第9章 光と闇の戦記

2025年4月24日

6.不沈艦キャプテンの憂鬱


地球連邦政府軍 宇宙艦隊 特殊防衛艦・メビウス は、全長260m、全幅195m、全高73mの「戦艦」である。
最新の戦闘機20機を搭載し、砲塔は主砲、副砲合わせて16基、連装機銃、ミサイルランチャー、中型ミサイル発射管まで装備するこの防衛艦は、先の「大戦」で華々しい活躍を見せ、泥沼化する戦争に疲弊した人々を勇気づけた。

「その栄えある『不沈艦』メビウスをお迎えできて 感激ですわ。
『大戦』時の素晴らしいご活躍のおかげで どれほど国や人々が救われたか。感謝の念に堪えません。」

メビウス艦内・艦橋ブリッジ手前の連絡通路。
フィランダー・ノーランド艦長 は眉を潜め、目の前の女性を凝視した。
無駄なお供をぞろぞろ引き連れ 押しかけてきた「招かれざる客」に、不快感は増す一方。
ゆえに、態度が冷淡になる。愛想を振りまくサトラー首相から 無表情で目を反らし、以来一瞥も与えなかった。
「お気遣いは不要です。ミズ・サトラー。我々は式典が終了後、直ちに任務に戻ります。」
「まぁ。やはりメビウスが 外惑星エリア に発つという話は本当ですのね?
リーベンゾルに何か不穏な動きでも?」
「軍事機密を申し上げるわけにはいきません。」
「あら、失礼いたしました。私ったら、つい・・・。」
困ったようにサトラー首相が笑う。さっきからずっとこんな調子で まったく会話が弾まない。
周りを取り囲む人々も困惑しきり。ノーランドの副官達に至っては、諦めきった微笑を浮かべて直立不動きをつけしたまま固まっている。
「と、とにかく明日は何も問題ありませんわ。
改革政党のデモ集会では とんでもない騒ぎが起きましたけど、宇宙空港式典では決して不祥事が起きないよう万全の警備を命じてあります。栄えある地球連邦の一員として、必ずや歴史に残る式典に・・・。」
「それは我々には 全く 関係のない話になります。」
サトラー首相の話を遮り、ノーランドはつれなく背を向ける。
国家元首の表敬訪問も 彼にとってはただの迷惑。彼女が勝手にツラツラ語った 昼間の「改革政党デモ集会」の騒動も、聞くに堪えない 雑音 だった。

「先ほども申し上げましたが、『メビウス』は式典終了後 直ちに発ちます。ご足労痛み入りますが 過剰な対応はしないでいただきたい。
副官! 首相および秘書官・護衛の方々を艦船搭乗口までお送りしろ!」

時間が惜しい、とっとと帰れ。そんなにべもない口調だった。
呆気にとられるサトラー首相と秘書官・護衛をその場に残し、ノーランドは足早に歩き去る。
背後から聞こえる副官の声。勝手に押しかけてきた「招かれざる客」に、必死で何か言い訳している。
その声すら鬱陶しい。
苛立ちは募るばかりだった。

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( 時間の無駄だ! こんな茶番は!)

自室に戻ったノーランドは軍服の上着を脱いだ。
首相の表敬訪問にあたり 副官達に拝み倒され渋々まとった 略礼装の軍服。その胸部には略綬(勲章・記章を表すリボンや組みひも)がビッシリついている。
(・・・忌々しい!)
彼は脱いだばかりの上着をベットに叩きつけるようにして投げ捨てた。

(いったい何を騒ぐ必要があるのか!
『栄えある不沈艦? 』『大戦時の素晴らしい活躍』? 冗談ではない!メビウス艦の功績は『任務』の結果でしかない。
軍人たるもの民間人を守るのは当然なのだ。確かに我々は「大戦」時の激戦宙域で勝利を重ねたが、敗北が守るべき民と乗組員達の死を意味する以上退くわけにいかない。
それだけだ。戦場で築く功績など、讃えられるべきものでは断じてない!
過剰に称賛されるのも、ましてやこんな風に祭の見世物にされるなど不快、 極めて 不愉快だ!!!)

鬱屈した思いを持て余し、ノーランドはデスク前の椅子に腰を下ろした。
デスク備え付けのコンソールを指先で叩く。部屋の壁の一部が大きなスクリーンに姿を変えた。
メビウス艦外壁に幾つか設置されている監視カメラの映像が映った。分割された画面には 停泊しているブース内の様子が鮮明に見て取れる。異常は無い。サトラー首相とその一行は30分ほど前に帰ったと聞いている。ブース内は照明も消え、無人で静まり返っていた。
(・・・平和な国だ。
政治家同士がいがみ合っているようだが 戦場での闘争に比べれば子供の戯言のようなものだ。
こんな怠惰なぬるま湯に浸かりきった国で お祭り騒ぎに付き合っている場合ではないというのに!)
ノーランドはこめかみに指をあて、物思いにふけった。

