第8章 水の都ティリッヒの陰謀
5.3人でやっと半人前
白地の上品なスーツを着た女性議員・ターゲットCは、和やかに子供達と対面した。
子供好き♡を前面に出した極上の笑みを見せる彼女に、子供達は攻撃開始する!
「どうして議員さんになろうと思ったんですか?」
「お給料はとのくらい貰ってるんですか?」
「同じ議員さんの中で嫌いな人とかいますか?」
この程度はまだ序の口。
「議員のRさんとKさんが不倫してるってホント?」
「議員になる時お金ばら撒いたんですか? 賄賂であちこちに。」
「実は年齢サバ読んでて、顔も整形してるんでしょ?」
「議事堂の地下に裏金集めた隠し金庫、あるんですよね?」
言いたい放題である。本当はそこまで子供が好きじゃないターゲットCに えげつない質問が襲いかかる。
しかしさすがは国会議員。ターゲットCも負けてない。
「あらあら、こんなところに週刊誌の記者さんが!」
「大根値切って買うオバサンに人にあげるお金なんてないわ~。」
「あらやだ、整形してるって思うほど若くて美人に見えるってこと?」
「そんな金庫あったらオバサン、お金持って逃げちゃうかもね♪」
こめかみピクピク引きつらせながらも優しい笑顔は崩さない。子供達との交流会はつつがなく(?)穏やかに(???)進行した。
「はいっ!そろそろお時間となります、ありがとうございましたー!!!」
時間ではなくターゲットCの忍耐か尽きる頃合いで、司会者役の職員が強引に終了を宣言した。
凝り固まった笑顔のターゲットCが、手を振りながらそそくさと退場しようとした時だった。
「ティリッヒは、地球連邦 辞めちゃうのー!?」
甲高い大声の質問に、ターゲットCの足が止まる。
「・・・。」
静かに振り向く彼女の顔には、本物の笑みが浮かんでいた。
ただし和やかな微笑ではなく、凛としていて気高い微笑み。ターゲットCはシンディのソバカス顔を散らした顔を見つめ、ゆっくり首を横に振る。
「それはありませんよ。ティリッヒはずっと 地球連邦加盟国 です。」
「でも、改革政党派の人達が増えて来てるって聞いてるわ。裏じゃいろいろ働きかけてるって。
保守政党の人達の中にも、寝返ってる人がいるそうじゃない!」
少女の澄んだよく通る声がロビー中に響き渡る。
「よくお勉強してますね。」
ターゲットCが背筋を伸ばして威儀を正す。
彼女は子供達にというよりも、居並ぶ大勢の報道陣に強い口調で言い切った!
「伝統を重んじる我が 保守政 党の中にも 改革政党 と同じ考えを持つ方がいる。その話は私も耳にしていますが問題ありません。
ティリッヒは 地球連邦 の一員なのです。
この国はいつまでも、何があっても地球連邦と共にあります。少なくとも 私が『首相』である以上、離脱などあり得ません!」
エントランス・ロビーの壁に並ぶ歴代首相の肖像画。
その一番端に掲げられている 第462代首相・アメリア・スージィ・サトラー の毅然とした態度に、共和国議事堂のロビーは拍手喝采に包まれた。
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イベントは無事終了した。
退場し始めた小中学生に報道記者達が一斉に群がる。お目当ては この日一番の見せ場を作ったそばかす顔の可愛い少女。ぜひコメントを取りたいと、マイク片手に記者達は必死で少女を探し回った。
しかし。
記者達の誰1人として見つける事はできなかった。
首相が退場したのと同時に、ソバカス顔の少女もまた 忽然と消えてしまったのである。
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一方、バックヤードのホテルの部屋。
モカはPC画面で新人達のミッション完遂を確認した。
サトラー首相=ターゲットCが特別参加する議事堂の交流イベントに紛れ込み、地球連邦離脱をするか否かの問いを直接ぶつける。そしてその反応を 切り込み役のシンディは正面、フェイは右側、コンポンは左側と、それぞれ違う角度から隠しカメラで撮影する。これが今回新人達に任せた仕事だった。
質問に答えるサトラー首相=ターゲットCの映像を分析し、真意を推し量るためである。映像だけで得る情報ではあまり価値がないのだが、新人達の盗撮練習にはちょうどいい機会だった。撮影はうまくいったようで、議事堂ロビーから撤収した3人から鮮明な映像が送られてきた。
( ・・・嘘をついている。)
すぐに映像を確認したモカは、眉を潜めて思案した。
シンディに「保守派の人が改革派に寝返っている」と言われた時、サトラー首相=ターゲットCの目は一瞬泳いだ。
表情・声のトーンに変化がなかったのはさすがだったが、終始 右手で左手の甲を強く握りしめていたし、退場時には シンディ達に背を向けた瞬間 頬や口元に手を当てた。
動揺している者が無意識に取る 仕草 である。
( 何か隠しているみたい。ターゲットCには もっと踏み込んだ調査が必要かも。)
モカは一旦映像を切り、PCの画面を切り替えた。
新人達にはそれぞれコッソリ 発信器 が取付けてある。この部隊では諜報機器を取付けられた者は マヌケ 。まだまだ彼らは修行が足りない。
しかもまだ発信器に気付いてない。議事堂内でウロウロしている様子がPC画面に映し出された。
議事堂周辺の地図が映るPC画面の3色の点。ピンクがシンディ、青がフェイ、緑がコンポンを示している。彼らはミッション終了後個別に退出し、集合場所へ移動する事になっていた。
集合場所は議事堂から地下鉄・バスで行く距離のショッピングモール。5階のフードコートで合流した後、ランチを食べながらおとなしく迎えを待つよう指示してある。
ピンクと青の点が議事堂を出た。シンディ・フェイは順調に目的地へと向かっている。
しかし、緑の点が議事堂内から動く気配がまったくない。モカは地図の視点を 議事堂内の見取図に変えた。
ティリッヒ共和国議事堂は地上5階、地下3階。広い建造物の詳細が映し出され、その中を緑の点は不審にゆっくりと移動している。
( 向かっているのは・・・地下3階?! )
何者かに 捕 ま っ た !
そう判断したモカはキャスケットからインカムのマイクを引っ張り出した。
カルメンにコールしようとしたが、何かに気が付き動きを止める。
嫌な気配がした。部屋の入口ドアの外で、誰かこっちを窺っている!?
ノートPCの画面を閉じて、椅子からゆっくり立ち上がった。騒ぎ始めた心臓の鼓動が耳に障る。落ち着くために大きく息を吐き、ワイヤーソードを身構えた。
( ・・・カード? )
下の隙間から差し込んだのだろう。入口ドアのすぐ下に小さな カード が落ちているのが見えた。
次の瞬間。
突然怪しいカードから甲高い音が鳴り響いた!
キィィィィーーーーーーー・・・!!!
( しまった! )
耳を押さえて膝から崩れ落ち、為す術も無く蹲る。
音響兵器である。黒板を引掻くような不快な音、しかも耳をつんざく大音量がモカの動きと思考を止める。
電磁ロックされてる入口ドアが無理矢理こじ開けられて、ビジネス・スーツを着た男達が一斉になだれ込んできた。
もちろん、一般市民のはずはない。
全員 特殊な耳栓をしているし、銃を所持していた。