦・メビウス。
無関係では無いだろう。だとすると、カルメンの養父の目的は・・・。
ナムは頭の後ろを掻きむしった。
「仕方ないな。直接聞くのが一番手っ取り早い!」
『え、直接って、何ッスかそれ?』
ロディの質問を聞き流し、ナムは眼下のデモ集会会場を眺めてニンマリ笑う。
大混乱に陥っている。事態収拾は大変だろうが、これで明日以降のデモ集会が開催される事は無いだろう。
「よっしゃ! 後は鋼鉄の処女に任せてズラかるぞ! 総員撤収ー!♪ 」
起るはずだった爆弾テロ。その首尾を見届けるため、会場のどこかで特殊公安局部隊が状況を監視しているはず。
彼らの対応はサマンサに任せてある。
ここは 戦場 なんかじゃない。 いくらゲスで卑劣な連中が相手でも、命 を 奪 う ようなマネはしないだろう。
・・・ た ぶ ん 。
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ノースリーブのブラウスは 昨日ブティックで一目惚れして買った逸品。
一緒にカプリパンツも購入した。どちらも淡色系のスッキリしたデザイン。派手な色味は好きではない。サマンサは優しい色合いの服を好む。
「真っ赤になってないんだねぇ。サムちゃんともあろう者が し損じたのかい?」
議事堂前公園から一区画放れた 少々寂れた繁華街。
その裏路地から出るなり話しかけられ、サマンサは足を止め顔をしかめた。
わざわざ振り向いてやらないのは 勝手知ったる 仲間 だから。
もっとも、他人に「本当に仲間なのか?」と聞かれれば 即座に「No!」と答えるのだが。
「血まみれになってみせるのは『演出』よ。本来プロなら流血させずに獲物を仕留めるもの。それに今日はおろし立ての服を着てるの。汚すワケないでしょ?」
「・・・おっかないねぇ。」
「どうして貴方がここにいるのかしら?『別口』の仕事は?」
「終わったよ~、あっという間にね。
局長に言われてここに来たんだけど、助太刀不要みたいだねぇ。」
「当然でしょ?馬鹿にしないで!」
この男が相手だと どうしても口調が強くなる。こみ上げる怒りと苛立ちを堪え、サマンサはさらに語気を強めた。
「バックヤードの部屋番号、特殊公安局に教えたの あなた ね?!」
裏路地への入口建屋の壁にもたれて佇む 男 が、肩をすくめておどけて見せた。
「ありゃりゃ、バレちゃってんの?」
「そのフザけた話し方、やめなさい! 禿ネズミの片棒を担いだ以上、どうなるかわかってるでしょうね!?」
振り向いてやる気にどうしてもなれない。右手に握るアサシン・ナイフの 研ぎ澄まされた銀の刃で、男の姿を映し見る。
男は笑っていた。悪びれた様子は微塵もない。それがひたすら不快だった。
「悪いね サムちゃん。局長様の『ご命令』は キミのお手伝い だ。」
局長命令は絶対である。逆らう事は許されない。
サマンサはナイフを腰の鞘に戻した。
「・・・迷惑よ、おとなしくすっこんでなさい!」
足早にその場を後にする。
穏やかではない心中で 冷血暴君「局長様」を口汚く罵りながら。
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(あ~あ、行っちゃった。手伝わないと俺が怒られるのにな~。・・・ま、いっか♪)
ここに居ても仕方が無い。立ち去ろうとしてふと思い立ち、そ~っと裏路地を覗き込んでみる。
死屍累々。
薄暗闇の汚い路地に、特殊公安局の男達がぶっ倒れたまま誰1人として動かない。
(ひょえ~! さすが鋼鉄の処女、容赦無いねぇ。クワバラ、クワバラ!)
アイザック はブルッと小さく身を震わせると、アイドルユニット「カタストロフP」の新曲「あおはる四面楚歌」を歌いながら立ち去った。