第3章 シャワー室の共闘
2.キノコと触手と裸のモカと
きのこ が生えている。
しかもなぜか、大量に。
どれも傘の部分が毒々しい原色カラーで、水玉だったりチェックだったりワケのわからない迷彩柄だったり。そんなあり得ない きのこ が自分の体からニョキニョキ無限に生えてくる。
それをリーチェがチマチマ摘んで、フライパンにぶち込みテキトーに炒め、「さぁ、喰いやがれ!」と突きつけてくる。
(冗談じゃない!)
拒否して逃げると目の前に、アイアンメイデンが立ち塞がった。
「食べないんだったら、お仕置きよ♡」
高圧洗浄機を手にしてニンマリ笑い、ノズルの口を向けてきて・・・。
「 ぅおわあぁ!!? 」
ナムは掛布を蹴り飛ばして跳ね起きた。
寝ぼけ眼で辺りを見回し、時計を見ると午前1時。夢見が悪い。あまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑した。
(結局今日もシャワー浴びてねぇんだよな。
高圧洗浄機喰らったから、もう2、3日イケると思って。)
よく考えたら、そんなワケがない。
下手すると、また朝イチで高圧洗浄機の洗礼を受けるかも・・・。
そう思ったら、眠気が吹っ飛びゾッとした。
もの凄い水圧でメチャクチャになった食堂と、新人達がやらかしたつまみ食いでの砲撃跡を必死で片付けたばかりである。
満身創痍の体を押しての作業は丸っと一日掛かった。冗談じゃない。人一倍丈夫であるのは自慢の一つだが、こんなのはもうゴメンだった。
(・・・一浴びしてくるか。)
ナムは仕方なくベットから降り、クローゼットからパンツを引っ張り出した。
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基地の シャワー室 は広い。
壁、床、天井はコンクリート打ちっぱなしで浴槽はなく、シャワーのノズルごとに仕切られた個室が奥までズラリと並んでいる。
脱衣所も無駄に広く、空気が冷え切りとても寒い。
モカ は中央に据え置かれた簡易テーブルに着替えを置くと、不安げに周りを見回した。
照明は灯さない。持参してきたランタンの乏しい明かりで服を脱ぐ。
その間も注意深く、辺りの気配を窺い続ける。
深夜のシャワー室はとても静かで、吹きすさぶ風の音以外何も聞こえてこない。
モカは安堵の息をつき、素肌にバスタオルを巻き付けた。
ランタンと洗面用具を入れた袋を手にしてふと振り返る。
脱衣所からシャワー室内へ入る入口。そのすぐ横の壁に取り付けられた 姿見鏡 が、イヤでも目に飛び込んできた。
所々ひび割れて、黄ばんでいるがとても大きい。
モカはどうしてもこの鏡が好きになれなかった。
体に巻いたバスタオルの端を強く握りしめ、自分が映る鏡の前を顔を背けて通り過ぎた。
一番奥の個室に入った。
壁の仕切り板には小さなフックが取付けられている。それにランタンと洗面用具の袋を掛け、バスタオルを外して仕切り板に掛ける。
バルブを捻ると備え付けのシャワーから温かいお湯が溢れてきた。
( お湯の出が悪い?
この間修理してもらったばっかりなのに・・・?)
モカはシャワーを見上げた。
「マックス全裸で吹っ飛び事件」後、再改造されたシャワーの水圧はとても快適だった。
それが今日はバルブを全開にしても勢いがない。
体にお湯を受けながら、訝しんでいたモカは突然、ビクッと身体を震わせた。
( 何か いる!?)
背後に 気配 を感じたのだ。血が凍る思いを味わった。
脱衣所には鍵がない。
だから誰でも入室可能だが、基地の男達が入ってくるのはあり得ない。意外や彼らは紳士的で、脱衣所に入る前には必ずノックはしてくれてるし、間違えて入って来てもモカの衣類があるのに気付けば黙って遠慮してくれる。
女性達でも入ってくるなら必ず声を掛けてくれる。無言で近づくなどあり得ない。しかも、すぐ後ろまで間合いを詰められたのにまったく気が付かなかった。
( 基地の人じゃ、無い・・・! )
モカの身体を伝って落ちるシャワーのお湯が、コンクリートの床を打ち付ける。
その水音に心臓の音がうるさいほど共鳴する。叫びたいのを必死で堪え、洗面用具袋に手を伸ばした。
袋の中にそっと手を入れ、ある物を探し当て握りしめる。
そして 深呼吸して気を鎮めると、水飛沫を散らして素早く振り向き、手にした物を投げ付けた!
