第3章 シャワー室の共闘

2024年11月2日

7.単細胞脳筋野郎の暴走

黒塗りのワゴン車から降りて来たのは、ビジネススーツを着た男達。
運転手を合わせて3人いる。一様に メガネ をかけていて面立ちや表情がわかりにくい。
そのメガネの左のレンズ、端の辺りが微かにチラチラ光っている。
レンズがスクリーンになっているのだ。高性能の小型スキャナーカメラもどうやら仕込まれているらしい。瞬いているのはナム達の 網膜 をカメラが捉え、地球連邦全加盟国の戸籍データと照合しているからだろう。

「・・・何か?」

スーツ姿の男達の中で、辺りを見回す 固太りの男 にカルメンが先ず声を掛けた。
大木の根元で無惨に壊れるエアカーに、男が渋く苦笑した。

「事故があったようだな。けが人は?」
「そこでへたり込んでる連中。でも大した怪我じゃない。」
「そうか。で? 君達は?」
「通りすがりの旅行者。
・・・って事になってる 民間諜報チーム だ。」

カルメンは嘘を付かなかった。
目の前に居る男達に虚偽・偽証は通用しない。
可能な限り身の内を明かし、敵意がないと信じてもらう。この場を凌ぐ方法は、それ以外まるで思いつかない。

「上官の指示で動いている。内容は黙秘する。
その辺は理解してもらいたい。」
「メンバー構成が随分若いな。子供もか?」
「そうだ。この子達はウチのチームの新人ルーキー。実習を兼ねてごく簡単なミッションを遂行中。
市街地に潜入する前に、諸々の準備をしてるところだった。そこへエアカーが突っ込んで来たってワケ。 ハンドル操作を誤ったんだろうね。」

チンピラ共の兄貴分が何か言いたげに身じろぎしたが、すかさずビオラが牽制した。
「まぁ、傷が痛むのね? しっかりなさって♡♡♡」
優しく介抱するフリをして、右手中指でキラキラ輝くルビーの指輪指輪型スタンガン をひけらかす。
チンピラ達は押し黙った。
顔面蒼白で全身汗だく。・・・哀れだった。

「そうか。
我々は 地球連邦政府軍 特殊諜報局の者だ。」

固太りの男も嘘を付かなかった。
チンピラ共を顎で差し、表情のない冷たい顔で高圧的に説明する。

「そこの連中は 調査対象 の 重要参考人 になっている。
これより直ちに連行するが、君達も一緒に来てもらおう。」
「 なぜ?」
「調査対象の事件に関わった 民間の傭兵諜報部隊 がいる事がわかっている。」
「私達がその諜報部隊だとでも?」
「決めつけるのは早計だが、現状から見て疑惑は拭えない。」
「・・・。( Shit畜生!)」

カルメンは内心、舌打ちした。
バイオテクノロジー研究所の産業スパイ・アルバーロの動向調査、MCミッションコード1Dワンディ。つい先日の片付けたミッションの事をもう知っているらしい。

「わかった。でも、全員連行には応じられない。
 私 が行く。このチームの指揮を任されてる者だ。それで問題ないだろ?」

「・・・いいだろう。」
固太りの男が頷いた。
それを見届けカルメンは、ビオラの方に向き直る。
死地に向かう戦士のような、非常に厳しい面持ちだった。

「後は任せた、やっときな!」
「ちょっと、1人で行くとか 本気?!」
「任せたっつったろ!?黙っておやり!」
「・・・。」

ビオラがキツく唇を噛む。
仕方がないのだ。特殊諜報局の工作員は猛者ばかり。しかも太陽系一の軍事力を誇る地球連邦政府軍にあって、様々な特権が認められている集団なのだ。
例えば、暗 殺。
連邦政府に仇を為す。彼らにそう判断されれば、命の保証はほとんど無い。
無国籍者ASなら尚の事。自身を証明できない者は 法 の守りが得られない。仮に 抹殺 されたとしても、闇に葬られるだけだった。
「私には 地球連邦加盟国の戸籍 がある。
だから戸籍がないアンタより、私の方がより安全だ。」
カルメンが小声でささやいた。

「みんなを連れて基地にお戻り!
連中、かなり情報掴んでる。私らがあの研究所探ったってバレるのも、もう時間の問題だ!
いい? 消されるなんて真っ平だかんね!
時間稼ぎはあまりできない。とっとと 局長 に知らせるんだ!」

「わかってるわよ! 偉そーにっ!」
忌々しげに眉を顰め、ビオラが低く呟いた。
その時だった。
突然 銃声 が轟いたのは!

