第3章 シャワー室の共闘
4.男を見せろ!ランニングマン
首に掛けてるペンダント型通信機「カボチャ抱えたほっかむり骸骨のランニング・マン」が鳴った。
『リグナム!お前今どこだ!!?』
回線をつなぐと骸骨がカルメンの声で喚き出す。
ナムは触手の攻撃をかわしながら、怒鳴るようにして応答した。
「風呂場!今 取り込み中!」
『襲われてんのか!? 状況は!!?』
「ナントカなってんよ! チビ共無事か!!?」
『テオさんとサム姐さんが助けた!
キメラ獣の本体は副官とリーチェ姐さんが仕留めに行った!
今助けに行くからな、踏ん張ってろよ!!!』
通信は切れた。
ナントカなってるとは言ったものの、状況としてはかなり悪い。
手元には小さなナイフが1本、なのに触手はぶった斬っても一向に減る気配がない。足場も濡れてて滑りやすい。攻め込むのにも限界があり、襲い掛かってくる触手の群れに今は防戦がやっとだった。
息も上がってきた。嫌でも蓄積していく疲労が身体の動きを鈍くする。
それでも触手の切先が頭を際どく掠めた時は、疲れを忘れて激昂した。
「しつっけぇんだよ!!!」
怒りのままにナイフを振り抜き、目の前まで迫ってきていた触手をバッサリ叩っ斬った!
その時。
「・・・ぅあ?!」
ガクンと体が傾いた。
濡れたタイルに足を滑らせ、体勢を崩してしまったのだ!
大きく傾く視界で中で、触手の群れが一斉に襲い掛かって来るのが見えた!
( やられる! )
そう思った一瞬後。
銀に煌めく細かい 何か が、触手の群れを切り裂いた!
「ナム君、大丈夫!!?」
モカの声で我に返り、足を踏ん張り何とか転倒を回避する。
入口付近まで後退すると、モカが隣に駆け寄ってきた。
「怪我は?!」
「ない。サンキュー、助かった・・・って、えぇ!?」
感謝の言葉は吹っ飛んだ。
臨戦態勢の勇ましいモカは、何と ナムのTシャツ を着ていたのだ。
混乱の最中、咄嗟に落ちていた衣類を身に付けたのだろう。パジャマ代わりに使っている白い薄手のTシャツは、小柄なモカにはかなり大きくワンピースのようになっている。
ただし丈が少々短く、白い生足がやたらと眩しい。
しかも体を拭かずに着ちゃったようで、濡れた肌に生地が張り付きいろんな曲線が浮き彫り状態。
オマケにあちこちビミョーに透けてて・・・。
( いや!そこまで見ちゃダメだ!!!)
ナムは思いっきり顔を背けた。
首が「ゴキっ」と音を立てたが、痛みを感じる余裕はなかった。
「ゴメン、Tシャツ、洗って返すから。
とりあえずコレ使って!」
モカが何かを渡してきた。
顔を戻せないので手探りで受け取る。刃渡りの大きいサバイバル・ナイフだった。鞘はない。モカが上手に柄を握らせてくれた。
「なんでこんなモンが風呂場に?」
「テオさんのナイフ。
シャワーの後ひげ剃るのに使ってるって聞いたから捜してみたの。あって良かった!」
「・・・なんてオッサンだ。」
「いろいろ思う所はあると思うけど、ここは2人で何とかしないと!
今は目の前の敵に集中しよう!」
「お、おぅ!!!」
心中見透かされたようで焦ったが、何とか平静を装った。
自分の邪念を振り払うように、モカを狙って突っ込んできた触手を思い切り叩き斬る。モカのナイフはそこで力尽き、柄の部分から折れてしまった。
テオヴァルトのナイフに持ち替え構える。
研ぎ澄まされたいいナイフだ。これならイケるとナムは踏んだ。
「奥の一番太いヤツ、見えるか?」
「最初に私が襲われたヤツ?」
「ずっと動きを見てたけど、ここの触手はアレに全部つながってるっぽい。」
「わかった。フォローする!」
多くを話さなくても意図は通じた。
なかなか頼もしい。ミッション遂行時バックヤードを担当しているモカと「共闘」するのは初めてだが、普段のおとなしい彼女とは別人のように勇ましい。
(キメラ獣に襲われて酷い目にあって、しかも男に素っ裸見られたんだ。
逃げ出したいってのが本音じゃね?なのに武器調達して戻って来てくれた。
上等だ! 相手がバケモンでも負ける気しねぇ!
いい所見せなきゃ男じゃねぇよ!
覚悟しやがれ、ぶった斬ってやる!!!)
