第9章 光と闇の戦記

2025年4月24日

1.奇跡の街から来た男

改革政党主催のデモ集会は「宇宙港開港式典」の日を挟んで3日間の予定である。
場所はティリッヒ共和国議事堂前の大きな公園。集会開催を明日に控え、会場の広い芝生広場では急ピッチで特設ステージを設置中だった。
そんな中、公園のあちこちで改革政党と保守政党、両方の支持者達が揉み合い小競り合っている。
同じような光景が宇宙空港周辺でも至る所で見受けられる。一触即発の緊張感が国全体に広がっている。ティリッヒは今、重く不穏な空気に包まれていた。

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国中を覆う殺伐とした空気。それにまったくそぐわない ぽかぽか陽気の昼下がり。
議事堂前公園のベンチに座って7個目のホット・チリドックをかじるロディは、兄貴分の様子を伺った。

「ナムさんでも、気にするんッスねぇ。」
「お前、俺がデリケートなの知ってんだろがよ?」
「いえ、意外とチキンってのは知ってます。」
「ケンカ売っとんのかい!?」

ロディはこみ上げる笑いをかみ殺す。
隣に座る兄貴分は、いつも陽気な彼とは思えないほど見る影もなく凹んでいた。

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ナムが激しく落ち込む原因。それは昨日のモカにある。
特殊公安局工作員の出現により、MCミッションコードが変更されてミッションの難易度が格段に上がった。
モカはバックヤードを取りまとめる者として、ミッション中の状況次第では独断でMCミッションコードを変更できる権限をリュイから与えられている。
しかし、今回は勝手が違う。何をどうすればコンプリートするのかサッパリわからないミッションで、いきなり 指揮官 に任命された ナムは声を荒げて喚き立てた。

「ちょ、待った!
おかしいだろそれ、こんな状況で俺が指揮官とか 何の冗談・・・!?」

その時。
モカがビクッと身を強ばらせ、逃げるように後退った!
顔色まで変ってしまった。青ざめ 怯えたような目をしてスッとナムから目線を反らす。
「 きょ、局長命令、です。
MCミッションコード5Aファイブエーの指揮官は、リグナム・タッカー、です。
今後はみんな、ナム君の指示にしたがってくだ、さい・・・。」
消え入りそうな彼女の声も、動揺していて震えていた。
それを機会にその日は終了。いったい何をどうすればコンプリートにこぎ着けられるかわからないまま、MCミッションコード5Aファイブエーは始動した。

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・・・で、今に至る。

翌朝、ロディとデモ集会会場を下見しに来たナムは、瀕死の病人のようだった。
「 近寄っただけで 3歩 も後退るンだもんな~。しかも今朝も起きたらもういなくなってっし。」
「どこ逃げたンッスかね、モカさん。」
「逃げたとかゆーな逃げたとか!
・・・カルメン姐さんン所だとよ。シンディに言伝残しての聞いた。」
「カルメン姐さんに発信器取っ付けてたンッスか?さすがッスね。モカさん!サム姐さんも一緒ッスか?」
「いや、あの人はショッピング。
自分の服買いに行ってンよ。マジで指揮取る気ないらしい。暴れてぇだけとか、本当タチ悪りぃ!
ビオラ姐さんも戻ってこないし、ったく、どーすりゃいいんだか!」
「そッスねぇ・・・。」
相槌打ちつつ苦笑を堪え、ロディは8個目のチリ・ドックに手を伸ばす。
落ち込み方が半端ない。普段元気な兄貴分の凹んだ姿は哀れでもあり、申し訳ないが滑稽だった。
「元気出してくださいよ ナムさん。仮にもまだミッション中なんッスから。」
「ンな事言ったって そのミッションもヤバいだろーが。しかも指揮官なんかにされちまったし!」
「確かに。でも撤収すりゃいいじゃないッスか。
それっきゃないッスよ。特殊公安局が噛んでる案件ヤマなんて、 俺達の手にゃ負えねぇッス。」
口いっぱいに頬張るチリ・ドックがメチャクチャ美味い。
実際、火星に帰る気満々だったロディは思いがけない言葉を聞いて、飲み込み掛けてたチリ・ドックで喉を詰まらせるところだった。

