第3章 シャワー室の共闘
1.女王様と下僕の朝食風景
フレンチトーストとフルーツヨーグルト♡
朝の基地食堂で、マルスから凱旋した女王様がオシャレな朝食を召し上がる。
ナムはその隣でほうじ茶を啜っていた。
夜通しバギーを運転し、先刻ようやく基地に帰ってきたばかり。疲れているしメチャクチャ眠いが休ませてはもらえない。
バギーの後部座席でたっぷり眠った女王様は元気いっぱい。彼女の朝食に付き合わされて、昨夜の武勇伝を聞かされていた。
輝く美貌と艶めかしい肢体、聖女も悪女も完璧に演じる女優顔負けの演技力。
ビオラは諜報部隊のハニートラップ要員である。
彼女にかかれば大抵の男は堕ちる。そして必要な情報を聞き出された後、獲物にされた男はみんな小銭一枚残らないほど貢がされて巻き上げられる。
今回の戦利品は毛皮のコート。さぞや高かったに違いない。
(・・・気の毒に・・・。)
ナムは昨夜の悪党が哀れになった。
「私の父親はね、傭兵だったのよ。」
ヨーグルトに浮かぶ桃をフォークで突きながら、ビオラが身の上を話しだした。
「名うてのチームの隊長だったわ。羽振りが良かったから儲けてたのね。私は家族と地球でいい生活をさせてもらってた。
でも父は『大戦』で行方不明になったの。
母と年の離れた2人の兄も、父を探しに外惑星エリアに向かってそれっきり。私は父の知人の所に身を寄せてたんだけどね、裏切られて人買いに売られちゃったの。
局長が助けてくれなかったら、今頃場末の売春宿でのたれ死んでたでしょうね。」
その時一緒に救い出されたカルメンは「私のついで」なのだという。
見た目も性格もまるで違う2人だが、言ってる事はほぼ同じ。妙な所で息が合う。
「私を助けてくれただけじゃない。
局長は父や母、兄達の消息まで突き止めて教えてくれたわ。みんな死んじゃってたけどね。
局長はエメルヒからも守ってくれた。
アンタと同じよ。戦場で命を削るようなミッションと引き換えに、私を手元に置いて諜報員として鍛えてくれたの。」
ビオラが表情を引き締めた。
こんな所もカルメンと同じ。彼女もまた、リュイに対する信頼と忠義はとにかく強固で絶大だった。
「禿げネズミの情婦になるくらいなら、死んだ方がずっとマシ!
でも局長の命令なら話は別よ。あの人がそうしろと言うのなら、禿げネズミにだって抱かれるわ!
ま、局長はそんな命令、絶対しないけどね。
・・・アンタ、懲罰くらってご飯抜きなんだって? バカね!」
そう言って、ビオラは半分残ったフレンチトーストの皿を押しよこしてきた。
お気持ち有り難くいただいた。
バターが効いてて、美味かった。
「こらぁ!ナムさーん!!!」
背後からの突然の怒号!
ナムは飲み掛けのほうじ茶を勢いよく吹き出した。
振り向くと新人・シンディが目をつり上げて仁王立ち。
怒らせるようなマネをした覚えは(たぶん)ない。
取り敢えず、直に聞いてみた。
「怖っわ!なに激怒ってんだ?お前。」
「ナムさんてば、昨日お風呂入ってないでしょ!」
「何だ、そんな事か。
ちゃんと説明したろ?火星じゃ水は貴重だから、フロとかシャワーは3日に1回だって。」
「嘘つき!私、知ってんだから!