疲労で重たい足に喝入れ、ナムは身を低くして走り出す。
触手は素早い反応を見せた。槍のような切先をもたげ、狙い定めてナムを狙う!
髭剃り代わりに使っていたとはいえ、さすが傭兵のナイフだった。モカの小型ナイフとは比べものにならない。見事な切れ味で触手が次々と切り裂かれて落ちていく。
進行方向正面からの攻撃が激しくなり、先に進みにくい。ナムは軽く舌打ちした。目指す標的を悟られたのだ。
この猛攻をかわし切るのはさすがに無理。
多少の怪我は覚悟の上で、そのまま標的目がけて斬り込んだ!
キュイン!
乾いた金属の音がして、細かい銀光が閃いた!
同時に目前まで迫ってきていた触手が斬られて飛び散り、大きく道が開かれた。
(今のは・・・ ワイヤーソード !?)
負けじとナイフを繰りながら、ナムは密かに驚愕した。
ワイヤーソードとは、鋭いワイヤーを繰って戦う接近戦用の小型武器。
手元のグリップに収納されたワイヤーを引出し、それを刃に相手を斬る。腕を磨けば相手の腕や首を切り落とす事も可能。間合いを詰めて懐に入り、ワイヤーで一気に引き切るのだ。
非常に繰るのが難しい武器だが、モカはさらにそのワイヤーを 飛ばして 敵を攻撃している。
細くしなやかなワイヤーを波立たせながら遠くへ飛ばし、遠距離にいる相手を襲う。切断するほどの威力はないが、大きな血管や腱を狙えばそれなりの効果が期待できる。
高い技術が必要になる。そんな武器を非戦闘員であるモカが使っているのが信じがたい。
ナムは触手の猛攻の隙をつき、背後に目線を走らせた。
細い身体を大きくしならせ、ワイヤーを飛ばすモカ姿は、華麗に舞っているようだ。
しかしその目は鋭く厳しい。切り込むナムを襲う触手を仕留める事に集中していて、凛としていて猛々しい。
(・・・ 綺麗だ ・・・。)
彼女に驚かされるのは、これで何度目だろうか?
ナムは一瞬、修羅場を忘れた。
「危ない!」
「っとぉ!」
また、モカの声に助けられた。
真正面から迫る触手を慌ててかわして叩き切る。
ワイヤーソードが左右背後からの攻撃を確実に防いでくれるお陰で、目指す標的への道筋が面白いほど容易く開く。
ナムはナイフを逆手に構え、触手の群れ下に潜り込んだ。濡れタイルの床を利用して、スライディングで間合いを詰める。
標的の太い触手は一番奥の排水溝から生えていた。
滑り込みの勢いのまま、人の太腿程ある触手を思いっきりぶった斬った!
ブシャーーー!
根本から切った触手の幹から緑色の体液が迸る!
それをかわしつつ、胸で揺れてる「カボチャ抱えたほっかむり骸骨のランニング・マン」を掴んで鎖を引き千切る。
骸骨部分を折り取ると、ランニング・マンはシャカシャカと足を器用に動かし始めた。
「コイツ、気に入ってたんだけどな。ま、しゃぁねぇか!♪」
ズボ!
のたうち回っている幹の切り口に、ランニング・マンをたたき込む!
触手の群れが動きを止めた。
それを見届け踵を返し、入口付近で目を丸くしていたモカに飛びつき抱きしめた。
「伏せろ!!!」
肩から脱衣所へ転がり込んだ。
次の瞬間。
ズズズズン!!!
地を這うような音が響き、脱衣所の床が大きく揺れた。
首のないランニングマンは幹の中を駆け足で掘り進み、「本体」近くで自爆したのだ。
これも、発明少年ロディが施した小細工である。見た目の趣味の悪さはともかく、爆薬仕込んだ通信機など一歩間違えば、使用者本人が大惨事。
それでも今回は役に立った。
触手の群れは茶色くなり、次々枯れ落ちていった。
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( やった・・・!!)
脱衣所の床に伏せていたナムは、勝利を確信して起き上がった。
心臓の鼓動が喧しいし、酸素を欲して肺が痛い。呼吸が整うまでただ茫然と、枯れゆく触手達を眺めていた。
安堵と疲労が半端ない。だから、すっかり忘れていた。
とんでもない状況にある、勇敢な 共闘者 の存在を。
「・・・ あ の ・・・。」
胸元から聞こえた微かな声。
我に返ってぶっ飛んだ。落ち着きつつある心拍数が再びガツンと跳ね上がった!
「 ぉうわぁあ!!? 」
慌ててホールドしている モカ の 身体 から両手をはがす。
ついでに そっちへ行きがちな目線も無理矢理引っぺがす!
