第3章 シャワー室の共闘
7.単細胞脳筋野郎の暴走
黒塗りのワゴン車から降りて来たのは、ビジネススーツを着た男達。
運転手を合わせて3人いる。一様に メガネ をかけていて面立ちや表情がわかりにくい。
そのメガネの左のレンズ、端の辺りが微かにチラチラ光っている。
レンズがスクリーンになっているのだ。高性能の小型スキャナーカメラもどうやら仕込まれているらしい。瞬いているのはナム達の 網膜 をカメラが捉え、地球連邦全加盟国の戸籍データと照合しているからだろう。
「・・・何か?」
スーツ姿の男達の中で、辺りを見回す 固太りの男 にカルメンが先ず声を掛けた。
大木の根元で無惨に壊れるエアカーに、男が渋く苦笑した。
「事故があったようだな。けが人は?」
「そこでへたり込んでる連中。でも大した怪我じゃない。」
「そうか。で? 君達は?」
「通りすがりの旅行者。
・・・って事になってる 民間諜報チーム だ。」
カルメンは嘘を付かなかった。
目の前に居る男達に虚偽・偽証は通用しない。
可能な限り身の内を明かし、敵意がないと信じてもらう。この場を凌ぐ方法は、それ以外まるで思いつかない。
「上官の指示で動いている。内容は黙秘する。
その辺は理解してもらいたい。」
「メンバー構成が随分若いな。子供もか?」
「そうだ。この子達はウチのチームの新人。実習を兼ねてごく簡単なミッションを遂行中。
市街地に潜入する前に、諸々の準備をしてるところだった。そこへエアカーが突っ込んで来たってワケ。 ハンドル操作を誤ったんだろうね。」
チンピラ共の兄貴分が何か言いたげに身じろぎしたが、すかさずビオラが牽制した。
「まぁ、傷が痛むのね? しっかりなさって♡♡♡」
優しく介抱するフリをして、右手中指でキラキラ輝くルビーの指輪をひけらかす。
チンピラ達は押し黙った。
顔面蒼白で全身汗だく。・・・哀れだった。
「そうか。
我々は 地球連邦政府軍 特殊諜報局の者だ。」
固太りの男も嘘を付かなかった。
チンピラ共を顎で差し、表情のない冷たい顔で高圧的に説明する。
「そこの連中は 調査対象 の 重要参考人 になっている。
これより直ちに連行するが、君達も一緒に来てもらおう。」
「 なぜ?」
「調査対象の事件に関わった 民間の傭兵諜報部隊 がいる事がわかっている。」
「私達がその諜報部隊だとでも?」
「決めつけるのは早計だが、現状から見て疑惑は拭えない。」
「・・・。( Shit!)」
カルメンは内心、舌打ちした。
バイオテクノロジー研究所の産業スパイ・アルバーロの動向調査、MC:1D。つい先日の片付けたミッションの事をもう知っているらしい。
「わかった。でも、全員連行には応じられない。
私 が行く。このチームの指揮を任されてる者だ。それで問題ないだろ?」
「・・・いいだろう。」
固太りの男が頷いた。
それを見届けカルメンは、ビオラの方に向き直る。
死地に向かう戦士のような、非常に厳しい面持ちだった。
「後は任せた、やっときな!」
「ちょっと、1人で行くとか 本気?!」
「任せたっつったろ!?黙っておやり!」
「・・・。」
ビオラがキツく唇を噛む。
仕方がないのだ。特殊諜報局の工作員は猛者ばかり。しかも太陽系一の軍事力を誇る地球連邦政府軍にあって、様々な特権が認められている集団なのだ。
例えば、暗 殺。
連邦政府に仇を為す。彼らにそう判断されれば、命の保証はほとんど無い。
無国籍者なら尚の事。自身を証明できない者は 法 の守りが得られない。仮に 抹殺 されたとしても、闇に葬られるだけだった。
「私には 地球連邦加盟国の戸籍 がある。
だから戸籍がないアンタより、私の方がより安全だ。」
カルメンが小声でささやいた。
「みんなを連れて基地にお戻り!
連中、かなり情報掴んでる。私らがあの研究所探ったってバレるのも、もう時間の問題だ!
