第3章 シャワー室の共闘
9.言わないで
火星の夜も更けてきた。
あと少しで日付が代る。なのに、まだ当分寝かせてもらえない受刑者達が、極寒のシャワー室でぼやいていた。
「いやんなっちゃう! こんか夜更かし、お肌が荒れちゃうわ!」
「ほざけ! お前がアホやらかしたせいだろ、とっとと働け!」
「何よエラそーに! アンタだって懲罰喰らってんじゃないのよ!」
「おだまり! 恥知らずなエロ下着で喰らった罰と一緒にすんな!」
デッキブラシと箒片手に、カルメン・ビオラが罵り合う。
ビオラはランジェリーで寝ていた咎で、キメラ獣の触手だらけのシャワー室の清掃懲罰を喰らっていた。
綺麗好きなマックスとサマンサが「シャワー浴びたい!」としつこく急かす。それで夜を徹しての作業となり、渋々清掃に勤しんでいる。
しかしカルメンは違う。今回のミッションで起った幾つかのアクシデント(フェイの誘拐と特殊公安局との修羅場)に責任を感じ、自分から懲罰を申し出たのだ。
(変な所で真面目なんだよな、カルメン姐さんは。)
触手の残骸を大きなゴミ袋に押し込みながら、ナムは姐貴分達を横目で見た。
ナムも懲罰喰らっている。シャワー室の掃除だけじゃない。朝になれば、キメラ獣が暴れ回った基地中片付けないとならないのだ。
ウンザリしつつも隣でせっせと床を履いてる 舎弟を気にして声を掛けた。
「ロディさぁ、お前別に罰則喰らってねぇじゃん。
手伝ってくれンのは有り難いけどさ、疲れてるなら寝た方がいいぜ?」
「いやぁ、まぁ・・・。」
ロディが苦笑した。
「昼間のお礼っつーか、なんつーか。」
「昼間? あぁ、公安局のクソッタレに撃たれそうになった時か。
気にすんな。舎弟助けンのも兄貴分の仕事だ。」
「その兄貴分が手ぇ掛かるから、ほっとけねぇってトコッスかね。」
「おぉう! 忘れねぇぞその一言!」
ゴミ袋を幾つかまとめて担ぎ上げる。
肩に食い込むほどズッシリ重い。元々あまりなかったやる気が一気に削がれて苛立った。
「あーもう、これ手作業じゃやってらんねぇ!
ロディ、この間 でっかい掃除機 造ってたじゃん、それどこ?」
「俺の部屋に転がしてあるッス。でもアレ失敗作ッスよ?
吸引力半端なくて、何でも吸い込んじまうンッス。」
「今ならそのくらい吸う方が役に立つだろ。ゴミ捨てに行くついでに取ってくる。」
互いをけなし合う姐貴分達は、今にも取っ組み合いが始まりそう。
そんな2人を冷ややかに一瞥し、ナムはゴミ袋と一緒にシャワー室を出た。
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暗い廊下のどこからか 入り込む隙間風が刺すように冷たい。
他の連中は全員寝てしまったらしい。建屋の中は静まり返り、風の音以外聞こえなかった。
勝手口からゴミ袋を投げ捨て、ナムはロディの部屋へと向かう。
コンクリート打ちっ放しの廊下は陰気で少々不気味。照明も乏しく殺風景で、ある種の雰囲気を醸し出す。
だから、不意に暗がりから呼ばれた時は思わず変な声が出た。
「 ・・・ ナム 君 ・・・。」
「 ぅひぇ?!!」
ダッシュで逃げ出したい衝動を、辛うじて堪えて踏み止まった。
「 ・・・モ、モカ?」
闇の中で佇んでいたのは モカ だった。
大事そうに両手で何かを捧げ持つ彼女は、ひどく頼りなさげに見えた。
「ゴメン、驚かせるつもりじゃ無かったんだけど・・・。」
「い、いや、あの、だ、大丈夫・・・。」
裏返ってしまう声が情けない。
自分でも驚くほど動揺している。無理やり笑って見せたものの、頬が引き攣り目が泳ぐ。
「こっ、こんな遅くに、どした? 早く寝ないと、明日がキツいぜ?」
「うん・・・。あの、これ・・・。」
俯き加減のモカがそっと、持っていた物を差し出してきた。
Tシャツだった。シャワー室でモカが着たナムの白いTシャツである。
綺麗に畳まれたその上に、個包装のチョコレートが3つちょこんと乗っている。
お礼のつもりらしい。ナムは思わず苦笑した。
「なんだよもー、そんなん、いつだってよかったのに。」
「うん・・・。」
「で、でもありがとな?わざわざ洗って返してくれて。」
「うん・・・。」
「あっ、こ、このチョコ、美味いよな?
