第3章 シャワー室の共闘
8.合い言葉の意味
『・・・一昨日、武装窃盗団に押し入られたマルス郊外工業地帯の バイオテクノロジー研究所 で、今日未明大規模な 爆破事故 が起りました。
これにより研究所施設はほぼ全壊。現在爆発に巻き込まれた被害者の有無を確認中です。
警察が原因を調べていますが、詳しい原因はわかっていません。爆発時に 巨大なキメラ獣 が奇声を上げながら暴れているという目撃情報もあり、警察は因果関係を調べています。』
ニュースキャスターが昨夜の「仕事」を伝えている。
局長室のソファに座り、リュイはテーブル上のモニターを眺め香り高いコーヒーを口にしていた。
「昨日の『仕事』は『爆破事件』で片付けられたか。しょうがねぇな。
って、キメラ獣?
まさかこれ、俺の事か?」
缶ビールを煽るマックスが心配そうに聞いた。
十中八九そうだろう。
義腕の巨人は図体の割に神経質で繊細である。落ち込むと正直、鬱陶しい。リュイは「気にするな」としか言わなかった。
昨夜の内にバイオテクノロジー研究所は、火星上から消え失せた。
テオヴァルトが仕掛けた爆弾とベアトリーチェのロケットランチャー。それらに加えて義腕の巨人が大喜びで暴れた結果、施設はただの廃墟となった。
特に集中砲火を浴びたのは機材倉庫。鉄壁の防御システムも虚しく、建屋はもちろんその地下までも完膚なきまで破壊された。
もう キメラ獣の製造はできないし、そんな哀しい生物を造っていたという痕跡もない。
物的証拠は全て破壊され、無惨に瓦礫の山となった。この事件は 稀に見る大惨事 として大々的に報道された。
しかし。
この夜もう一つ とんでもない事 が起きていた。
地球連邦政府軍 火星駐屯部隊基地の 奇襲 。
基地施設の全壊3棟半壊7棟、装甲車は全てスクラップとなり、航空機類はほぼ壊滅。死者こそいないが重軽傷者がザッと数えて80名強。重傷者のほとんどは士官クラスの者達で、基地司令官に至ってはリハビリ付きで全治5ヶ月。
この大惨事がたった1人の傭兵の仕業だなどと、誰も考えはしないだろう。
TVニュースのキャスターが別の話題を話し始めた。
マックスが少し顔を顰める。
「そっちは報道なし、か。
軍の野郎共に隠蔽されたな。研究室なんか目じゃねぇくらい大事件だっただろうに。」
「ただの野暮用だ。騒ぐ事じゃない。」
「よく言うぜ。この朴念仁!」
マックスは空になったビール缶を握りつぶした。
相手は地球連邦政府軍である。組織の汚点をもみ消すような性根の腐った連中でも、太陽系最大軍事力を誇る。叩くとなれば無事ではすまない。生きて帰れる保証もない。
運良く命あっても、太陽系中に指名手配される。生涯特殊公安局に付け狙われる。どのみちまともな死に方はできない。
「だから1人で『仕事』したんだろうがよ。まぁ、足が付くようなヘマはしねぇだろうが。
・・・で? 禿げネズミの首尾は?」
「ついさっきMCがついた。5Aだ。」
「けっ! 証拠引き渡しだけで5Aか。
禿げネズミの野郎、ボロ儲けだな。」
マックスが新しいビール缶を開けた。
「だいたいアイツだろぉ?火星駐屯基地の雑兵共に俺達の事、売 り や が っ た のは。
わざわざこの場所まで教えやがって。連中が送り込んで来た雑草キメラ獣のお陰でシャワーもまともに浴びらンねぇ!」
「・・・。」
リュイは空になったマグカップをテーブルに投げ置いた。
ビオラがチンピラ共から奪ったコンバットベアーの細胞と、リュイが火星駐屯部隊基地でが引っ捕まえてきた植物型キメラ獣の飼い主数人。それらを特殊公安局に引き渡すため、統括司令・ エメルヒ に一枚噛ませたのである。
この男は顔が広い。地球連邦政府の官僚にも通じているため、特殊公安局相手の取引きならばうってつけの仲介役。遺憾なく実力を発揮しまくり、見事事件の口止め料として大量のマネーカードを手に入れた。
「いえね、私は止めたんですよ?
