第3章 シャワー室の共闘
6.政府公認の暗殺者達
ナム達がマルスに到着したのは、キメラ獣奇襲の翌日早朝。
分乗してきた2台のバギーをマルス郊外の森林で停めて、カメラ搭載蜂型ロボを数匹放つ。
ビオラが仕留めて貢がせた哀れなチンピラ連中には 発信器 が取付けられているのだという。それを頼りにカメラ搭載蜂型ロボが、彼らを捜しに飛んでいく。
「田舎惑星つったって、マルスは腐っても中央都市だ。
下町だけでもかなり広い。ホントに探し出せるんだろうね?!」
「あ〜ら、見くびらないでいただけます?
ちゃんと入れてやったわよ、ショボいラブホに連れ込まれる前、ショットバーに寄った時に。」
夜通しバギーを運転した疲れで、カルメンは少々不機嫌だった。
そんな彼女の厳しい口調に、ビオラがつんとそっぽ向く。
「発信器付カプセル入りのバーボン、喜んで一気飲みしてくれたのよ。
お腹下すとかしてない限り、居場所はすぐにわかるでしょ!」
「・・・ふん!」
カルメンもプイッとそっぽを向いた。
運転席から引っ張り出したグレーのジャケットを羽織りながら、脇に停まっているもう1台のバギーの運転手に声を掛ける。
「 お前はお前でいつまでふて腐れてんだ!」
「・・・。」
ナム は返事をしなかった。
むっつり押し黙ったまま、熟睡しているフェイ・コンポンをバギーの後部座席から引っ張り出す。
カルメンが深くため息付いた。
「私だって心配だ。でも仕方ないだろ? 仕事なんだから!」
「仕事って何だよ仕事って!」
つい、カッとなって怒鳴り返した。
寝ぼけ眼のフェイ・コンポンを助手席から出てきたロディに託し、カルメン相手に食って掛かる。
「 基地メッチャクチャでボロボロだってのに!あんなトコで1人じゃ可哀想だろが!」
「喧しい! 本人が残るって言ったんだよ!
局長に任された仕事がある、だから、自分はマルスに行かずに残るって!」
「 だからってホントに モカ だけ残して来るとか!
また基地が襲われでもしたらどーすんだ!?」
「何ムキになってんだこのおバカ!
あの娘だって非常時の訓練は受けてんだ!自分の身を守るくらい、多少なりともできるはだろ!?」
「 っ! そりゃそーだけどもっ!」
言いたい事は山ほどあるが、言葉に困って引き下がった。
確かに、モカは訓練を積んでいる。
しかも、とんでもなく厳しく過酷な 並 々 な ら ぬ 訓練を。
(シャワー室で見たモカの 技 。
ワイヤーソードの銀線刃を飛ばして操り敵を切った。間違いない、あれは 局長 から教わったんだ!
俺もアイツに鍛えられてた時、教わりかけた事があるからわかる。
凄ぇ難しいんだよな。銀線刃操るのが上手くできずに自分の手足 切りまくったっけ。
全然習得できなかった。こんなんできるヤツいるか!って、ずっと思ってたんだけど・・・。)
ワイヤーソードを巧みに操り、華麗に戦う昨夜のモカの姿がふと頭をよぎる。
凄かったし、強かった。シャワー室での彼女の勇姿が目に焼き付いて放れない。
細い身体を大きくしならせ、煌めく銀線刃を飛ばす姿は優雅に舞っているようだった。
濡れた髪から飛び散る水滴、肌に張り付くナムのTシャツ。
白い薄手の生地に透ける 曲線 が何とも艶めかしくて・・・。
「 だあぁぁ!?
