第9章 光と闇の戦記

2025年4月24日

2.新たなテロの可能性

フラットとは内惑星エリア・衛星都市 マッシモ で出会った。
「大戦」時、無国籍者ASの傭兵だった 父 を地球連邦政府軍に利用され失い、仇を討とうとした兄もまた 無惨に殺され闇に葬られた。その復讐心を 大マフィア・ネーロファミリー に利用されそうになった。それをマッシモでのミッションに赴いていた ナム達が助けた経緯がある。
いつかまた会えるかも知れない。そんな予感めいたものは感じていたが、まさかここ ティリッヒ で再び出会うとは思わなかった。
嬉しい再会である。フラットは近況を語ってくれた。

「マッシモを出てからあちこち渡り歩いたよ。
この国には先月からいる。宇宙港式典のお陰で景気がいいからな。俺みたいなヤツでもそこそこ仕事にありつけてる。」
「そっか。安心したよ、前より楽に生きてるっぽいし。」
「まぁな。」
彼はそう言って苦笑した。
ごく自然な 穏やかな微笑だった。不器用に口を歪めるだけだった以前の笑みとはまるで違う。これならばもう、復讐心に囚われて命を無駄にするような事はしないだろう。
ナムは心底安堵した。
8個目のチリ・ドックを平らげたロディが 腹をさすりながら聞いた。
「別人みたいッスよ、フラットさん。前は暗く無口で無愛想だったのに、大違いッス。
この国でずっと暮すんッスか?」
「いや、明日にでも他の国へ行こうと思っていたところだった。
だから会えて嬉しいよ。お前らには何度礼を言っても足らないくらいだ。」
「え、ティリッヒ出るんッスか? なんで?」
「・・・。」
フラットの表情が変った。
用心深く周囲を見回し、声を潜めて話し出す。

「お前らみたいな スパイ が白昼堂々歩き回ってるご時世だからな。用心に越した事はない。
・・・ テロ工作 に誘われたんだ。
かなり大がかりなものらしいが、お前らもそれ絡みでティリッヒに来たのか?」
「あ、改革政党デモ集会の 爆弾テロ? それなら昨日解決したぜ? まだ油断は出来ねーけど。」
「 デモ集会? 違うな、俺が言ってるのはたぶん 別口 だ!」
「 ・・・!!?」

ナムはロディと顔を見合わせた。

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フラットが言うとおり、ティリッヒは「宇宙空港開港350年記念式典」に向けてにわか景気に湧いていた。
大々的に行われる式典に向け 宇宙空港周辺の街の整備行われている。大量の作業員が必要となり、フラットはそれに目をつけティリッヒに来たのだという。
何とか道路整備の仕事ありつき 働き始めて2週間がたった頃、偶然「知人」と再会してしまった。
かつて「大戦」で共に戦った戦友。傭兵仲間だった。

「そいつとは2,3年同じ部隊にいた。傭兵としてはなかなか腕のあるヤツだったから、こんな平和な国で何してるのかと思ったら、テロリストになってたよ。
『近いうちにデカい仕事がある。』と言って組織に勧誘してきた。俺の腕を見込んで だそうだ。有り難くない話だ。」
「う、受けたんッスか?」
「まさか!」
フラットが再び苦笑する。
「断ったよ。他言無用を約束させられたがね。
戦争だのテロだのはもうゴメンだ。妙な事に巻き込まれる前に国を出る。またどこか景気のいい街を見つけて地道に生きるさ。」
「そッスか、よかった・・・。っわ!?」
安堵の息をついたロディの目の前を、金色に光る何かが横切る。
それを片手で受取ったフラットが、僅かに目を見開いた。
「・・・ マネーカード ?」
「満額じゃ無い。40万エンくらいかな?
こっちのカードは未使用満額、何だったらこれも差し上げちゃうよ?♪」
上着の内ポケットから マネーカードをもう一枚取り出し、ナムはニンマリ笑って見せた。

「その『情報』、俺らが買った。もちょっと詳しく聞かせてよ。」
「なんだ、いきなりスパイらしくなったじゃないか。さっきまで女に振られた話ししてたくせに。」
「フラれてねぇよ!・・・ヤバイ感じなだけで。
で、相談なんだけどさ。テロリストが欲しがったアンタのその腕、ちょこっと俺達に貸してくんない?
これから軽~く 修羅場 が始まっちゃうんだよね。今 銃使える女が戦線離脱しててさ、困ってんだ。」

「 えぇ?!」
ロディが驚き ごん太眉毛をつり上げる。
「 聞いて無いッス! 修羅場ってナムさん、どーゆー事ッスか?!」
「バックヤードに帰って話す。フラットのオッサンの話聞いて 今 思いついただけだからな。時間は無いけど準備は必要、急いで作戦練らなきゃな。・・・オッサン、ライフルの遠距離射撃できる?」
「出来ない事も無い。」
「OK。前金で140万、成功報酬300万。もちろんマネーカードでの支払いだ。どう?」
「ちょ、誰が払うンッスかそんな大金!?」
「必要経費だ。局長が払う。」
「マジッスかーーー!!?」