(「大戦」は終わったが、「戦争」はまだ終わっていない。
リーベンゾルが復興した。太陽系中が「大戦の再来」を恐れているが、問題なのは そこ ではない。
リーベンゾルのような国は 何 度 で も 興 る のだ。宇宙開拓がはじまって以来500年、混乱と紛争を続ける 外惑星エリア の治安を鎮めない限り、争いの火種をまき散らす愚者は 必ず何人でも現れる。
我々はすぐにでも 外惑星エリア に発たなければならない! 武力制圧がもたらす結果は「平和」ではない。しかし このメビウス艦が赴く事が 少しでも紛争の抑制になるのであれば・・・。
あのような凄惨な「大戦」は、もう二度とあってはならないのだ!!! ・・・ん ???)

ハッと何かに気付いた。
スクリーンの分割画面、その一つにいつの間にか あり得ないモノ が映っている。

(あれは 子供 ?! 3人もいるぞ、どういう事だ!?!?)

卓上電話で艦橋ブリッジを呼ぶ。
夜間宿直の部下がいるはずである。電話がつながるなり応答を待たず 怒鳴るようにして問いただした!
「私だ! どうなっている、軍事用ブースの中に 子供 が入り込んでいるぞ!」
『えっ・・・まさか!?』
宿直の兵士が戸惑いつつも、上官の指摘を否定した。

『こちらの監視カメラ映像では 子供の姿なんて 確 認 で き ま せ ん が?
対人レーダーも熱感知カメラサーモグラフィも 無 反 応 です。』

「・・・。」
部下の言葉に愕然となり、目の前のスクリーンを凝視した。
メビウス艦の後方部。
整備作業員通路が映し出された映像内で、ツインテールの赤毛の少女 と ボサボサ頭の痩せた少年 、髪の黒いモンゴロイドの少年が、何故か通路に車座に座り トランプ で ババ抜き をしているのだが!?
ノーランドは通信をぶち切り、自分の部屋から飛び出した。

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メビウス艦の後方部へ走り、非常口から外へ出た。
誰もいない。宿直の部下が言ったとおり、軍事ブース内は至って静寂、何も異常は見受けられなかった。
問題の場所に早足で向かい、 艦外壁に取り付けられた監視カメラを仰ぎ見る。
眼鏡のお陰で視力はいい。カメラのレンズ部分の横に 何か小さな 機器 が見えた。
( カメラ付属の機器じゃない。あれで艦橋ブリッジに偽の映像を送っているのか?)
監視カメラを見上げたまま 呆然と立ち尽くすノーランド。
その時 聞こえた少女の声は、さらに彼を驚愕させた。

「こんばんは。
貴方がこのお船の艦長さん? お話があるんだけど いいかしら?」

弾かれた様に振り返る。
薄暗い軍事ブース内の非常灯に照らされ、ツインテールの赤毛の少女がクスクス笑って佇んでいた。
まったくもってあり得ない。ノーランドは目を見張り、少女を眺めるばかりだった。
しかし。
何かの気配を察した彼は、急にその場に跪き 右足を鋭く水平に払った!

「わぁ!?」
「ぎゃーっ!?」

手応えがあった。背後に忍び寄って来ていた2人の少年が 足を払われ転がった。
手にスタンガンらしき物を持っている。ただの子供達じゃない。そう判断したノーランドは改めて少女に向き直った。
「な、何よやる気!? 手加減しないわよっ!」
赤毛の少女が拳を握る。
その時。
闘志むき出しの少女の頭を、暗がりに潜む何者かがムギュっと乱暴に押さえつけた。

「な~にが『手加減しないわよっ』だ! 相手の力量測れねぇ奴が吐く台詞じゃねぇっつの!」

「・・・な・・・?!」
ノーランドは愕然と侵入者達を眺めた。
セキュリティレベルの高い宇宙空港軍事用ブースに侵入している事、監視カメラをかいくぐってメビウス艦まで接近している事、それを実行・遂行して見せたのが全員未成年であった事。
何もかもが信じ難い。
しかし、一番 不可解 なのは・・・。

「・・・なんだキミの格好は???」
「え?! この状況で先ず突っ込むトコ、そ こ ???」

シンディの頭を小脇に抱え、ナムが目を丸くした。
今夜のナムの出で立ち。
蛍光ブルーにピンクの星のドットが入ったパーカーに 原色赤のTシャツ、ボトムは紫ラメカーゴパンツで スニーカーはホルスタイン柄。
角の生えたハンチング・キャップは目にもまぶしい蛍光イエロー、ウエストポーチはイノシシの頭がモチーフで、血走った眼玉が爛々と光る実にリアルでふざけた逸品・・・。
「まぁ、先ず そこ ッスよねぇ・・・。」
ロディが小さく呟きながら フェイとコンポンを助け起こした。