 バ ァ ン !!!

弾かれたように振り向いたカルメン・ビオラが目を見張る。
新人ルーキー達も小さく叫び、身を寄せ合って固まった。
近くの木々から様々な鳥が、慌てて羽ばたき逃げ出していく。その喧噪の中カルメン達は、棒立ちになっているロディの肩越しに 信じられない光景 を見た!
 ナム が、特殊諜報局の工作員1人を捕らえている。
男は苦痛に顔を歪め、ねじり上げられた右手に握る 銃 をやむなく手放した。

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間違いなく、ロディを狙っていた。
自分よりも体格のいい大男をねじ伏せながら、ナムは怒りで身震いした。
理由はわかる。カルメンが固太りの男と会話する最中、ロディがつなぎの内ポケットにコッソリ手を入れたのだ。
特殊公安局の出現に焦り、咄嗟に押し込んだ タブレット端末 が気になったのだろう。カメラ搭載蜂型ロボスパイ・ビーは操作しなくても飛び続ける。しかし端末からの指示がないと、搭載しているAI頭脳が自己判断をし始める。思わぬトラブルを回避するため、微調整は必要なのだ。
それを危惧してつい手が動き、近くにいた 工作員 に目撃された。
武器を取り出すとでも思ったのだろうが、正直問題はそこじゃない。
制止の言葉なく 銃 を向け、躊躇う事なく ト リ ガ ー を 引 い た 。
ロディには 戸籍 がない。
無戸籍者である。小型スキャナーカメラ付の眼鏡で網膜を読み取ったのなら、この工作員も認知したはず。
だから、撃った。
抹殺しても 構 わ な い と、即座に判断したのである。

「てめぇ・・・! 俺の舎弟に何しやがんだ!!!」

ナムは咆えた!
思わぬ奇襲に驚愕している工作員の胸ぐら掴み、大きな体を反転させる。
そのまま乱暴にたくし上げ、真正面から睨み付けた。工作員の眼鏡の端がチラチラ光っている。ナムの戸籍を確認している。それが怒りを倍増させた!

「お止め! お前 なんて事を・・・!!!」
「カルメン、待って!!!」

慌てて駆け出そうとするカルメンの姿が横目に見えた。
それを制止し周囲を伺うビオラの厳しい面持ちも。
ナムも素早く辺りを見回す。
木の影、茂みの中、岩の隅。銃口が覗いているのが見える。
チンピラ共とカルメンを連行した後、 全員射殺 する気なのだ。
最初に要求されたとおり、全員残らず連行されても結果は同じだったに違いない。

「最初から生かしておく気はなかったんだわ。
そうね、コレがアンタ達の やり方 ね!!!」

ビオラが忌々しげに吐き捨てた。
固太りの男がニヒルに笑う。
ゾッとするような微笑だった。

「チンピラ共の犯行。その予定だった。
だが今、正当な理由ができた。
公務執行妨害だ。戸籍の有無は関係ない。君達をここで 処刑 する!」

火星におけるキメラ獣密造・密売。それを半ば放置していた駐屯基地部隊の職務怠慢。
諸々の不祥事をもみ消すために、全てを抹殺しようとしている。
些細なミスも許されない。地球連邦と軍の汚点は、徹底的に始末する。
それが 地球連邦政府軍 特殊公安局部隊。
太陽系中の誰もが恐れる「政府公認の殺し屋」だった。
 し か し 。

「 !!? バカ、止めろ!」
「お止め! リグナム!!!」

カルメン・ビオラの制止の声は、怒れる舎弟に届かなかった!

 「上等だゴルァーーーーーっっっ!!!

捕らえた工作員を引きずり立たせ、表情乏しい眼鏡の顔に 右の拳 を叩き込む!

 バキッッッ!!!

