第3章 シャワー室の共闘
3.敵襲!夜の装いは戦闘服で
ナム達が「共闘」を始めたその一方。
自室で寝ていたカルメンは、ベッドからゆっくり身を起こした。
異様な気配を感じたのだ。枕下にそっと手を入れ、護身用の銃を引っ張り出した。
41口径の自動操銃。パステルブルーの可愛い部屋着には不似合いな銃を右手に構え、部屋のドア横に背中を付けて立つ。
何かがくる。
廊下の床を這うようにして、近づいて来る音がする。
カルメンはドアを蹴破り、暗い廊下へ躍り出た!
「っ!!?」
一瞬で不利な状況を悟った。
廊下を這いずり回っていたのは、不気味な緑の触手の群れ。触手達は先端をもたげ、鋭い切先をカルメンに向ける。
銃で勝てる相手では、ない。
愕然となるカルメンに、触手の群れが襲いかかる!
「うわぁ!? って、え!?」
思わず怯んだカルメンの目の前に とんでもない物 が飛び込んで来た。
黒のレースが艶かしい、高級シルクの スキャンティ ♡
同じく黒のベビードールの裾はためかせ、電磁ナイフを手にした ビオラ が触手をズタズタに切り裂いた!
細かく切断された触手はしばらくビクビク蠢いていたが、すぐにしおれて茶色く変色。そのまま枯れて動かなくなった。
「・・・なんて格好してんだ このエロ河童!!!」
絶体絶命の窮地を救った相手に、カルメンはなぜか激怒した。
「そのナリはないだろそのナリは!
アンタがお馬鹿なのは知ってっけどね、ふざけんのもいい加減にしな!」
「お黙りッ! 可愛くないわね、助けてやったのに!
いい?! コレ、一つ貸しよ、わかったわね!」
「はぁ?! 日頃手ぇ焼かせてんのはどっちだと思ってんだ!
とにかく今すぐ着替えて来い! じゃないと 局長 に報告すっからね!」
「ちょ、告げ口する気?! 恩を仇で返すとか最っっっ低!」
「何だと?! この蜂蜜女!!!」
「何よ!? この野蛮女!!!」
真夜中2時の大喧嘩。
喧しいにもほどがある女2人の怒濤の応酬は、少女の悲鳴で終了した。
き ゃ あ ぁ ぁ ーーーーー っっっ!!?
「 シンディ !!?」
2人は同時に振り向いた。
暗くて先が見えない廊下の奥にはシンディの部屋がある。カルメンは銃を、ビオラは電磁ナイフを握りしめて走り出したが、勢いよく転倒した。
後から這い寄ってきた触手に隙を突かれ、足を絡め取られたのだ!
再び鎌首をもたげた触手が、その先端を突きつける!
( やられる!!! )
思わず抱き合い、蹲る。
その時。
固く閉じた瞼の裏を、鋭く銀光が閃いた!
「素敵なランジェリーね、ビオラ。どこで買ったの?」
頭上からの落ち着いた声に、恐る恐る目を開ける。
サマンサ が立っていた。ギラギラ光る短刀を構えて。
シンディもいる。ピンクのネグリジェ姿で、サマンサの胸で泣きじゃくっている。
その足下には無惨に散らばる触手だったはずの 物 。
見事と言う他にない。電磁ナイフとビオラの腕では到底できない 細切れ だった。
「ミ・・・『ミラージュ』ってランジェリーショップよ。マルスの32番街にあるわ♡」
床に伏せたまま、ビオラが答える。
無理に浮かべた笑顔は引きつり、声も上ずり震えている。
それくらい、サマンサの 殺気 は凄まじかった。
不気味な触手はザワザワと、廊下の奥から沸いてくる。それを見据える彼女の双眸は、涼やかにして 凶暴 だった。
「そう。今度私も行ってみようかしら?
カルメン、この子をよろしくね。
寝込み襲われちゃったのよ。可愛いと狙われやすいわね。」
カルメンは立ち上がり、怯えるシンディを抱き寄せた。
そして縮こまっているビオラを睨み、小気味良さげにささやいた。
「これ、褒められたんじゃないよ、反省しな!」
「解ってるわよ、エラそーにっ!」
ビオラがプィッとそっぽを向く。
彼女のセクシーな「夜の装い」とは対照的に、サマンサは身体にピッタリ添ったタンクトップとスリムパンツ。右の太腿にアサシン・ナイフをぶち込んだ鞘がベルトで固定されている。
サマンサは太腿のナイフを抜いた。
右手にナイフ、左手に短刀。
凶器を構える美しい暗殺者は、敵を見据えて微笑した。
後日、シンディが怯えながら、この時の事をこう語る。
『キメラの触手に寝込みを襲われたのより、鋼鉄の処女 が怖かった』 と。
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き ゃ あ ぁ ぁ ーーーーー っっっ!!?
触手に寝込みを襲われたシンディの悲鳴。
自室のベッドで大の字になっていた コンポン は、それを耳にして目を覚ました。
といっても飛び起きるでもなく、寝ぼけ眼で起き上がっただけ。ベッドの上でボンヤリと、しばらく宙を眺めていた。
ふと尿意を覚えた。トイレは部屋を出て廊下を左、一番奥の突き当たりにある。
尻をボリボリかきながら、ベットから降りてドアへと向かう。
何も考えずにドアを開けるが、外の様子を一目見るなり静かに閉めて鍵を掛ける。
あり得ない物を目にしたのだ。ザワザワ蠢く 緑色の触手 が廊下を埋め尽くしているだなんて、とても現実とは思えない。
(・・・うん、きっと夢だ。)
コンポンは回れ右をした。
また寝てしまおうとした彼は、いきなり背後から襲撃された!
