第9章 光と闇の戦記

2025年4月24日

7.ティリッヒの悲劇

「ティリッヒの悲劇」は、リーベンゾル大戦が激化の一途を辿る 14年前 に起こった。
当時、リーベンゾル軍は 怒濤の勢いで侵略を重ね、外惑星エリアから小惑星帯アステロイドベルトエリアを超え火星宙域にまで勢力を伸ばしていた。
重要な軍事拠点だったティリッヒは その猛威に危機を感じ、地球連邦政府に救助を要請。連邦政府軍指揮の下、全国民の一時避難を実施した。
多くの護衛艦が送り込まれ、人々が我先にとティリッヒから脱出。その混乱の最中悲劇が起こった。
避難民を乗せた護衛艦船団が リーベンゾル軍の大規模な戦艦隊に奇襲され、苛烈極まる総攻撃を受け 一隻残らず 撃沈 したのである。
死者54,623人、行方不明者はいない。
全 滅 だった。

「俺も詳しい話は知らない。傭兵稼業してた時に人伝に聞いただけだ。」
窓辺に立つフラットが ゆっくり静かに振り向いた。

「奇襲を受けた艦隊に乗艦していたのは 全員無国籍者ASだったそうだ。
囮だよ。敵艦隊が無国籍者AS達の艦を襲っている間に、メビウスを中心に構成された地球連邦政府軍艦隊は ティリッヒを発ち外惑星エリアに向かった。
そして 敵の支配領域を無傷で突っ切る事に成功。特にメビウスは目覚しい活躍を見せ 華々しい勝利を手中に収めた。
当然だ! 敵は『沈めた』と思っている。すでに当時『不沈艦』と呼ばれる強さを誇っていた戦艦を撃沈させたつもりだったんだ。相当油断していただろうさ!
戦艦隊まで編成して撃沈させた不沈艦が 酷似しているだけの 避難艦 だった。そんな事とは夢にも思わなかっただろうからな!」

無言で佇むノーランドを見据え、フラットがニヒルに笑って見せる。
マッシモで復讐に生きていた時のような、酷く歪んだ微笑だった。
「相手がメビウスにこだわるのなら『ティリッヒの悲劇』に関わりがあると見て間違いない。」
フラットは淡々と話を続ける。

「俺を組織に誘った奴・・・ティリッヒで再会した昔の傭兵仲間は改革派のデモで何かやらかすとは言っていなかった。別口のテロ工作は必ずあるぞ!」

ナムは捕虜達の様子を伺った。
呆けた顔の料理人以外は全員死人のような顔になっている。いい反応だ。どうやら真相に近づいている。
「どーする?艦長さん。
次に起こるのは特殊公安局コイツらが仕組んだ偽物じゃない。正真正銘 ガチテロ だ。下手すっと死人が出るぞ!」
「・・・。」
反応は、ない。
ノーランドは立ち尽くしたままだし、フラットは再び窓の外へと目を向けている。ロディや新人ルーキー達は二人を見回すばかり。部屋の隅に佇むモカも途方に暮れて俯いている。
( う~ん、どーすっかね、コレ。)
ナムは頭の後ろを搔きむしった。
その時。

「すべては 私 を・・・いや、私 の 父 を 陥れる ため企てられたものだ。」

「 えっ? 」
思いがけない言葉を聞いた。
沈黙を破ったノーランドが 口にした物騒な言葉に、ロディが大きく目を見張る。
「陥れる?どういう事ッスか?」
答えは返ってこなかった。
その代わり。
ノーランドは険しい面持ちで踵を返す。規律訓練の模範のような、それは綺麗な「回れ右」だった。
彼はそのまま足を踏み出し、部屋の出口へ突進した!

「すぐに対策を講じよう。後はこちらに任せたまえ。」
「 え ?」
「先ずはティリッヒ政府に非常事態宣言を要請。
民間人外出禁止令を発令後 市街地警護強化のため 国軍保安部隊 の出動を請う!」
「いやあの、もしもし?」
「市民の安全確保後 改めて地球連邦政府軍 エリア統括基地に非常事態を伝令、護衛艦隊派遣を要請。
ティリッヒ国コロニーに包囲網を張り テロ組織の国外逃走を阻止!」
「おい! アンタ何もそんな・・・!」
「退路を確実に絶った上で ティリッヒ駐屯基地旅団の地上部隊3万人を投入!
市街地に人海戦術によるローラー作戦を展開し、武装組織の拠点を突き止め一毛打陣に捕獲する!」
「ちょ、おぉぉぉいっっっ!!?」

不穏で過激な殲滅作戦を ブツブツ口走るノーランド。
恐ろしい事に目が真剣。どうやら本気で宇宙艦隊を召喚しようとしているらしい。バックヤードの部屋から出ていこうとする彼に、ロディと新人ルーキー3人が 必死の形相でしがみつく!