昨日で 5日 入ってないわ!」
「・・・。」
ナムは内心舌打ちした。
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基本、火星は乾燥していて寒い。
身体を動かしてもほとんど汗をかかないせいか、体臭などもあまりしない。
故に、基地の男は風呂だのシャワーをサボりがち。しかもナムはどっちかといったら入浴が面倒で嫌いだった。うっかり忘れて就寝するなど、日常茶飯事もいいところ。
シンディにはそれが許せないらしい。
このチビっ子、やたらと人の世話を焼きたがる。細かい事によく気が付いては、ガミガミギャーギャー騒ぐのだ。
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「サイテーだわ不潔よフケツ!信っじらんない!」
「はいはいはい、スンマセンネー。
気にし過ぎんなって、別に迷惑かけてないだろーが。」
「なに、その開き直った態度!
ムカつくー!今に体中から カビ とか キノコ が生えくるんだから!」
「安心しろ。
カビもキノコはジメジメしてる所に生えるんだ。火星じゃそんなの生えてこねぇ。」
「キメラ獣がいるくらいだもん!そういう変な植物だっているかもしれないじゃない!
今着てる服みたいな、メッチャ不気味で変なキノコが生えてきたって知らないんだからー!」
「・・・変な?」
心底、心外だった。
本日のナムの出で立ち。
ボトムは普通にジーンズだが、赤・黄・緑と信号機のような3重のフリルが胸元を飾るストライプのシャツ・・・。
騒ぐシンディをなだめていると、ザワッと背筋に悪寒が走った。
(・・・ヤバイ、来た!!!)
完全に逃げ遅れた。殺意すら感じる不穏な気配がすぐ後ろまで迫っている。
ビオラが慌ててシンディを抱え、食堂の外へ逃げ出した。
それと入れ違いに、食堂に入って来ようとしていたテオヴァルトもまた、血相変えて踵を返す。
「私とした事が、こんな雑菌まみれの不潔野郎を見過ごすなんて。
すぐに 駆除 しなくちゃね♡♡♡」
消毒・洗浄 ではなく 駆除 である。
喜色満面の鋼鉄の処女・サマンサが構えるのは、ロディが開発した改造高圧洗浄機。
一目で異常な代物だとわかるイビツで巨大な洗浄機が、モーター唸らせ怒号を上げた!
どばばばばばばーーーーっっっ!!!
朝の基地食堂内に 大轟音 が響き渡る。
女王様と下僕の朝食は、絶叫と共に終了した。
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基地の最奥には「局長室」がある。
大量の本と銃器類が置き散らかされたこの部屋は、リュイの私室も兼ねている。
古びたソファにドッカリ座り、傷だらけのテーブルに足を投げ出す部屋の主は、マグカップのコーヒーを一口飲んだ。
『・・・昨夜遅く、マルス ウェスト48地区のバイオテクノロジー研究所に窃盗団が押し入り、研究員を人質に立てこもる事件が起きました。
駆けつけた警察と連邦政府軍治安部隊が強行突入して救出を試みましたが、人質はすでに殺害されており、窃盗団は治安部隊との銃撃戦で全員射殺。最悪の事態となりました。
犠牲になった研究員、セルヒオ・アルバーロ氏(47)は、勤務態度が真面目な実直な職員で、誰からも好かれており・・・・』
壁掛け式の旧式TVが、ニュース速報を伝えている。
年若いキャスターが読み上げる原稿は、虚偽と捏造に塗れていた。
「・・・口封じだな。」
マックスがポツリとつぶやいた。
リュイの隣で立ったまま、大きめのマグカップでコーヒーを飲む。
部隊副官である彼と、部隊の事務作業を一手に担う モカ は、局長室への入室を許されている。それ以外の者は立入ることできない。参謀官の立場にある アイザック ですら、呼ばれた時以外入る事は出来なかった。
「最初からそのつもりだったんだろうな。