なんぼキメラ獣に基地襲撃されたからって、天下の地球連邦政府軍様に楯突くなんざ、アホなマネはすんなってね。
それにしても、驚きですなぁ!
たかが傭兵1匹に駐屯基地が 壊滅 たぁねぇ!火星は田舎惑星とはいえ連邦政府直轄地、そこに駐屯する部隊がこれじゃ、軍上層部や政府官僚の皆さんが黙っちゃないでしょ。いや、オタクらも苦労しますなぁ。
・・・もちろん、誰にも言いませんて! ウチは口が固いのが売りでしてね? 報酬さえキチンと頂ければ、秘密厳守は当然ってヤツだ。キメラ獣の細胞サンプルも、あの男が拉致した事件関係者数名と一緒に速攻お渡し致しますぜ?
・・・とどのつまりはそういう事!
火星におけるキメラ獣密造・密売、その完璧な隠蔽をウチの部隊に依頼した。
そういう事にしときましょうや♪ 実際、あの研究所はもう無くなっちまったんですしねぇ♪♪♪
・・・そんじゃ、商談成立って事で♡
まぁ任せといてくださいや。知り合いの官僚さん達にゃ、ちゃ〜んとよしなに言っときますから♡
ね? 特殊公安局のお偉いさんよぃ♡♡♡」
かくして、MC:5Aは始動と同時に完了した。
マックスがブツブツぼやいたように、エメリヒの懐には両手に余る桁数のマネーカードが転がり込む。
植物型キメラ獣の飼い主にリュイ達を売ってせしめた金も、かなりの金額だったのだろう。
「クソ面白くねえ!
何が『お前達ならやってくれると思ってた♪』だ!あの守銭奴の人でなし野郎!」
苛立つマックスが缶ビールを煽り、一気に飲み干し悪態ついた。
「モカを呼べ。コーヒー淹れさせる。」
リュイはテーブルの上に足を投げ出し、足元に放り投げてあった読みかけの本を取り上げた。
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火星の地平線に太陽が沈みつつあった。
と言っても、本物の太陽は4億弱Km離れている。今沈みゆく太陽は 人工太陽 。火星をテラフォーミングする際作られ、本物の太陽と重なるようにして火星衛星軌道を巡る精巧な 太陽光強化用衛星 である。
マルスからの帰路の途中、ナム達は荒野でバギーを止めた。
早く帰りたいのは山々なのだが、いい機会。新人達に火星の夜を見せておこうと、休憩を兼ねて停車したのだ。
赤い荒野が次第に闇に飲まれていく。
火星の夜は暗く冷たい。吹き荒ぶ風の音しかしない、どこまでも続く虚無の世界だった。
シンディがブルっと身震いした。
「見てるだけで身体が凍っちゃいそう・・・。」
「そうね。気温も随分下がってきてるわ。」
ビオラが自分のパーカーを脱いで震えるシンディの肩に掛ける。
「人が造った太陽じゃ充分地表が暖まらないのね。でも、この夜の世界が本当の火星なのかもしれないわ。テラフォーミングする前の、ありのままの、ね。」
「なぁなぁ、てらふぉーみんぐって、なんだ?」
マルスで買ってきたハンバーガーを齧るコンポンが聞いてきた。
ストリートチルドレンだった孤児の彼は、学校に通う機会がなかった分、知らない事がたくさんある。
そんな彼の疑問に答えてやるのが、フェイの日課になりつつあった。
「えっと、人が住めない惑星や衛星を、人が住むめるように開拓する事だよ。」
「ワクセイはわかるけど、エイセイってなんだ?