いい? 消されるなんて真っ平だかんね!
時間稼ぎはあまりできない。とっとと 局長 に知らせるんだ!」
「わかってるわよ! 偉そーにっ!」
忌々しげに眉を顰め、ビオラが低く呟いた。
その時だった。
突然 銃声 が轟いたのは!
バ ァ ン !!!
弾かれたように振り向いたカルメン・ビオラが目を見張る。
新人達も小さく叫び、身を寄せ合って固まった。
近くの木々から様々な鳥が、慌てて羽ばたき逃げ出していく。その喧噪の中カルメン達は、棒立ちになっているロディの肩越しに 信じられない光景 を見た!
ナム が、特殊諜報局の工作員1人を捕らえている。
男は苦痛に顔を歪め、ねじり上げられた右手に握る 銃 をやむなく手放した。
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間違いなく、ロディを狙っていた。
自分よりも体格のいい大男をねじ伏せながら、ナムは怒りで身震いした。
理由はわかる。カルメンが固太りの男と会話する最中、ロディがつなぎの内ポケットにコッソリ手を入れたのだ。
特殊公安局の出現に焦り、咄嗟に押し込んだ タブレット端末 が気になったのだろう。カメラ搭載蜂型ロボは操作しなくても飛び続ける。しかし端末からの指示がないと、搭載しているAI頭脳が自己判断をし始める。思わぬトラブルを回避するため、微調整は必要なのだ。
それを危惧してつい手が動き、近くにいた 工作員 に目撃された。
武器を取り出すとでも思ったのだろうが、正直問題はそこじゃない。
制止の言葉なく 銃 を向け、躊躇う事なく ト リ ガ ー を 引 い た 。
ロディには 戸籍 がない。
無戸籍者である。小型スキャナーカメラ付の眼鏡で網膜を読み取ったのなら、この工作員も認知したはず。
だから、撃った。
抹殺しても 構 わ な い と、即座に判断したのである。
「てめぇ・・・! 俺の舎弟に何しやがんだ!!!」
ナムは咆えた!
思わぬ奇襲に驚愕している工作員の胸ぐら掴み、大きな体を反転させる。
そのまま乱暴にたくし上げ、真正面から睨み付けた。工作員の眼鏡の端がチラチラ光っている。ナムの戸籍を確認している。それが怒りを倍増させた!
「お止め! お前 なんて事を・・・!!!」
「カルメン、待って!!!」
慌てて駆け出そうとするカルメンの姿が横目に見えた。
それを制止し周囲を伺うビオラの厳しい面持ちも。
ナムも素早く辺りを見回す。
木の影、茂みの中、岩の隅。銃口が覗いているのが見える。
チンピラ共とカルメンを連行した後、 全員射殺 する気なのだ。
最初に要求されたとおり、全員残らず連行されても結果は同じだったに違いない。
「最初から生かしておく気はなかったんだわ。
そうね、コレがアンタ達の やり方 ね!!!」
ビオラが忌々しげに吐き捨てた。
固太りの男がニヒルに笑う。
ゾッとするような微笑だった。
「チンピラ共の犯行。その予定だった。
だが今、正当な理由ができた。
公務執行妨害だ。戸籍の有無は関係ない。君達をここで 処刑 する!」
火星におけるキメラ獣密造・密売。それを半ば放置していた駐屯基地部隊の職務怠慢。
諸々の不祥事をもみ消すために、全てを抹殺しようとしている。
些細なミスも許されない。地球連邦と軍の汚点は、徹底的に始末する。
それが 地球連邦政府軍 特殊公安局部隊。
太陽系中の誰もが恐れる「政府公認の殺し屋」だった。
し か し 。
「 !!? バカ、止めろ!」
「お止め! リグナム!!!」
カルメン・ビオラの制止の声は、怒れる舎弟に届かなかった!
「上等だゴルァーーーーーっっっ!!!」
捕らえた工作員を引きずり立たせ、表情乏しい眼鏡の顔に 右の拳 を叩き込む!
バキッッッ!!!
やや下から繰り出す拳に、工作員が仰け反った。間髪入れず足を払う。バランス失いよろめいた所に右脚踵をぶち込んだ!