未成年強姦魔なんざ、捨て駒にするにゃあ丁度いいクズだが哀れなもんだ。」
「・・・強姦魔を研究所に潜り込ませた奴は?」
「見つかって無ぇ。
アイザックに調べさせたが、研究所を辞めた後は影も形もありゃしねぇ、とよ。」
最初っから『存在しない者』だったのだろう。
身分経歴を偽造した上で、偽名を使って別人に成りすます。その筋のコネと金さえあれば、昔から存在していたように社会に溶け込み生活できるし、いざという時には跡形もなく消え失せられる。
しかし。
アイザックは筋金入りの「アイドルヲタク」だが、「天才ハッカー」である。
彼のハッキング・クラッキング技術は恐ろしいほどで、あらゆる情報セキュリティをかいくぐり、国家機密でも軍事情報でもサクッと入手してみせる。
そんな男が「影も形もありゃしねぇ。」と、追跡を諦めるに至ったのである。
アルバーロを捨て駒にした輩。そいつの背後にある組織 の規模と力量が推して知れた。
もっとも、追跡対象が 可愛いアイドル だったならば、アイザックも諦めたりはしなかったのだが。
「近いうち、厄介な連中と一悶着あるかも知れねぇな。
どうせなら派手にドンパチやりてぇもんだが。」
物騒なぼやきを聞き流し、リュイはコーヒーを飲み干した。
マグカップをテーブルの上に放り投げる。
「置く」だなどと行儀良いマネができない男は、アウトドアでよく使用するステンレス製のマグカップを使用している。カップは割れない代わりに派手な音を立て、テーブルにまた一つ傷を付けた。
「モカを呼べ。掃除させる。」
「・・・お前、あの子をこき使い過ぎなんじゃないか?」
マックスが顔をしかめる。
彼は敬語を使わない。リュイに対する彼の態度は、副官としては従順なのだが 一個人としてはほぼ対等。
幾つか年上だという事もあって、局長室で対峙する時は砕けた態度になっていた。
「掃除に限った事っちゃねぇ。お前の身の回りの事ぁほとんどモカがやってんじゃねぇか。
リーチェに頼め。掃除だったらウチの嫁のほうが断然上手いぞ♡」
「・・・。」
いつもの バカップルトーク が始まろうとしている。
リュイは微かに眉を顰めた。
それでも制止を求めないのは、言ったところで無駄だから。
無言の相手に何を思ったか、だらしなくにやけた強面男が意気揚々と語り出す。
「手際はいいし几帳面だし、何やらせても完璧ってなモンだ!
顔も可愛いくナイスバディ♡で超一流! おまけに気立ても良いと来たぜ!いい女ってのぁ、アイツの事を言うんだろうな♡
アイツにゃ非の打ち所がまるで無ぇんだ、遠慮無く掃除してもらえ!
ダンナの俺に遠慮するこたぁねぇぞ? なんだったら俺からよしなに頼んでやっても・・・。」
その時だった。
キッチンの方からそれは凄まじい 「ウチの嫁」の怒号 が聞こえてきたのは!!!
「なに 冷蔵庫 漁っとんじゃ クソガキ共ぉーーーっっっ!!!」
同時に轟く 爆発音 は、ロケットランチャーの着弾音。
リュイもマックスも 傭兵 である。音だけで使用銃器が判断できる。
89mm口径発射器からの対戦車用ロケット弾。さすがに弾頭は付いてないだろうが、それでもキッチンは目も当てられない有様だろう。
冷蔵庫でつまみ食いしていたのは、おそらく「キッチンの荒くれ軍曹」の恐怖を知らない新人達。
はたして無事でいられたかどうか・・・。
「 わーーーっっっ!? ナムさん! 傷は浅いッス、しっかりしてくださいッ!」
「つまみ食いしただけなのに、ホントにランチャー撃ってきた!
僕、冗談だと思ってたのに!」
「なぁなぁ、それよりヤバいんじゃね? ナムさん白目剥いちゃってるぞ? 」
「ひぃぃぃ?! ナムさーーーんっっっ!!!」
「・・・おぉ。新人共が無事なら問題ねぇな。」
呑気な口調でマックスが呟く。
「 で? 部屋の掃除だがウチの嫁に・・・。」
「 断 る 。」
「 そうか。」
マックスは自分の腕時計型通信機でモカを呼んだ。