第9章 光と闇の戦記

2025年4月24日

8.スナイパーが潜む式典


報道記者達を乗せたヘリコプターや カメラ搭載の中型ドローンがティリッヒの空を飛び交っている。
宇宙空港周辺はティリッヒ国軍が警備する。私道・公道かかわりなく厳しい交通規制が敷かれ、銃を所持した屈強な兵士が険しい面持ちで沿道に立つ。
そんな物々しい状況にもかかわらず、国内外から多くの人々が集まった。その数およそ50万人。この日だけ解放された 宇宙空港軍事用ドックも見物人でいっぱいだった。
特に不沈艦・メビウスを臨む 式典会場 では、軍事関係者や政治家達、各界の著名人で埋め尽されている。彼らは和やかに談笑しながら、式典開催を今や遅しと待ち焦がれていた。
ティリッヒを廻る二つの太陽がちょうど真上にさしかかる時刻。
メビウス艦前にわざわざしつらえた特設ステージでは 式典の司会者に促され、喜色満面のサトラー首相が中央の演台に立つ。

「ただ今より、栄えある『ティリッヒ宇宙港開港350年記念式典』を開催いたします!」

彼女の高らかな開催宣言は、式典参加者の歓声を生み軍事ブースを揺るがした。

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カルメンはトビーが渡してきた物を無言で見下ろした。
口径7.62mm、消音器サイレンサー照準器スコープ付 ボルトアクション の スナイパーライフル 。非常に性能のいい真新しい物だった。

長距離射撃ロングショットが得意だという お前のために用意した銃だ。」

黒光りする銃器を眺め、トビーが静かに口を開く。
「 ホントの事を言うとね、この作戦での実行役は 俺じゃないんだよ。別の者が 手を下す 事になっているんだが、どうしても納得できなかった。
たとえ『お頭』の命令でも『ノーランド』に一矢報いるこのチャンスを逃したくなかったんだ。」
「お頭?」
「我々組織の リーダー さ。あの人も酷く『ノーランド』を恨んでる。
俺と同じく今日という日を、一日千秋の思いで迎えただろうさ。」
手にしたライフルを見つめるカルメンの後ろから、場違いに陽気な声が聞こえた。
「それ、どなたの事なのかしら?
ねぇ、レディにこの扱いはないんじゃない? せめて銃突きつけンのは止めてくれる?」
ビオラである。
手を後ろにきつく縛られ 武装した男達に見張られていた。
トビーが小さく苦笑を漏らす。
「申し訳ないね、お嬢さん。
君も諜報員なんだろう? だったら油断できない、邪魔されたらかなわないからね。
カーリィの友人だから大目に見てるけど、本来はアジトに閉じ込めておくところだよ?」
「別に友人ってワケじゃないけど・・・ちょっとカルメン!」
詰め寄ろうもがくビオラを両サイドに立つ男達が押し留める。電磁マシンガンの銃口が突きつけられても彼女は身をよじって抵抗した。
「アンタ、自分が何やってるかわかってんの!?
そこにいる男はアンタの養父なんだろうけどね、テロリストなのよ!!!」
「・・・。」
カルメンは手元のライフルから目をあげ、歓声鳴り止まない式典会場を見下ろした。
停泊するメビウス艦を見下ろす軍事ブースの作業員通路。天井近くで滅多に人が来ない上、照明機器が視覚になりなかなか一目にも付きにくい。
侵入する際 近辺に配備された警備員と作業員はトビーの仲間が全員拘束、銃を構えて見張っている。
式典特設ステージが 真正面にかなり遠いが真正面に見える。絶好のポジションである。ステージ上の標的を撃つなら まず仕損じることはない。
「アンタ達、宇宙空港で何をコソコソ探ってるのかと思ったら 狙撃のポイントを探してたのね!?
式典の真っ最中に ノーランド艦長 を 暗殺 する気?! 正気じゃないわ!」
ビオラの金切り声が耳をつく。
無言で佇むカルメンの代わりに 答えたのはトビーだった。
「どうしてもこの手で仇を討ちたいんだ。実行役が手を下す前に 奴 を仕留めるには 狙撃 しかない。」
「何がこの手で よ! カルメンにやらそうとしてるくせに!
カルメン 止めて! 局長 はアンタを 人殺し にするために 銃を教えたワケじゃないのよ!!!」
「大丈夫だよ、お嬢さん。」
トビーが振り向いて微笑んだ。

