第8章 水の都ティリッヒの陰謀

2025年2月18日

4.私情まみれのスパイ達

今回のバックヤードはホテル・ネオミッツの一室。
一番安い部屋を借りたがさすがは5つ星ホテル。調度品も設備も高級、広々としていて居心地いい。

「カルメンさん、ターゲットA、掛かりました。」

マホガニー製のライディングビューロー、そこに置かれたPCの画面を見ていたモカは、MCミッションコード2Aツーエーの「指揮官」に報告した。
返事がない。PC画面から目を上げて遠慮がちに振り向いた。
「・・・カルメン、さん?」
「 !? あぁ、ゴメン。何だって?」
窓際に佇み通りを眺めるカルメンがハッと顔を上げた。
どこか上の空である。モカは心配そうに彼女を見つめた。

ティリッヒに来て早3日。日が経つにつれカルメンはボンヤリしている事が多くなっていた。
( 気持ちの切り替えがうまくできないんた。
やっぱりここでのミッションはカルメンさんには辛いんじゃないのかな・・・。)
モカの思いに気づいたらしい。カルメンが決まり悪げに苦笑した。
「そんな顔すんな、大丈夫だから。局長から聞いたんだろ?私の昔話。」
「・・・はい。」
「もう全部終わった事だ。
それにミッションの時は私情を挟まないのが鉄則!局長の判断はMCミッションコード2Aツーエー(少し複雑・もしくは諜報対象が複数ある地球連邦政府からの依頼)だけど、地球連邦政府がからむミッションは危険が伴う。油断は禁物、気を引き締めないとね。
ところで『メビウス』は?」
「いえ、ティリッヒ到着は夕刻にずれ込むそうです。でも歓迎パーティの時刻は今の所変更ありません。」
「OK。ターゲットAの諜報はそれまでに終わるな。リグナムにそっちが終わったら、新人ルーキー達回収するように言って・・・。」
カルメンがふと言いよどみ、ちょっと小首を傾げた。
「今 アイツとは話しにくい?私が、言おうか?」
「いえ、そんな!」
モカは頬が熱くなるのを感じて俯いた。
「私情を挟まないのが鉄則ですから・・・。」
「わかった。じゃ、よろしく。
そういや、蜂蜜女ビオラどこ行った? またミッション中に男漁ってんじゃないだろうね!?」
「あ、え~っと・・・。」
気付かれてしまった。
バックヤードを仕切るモカはもちろん行方を知っている。「黙っててね♡」と言われたのだが、指揮官に聞かれれば答えるしかない。

「・・・あのぉ、ターゲットD、に・・・。」

たった一言 そう言っただけで、カルメンの面持ちがガラリと変る。
憂いに陰る表情が一変、怒気も顕わな形相になった!

「なにィ!? アイツまたしても 抜け駆け を!しかも 指揮官の私に黙って勝手なマネしやがって!
モカ、クロゼットからドレス出して!
あンの蜂蜜女! この私を出し抜いた事 死ぬほど後悔させてやるっっっ!!!」

( ひぃい?!)
凄まじい剣幕に戦くモカは、クローゼットを開けドレスを探す。
「D」と称する諜報ターゲットは、ティリッヒ共和国議会 保守政党 の若手議員スタンレー氏。代々政治家で育ったお金持ちの御曹司。しかも身長185cmの結構な美形イケメンときている。
望みは常に最高峰、類い希なる面食いでお金があればなおOK!な カルメン・ビオラお姐様2人が このターゲットの諜報に労働意欲を燃やすのは目に見えていた。
( 私情まみれだけど、大丈夫なのかな・・・?)
モカは一抹の不安を覚えた。

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今回のミッション、MCミッションコード2Aツーエーの内容は、 噂の真偽の見極め である。
ティリッヒ共和国の地球連邦 脱退 。
実現すれば 地球連邦政府軍は重要な 軍事拠点 を一つ失う事になる。この手の諜報活動は本来 特殊公安局 の仕事なのだが、エベルナで起きた「大事件」の収拾に追われ人手が足りない。それ故エメルヒに依頼してきたのだという。
今のティリッヒ国議会は大きく 二つ に分かれて混乱している。
地球連邦政府との関係をよりいっそう親密にしようとする「保守政党」と、袂を分かち独自の国政を盛立てようとする「改革政党」。ナム達は双方の有力議員と接触し、それぞれの目論見を諜報しているところだった。

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「それじゃ、行ってくる!」

女の戦闘服ドレスに着替えたカルメンが、ブランド靴の高いヒールを高らかに鳴らして「出陣」した。
先に戦いへと赴いたビオラもまた気合い十分、完全武装の出で立ちだった。激戦地となる「メビウス艦歓迎パーティ」ではさぞや凄まじい女の戦いが繰り広げられてしまうのだろう。
( それにしても・・・。)
モカは浮かない顔で カルメンが出て行った部屋の扉を見つめていた。

( どうして「今」このミッション?
ティリッヒの地球連邦脱退の噂は かなり前からあったはず。まだ大戦が終わってない10年以上前から、ずっと。
真相を探るだなんて、このタイミングでする事じゃない。宇宙港基地開港記念の式典と被せるなんて!
むしろ何でも無い平穏な時に始動した方が、警備も手薄でやりやすかったはずなのに・・・。)

 ピピッ!

ライディングビューローの上のPC脇に置いた モカのベージュのキャスケット。マックスがエメルヒから取り返してくれたこの通信機から、着信音が小さく鳴った。
ハッと我に返った。慌ててキャスケットを手に取り被る。回線を開くとシンディの元気な声が聞こえてきた。

『こちらシンディ、ターゲットCと接触しま~す!』
「了解。落ち着いてね。頑張って!」
『は~い♪』

今回、新人ルーキー達の指導、つまり お守り はモカがする。
油断禁物である。
モカは自分の任務に意識を戻した。

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ティリッヒ共和国議事堂は石作の荘厳な建物。広々としたエントランス・ロビー、その壁には歴代首相の肖像画がズラリと飾られ、連日押し寄せる大勢の観光客が鑑賞できるようになっている。
特に ティリッヒ名物のある催し がある日は大変混み合い、身動き取るのも難しくなる。
今日は月に1回開催される、共和国議員が抽選で選ばれた小中学生の質問に答える交流会。
マスコミにも公開して行われるこの催しは、ティリッヒ抽選で選ばれた小中学生の歯に衣着せぬ辛辣な質問と 議員の話術とユーモアセンスが問われる回答、その応酬が面白く国民にとても人気がある。特に今日は 宇宙港基地開港式典 が近いとあって、滅多にお目にかかれない「大物」が参加する予定になっていた。

「来たわ、ダーゲットC!」

シンディが腕のリストバンド型通信機に呟いた。
広いロビーの中央に設えられた演台、それをグルリと囲むように整列している50人程の小中学生。その群れに混じって機会を伺うシンディはいつもと違う様相だった。
カラーコンタクトで目の色を変え、長い赤毛はきっちりと三つ編み。ネイビーのブレザーとタータンチェックの膝丈スカートの制服姿に、頬にいっぱいソバカスを描いてすっかり別人になりすましている。
少し放れた所では、同じような変装したフェイ・コンポンがいる。演台正面にいるシンディを挟んで右と左。それぞれが通信機を通して応答してきた。

『よぉし!そんじゃ・・・。』
『打ち合わせどおりに・・・!』
「OK!」

新人ルーキー達のミッションが今、スタートした。
彼らが狙う ターゲットC は、お供のSPを10人も連れた40代の女性だった。

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