「落ち着いてよ 艦長さん! 戦争でもする気ですか?!」
「オッチャン 正気か!? 目ぇ醒ませ!」
「放したまえ! あと 30代半ばはまだ『オッチャン』ではない!」
「年齢、気にしてるんッスね・・・。って、うわぁ正気だ! タチ悪ぃ!」
「コイツ言う事聞かないわ! 殴っていい?!」
「やめろシンディ! いちいち人をド突き倒そうとすんな!」

4人がかりで取り押さえようとするが、なぜかまったく歯が立たない。体中に取りつく子供をまったく苦にせず ノーランドは ツカツカ突き進む。

き ゃ あ ッ ?!!

部屋の出入口にたどり着き ドアノブに手がかかった時。
突然 背後で悲鳴が上がった。躊躇なく進むノーランドの足が、ほんの一瞬だけ止まる。

 バ チ ッ !!!

何かが爆ぜる音がして ノーランドの体が大きくよろめく。
突然の事で対処できない。呆気にとられるロディ達は、高級ホテルの絨毯の床に崩れる彼の様子を見守った。

「いいか新人ルーキー共!スタンガンってのはこういう風に さりげな~く 使うんだ。」

ピクリとも動かないノーランドの傍らで、強力スタンガン「バチッとオヤスーミエックス」を片手に ナム はニンマリ笑って見せた。
もう片方の手に 小さな金属の丸い粒 を摘まみ、腰に手を当て呆然と佇むモカの方へとかざして見せる。
「それから モカ。コレ、撤去な?
カルメン姐さんに取っ付けられたんだろ? 着替え持ってってやった時だ。」
米粒大の小さな 盗聴器 を 指先でパキッと潰して壊す。
取り付けらた事はわかっていたらしい。驚きを隠せない面持ちで モカがオドオド目を泳がせた。
「気付いてたの? ごめんなさい、カルメンさんも情報共有したほうがいいと思って・・・。」
「ゴメン、ちょ~っと変なトコ触っちゃったけど、悪気ないから勘弁な?
情報共有も問題なし!姐さんも重要な話が聞けて助かったと思うぜ。でも ここから先は止めとこう。今後のミッションに差し障るからさ♪」
「おい!本当に あの作戦 実行する気なのか? 話を聞いた時には 冗談 だと思ってたんだが?」
窓辺のフラットが振り向き聞いた。
さっき「ティリッヒの悲劇」について語った時とは打って変っての 呆れ顔 。ロディや新人ルーキー3人も、白目を剝いているノーランドを介抱しつつ当惑している。
そんな彼らをグルリと見回し、ナムはニンマリ笑って見せる。

「言っただろ?『楽しむ』って♪」

ふてぶてしく、狡猾に。
いかにも楽しそうな 笑顔 だった。

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盗聴器が破壊され、激しいノイズが耳を貫いた。
カルメンは乱暴にイヤホンを外し、裏路地の地面に叩きつけると思いっきり踏みにじった。
怒りで正気を失いそうだった。盗聴器を壊したナムに対しての怒りではない。フラットが語った「ティリッヒの悲劇」に憤りを覚え、血が沸くような激情に 息が苦しく立っていられない。
裏路地建屋の壁にもたれ掛かり、カルメンは一人激しく喘いだ。

( ・・・父さん・・・!!!)

目の前が暗くなる。
かすむ視界に朧に見えるのは、最後となった父の姿。
地球連邦政府軍が用意した 避難船 に乗り込む父は、いつもと変わらない優しい笑顔だった。

『大丈夫だよ、カーリィ。みんなの無事を確認したらすぐ迎えに来るからね。
おじさん達の言う事をよく聞いて、イイ子で待ってるんだよ・・・。』

ティリッヒ国内の無国籍者ASが 全員無事に避難するのを見届ける。責任感の強い誠実な父は、そう言って 娘のカルメンをトビー夫婦に託し、避難艦に乗り込んだ。
幼いカルメンは父の言葉を信じて待った。戦時中の生活は決して楽ではなかったが、歯を食いしばって必死で耐えた。約束通り「イイ子」で待てば 父が迎えに来てくれるのだと 自分自身に言い聞かせながら。
しかし。
「ティリッヒの悲劇」が起こってしまった。
父・マーカスは5万を超す犠牲者の一人になってしまったのである。