話の展開について行けず オロオロしているロディをよそに、手元のマネーカードを弄んでいたフラットの口元に微笑が浮かぶ。

「 面倒な事に巻き込まれるのはゴメンだが・・・ 面 白 そ う だな。」

ポツリと呟く彼の笑みは、穏やかではなく 物騒 だった。

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ちょうどその頃、ティリッヒ国議会議事堂から少し離れた下町にある小さな通り。
美味しいと評判の小さなベーカリーでは、開店の時間を迎えていた。
創意工夫をこらしたパンが並ぶ中、一番人気は焼きたてのバケット。ほんのり塩味の美味しいバケットは焼いた端から飛ぶように売れる。店内中央の大きな籐かごにドーンと山盛りに積み上げていても、朝食のパンを求めるお客が奪い合うようにして買って行く。
しかし、今日は少々勝手が違った。
いそいそと店に足を踏み入れる客達は 先ず入口付近で棒立ちになる。
「何事?」といった表情で 下町のパン屋あるまじき 彼女の出で立ちを眺め回す!

( そりゃ驚くよ。私みたいな 絶世の美女 が 下町でパン 買ってンだから。
しかもこんな ドレス 姿で、バケットばっかり大量に。恥ずかしいにもほどがあるっ!)

太くて長いバケットをギッシリ詰め込んだ大きな紙袋。それを2つも抱えて顔を赤らめ、自ら「絶世」と銘打つ 美女 は逃げるようにして店を出た。
 カルメン である。装飾品こそ身につけてないが衣装もメイクも髪のセットも夕べのまま。パーティで注目を集めた武装ドレスアップの姿のままで、派手に目立つ事この上ない。
(・・・まぁ、1人 完璧にスルーしやがった野郎がいたけどね!)
昨夜のノーランドの顔を思い出し、カルメンは柳眉をつり上げた。
無性に怒りがこみ上げてくる。ブランドパンプスのヒールを鳴らし、下町の通りを突き進む。
しばらく歩くと どこの都市でも必ずある 低所得者が住まう区域に入る。貧民街である。そこへと通じる暗く陰気な裏路地の角を曲った時。

「カルメンさ・・・って、ひっ!?」

「え?」
誰かとぶつかりそうになった。
カルメンは驚き 足を止める。怒りのあまり心中でノーランドへの悪態付きまくっていたので、完全に前方不注意だった。
「あ、あの、どうしたんですか? そんな怖い顔して・・・。」
さぞや恐ろしい、鬼のような形相だったのだろう。
大きな紙袋を抱えた モカ が、顔を引き攣らせて怯えていた。

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裏通りの物陰で 清潔なシャツとGパンに着替えたカルメンが 手櫛で髪を整える。
「助かったぁ!あんな格好じゃ目立ってしょうが無かったんだ。
さっきもパン買うだけなのに熱烈に眺め回されて。美しいって罪だね、まったく♪」
(・・・でも夕べ、この美を無視した野郎がいたんだけどね!)
カルメンの表情が笑顔から急転、怒りに歪んで頬を引き攣らせる。
脱いだドレスを折りたたみながら、モカはビクッと身を震わせた。
「い、いったい何があったんですか?」
「え? あ、ゴメンゴメン、何でもないよ、うん。
それよりアンタ、どうしてここに?着替え持ってきてくれてのはありがたいけど、なんで私がここに居るってわかった?」
「・・・ゴメンなさい。」
目を伏せる謝るモカの様子に、何かを察したカルメンが少し悔しそうに苦笑した。
「そっか発信器!パーティに着ていったドレスに付いてたのか。諜報機器は取付けられる方がマヌケ。気付かない私がバカだった。
でも来てくれたお陰で状況がわかった。まさか特殊公安局に利用されるトコだったとはね!
Shit畜生! これだから地球連邦政府軍は!!!」
ブツブツ文句を言いながら、モカが服と一緒に持ってきた スニーカーに履き替える。
その際、お上品なパンプスは 近くにあったガラクタの木箱に叩きつけるようにして放り捨てた。

「・・・そうさ。それが奴らのやり方だ。どこまでも卑怯で、どこまでも悪どい。」

パンプスが派手な音を立てる木箱向こうから、突然男の声がした。
裏路地奥の闇の中から 静かに歩み出てきた男は、バツが悪そうに頭を掻いた。
「 スマンなぁカーリィ、ドレス着てるのに買い出しなんか頼んじまって。
着替えは俺が気が付くべきだった。どうも俺は愚鈍でいけない、『女の子にはもっと気を遣え』って よく メリーダ にも叱られたモンだ。」

(この人は・・・!)