ソレは今、関係ねぇーっっっ!!!」
「なんの話だアンポンタン!!!」
「アンタ大丈夫?! マジでヤバいわよいつもだけど!!!」
姉貴分達の厳しい突っ込みを受けながら、頭を抱えて身悶える。
これ以上、思い出すわけにはいかない。
ナムは気を紛らわせる何かを求めて辺りをオロオロ見回した。
「・・・ねぇ。
蜂のロボットがターゲット、見つけたみたいだけど?」
カルメン達が乗ってきたバギーの後部座席から、シンディがポツリと呟いた。
蜂追跡用のタブレット端末、その画面を眺める彼女はクシャクシャになったツインテールを手櫛で必死に梳かしていた。
「 おっ♪ 意外とすぐ見つかったな。」
「どこ? マルスの何番街辺り? 近くだったらラッキーね♪」
挙動不審のナムを捨て置き、カルメン・ビオラがバギーに駆け寄る。
はねる赤毛に手こずるシンディが、2人を見上げて無愛想に言った。
「 知らない。
でも、なんか凄い勢いで こっち に向かってる。」
「 ・・・はぁ? 」
タブレット端末の画面には、カメラ搭載蜂型ロボのカメラ・アイが捉える映像が映し出されている。
位置は今居る場所から500m先。
郊外の森から市街地へ向かう一本道を激走してくる エアカー が1台、映っていた。
---☆★☆---☆★☆---☆★☆---
当然、サクッととっ捕まえた。
ビオラが道路上で待ち構えていて、陽気に手を振りニッコリ笑う。それだけでエアカーの運転手は絶叫、ハンドル操作を見事に誤りエアカーは近くの大木に激突した。
スクラップになったエアカーから乗車している者達を引っ張り出す。
間違いなく、ビオラの美貌の餌食になった哀れなチンピラ連中だった。大した怪我はしてないが、全員怯えてパニック状態。泣きべそかいて力無く地べたにへたり込んでる有様だった。
「よっぽど恐ろしい目に遭わされたんだな。お前って女は、悪魔だよ!」
「あらン♡ お褒めのお言葉、ありがとぉ♡」
刺々しいカルメンの言葉を、ビオラが笑顔でサラリとかわす。
チンピラ共の異常な怯え。
その原因が女王様の存在だけではないと判明したのは、尋問開始後すぐだった。
「 公安局 だと!?」
カルメンが怒鳴るようにして聞き返した。
チンピラ達の兄貴分が、グズグズ鼻を啜りながら小さくうなづく。
「はぃ。
俺達の親分が、もうとっ捕まっちまって・・・。」
昨夜、工業地帯でアルバーロと取引していた時とは態度も様子もまるで違う。
高級車を乗り回し、キザって高飛車だったこのチンピラは、見る影もなくショボくれていた。
あの日、ビオラにコテンパンにされキメラ細胞を奪われた彼らは、進退極まり悩んでいた。
この失態を組織に、ましてや親分に知られると本気でマズイ。このまま火星から逃げちまおうかと思ったものの、現金は1エン残らずすっかりビオラに巻き上げられて、逃走費用が全く無い。
仕方なく、仕置き覚悟でアジトに戻った。
アジトはマルス2番街にある。風俗店が立ち並ぶ通りの一角にある小さな不動産会社の事務所なのだが、恐る恐る帰ってみると・・・。
「丁度 事務所の前に停まった車に、親分事務所に居た奴らが 数人、押 し 込 め ら れ て る 所で・・・。
俺達は『ヤバい』と思って、事務所に近づかず咄嗟に隠れた。だから何とか助かったんだが、親分達はそのまま連れて行かれちまった。
たぶん・・・いや、きっともう二度と会えねぇ!
普通に地味なスーツ来た奴らだったが、間違いなく アイツら だ!
とにかくマルスにゃ居られねぇ! 街に居たんじゃどこに隠れてもすぐ見つけ出されちまう! いっそ郊外の森林にでも隠れちまおうと思って、車走らせてたんだが・・・。
なぁアンタ! 助けてくれ!
特殊公安局 に目ぇ付けられちゃ、この先 とても生きてゆけねぇ!