「 大 丈 夫 な ん だ ・・・!」

この状況にふさわしくない穏やかな微笑は、喚くビオラを黙らせた。

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サトラー首相の長く退屈な挨拶演説がやっと終わった。
来賓達がホッと息をつく。その微妙な空気を取りなすように、司会者が声を張り上げた。

「それでは、ご来賓の皆様からご挨拶いただきます。
地球連邦軍 宇宙艦隊 特殊防衛艦・メビウス! 『大戦』で華々しい活躍を見せた 誉れ高い『不沈艦』艦長、フィランダー・ノーランド大佐 です!どうぞよろしくお願いいたします!」

ステージ脇の来賓席に座る 軍服姿のノーランドが立ち上がった。
万雷の拍手に迎えられても一貫して無表情。同席している副官達が必死で何か訴えているが、まったく聞く耳を持たなかった。彼はよどみない足取りでステージ中央の演台に向かうと、退場せずに拍手で迎えるサトラー首相をサラッと無視して 演台マイクと対峙した。

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「カーリィ、撃つんだ! チャンスは今しかない!」
義理の娘の迷いを察したトビーが語気を荒げて詰め寄る。

「頼む!マーカスのと・・・ メリーダ の無念を晴らしてくれ!」

カルメンはステージに向ける目を閉じた。
(メリーダ、おばさん・・・。)
母がいないカルメンを育ててくれた、トビーの最愛の妻である。

「ティリッヒの悲劇」後、様々な情報が錯綜する中、トビーはマーカスの安否を探るべく奔走した。 危険を伴う事を考慮し、カルメンとメリーダをティリッヒに残しての捜索だった。
それが仇となった。トビーは戦時中の混乱に巻き込まれ、ティリッヒに帰り着けなくなった。
帰りを待つメリーダは生活に困り、やむなくカルメンを養護院に預けて働いた。
そしてカルメンは養母とも「生き別れ」になってしまった。

「メリーダはもともと丈夫な体ではなかった。
ただでさえ無国籍者ASの俺達にまともな仕事なんかありはしない。無理の効かない体でどんなに辛かった事か!
彼女の死は俺の所為でもある。少しでも早くお前達の元へ帰り着いてさえいたら・・・。」

トビーが両手で顔を覆い、ガックリ項垂れ戦慄いた。
カルメンは15歳になるまでいた養護院を思い出していた。
信じられないほど劣悪だった。まともな職員は一人もおらず、入院している子供達の間で暴力沙汰が頻繁に起きた。
失踪事件もたびたび起きた。昨日までいた子供が急にいなくなるなど 珍しい事ではない。
養護院が人身売買組織と結託していたのだ。それを知ったのは 組織に売られたカルメンがリュイに救われ、狙撃者スナイパーになった後の事だった。

「やっとティリッヒに帰った俺が方々探して見つけた時、メリーダは別人のようにやつれ果てていた。
最後の一息まで謝られたよ。お前が行方不明になったのは自分の所為だと、ずっと悔やんで哀しんで・・・!」

養父の叫びを聞きながら、カルメンは再び自問する。
不遇な人達を救済し続けた最愛の父、自分の娘のように愛してくれた養父母。こんなにも優しく温かい人達が、なぜ理不尽に死ななければならなかったのか?
なぜ、父を殺し養父母を不幸にした者達が、眩しい光に照らされた華やかな舞台で人々の喝采を浴びているのか・・・?