モカは警戒した。
この男が昨夜ビオラが通信で言っていた 浮浪者だろう。確かにしょぼくれた姿をしているが、軍基地に侵入するほどの 腕 を持っている。素性がまるでわからない以上、いかにカルメンが親し気でも気を許すワケにはいかない。
しかし。
意外な事に正体不明の男は微笑み、 礼儀正しく頭を下げた。

「お嬢さん、俺からも礼を言うよ。
カーリィの着替えを持ってきてくれてありがとう。面倒掛けたね、助かったよ。」

照れくさそうに笑う男は とても優しい目をしていた。

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カルメンは生まれてから6歳までの幼少期をティリッヒで過ごした。
父はしがない自動車部品工場の工員で、母の姿は物心ついた時からいなかったという。

「カーリィの父親・マーカスはね、このティリッヒで無国籍者ASの救済活動をしている団体のリーダーだったんだよ。
俺みたいな無国籍の者のために ティリッヒ政府や地球連邦政府に救済を訴え戦ってくれた 恩人 なんだ。彼は立派な人だった。特殊公安局の連中に目を付けられて不当に逮捕された事も一度や二度じゃない。どんなに虐げられても、何があっても決して俺達を見捨てようとはしなかった。
でも 少々、いや、かなり不器用な人でね。活動にのめり込むあまり 家庭をないがしろにしちまった。
それで奥さん、まだ赤ん坊のカーリィ置いて 家を出てってしまってなぁ。」
「トビーおじさんは私を育ててくれた人なんだ。」
トビー と名乗った男の話を、苦笑しつつカルメンが引き継ぐ。
「ほとんど家には帰って来ない父さんの代わりに、トビーおじさんと 奥さんのメリーダおばさんがいろいろ面倒みてくれたんだ。
寂しい思いはさせられたけど、私は父さんが大好きだった。
人のために戦い続ける父さんは いつだって私の誇り。ちゃんと大切にしてくれたしね。本当に不器用な人だったけど、一緒に居られる時は一生懸命愛してくれた。子供心にもそれだけは充分すぎるほどわかってた・・・。」
「そうだったんですか・・・。」
モカは神妙に頷いた。
2人が親しげなのも道理、浮浪者風の男・トビーはカルメンの 養父 なのだ。

( 局長から聞いたカルメンさんの「昔話」に、トビーさんご夫婦は登場しなかった。
私が教えてもらったのは、本当のお父さん・マーカスさんの事と、彼にまつわるティリッヒの 闇 ・・・。)

「お嬢さん。キミは知っているようだね。『大戦』時、このティリッヒで 何 が あ っ た のか。」

優しげだったトビーの声色が変った気がして驚いた。
頭の中でカルメンの「昔話」を反芻していたモカはハッとトビーを見る。
目の色まで変っていた。穏やかだった彼の目は 激しい怒りで歪につり上がっている。ギラギラ異様に光る目で 見据えられたモカは思わず 息を飲んで身を竦めた。

「だったら、キミ達の 隊長コマンダー さんに伝えてくれないか?
俺達に関わるのは 止めてくれ、とね。
その代わり、情報を1つ差し上げよう。特殊公安局部隊の鬼畜共が 明日開催のデモ集会で何かやらかすらしいが、奴らは今朝早く、『ロゲヴィア』っていう小さな政治結社と接触した。こことは別の下町に事務所を構えるギャング紛いの集団でね、金のためなら何でもするし、非常に凶暴な連中だ。調べてみてはどうかな?
裏路地は治安が悪い。カーリィ、お嬢さんを送ってあげなさい。
気を付けてお帰り。本当にありがとう・・・。」 

トビーが背を向け闇へと歩き始めた。
引き留めようとするモカをカルメンが制して早口で囁く。

「私が追う。発信器はもう付けないで!探りがバレたらアンタ達が危ない。
今の話でわかったろ? トビーおじさんは素人じゃない、プロの 諜報員 で 傭兵並みに武装したヤツらと行動してる。確実に何か企んでいる、このまま放っとくなんて とてもできない!
だから 送ってあげられない。アンタはこのままバックヤードに戻って、すぐに局長に連絡を取りな!
撤収 を命令してもらうんだ。私に代ってリグナムが 指揮官 になったんだろ? アイツに5Aファイブエーの指揮なんか 出来るわけない、絶対ムリだ!!!」

「カルメンさん、待って!」
モカの制止を振り切るように、カルメンはトビーを追って闇へと消えた。
途方に暮れて佇むモカは、すぐ横を ふわり と何かが通ったのを感じ 驚き辺りを見回した。

「大丈夫よ。後で連絡入れるわネ♡」

耳元で聞こえた囁きに 思わず安堵の吐息を付いた。
ビオラ がカルメンの後を追う。
彼女は魅惑的なウィンクを残し、裏路地の闇に溶け込んでいった。

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