あと、カイタクって?」
「え〜、そこからぁ???」
疲れを見せない新人達の様子をバギーの運転席から眺めながら、ナムは大きく伸びをした。
特殊公安局との修羅場の最中、突如知らされたMC。その詳細を伝える モカ の連絡がそれぞれの通信機に入ったのは、ちょうどその時だった。
「それで公安局の連中が撤収したんだな。
副長達がバイオテクノロジー研究所を襲撃、局長が連邦政府駐屯基地を奇襲、か。なるほどね。」
もう一台のバギーの運転席で、カルメンがうなづき苦笑した。
「 で? 随分連絡が遅かったけど、どうした?」
『スミマセン、 報酬の交渉で手間取って・・・。』
「どうせ、禿げネズミが報酬出し渋りやがったんだろ? ったく!」
『でも、結局こちらの言い値は通りました。今回の報酬、大きいですよ!』
モカの声が陽気に弾む。
そこには昨夜シャワー室で見せた怯えも不安も感じられなかった。
『皆さん、お疲れ様です!
ミッションコンプリート、コングラジュレーション!』
「コングラジュレーション!!!」
ビオラがシンディを抱きしめながら、ロディがこれで8個目になるハンバーガーを頬張りながら。
それぞれがモカに返礼する。
カルメンもニッコリ微笑んだ。
「コングラジュレーション、モカ。
帰ったらコーヒー淹れてくれる? マルスで買ったの飲んだんだけど、不味くって。」
『はい。承知しました!』
通信を切ろうとしていたカルメンに、フェイ・コンポンが声を掛ける。
2人はバギーの外から運転席の窓を覗き込み、不思議そうに聞いてきた。
「なぁなぁ。
こんぐらちゅれーしょんって、なんだ???」
「何でミッションが終わったら『おめでとう』って言うの?ちょっと変じゃない?」
「ん?あぁ、コレは合言葉みたいなモンで・・・。
そういえばなんでだろうな? 私がこの部隊に来た時から、ずっとそう言ってたけど・・・???」
カルメンは当惑し、新人達の肩越しに仲間達を見回した。
ビオラも「あれ?」と言った面持ちだし、ロディはごん太眉毛を顰めている。
誰も深く考えた事がないようだ。もちろん、ナムもわからない。傭兵達やカルムン達が当然のように言っていたので、何となくそれに倣っただけである。
全員押し黙ってしまう中、疑問に答えたのは モカ だった。
通信機の向こうから、穏やかな声で説明する。
『 局長 が「仕事」の後によく言ってたんだよ。
いろんな意味があるそうです。
「作戦終了おめでとう」「無事完了おめでとう」「やり遂げておめでとう」。
あと・・・。「 生 き 残 っ て、おめでとう」。』
最後の一言に、全員がギョッと自分の通信機を見た。
『私たちが請負う「仕事」には危険がつきものです。
命ある事を大事に思って、「仕事」の最後の合い言葉にしたって聞きました。
でも、最初に言い出したのは 私 なんだそうです。局長のマネして「仕事」から帰ってきた傭兵部隊の皆さんに言ったって。
正直よく覚えて・・・ないんですけど・・・。』
「・・・。」
ナムは自分の新しい通信機でモカの声を聞いていた。
前の通信機・カボチャ抱えたほっかむり骸骨のランニング・マンは自爆して果てた。代わりにロディに作ってもらったのが、マヌケ顔した般若がモチーフのメッチャカッコいい腕時計(所有者本人はそう思っている。)。感度良好で音声クリア。だからこそなんとも言えない気分になった。
モカが「局長」と言う度胸がモヤモヤするのだ。
昨夜のシャワー室での事が気になり過ぎて仕方がない。キメラ獣相手の共闘後、なぜモカはあんなに怯えていたのだろう?
なぜリュイは、「モカは局長室に居る」だなどと奇妙な嘘を付いたのだろう???
気になって仕方がない。
こんなにモヤモヤしている自分が、我ながらよくわからないのだが。
『改めまして、ミッションコンプリート、コングラチュレーション!
皆さん、気をつけて帰ってきてくださいね。』
「コングラチュレーション!」
通信を締めくくるモカの言葉に、仲間達が再び返礼する。
笑顔で「合い言葉」を口にする彼らに混じり、ナムもマヌケ般若の通信機に小さな声で呟いてみた。
「・・・コングラチュレーション。」
返事は、ない。
少しだけ胸が痛かった。