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ネオミッツホテルのバックヤード。
宇宙空港から帰ってきたナム達に、迎えたモカとフラットは目を見張って驚愕した。
「まさか 本当に連れて来るとは・・・。
宇宙艦隊の艦長ってのは軍基地1拠点の司令官に匹敵する。軽々しく同行願えるモンじゃないんだぞ?」
「ま、チビ共が捕獲・・・いや、お迎えにしくじったから、ちょっと事情説明に時間掛かったけどね。」
「スタンガンで気絶させ運び出す行為は通常 拉致 というのだが?」
ナムの簡単な説明を 不沈艦メビウス艦長・ノーランド が訂正する。
彼は室内を見回し、部屋の隅でシクシク泣いてる捕虜達に目をとめた。
「大まかな話は宇宙空港でも聞いた。だが特殊公安局が暗躍しているというのなら アレ がそうだと?」
「あー、あんな愉快な格好にしちゃったんじゃ信じろって方が無理か。」
ナムは苦笑し頭を掻いた。
宇宙空港での「大まかな」説明は小1時間掛かった。
これから詳しく事情を話し、この国に何が起きているのかない話さなければならない。
「説明、また長くなりそうッスねぇ・・・。」
疲れ切った面持ちでロディが小さく吐息を吐いた。

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セキュリティシステム誤作動誘導装置「ごまかしっ子君マークⅡ」で軍事ブースに侵入、メビウス艦後部外壁の監視カメラにカメラ搭載蜂型ロボスパイ・ビーを止まらせる。ビー が出す特殊な電波でカメラのシステムに干渉し、不審なものは何も映っていないダミー映像を送り込む。
「局長命令」でティリッヒに来た アイザック がメビウス内の映像ネットワークを操作、ノーランドの自室にだけ正しい映像が届くよう細工する。ちなみに この 天才ヲタクハッカー は 対人レーダー や熱感知カメラサーモグラフィ の誤作動にも一役買った。頼りになる助っ人だったが 残念ながらもう い な い 。
「サムちゃんに怒られるからどっか行っとくねン。あとヨロ~よろしく~♪」
そう言って、ティリッヒのご当地アイドル・ベリホー・ろーずちゃん(現役JK16歳♡)のライブに行ってしまった。
以上、全部 重 犯 罪 である。
おまけに スタンガンまで使用した拉致・誘拐未遂付き。そんな事までしでかした ナム達の話を信じろというのだ。まともに聞く方がどうかしている。
「でも、アンタはここに 来 た 。」
わざわざ私服に着替えてまでして同行して来たノーランドに、ナムはニンマリ笑って見せる。
ふてぶてしく、狡猾に!

「って 事は、何か 思 い 当 た る フ シ があるって事 だよな?」

「・・・。」
ノーランドは無言で、しかし厳しい表情で特殊公安局員達を見下ろしていた。

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タイミングがおかしい。
そう話しただけでノーランドの表情が一層険しくなった。
「首相暗殺と反連邦政府デモの偽装テロ。
なんで『宇宙空港開港350周年記念式典』が行われる時期に合わせて実行された?偽装テロは何とか食い止めたけど、そこンとこがわからないと 俺達もこれ以上動けないんだ。」
「仲間が武装組織と一緒に行動しているんです!」
ナムの話にかぶせるようにして、モカも必死で訴える。
「その組織、何か問題を起こすかも知れないんです!仲間はそれを止めるようとしてて・・・。
お願いです、知ってる事があれば教えて下さい!」
ノーランドは無言のまま。ナムの顔をジッと見据え、熟考しているように見える。
迷っているのだ。信頼に値するのかと。
ナムは慎重に揺さぶりをかけた。
「勘なんだけどね。どっちの事件も メビウス艦 が関係してる。
多分 これから起ころうとしてる事も込みで、結構根の深いでっかい話だ。どう?」
「・・・。」
ノーランドの沈黙が深くなった。
( 図星 か。これ以上は話してくれないと何もわからない。
こっちの手の内はみんな見せたんだけどな~。さて、どうすれば信じてもらえるか・・・?)
佇む不沈艦艦長の姿からは強い警戒が感じられる。
息が詰まるような重たい静寂に、困った時のいつもの癖で 右手が頭の後へ向かった そ の 時 。

「『ティリッヒの悲劇』だ。」

手を止め、窓辺で外の景色を眺める フラット の方へと振り向いた。
夜更けのティリッヒの空は暗い。地球のように月もなく、有害な宇宙線を遮る大気の層もないこの国は、コロニーを覆う特殊シールドに星が瞬く映像を映している。その偽物の夜空を見上げ、フラットが静かに話し出す。

「マッシモと同じだ。この国にも『大戦』時、地球連邦政府軍が残した 大きな醜い傷 がある。
『ティリッヒの悲劇』は奴らが企てた 惨劇 を 色美しく改ざんした 偽りの『戦記』 だ。
不沈艦メビウスと、アンタの 父親 が深く関わっている。違うか?」

「・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・ そ の 通 り だ 。」

長い長い沈黙の後。
苦悩の色を目に浮かべ、ノーランドが頷いた。

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