アンタ、プロなんだろ?! その筋の人間なんだろ、頼むから俺達を助けてくれ!!!」
兄貴分のチンピラがビオラの足下にひれ伏した。
一緒にいた手下2人も怯えてシクシク泣き始める。
大の大人が情けない。何とも滑稽な光景なのだが、それだけ追い詰められてる証拠。
彼らの現状はとても厳しい。
大人だろうが悪党だろうが形振り構わず取り乱すほど、危険で恐ろしい状況なのだ。
「 なぁなぁ。
なんだ? その トクシュコウアンキョク ってのは?」
「それが基地で言ってた『アイツら』なの?
連邦政府軍で 一番ヤバい危険な奴ら とかいう・・・?」
空気を読まないコンポンが無邪気に横から口を挟み、空気をよく読むフェイがオズオズ、核心を突いた質問をする。
新人2人の疑問に答えたのは、やや青ざめた顔した ビオラ 。
額に掛った髪をかき上げ一息吐くと、低い声で説明した。
「 そうよ。 地球連邦政府軍 特殊公安局部隊。
表向きは 連邦政府加盟国 の 治安維持を目的とした 反社会集団 への 諜報活動 。
でも実態はまったく違うわ。地球連邦政府が不利益を被る事件や事故、加盟国内の内乱や国家間の紛争なんかを秘密裏に鎮静化する 特殊工作員 達よ。
暗殺のプロでもあるわ。
奴らは『地球連邦政府公認の暗殺者集団』。目を付けられて無事だった者はほとんど いない って話よ。」
金星星域の人工衛星都市・マフィアと結託し悪事を働いた 特別自治コロニー付補佐官 を 連行 していった集団である。
ちなみにその補佐官だった男の行方は杳として知れない。
重罪を犯した者が送り込まれる 土星強制収容所 にでも行ったか、そ れ と も ・・・。
「火星駐屯基地部隊との繋がりがバレたのね。
事態の収拾に動き出したんだわ。キメラ獣製造の不祥事が外部に漏れない内に、事情を知る者を 狩り に来たのよ。」
「 じゃぁ、この人達助けてあげなきゃ!」
ツインテールを振り乱し、シンディがカルメンに詰め寄った。
「ほっといたら大変な事になっちゃうんでしょ?! ねぇ!」
「いや、ダメだ。」
「なんで?!いくら何でも可哀想じゃない!」
カルメンの手がかシンディのあたまをムギュッと押さえつける。
「黙れ」と言っているのだ。あえて言葉にしなかったのは強く警戒している証拠。彼女は森の奥を見据え、周囲の気配を探っていた。
「 詰み だ。もう囲まれてる。」
「!!?」
ビオラがタイトなスカート下に仕込んだ電磁ムチに手を当てる。
ロディは蜂を操作する小型端末の電源を落とし、つなぎの内ポケットに押し込んだ。
フェイ・コンポンをナムは背中で庇い、ナムも辺りに気を配る。
カルメンが言った通り、「詰み」だった。木の影、茂みの中、岩の隅。いつの間にか 人 がいる。
その数、およそ10人弱。近づいて来たのにも気づけなかった。
「 Shit! チンピラ共、追跡されてやがったな?」
カルメンが忌々しげに舌打ちし、森林を横切る道路の向こうに目を向けた。
市街地の方角から 1台の乗用車 が走ってくる。
通過していくとは思えない。目的地はおそらくこの場所。チンピラ共を 捕獲 しに来た護送車に間違いないだろう。
「 ここは私が対応する。
コイツらを引き渡すぞ。いいか? 余計な事は一切するな!
ヤツらに下手な芝居は通用しない。何とか無事にやり過ごすまで、全員黙って突っ立ってろ!」
不安げなシンディの肩を抱き、カルメンが小声で指示を出す。
黒塗りの護送車が厳かにカルメンの前でピタリと止った。