このメーカーのチョコ、俺も好きで・・・。」
「うん・・・。」
「いや、あの、ホントに、なんてゆーか・・・。」
「うん・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
まったく会話が続かない。
ナムは途方に暮れた。
「・・・ わないで ・・・。」
モカが小さく呟いた。
「 え? 」
消え入りそうな掠れた声に、改めて彼女の様子を窺う。
明らかに怯えている。まるで恐ろしい何かと対峙しているかのように、真っ青な顔で震えていた!
「お願い、言 わ な い で !」
モカが顔を上げ、懇願する。
切羽詰まった必死の面持ちに、ナムは驚きたじろいだ!
「シャワー室で 見た の、黙ってて!
誰にも・・・誰にも言わないで、お願い!
人に知られちゃったら、私・・・!
ナム君お願い! ホントにお願い、言 わ な い で !!!」
( っ! そうか、そうだよな!)
ハッと気が付き、狼狽えた。
彼女が言う「言わないで」には思い当たる節がある。カッと体が熱くなった。
「ごめんなさい・・・でも・・・。お願い・・・。」
懇願するモカの声がどんどん小さくなっていく。
しかも今にも泣きそう!
これは、マズイ!
ナムは慌てて宥めの言葉を口にする!
「いや! 言わねぇよ?!
何もそんな、他のヤツにモカの 裸 を 見 た なんて! 絶対言わないから、うん!
こっちこそゴメン! キメラ獣に襲われたとはいえ、女の子の入浴中に乱入して ガッツリ 見ちゃうとか、サイテーだよな!
あんな非常時に ガン見 するとかあり得ねぇけど、女の子の 裸 なんて 生 で 見 た 事なかったんで、つい・・・。
って、いやいやいや!
マジでゴメン申し訳ないっっっ!!!」
「・・・。」
モカの様子が変わっていく。
不安げに怯えた表情が次第に不審そうなものになり、最後の方では青ざめた頬にポッと微かに朱が差した。
「あの、ナム君?」
モカがオズオズと口を開いた。
「まさかあの・・・。
は、裸 の他に、何も見てないとか、言う???」
「 ? 他に何かありましたでしょーか???」
「・・・。」
「・・・。」
揃ってしばしの沈黙した。話がかみ合っていないようだ。
(何があったっけ???)
不埒千万な話だが 裸 以外は覚えて ない 。
モカが言う「他に」が何なのか、聞こうとした時だった。
「リーグーナームー!
てめぇ、どこ行きやがったゴルァー!!!」
「逃げたんじゃないでしょうね!
だったらタダじゃおかないわよっ!!!」
シャワー室から聞こえる怒号に、頭痛を覚えて項垂れた。
(・・・この姐さん達の素っ裸なら、見たって平常心でいられるよ。うん。)
そんな考えが頭をよぎる。
その僅かな隙を突き、モカがすぐ横を通り抜けた。
「ゴメン、全部忘れて・・・。
お 願 い ・・・!」
念を押すように言い残し、彼女は闇の中へと消えた。
少し意識し過ぎだろうか?
優しい香りがすぐ側を掠めていった気がしていた。
(この先は・・・ 局長室 ・・・。)
基地の一番奥にある、局長・リュイの私室である。ナムはしばらく呆然とその暗闇を見つめていた。