「いや、撤収はない。
このまま帰れっかよ、テロが起こるかも知れねぇってのに!」

「・・・はぁ? 何言ってンッスかナムさん!」
スパイスでヒリつく喉に咽せつつ、隣の兄貴分を凝視した。
どんよりしてるが目は真剣。ナムは厳しい面持ちで、建設中の特殊ステージを眺めて考え込んでいた。
「改革政党デモ集会での爆弾テロは俺達にバレて失敗じゃないッスか。」
「まぁな。でも、特殊公安局のヤツらがそれでスゴスゴ引き下がるかっつーたら、そうだとも言えない。」
「そりゃそうッスけど・・・。」
「だいたい、バックヤードにすっ転がってる愉快な捕虜共、アイツらほとんど何も話してないんだぜ?
聞き出せたのはテロの可能性だけ。肝心要な事は黙ってやがる。嫌な予感するんだよな〜。メッチャ嫌な予感が!」
「・・・。」
ロディは食べ掛けのチリ・ドックを忘れた。
胸に不吉な不安が広がり始め、無限を誇る食欲はキレイさっぱり吹っ飛んだ。
「肝心要って・・・どういう事ッスか?」
「 首相暗殺の 理由 だ。」
ナムは後頭部を掻きむしる。

「特殊公安局がティリッヒで目論んでる事はわかった。
役に立たねぇ保守政党の排除と有力議員の飼い慣らし、地球連邦政府に従順な内閣作ってティリッヒ乗っ取り。そのためにデモ集会まで用意して爆弾テロ計画してたんだ。犠牲者が出りゃ あっという間に政権交代、マジでラミレスかオルバーン辺りが首相になっちまうんだろうよ!
それじゃ何で サトラー を殺す? 彼女を 暗殺 しようとした理由がわかんねぇ。」
「それはその・・・サトラー首相を爆弾テロの 黒幕 にする気だったとか?
暗殺した後 彼女の家からテロの証拠がワンサカ出てくる、な~んて偽装工作、特殊公安局ならお手の物ッスよ?」
「だったら テロの後に暗殺するべきだ。 諜報員まで雇ってやらせたって設定の爆弾テロだってのに、起ってもねぇ内に黒幕予定の人間消したら笑い話にもならねぇだろ!
しかも暗殺方法がビーナッツ・バターだぜ? 下手すりゃ誤食で片付くやり方だ。テロの責任追及されて自殺 したって話にするにゃ、かなり無理があるっつの!」
「そんじゃ、なんで・・・。」
「さっっっぱりわかんねぇ! なんとか 穏便な事故死 にしようとしてたってくらいしかな。」
後頭部を掻くのを止め、ナムが腕組み顔をしかめる。

「だからって ほっといていいワケ ない。人の命が掛ってんだ!」

目の前を忙しそうに行き来する デモ会場設営の業者達を眺め、不機嫌そうに吐息を付く。
そんな兄貴分の横顔を眺め、ロディは密かに感嘆した。

( な、なんか ナムさんが凄ぇッス!
マジで 指揮官みたいッスよ! 火星バイオテクノロジー研究所のミッションみたいな、新人ルーキー達の 子守 的な指揮官じゃなくて!
隊長コマンダー? これ、隊長コマンダーの顔かッスか?
カッコいいッス、ナムさん!!!)

ところがどっこい、その直後。

「 ・・・まぁ、それはそれとして置いといて。
問題はやっぱ モカ だよな! せつね~! ダメだコレやる気でねぇ~~~!!!」

( あ、ウン、ダメッスね。)
高揚感が一気にしぼんだ。ロディは再びチリ・ドッグを食す。
(まぁ、これだけ落ち込むんだったら モカさんに対して少しは遠慮してくれるっしょ。
直球ばっかじゃ困らせるだけだし、マジで振られちまうッスもん。丁度いいかも知れないッス。)
おとなしい姉貴分を思いやり、多少なりとも安堵した。
しかし。

「コレは道のり長そーだなー。打ち解けてもらう為にももっと 積 極 的 にアプローチして~。」
「うわぁ、全然わかってない。」
「この切なる想いを直接 ガ ン ガ ン アピールして~。」
「しかも、まったく懲りてない。」
「お友達から始まるにしても、なる早で カ レ シ に 昇 格 したいしな~。」
「『NO』のお返事聞く耳ナッシング、それもちっとも変ってない。」
「 指揮官 にされちゃった事だし? ここはいい所ガッツリ見せて男のカブを上げとこう、うん♪」
「ティリッヒ共和国の皆さん、こんな人が指揮官でゴメンなさい。」

鋼の強さのポジティブ思考もここまで来れば犯罪レベル。
ストーカー化でもしそうな兄貴分にロディは思わず頭を抱えた。
その時・・・。

「 諜報員 って奴らはもっと地味に生きてると思ってたんだがな。
お前ら見てると理解に苦しむ。何 こんな目立つ所で堂々と 掛け合い漫才 やってんだ!」

どこかで聞いた事のある渋みの聞いた声だった。
驚き慌てて振り返るなり、思いがけない人物の 別人のような 笑顔 を見た!!!

「・・・えぇ!? フラット のオッサン!?!?」

「 元気そうでなによりだ。こんな所でまた会うとは、奇遇にもほどがある。」
元・地球連邦政府 地方補佐官 のボディーガードだった 男の、屈託の無い笑みが眩しかった。

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