やや下から繰り出す拳に、工作員が仰け反った。間髪入れず足を払う。バランス失いよろめいた所に右脚踵をぶち込んだ!
工作員は鼻血を散らし、固太りの男の足下近くに吹っ飛びそのまま倒れ伏した。
ナムはジャケットの背中に手を入れ、愛用の武器を引っ張り出す。
スキャナーレンズに指紋を読み込ませ、身の丈ほどに伸ばした棍棒の先を固太りの男に突きつける!

「おもしれぇ、ちょうどムシャクシャしてたんだ。
やってやンよ、掛ってこい! てめぇらみんなタコ殴りにしたらぁ!!!」

カルメン・ビオラが絶叫し、新人ルーキー達が悲鳴を上げる。
無謀極まる宣戦布告に、政府公認の暗殺部隊がほんの一瞬たじろいだ。
それほど凄い 怒気 だった。プロの諜報工作員が思わず怯んでみせるほどの。
しかし彼らはすぐ立ち直り、銃口を一斉にナムに向ける!
「ナムさん、止めてください! 俺 大丈夫ッス、大丈夫ッスから!!!」
半狂乱になったロディが必死で叫ぶ。
聞こえてない。ナムは初手の特攻に備え、棍棒を強く握りしめた!
極限まで張り詰めた一触即発の空気の中。
微かな電子音が響き渡り、カルメン達がそれぞれ所持する通信機の回線が開かれた!

 

 『Call伝 令

( っ!?! )
走り出そうとしていたナムは、足を踏みしめ留まった。
ビオラ達も息を飲み、自分の通信機を凝視する。
「・・・ モカ ?」
カルメンがピアス型通信機に手を当て、呟いた。
部隊のバックヤードを担う彼女の「Call伝 令」から始まる通信は、局長命令 そのものである。
落ち着きある少女の声が、リュイの指令を静かに告げる。

 『 MCミッションコード5Aファイブエー(地球連邦政府からの依頼で国際テロ組織・国家の内政等の諜報活動。)、完了しました。
  諜報部隊は速やかにその場から 撤収 してください。』

MC ミッションコード5Aファイブエー??!)
ナム達は愕然となった。

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固太りの男がハッとなり、自分の胸に手を当てた。
ジャケットの内ポケットから取り出した、見た事無い型の携帯電話。バイブレーションで着信を告げる電話をおもむろに耳に当てる。

「・・・撤収!?? 」

男の顔色が一変した。
信じられない、といった 表情かおで、仲間の方に向き直る。
戸惑う仲間と顔を見合わせ、電話の話を聞いていたが、やがて静かに通話を切った。
「・・・。」
固太りの男が目配せすると、特殊公安局部隊の工作員達は無言で撤収し始めた。
チンピラ共を放置したまま、彼らの車が去って行くのを、ナム達は呆然と見送った。
森に潜んでいた狙撃者達も、いつの間にかもういない。森は静けさを取り戻し、鳥の囀りまで聞こえてきた。
「・・・何だったんだ?今のは・・・?」
頭の後ろを掻きながら、ナムはポツリと呟いた。
特殊公安局の連中の不可解な行動。理解できずに立ち尽くすナムに、襲い掛かった者達がいた!

「うわぁーん! ありがとごじゃいますぅぅう!!!」
  「どわぁ?!何すんだ!放せチンピラ共っ!」
「怖かったよぉ!助かったよぉぉお!!!」
「マジで詰んだと思ったよぉ!生きてるってスバラシイィィ!!!」
  「お前らンためにゃ何もしてねぇよ! 離れろコラ気色悪ぃ!」
「ありがとぉ!変な兄ちゃん!!!」
「あざまーす! 悪趣味な服着たおかしな小僧ぉぉぉ!!!」
  「ケンカ売っとんかい! しばき倒すぞゴルァ!!!」

泣きじゃくるチンピラ共にすがりつかれ、身動き取れずにジタバタもがく。
だから防ぐのは不可能だった。奇襲は命拾いしたチンピラ共の歓喜の抱擁ハグだけではなかったのだ。

・・・ こンの 単細胞脳筋大バカ野郎ーーーーーーっっっ!!!

 バキッッッ!!!

光の速さでダッシュしてきたカルメンの 拳 が、見事 脳天 に炸裂した。
ナムはチンピラ共と一緒に、地面に叩き伏せられた。

→ 8.合い言葉の意味

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