第9章 光と闇の戦記
9.拳で語る愛情
吹き渡る風に歓声が上がった。
熱気で息苦しかったのが嘘のように 爽やかな空気が会場を満たす。そんな中、特設ステージ付近では驚きの声が沸き起こった。
ノーランドが軍服を脱ぎ、サトラー首相に羽織らせたのだ。
特設ステージは招待客がいるアリーナ席より高い分だけ風の当たりが強くなる。軍帽を吹き飛ばすほどの冷風に、凍えるサトラー首相を庇い守っているかようだった。
「おぉ、意外と紳士じゃないか!」
「多少非常識ですけど 本当はお優しい方なんでしょうね。」
「あの若さで無敵艦隊の艦長だ。天才とはああいうものなのかもしれん。」
「見直したわ、素敵っ♡」
招待客からこんなささやきが聞こえてくる。
この時、ティリッヒ国民が抱くノーランドの好感度は ドドンと一気に跳ね上がった。
本 物 ならば思いつきもしない行為で、大いに株を上げたのである。
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電磁銃弾け飛び、音を立てて床に落ちる。
ほぼ同時にビオラの腕を拘束していたロープが千切れて吹っ飛んだ。
目を見張る腕前である。ビオラは素早く身を翻し、床に転がる電磁銃を拾って 奇襲してきた狙撃者と並ぶ。
「やるじゃない! 素敵よ、オジサマ♡」
「勘弁してくれ、必死なんだ。」
消音器付きの銃を構える フラット が渋く苦笑する。
かなり急いで走ってきたらしく、全身汗だくでヨレヨレだった。
「しかも間に合った、とは言いがたい。ライフルの狙撃は止められなかった。」
「あら! 結果オーライよ。誰も死んじゃぁいないんだから♡
・・・ほらアンタ達! 形勢逆転よ とっととホールドアップしなさい!!!」
ビオラを見張っていた武装兵達が 引きつった顔で手を上げる。
その様子を呆然と眺め、トビーが低く呟いた。
「アンタ・・・どうしてここが・・・?」
答えたのはビオラだった。悪戯っぽく微笑すると髪をかき上げシナを作る。
小さな丸い金属が 艶やかな髪に埋もれていた。発信機である。これを頼りにフラットはここまで辿りいたのだ。
「・・・。」
トビーがガクッと頽れた。
「 !? おじさん・・・!」
駆け寄ろうとするカルメンに、フラットが近づき押し留める。
ノーランドを狙って撃ったライフルの銃身を掴み、諭すように声を掛けた。
「 復讐なんて意味は無い。
マッシモでネーロ・ファミリーと最後にやりあった時、そう言って俺を止めたのは お前じゃなかったのか?」
「・・・。」
カルメンはライフルを手放し、項垂れた。
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「そんなに深い傷じゃないと思うけど・・・大丈夫?」
「ノーランド」 が、小声で話しかけてきた。
サトラー首相は今 呆然と、自分の 右腕 を眺めている。羽織った軍服で人目につかないが、上品なスーツのジャケット右袖が裂けて鮮血がにじんでいた。
その手に握っていたはずの物は「ノーランド」の手の中にある。
折り畳み式の鋭いナイフ。彼がそれを片手で器用に畳み、シャツの袖口に隠すのを見て 慌てて周囲を見回した。
先ず、宙を舞う銀線が見えた。
細いワイヤーがステージ奥の物陰に吸い込まれて消えていく。代わりに小柄な少女が顔を覗かせる。
心配そうな面持ちだったが、「ノーランド」が軽く目配せすると 安心したようにニッコリ笑い、身を翻して奥に消えた。
どこかで見た事あるような子供達の姿も見える。
ステージ上手の袖にいる ボサボサ頭と黒髪の少年達。得意顔で笑っている。それぞれ手に持ち掲げているのは 会場に仕掛けたはずの 小型時限式爆弾 だろうか?