「ごごごごごごごごめん俺別にそんなつもりじゃなくて!
つい、ってゆーか勢いっ、てゆーか! !!」
「・・・。」
反応が無い。
モカは体を抱くようにして俯き、痛ましいほど震えていた。
半裸の自分を恥じらって というよりも、酷く怯えているように見える。
「ど、どした? もしかして、怪我とかした?」
なるべく見ないように努めながら、恐る恐る聞いてみる。
モカは首を小さく横に振ったが、押し黙ったまま。
どうしていいか解らない。ナムは意味無く辺りを見回した。
( いやコレどーしよう?!
俺ここに居ない方がいい? でも1人にするワケにいかねぇし!
キメラ獣の「本体」は倒してないんだ、また触手入ってきたらヤバいじゃん!
カルメン姐さんに来てもらって・・・って、通信機さっき自爆させたし呼べねぇだろ!
あっ、もしかして寒い? って、爆発で脱衣所メチャクチャだよ着るモンなんて見当たんねーよ!
なんか! なんかないンか着るモンは!
ここ、脱衣所だろーが! オッサンの髭剃りナイフはあったってのに、どーして服もタオルも落ちてねぇんだよ おいっっっ!!!)
・・・今、自分が着ている上着かTシャツを脱いで羽織らせてあげればいい。
大混乱に陥っているナムがそれに思い至ったのは、翌朝以降の事だった。
「・・・わ な い で ・・・。」
「 え?」
不意に、モカが呟いた。
消え入りそうな掠れた声に、ナムは思わず聞き返す。
「・・・ 言 わ な い で ・・・ お 願 い ・・・。」
自分の身体を抱きしめるモカの両手に力がこもる。
濡れて凍える二の腕に指が食い込み爪が立つ。
( な、何の、事???)
言ってる意味がわからない。
ただ、今のモカが激しく傷つき追い詰められているのはわかる。
尋常ではない少女の様子に、ナムは1人途方に暮れた。
「リグナム! 生きてるか、返事しろー!
通信機はどーしたこのおバカ! まさか殺られたんじゃないだろーな!?」
「無事ならとっとと応答しなさい!
手間掛るったら! これ以上心配させんじゃないわよっ!」
脱衣所の外から聞こえてきたのは、カルメン・ビオラの罵詈雑言。
けたたましい足音も聞こえる。基地の廊下を猛ダッシュして近づいてくる気配がする。
通信機に仕込んだ爆弾を使ったので、連絡が取れず焦っているらしい。口は悪いが有難い。重たい空気が少し和ぎ、心に僅かな余裕ができた。
「ったく、今頃来やがって 遅ぇし!
・・・ここ! 風呂場にいるッつったろーが! 無事だしちゃんと生きてンよ!!!」
安堵と感謝と苛立ちを込めて、思いっきり怒鳴り返す。
その時だった。
ついさっきまで腕の中にいたモカが忽然と 消えた のは。
「 誰にも言わないで、お 願 い・・・!」
「・・・っ?!」
耳元で聞こえた哀しい気な声に、胸が強く締め付けられた。
脱衣所の隅にある換気用の小窓が、いつの間にか全開になっていた。そこから脱出したらしい。夜の火星の冷たい風が吹き込み床に砂塵を撒いた。
( 逃げた?! 何で??!)
呆然と小窓を眺めるナムの頭に、平手打ちが飛んで来た。
スパーン!
カルメン達が脱衣所に駆け込んできたのだ。
今回も首がゴキッと前に折れるほど強烈だった。
「このどアホ!
なんでこんな時間にシャワー室なんかに居るんだ、メチャクチャ捜したんだぞ!」
「もぉ!アンタってヤツは!
どこまで面倒掛けてくれんのよ、スットコドッコイもいい加減にして!」
酷い言われようだが、反撃するのはやめておいた。
ビオラのセクシーなランジェリーにも突っ込む気にはとてもなれない。男なら垂涎・眼福のお姿だろうが、ハッキリ言ってどうでもいい。
それよりモカが気になった。痛む頭を摩りつつ、開いた小窓を凝視する。
窓の外は、漆黒の闇。
そこに少女の儚げな姿は、どんなに眺めても見当たらない。
・・・その代わり。
「見つけたぞゴルァ! 覚悟しやがれクソ雑草がぁーーーっっっ!!!」
遠くで怒号とロケットランチャーの轟音が聞こえた。
ついでに、凶暴な妻を愛して止まない 巨人 の陽気な高笑いも。
キメラ植物の本体は、傭兵夫婦に見つけ出され無事に駆除されたようだった。