「・・・父さん・・・どうして 父さんが・・・。」

震える唇で思わずつぶやく。
何故、あんな死に方をしなければならなかったのか。
持ち得るものを全て犠牲にして 無国籍者AS救済に尽力した父が。
社会的弱者のために戦い続け、何があっても決して信念を曲げなかった強く優しく立派な父が。
何故、何故、何故!!!
自分の体を抱くようにして、カルメンは自問し身悶える。
頭が酷く混乱していた。眩暈と吐き気を同時に覚え、力なくその場に頽れる。

「全部 仕組まれた事 だった。
マーカスはね、騙され利用されてしまったんだ。」

裏路地の暗闇から声がした。
トビーである。
彼はカルメンの傍らに歩み寄り、そっと優しく背中を撫でた。

「マーカスはね、必死で戦ってくれたんだ。
国民避難の対象にならなかった俺達無国籍者ASを避難させようと、何度も何度も政府役人に掛け合ってくれたんだよ。役人共は全く聞き入れてくれなかったけどね。
業を煮やしたマーカスは、罰せられるのを覚悟のうえで地球連邦政府軍のティリッヒ駐屯基地のトップ、当時の基地司令に直訴したんだ。
喜んでたなぁ。やっと聞き入れてもらえたって。
『基地司令はとてもいい人だった。必ず避難艦を用意して見せると約束してくれた。』って、泣きながら俺に話してくれたよ。
・・・嘘じゃなかったとも。地球連邦政府軍は本当に軍は艦隊を編成してくれた。
しかし結果は・・・あの『悲劇』だ!」

怒りに震えるトビーの腕が、強くカルメンを抱きしめる。
改めて顔を見なくても 泣いているのがすぐにわかった。呼吸が苦しく心臓が痛い。激しく痛む胸を押さえ、カルメンは養父に身を委ねた。
そんな彼女の耳に聞こえる、血を吐くような養父の声。
強い怒りと憎悪がこもった 狂人じみた絶叫だった!

「マーカスはこの世の全てから見捨てられた無国籍者俺達に 人間らしい希望を与えてくれたたった1人の 恩人 だった!
こんな事に巻き込みたくはなかったが、今 お前がティリッヒここにいるのも運命だったに違いない!
協力してくれ、カーリィ! 俺達は『ノーランド』に 復讐 する!
何万という無国籍者仲間の命を人柱にして 栄光をつかんだあの親子を、俺はどうしても許せない!
力を貸してくれ、カーリィ!俺に力を貸しておくれ!!!」

「・・・。」
半ば呆然と闇を見上げ、カルメンは慟哭する養父を抱きしめた。

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ビオラ は用心深く周囲を見回し、大きく開いたTシャツの襟ぐりに手を突っ込んだ。
胸の谷間から引っ張り出したのは、小型のボイスレコーダー。裏路地の物陰でずっと見守っていた養父&義理の娘の会話を 一部始終記録してある。
側面のスイッチを軽く押す。これで録音データがモカのPCへと送信された。ホッと小さく一息つくと、ルビーの指輪型スタンガンでボイスレコーダーに電流を流し、破壊して足元に落として捨てた。

( 後は「隊長コマンダー」がどうするかが見物ね。
ったく、改革派のデモ集会であんな面白い事しでかすんだったら 私も参加したかったのに!野蛮女カルメンのお守なんて引き受けるんじゃなかったわ!
・・・でも驚いたわね。野蛮女カルメンの故郷がティリッヒだとは知ってたけど、「悲劇」に関わってたなんて。
同情はしてあげるけど、指揮官のお役目放り出してテロリストに加担するなんて、局長が知ったらどうなるか・・・。)

暗い気持ちでボイスレコーダーを見つめ、靴底で思いっきり踏みにじる。
証拠隠滅である。これで万が一自分が誰かに捕まっても、盗んだ情報を仲間に送信した痕跡がなくなる。
万が一、自分が誰かに、捕まっても・・・。

「動くな・・・!」

陰気な声に ゾッ とした。
いつの間にか背後を取られた。掴まれた利き手が背中に回り、赤く輝く電磁ナイフの刃が鼻先に突き付けられる。
プロだ。太刀打ちできる相手ではないと 即座に判断できる力量である。
ビオラはまだ自由がきく片手を上げ 降伏の意を示した。

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