下手の袖では赤毛ツインテールの可愛い少女が ごんぶと眉毛の少年とサムズアップしている。
そこに駆けつけてきた警備員は 少女の拳で吹っ飛んだ。ごんぶと眉毛の少年が頭を抱えて項垂れる。彼の手にも 爆弾 と思しき物が幾つか握られていた。
仲間達が見当たらない。「ノーランド」が凶刃に掛かるのを合図に、この場に現れ来賓達を襲い 皆殺し にする作戦だったのに。
代わりに、ステージ脇の作業員通用口の扉に寄り掛かる 女が 見える。
美貌にたたえる微笑みがゾッとするほど禍々しい。女は髪を軽く振り払い、仲間達が一斉になだれ込んでくるはずだった通用口の中へと消えて行った。
「・・・あなた、『ノーランド』じゃないのね?」
襲撃作戦の失敗を悟り、目の前の男に悄然と呟く。
「ノーランド」を演じる男の頬がわずかに引きつっている。彼はいささか疲れた声で 素早く小声で訴えた。
「詳しい話はまた後で。とにかくこの式典、早く終わらせちゃって下さい。
・・・俺、無表情って苦手なんっすよ。」
「ノーランド」を演じるナムは、苦笑しかけた口元を慌ててキッと引き締めた。
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「宇宙空港開港350年式典」は、たっぷり3時間掛けてようやく終了。あとは巷のお祭り騒ぎが延々と続く。祭に浮かれる人々の群れが 式典会場からティリッヒの街に怒涛の勢いで散っていった。
人であふれる大通り。その賑わいをよそに、殺風景で人通りのない裏路地に面している ネオ・ミッツホテルの非常階段口では、式典会場で「ノーランド」だった男が 仲間と一緒にたむろしていた。
「あっっっちぃ! もうコレいいだろ 剝ぐぞ!」
ナム は顎の下辺りに指を掛け、皮一枚引っぺがした。
鬘付きでベロンとはがれた ノーランド艦長の顔型マスク。皮膚の質感が実にリアルではっきり言って気色悪い。顔をしかめる新人達に 悪ふざけで投げてよこすと、最大級の嫌悪がこもった凄絶な悲鳴が沸き起こった。(特にシンディ。)
「ロディ、このマスク すげぇけどさぁ。熱いし 顔に張り付いて気持ち悪い 。」
「何言ってんッスか。顔にピッタリ張り付かないと 表情筋に合わせて皮膚が動かないっしょ? 不自然だとマスクってバレちゃうッスよ。」
「お前、マジで天才だよ!一晩で完璧なマスク作っちまうんだから。
でも メビウス艦の部下達が だ~れも気付かなかったっつったら、艦長さん哀しむだろーなー。」
「しゃぁないッスね。俺が発明したマスク製作用3Dプリンター、マジすげぇッスから♪」
非常階段口前のコンクリートの段差に座り、言葉を交わすナムとロディに モカが不安げに聞いてきた。
「本物のノーランド艦長、どうしてるかな? さすがにそろそろ起きてると思うんだけど・・・。」
「あー、そうッスねぇ。目ぇ覚ましたら ふん縛られてて トイレに監禁されてた なんて、かなり怒ってるッスよねぇ。」
「それこそ仕方ねぇよ。バチッとオヤスーミX が効きすぎて 実物スキャンが終わっても全っ然目ぇ覚まねぇんだもん。説明のしようがなかったし、起き出して式典会場に乗り込んでこられたら 作戦台無しになっちまうだろ? 」
ナムは彼の網膜を模したカラーコンタクトを取り外した。
頬に受ける風が心地いい。ようやく自分に戻れた安堵で思わず肩の力が抜けた。
「 リ グ ナ ム !!! 」
懐かしい声がした。
実際はほんの数日いなかっただけ。しかし普段 口やかましく喚きまくってる姐貴分 なので、久しぶりに声を聞くような不思議な感覚に捕らわれた。
おもむろに首を巡らせ見ると、息を切らしたカルメンが裏路地の入口に立っている。
仁王立ちである。相変わらずの激高ぶりに、ナムは何となくホッとした。
「このバカ! 何であんなマネしたんだ!」
開口一番、怒鳴られた。
肩を怒らせ詰め寄ってくる彼女の背後にビオラとフラット、トビーがいる。面白そうに様子を眺めるビオラに無理やり腕を組まされ、困った顔でソワソワしているフラットの様子が滑稽だった。
「あんなマネ? なんだっけ?
おっと、トビーさん 連れてきてくれたんだ。ちょうどよかった、これからサトラー首相もここへ来るんだ。本物のノーランド艦長も目ぇ覚ましてるはずだし、みんなで事情徴収といこうぜ!」
「すっとぼけんなボケナスが!事情徴収どころじゃない、 お前 死ぬトコだったんだぞ?!」
「死ぬ? まっさか♪」
「やかましいっ! ふざけんのもいい加減にしろ、ノーランドなんぞに化けやがって!
わかってんのかこの間抜け! もしあの時 一瞬でも気付くのが遅かったらお前、銃弾喰らって死んでたんだぞ!?」
「な~に言ってんだか! ふざけてんのはそっちだろ?」
わざとらしく肩をすくめ、ナムは敢えておどけて見せた。
目の前で喚くカルメンは 怒り狂っているはずなのだが 泣いている かのようにも見える。そんな姐貴分に大きな信頼、そして 少しの おちょくり を込めて いつものように笑ってやった。
ふてぶてしく、狡猾に!
「 誰に変装してたって関係ねぇよ。
姐さんが俺を撃つとか あ る わ け 無 ぇ んだし?♪♪♪」
「・・・。」
カルメンが絶句し立ち尽くす。
愕然と目を見張る彼女の顔に、様々な思いが交錯する。
怒り、哀しみ、戸惑い、後悔、そして 不敵に笑う生意気な舎弟に感じる 安堵 と 愛おしさ。
やり方はかなり無茶苦茶だった。しかしお陰で見事救われた。
大恩あるリュイが教え仕込んだ射撃の腕を 人殺し に使わず済んだのである。
引き結ばれていたカルメンの口元に 呆れたような笑みが浮かんだ。
同時に両目から涙がこぼれる。泣きながら笑う彼女はいきなり、激しく拳を振り上げた!
「 こンの、ア ホ ン ダ ラ あぁ!!!」
バ キ ッッッ !!!
ナムの頭を襲った一撃は、最大級の感謝を込めた 彼女なりの 愛情 だった。