工作員は鼻血を散らし、固太りの男の足下近くに吹っ飛びそのまま倒れ伏した。
ナムはジャケットの背中に手を入れ、愛用の武器を引っ張り出す。
スキャナーレンズに指紋を読み込ませ、身の丈ほどに伸ばした棍棒の先を固太りの男に突きつける!
「おもしれぇ、ちょうどムシャクシャしてたんだ。
やってやンよ、掛ってこい! てめぇらみんなタコ殴りにしたらぁ!!!」
カルメン・ビオラが絶叫し、新人達が悲鳴を上げる。
無謀極まる宣戦布告に、政府公認の暗殺部隊がほんの一瞬たじろいだ。
それほど凄い 怒気 だった。プロの諜報工作員が思わず怯んでみせるほどの。
しかし彼らはすぐ立ち直り、銃口を一斉にナムに向ける!
「ナムさん、止めてください! 俺 大丈夫ッス、大丈夫ッスから!!!」
半狂乱になったロディが必死で叫ぶ。
聞こえてない。ナムは初手の特攻に備え、棍棒を強く握りしめた!
極限まで張り詰めた一触即発の空気の中。
微かな電子音が響き渡り、カルメン達がそれぞれ所持する通信機の回線が開かれた!
『Call』
( っ!?! )
走り出そうとしていたナムは、足を踏みしめ留まった。
ビオラ達も息を飲み、自分の通信機を凝視する。
「・・・ モカ ?」
カルメンがピアス型通信機に手を当て、呟いた。
部隊のバックヤードを担う彼女の「Call」から始まる通信は、局長命令 そのものである。
落ち着きある少女の声が、リュイの指令を静かに告げる。
『 MC:5A(地球連邦政府からの依頼で国際テロ組織・国家の内政等の諜報活動。)、完了しました。
諜報部隊は速やかにその場から 撤収 してください。』
( MC :5A??!)
ナム達は愕然となった。
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固太りの男がハッとなり、自分の胸に手を当てた。
ジャケットの内ポケットから取り出した、見た事無い型の携帯電話。バイブレーションで着信を告げる電話をおもむろに耳に当てる。
「・・・撤収!?? 」
男の顔色が一変した。
信じられない、といった 表情で、仲間の方に向き直る。
戸惑う仲間と顔を見合わせ、電話の話を聞いていたが、やがて静かに通話を切った。
「・・・。」
固太りの男が目配せすると、特殊公安局部隊の工作員達は無言で撤収し始めた。
チンピラ共を放置したまま、彼らの車が去って行くのを、ナム達は呆然と見送った。
森に潜んでいた狙撃者達も、いつの間にかもういない。森は静けさを取り戻し、鳥の囀りまで聞こえてきた。
「・・・何だったんだ?今のは・・・?」
頭の後ろを掻きながら、ナムはポツリと呟いた。
特殊公安局の連中の不可解な行動。理解できずに立ち尽くすナムに、襲い掛かった者達がいた!
「うわぁーん! ありがとごじゃいますぅぅう!!!」
「どわぁ?!何すんだ!放せチンピラ共っ!」
「怖かったよぉ!助かったよぉぉお!!!」
「マジで詰んだと思ったよぉ!生きてるってスバラシイィィ!!!」
「お前らンためにゃ何もしてねぇよ! 離れろコラ気色悪ぃ!」
「ありがとぉ!変な兄ちゃん!!!」
「あざまーす! 悪趣味な服着たおかしな小僧ぉぉぉ!!!」
「ケンカ売っとんかい! しばき倒すぞゴルァ!!!」
泣きじゃくるチンピラ共にすがりつかれ、身動き取れずにジタバタもがく。
だから防ぐのは不可能だった。奇襲は命拾いしたチンピラ共の歓喜の抱擁だけではなかったのだ。
「・・・ こンの 単細胞脳筋大バカ野郎ーーーーーーっっっ!!!」
バキッッッ!!!
光の速さでダッシュしてきたカルメンの 拳 が、見事 脳天 に炸裂した。
ナムはチンピラ共と一緒に、地面に叩き伏せられた。