「あの『悲劇』さえなければ、マーカスもメリーダも死ななくてすんだ!」
顔を覆って身もだえていた トビーがガバッと顔を上げた。
狂人じみた異常な目つきに、ビオラが慄き言葉をなくす。

「ジョセフ・ノーランドは、自分の息子に 偽りの功績 を持たせるため マーカスを殺したんだ!
メビウス艦が勇敢に敵陣を切り抜け 激戦宙域で勝利する! そのために奴は、無国籍者ASを救いたいという、マーカスの心を踏みにじったんだよ!
教えてやらねば! そうだろ カーリィ!?
家族や友を奪われた者の苦痛と怒り! 思い知らせてやるべきだろう?! なぁ、カーリィ!!!」

カルメンは静かに目を開く。
特設ステージの壇上に立つフィランダー・ノーランドの姿が見えた。

「大丈夫、お前は私の代わりに引き金を引くだけ、ノーランドを殺すのは 俺 なのだから!
全ての罪は俺にある。俺に狙撃の腕さえあれば、喜んで 仇の息子 を撃ち殺すとも!
そうすれば あの『悲劇』後 軍を辞して逃げた父親も、のたうち回って苦しむだろうさ!!!」

ボルトハンドルを引く音が響いた。
ライフルの給弾口チャンバーに銃弾が装填されたのだ。ハッと息をのむビオラに振り向き、トビーが歪に微笑んだ。

「お嬢さん、事が済んだらカーリィを頼むよ。
局長さんとやらの所へ連れて帰ってやってくれ。そして こう証言して欲しい。
『この子は 父親の無念を晴らす所を見届けさせる目的で 養父に誘拐されていた。
あの薄汚いメビウス艦の艦長を撃ち殺したのは、養父のトビーなんだ。』とね・・・。」

「そんな!
・・・カルメン、止めて! 止 め な さ い !!!」
ビオラの声は届いていない。
カルメンははるか遠くの特設ステージを見つめ、ライフルを構えた。

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「ティリッヒ共和国今年度国民調査における総人口126万4832人の国民の皆様、お初にお目に掛かります。
私は地球連邦軍 宇宙艦隊 特殊防衛艦・メビウス艦長、フィランダー・ノーランド。
このような盛大な式典にご招待いただき大変光栄ではありますが、リーベンゾル国復興とそれに伴う反社会勢力の台頭がめざましい。我々地球連邦政府軍は 太陽系の平和を死守する為にも任務に励まねばならないのです。
式典が終わり次第失礼する。ご静聴、有り難うございました。」

「・・・。」
盛り上がっていた会場が 一気に冷え切り静まり返る。
パーティ会場での悪夢、再来である。ステージ上の特設来賓席で部下達が頭を抱えていた。
そんな中、踵を返すノーランドを 慌ててサトラー首相が呼び止める。
握手を求めて右手を差し出す。ノーランドは致し方なく、彼女の方へ振り向いた。

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照準器スコープの感度は最高だった。サトラー首相と渋々向き合うノーランドの横顔がはっきり見える。
狙うのは軍帽をかぶった頭。こめかみを撃ち抜けばすべてが終わる。
気持ちはもう決まっていた。一瞬、リュイの顔が頭をよぎったが、カルメンはすぐに振り払った。
ライフルのトリガーを引いてしまえば、リュイの元へはもう帰れない。
それでもいい、と思った。
父の命と志、養父母を幸せを踏み台にして 華やかな光を浴びる男をこの手で殺してしまいたい!
カルメンはトリガーに指を掛けた。

その刹那。

照準器スコープレンズの十文字が捕らえる 標的 と 目 が 合 っ た 。
横顔を見せたまま瞳を動かし、確かにカルメンを 見 据 え た のだ!
そして笑った。ニンマリと。
ふ て ぶ て し く 、狡 猾 に!!!

( ・・・ リ グ ナ ム !?!? )



 ビ ュ ゥ っ !!!

式典会場に一陣の 風 が吹き抜けた。
かなり強い風だった。式典に集う50万の人々を賄う酸素を送り込むのに風速が必要だったのだろう。
だから、不沈艦艦長キャプテンが被る軍帽が弾き飛んだのは 風のせい という事になった。
この広い式典会場で 百発百中の腕を誇る狙撃者スナイパーの 打ち損じ に気づく者は 誰一人としていなかった。

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