鋭く研ぎ澄まされた小柄なナイフ。その切っ先が空を切る!
ザクッ!
刃は見事に 標的 を捕らえ、狙った高さに ヒット した!
しかし・・・。
( ・・・ !!? )
目に飛び込んできた光景に、一瞬我を失った。
モカは 標的 に 絡 め 取 ら れ た 。
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もし素人が耳にしたなら、ただの気のせいで済ますところ。
ほんの微かなその物音が 悲鳴 と判断できたのは、日頃の訓練の賜物だった。
シャワー室の脱衣所前まで来ていた ナム は、扉を蹴り開け突入する。
脱衣所は真っ暗で何も見えない。しかしシャワー室内に薄明かりが見え、異様な気配が感じられた。
駆け出すついでに着替えを投げ捨て、シャワー室の入口に向かう。照明スイッチは姿見鏡のすぐ横にある。手探りでそれを探し当て、強く拳を叩きつけた。
室内が光で満たされた。
その時、そこで目にしたのは・・・・・・。
「 !?!?!? 」
言葉を失い、立ち尽くした。
シャワー室が 不気味な触手 で埋め尽くされている!?
太さは女性の腕くらい。濁った緑色のグロテスクな触手がコンクリートの床にいっぱい折り重なって這い回る。
怖気が走る光景なのだが、ナムは目を剥き凝視した。
正確には 気色の悪い触手ではなく、その触手に拘束されて身動きできない 裸のモカ を。
両手両足を絡め取られて個室の中から引きずり出され、抵抗できずに宙吊りにされている。
「・・・な・・・???」
まるで状況が飲み込めない。
ナムはただ呆然と、 一 糸 ま と わ ぬ モカの姿を不本意ながら ガン見 した・・・。
「・・・ 後ろ ッ!」
モカの叫びで我に返った。
とっさに身をかがめ敵襲をかわす。いつの間にか不気味な触手がナムの背後まで這い回り、鋭く尖った先端もたげて串刺しにしようと狙っていたのだ。
触手の切っ先はナムの頭を際どく掠め、床のコンクリートを破壊した。
(・・・なに見てんだ、俺!!!)
自分自身を叱責し、床を蹴って走り出す。
モカへの接近を試みる。それを察して襲い掛かって来る触手を何とか交しながら、徐々に間合いを詰めていく。
ひときわ太っとい触手に刺さっていたナイフを見つけ、すり抜け様に掴んで抜き取る。逆手に持って繰り出すと、触手は容易く切断できた。
(よっしゃ、イケる!)
モカのすぐ側までたどり着き、ナイフを素早く閃かせる。
複雑に絡み合っていた触手は切り裂かれ、自由になったモカの体がナムの足下に落ちてきた。
助け起こそうする前に、モカは身を翻してあっという間に視界から消えた。
( 早っ!?)
少女の素早さに舌を巻きつつ、ナムも一旦距離を取る。
ナイフで触手を牽制しながら、ジリジリと壁際に後退した。
( コイツ、キメラ獣 か?
切った手応えからして、植物と軟体動物を合体加工したヤツっぽい。床の排水溝から触手だけ送り込んでるんだ。
だとしたら、 本体はたぶん 基地の外 。浄水タンクの辺りにいるはずだ!
さて、ここからどーすっか?
傭兵のオッサン共叩き起こす? そんな余裕、どこにもねぇし!)
背中が壁と接する前に、何か 柔らかい物 にぶつかった。
驚き、一瞬 振り向きかけたが、即座に首を前に戻す。
モカが背中にすがっている。立っているのも辛いらしく、苦しそうに喘いでいた。
背中に震えが伝わってくる。自分が着ているTシャツの薄い生地をとおして伝わる肌の温もりが生々しい。
この状況は刺激が強い。ナムは激しく狼狽えた。
「だ、だだ、だいじょぉ、ぶ?」
一応気遣ってみたものの、声に動揺が出て情けない。
モカは話せる状態ではないようで、返事の代わりに頷いた(気配がした。)。
( 大丈夫、なワケねーだろどう考えても!
かといって、これ以上見ちゃうわけにはいかないし ・・・!)
前に迫り来るキメラ獣の触手、後ろに震える全裸の少女。
どうしていいかわからない!
1人オロオロ狼狽えてると、背中のモカがささやいた。
「ゴメン、何か着てくるから、時間稼いで・・・。
少しだけ一人で頑張ってくれる・・・?」
了解した。
一呼吸の間を置いて、二人は同時に動き出す。
ナムは守りから攻撃へ転じ、ナイフを持つ手を閃かせた!
そして、ほんの一瞬視界の端で、脱衣所へ走るモカを見送った。