ズトン!ズドドドド!!!
触手が閉めたドアを貫き、木っ端微塵に破壊した!
幸い、奇跡的に無傷だった。予期せぬ奇襲に驚くあまり、パジャマのズボンの裾を踏んづけ前のめりに転倒した。そのお陰で何とか串刺しならずにすんだ。
しかしドアを貫通した触手の群れは、ぬらぬらと蠢きながら迫ってくる。
コンポンは悲鳴をまき散らし、這うようにして部屋の奥へ逃げた。
触手達から少しでも距離を取ろうと壁際に向かう。背中を壁にピタリと付けて、なおも遠ざかろうとして必死で足をバタつかせる。
その時。
ド ン !
突然 大きな音と共に、壁にポッカリ 穴 が開いた。
大きさは人の拳ほど。貫通力に特化した 対装甲車弾 の 砲撃 を受けたようだった。
ドン!ドン!ドン!!!
穴はコンポンがいるすぐ横に、立て続けに穿たれる。
火星の夜の冷たい外気が部屋の中に流れ込む。コンポンはブルッと身震いした。
そして・・・。
ド コ ォ ン !!!
強化コンクリートのぶ厚い壁が、粉々になって吹っ飛んだ!
瓦礫が飛び散り粉塵が舞う。悲鳴を上げるどころじゃない。コンポンは咄嗟に頭を抱えて蹲った。
しかしいきなり襟首を掴まれ、乱暴に引きずり立たされる。
「ぎゃーーーーっ! 放せーーーーっっっ!!!」
泣き喚いて必死でもがき、手足を闇雲に振り回した
恐怖に駆られて混乱した。無我夢中でメチャクチャに暴れ、自分を捕える 何か を思いっきり殴りまくった。
マルスのバイオテクノロジー研究所での修羅場が思い起こされる。コンポンは錯乱状態に陥っていた。
相手はビクともしなかった。
それどころか、コンポンを掴んで放さない 何か は至極冷静にたった一言、威圧的に命令した!
「 落 ち 着 け 。 」
コンポンはハッと我に返った。
声の方を見上げる前に、頭をしっかり抱きかかえられた。
力強くて、暖かい。なぜか不思議と安心した。
助かったのだと確信した時、思い出したのは モカ の言葉。
真夜中の基地格納庫でカフェオレを飲んだ、あの時聞いた 言葉 だった。
『この先何があってもね、
必ず 局長 が護ってくれるよ・・・。』
ド ン !!!
リュイ が構える改造銃が、轟音奏でて火を噴いた!
強化コンクリートを撃ち抜く威力に、キメラ獣の触手がまとめて数本千切れ飛ぶ!
大砲のような銃声が続けざまに鳴り響く。コンポンはこのヘッドロックが耳を庇うものだと気付いた。
やがて、コンポンの部屋は静かになった。
襲撃者達の末路が想像できる、ゾッとするような静寂だった。
「こぉんな威力の銃、片手撃ちだもんね~。
壁も蹴り1発でぶち壊しちゃうし、凄すぎ〜。」
アイザック の声がした。
コンポンはそぉっと顔を上げ、オズオズ辺りを見回してみた。
部屋の壁は穴だらけ。ドアはとっくに無くなってるし、ベッドは原形留めない。
床は触手の残骸で埋め尽くされて足の踏み場もない有様。
しかも自分のすぐ横の壁には大きな穴が開いていて、バトルスーツの出立ちのアイザックが飄々と佇んでいる。
「こりゃ派手にやりましたね。ここの掃除は誰がするんです?」
ドアが無くなった部屋の入口に、テオヴァルトが現れた。
右手に鋭い電磁ナイフ、左の腕にパジャマ姿で怯えるフェイ。自室で触手に襲われたフェイを助け出してきたのだろう。触手の残骸を踏み越えながらコンポン達に歩み寄る。
「キメラ獣本体の捜索に行きましょうか?」
「いらん。」
リュイはコンポンの頭を解放し、テオヴァルトへと押しやった。
「ここの掃除はリグナムだ。ちゃんと教えてない。」
「・・・了解。」
テオヴァルトが苦笑する。
彼は電磁ナイフの電源を切ると、フェイをコンポンの横に降ろし、「教師」の顔で説明した。
「いいかお前ら。
夜寝る時は、いつでも 臨戦できる服 で寝ろ。
俺達みたいなのが生きていくのに安全な場所はどこにも無い。
自分の身は自分で守れるようになるんだ。
ここに居る間に、な。」
「・・・。」
2人の新人は同時に俯き、着ているパジャマを見下ろした。
「後やっとけ。」
自分が開けた壁の穴から出て行くリュイが、アイザックに一言命する。
「イエッサ!」
大げさな敬礼で彼を見送るアイザック。
その手に握る物騒な物に、テオヴァルトがギョッと目を見張る。
「おっと、ヤベぇ!」
慌てて新人2人を抱え、壁の穴から飛び出した。
ナパーム手榴弾 が炸裂した。
コンポンの部屋は非常に掃除しがいがある状態になった。