第8章 水の都ティリッヒの陰謀

2025年2月18日

3.危険にポジティブシンキング!

水の都・ティリッヒ。
地球・火星の中間の軌道を巡るこの人工惑星型コロニーは、かつて中央ヨーロッパに国から移住した人々が独立を果たして築いた 共和国 である。
主な産業は観光業。美しく広大な人口湖が領土の半分を占め、500年掛けて育くまれた豊かな自然に癒やしを求めて太陽系中から人々が訪れる。一部富裕層の間では この国に別荘を持つのがステータスの1つとなっている。
一方で、地球連邦加盟国であるティリッヒは軍事大国としても知られている。
自国の軍隊施設とは別に、地球連邦政府軍宇宙艦隊が寄港する巨大な宇宙港基地を保有する。先のリーベンゾル大戦では艦隊補給港として大いに活用され、大戦が終わった今でも大小様々な宇宙艦隊が寄港する。
そのティリッヒで今週、華々しく 軍事祝賀式典 が開かれる。
宇宙港基地開港350年を記念した一大イベント。この式典を祝うため、ある 戦艦 が宇宙港基地に寄港する事になっていた。

 地球連邦軍宇宙艦隊特殊防衛艦・メビウス 。

リーベンゾル大戦でめざましい活躍を見せた、地球連邦政府軍が世界に誇る 不沈艦 である。
有名な無敵戦艦を一目見ようと太陽系中から人々が押し寄せ、ティリッヒは大変な騒ぎになっていた。

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ティリッヒの共和国議事堂を臨む、緑豊かな憩いの公園。
芝生の広場を横切る小道に備え付けられた木製のベンチ。並んで座る2人の前を、午後のジョギングを楽しむ市民が軽やかな足取りで駆け抜けていく。
ロディ は6個目のハンバーガーをかじりながら、横目で兄貴分を盗み見た。
さっきから熱心に携帯モバイルの画面に見入っている。考えるより先ず体が動くような兄貴分がおとなしく何かを読みふけっている様子は、珍しい上 不気味だった。
「・・・あの~、ナムさん?」 
ロディは勇気を振り絞って声を掛ける。

「ちょっと、いいッスか?」
「んー? なに?」
「えっとッスね・・・この間の事、なんッスけどね?
・・・カレーの日に告白しこくったお答えって、まだ、なんッスよね?」
「 まだ。あれからモカに会えてないんだよな~。」
「そ、そッスか・・・。」

これ以上は、正直聞くのが怖かった。
しかも、MCミッションコード2Aツーエーは始動している。諜報ターゲットの出現を待ってる時に聞くような事じゃない。
事前調査では 間もなく現れるはずである。ターゲットは午後のジョギングで汗を流すのを日課としている。接触を試みるのには絶好のチャンスだった。
ミッションに集中しないといけないのだが、ここ最近のナムの様子を見ていると何だか不吉な予感がしてならない。
ロディは姉貴分思いだった。おとなしく控えめなモカのためにも、暴走しがちな兄貴分がまた無茶やらかさないように、釘の一本でも刺しておきたい。そう思いつつ、どう切り出していいかわからず無駄にハンバーガーを食している。
頭の中であれこれ考え、躊躇っていると・・・。

「ずっと局長室でこき使われてんだってさ、カワイソーに。
あの冷血暴君、マジで頭イカれてるぜ!あんなのに付きまとわれてちゃ何にも楽しめないっつの! これからは俺がしっかり守ってあげなきゃだよな。うん。
映画とかテーマパークとか楽しいトコ連れてってあげて、ランチとかスィーツとか食べに行って。
バイクでツーリングってのもいいな。ヘルメット買ってあげなきゃなー。あ、それより 指輪 か先か?
モカに似合うヤツ選んであげないとなー。」

「・・・。」
悪い予感がする。
と いうより、コレはもう相当ヤバイ。
ロディは租借していたハンバーガーを飲み込み、意を決して聞いてみた。

「ナムさん、あのッスね。
スッゲぇ言いにくいんッスけど、 フ ラ れ る っつー 可能性 もあるって、わかってます???」

 ピ タ 。

モバイル画面をスワイプしていたナムの指が止まった。
顔色も急に悪くなった。悪い結果バッドエンドもあり得る事が頭にないわけじゃないらしい。ロディは少し安堵した。
ところが・・・。

「・・・まぁ、最初は『お友達』から始めるっつー手もあるし。」
「え?」
「いろいろしんどい目に遭ってきた娘じゃん? モカって。そこはホラ、ゆっくり考えてもらってさぁ。」
「ナムさん?」
「相手のペースに合わせてあげるのも大事だよな。うん!」
「いやあの、 ちょっと!」
「気長に待つさ。『ゴメンなさい』以外のお返事もらえるまで!」
「・・・。」

『NO』の返事は聞く耳持たない。そう宣言したようなものである。
戸惑うロディがふと目にしたのは、ナムが眺めている携帯モバイルの画面。そこに表示されていたのは驚いた事に・・・。

 『♡♪♡ 恋愛マスター究極指南 ♡♪♡ 
   ♡!♡ 彼女大絶賛!愛され彼氏のデートマナー 大 公 開 ♡!♡』

( ひいぃぃぃ?!!)
全身総毛立った。
聞く耳持たないどころじゃない。もう お付き合い しているつもり。すでに 暴走 しちゃってる!!!
( だめだこの人、思考がヤバイ感じにポジティブ過ぎる!
このままじゃモカさんが超危ないッス、いったいどーしたらいいッスか!!?)
悩み狼狽えるロディをよそに、ナムがモバイル画面から顔を上げた。

「あ、ターゲット来たぞ。」

数名のセキュリティポリスSPに囲まれて爽やかな笑顔を振りまきながら走ってくる、渋みの効いた中年男性。
ティリッヒ共和国 国会議員・ラミレス氏である。
「改革政党」の重鎮である彼は、議員職務の合間を縫ってこうしてよくランニングしている。「市民と一緒に走る事で生の声を聞き交流するため」だそうだが、それが建前だけである事などはとっくの昔に把握済み。
実に安っぽい「点稼ぎ」である。ミッション始動前の事前調査で判明している この男の 本性 は・・・。

「さてと。仕事するか!」

携帯モバイルをジャケットのポケットに放り込み、勢いよくナムが立ち上がる。
その口元はいつものように、ふてぶてしく笑っていた。

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ラミレス議員は焦っていた。
それも非常に追い詰められている。彼は最近やらかした・・・・・不祥事がマスコミに露見し、方々から叩かれまくっていた。
まさか先日のパーティで知り合った 雑誌モデル が年齢を偽っているとは!
彼女が 未成年 とわかっていたなら誘ったりなどしなかったのだが、やらかした・・・・・以上どうしようも無い。
モデル本人には金を掴ませ完全黙秘を約束させたし、マスコミには一貫して事実無根だと主張している。
しかし国政を預かる議員たる者、そういう噂が立つこと自体が許されない。特にワイフがいる身では!
業務多忙を理由にして、ここ3日ほど自宅へは帰ってない。鬼の形相で待ち受けている古女房を思うだけで、体中から冷たい汗が噴き出してくるほど恐ろしい。
日差し温かい午後の公園、多くの人々が汗を流す整備されたランニングコース。
軽やかに走り爽やかに笑い、市民と楽しく交流しつつも、彼は死刑台へ向かう囚人のような切羽詰まった心情だった。

 がしっっっ!!!

いつも顔を合わる老人ランナーに挨拶しようとした彼は、いきなり右手を掴まれた。
驚く間もなく目の前に まだ少年と言っていい年頃の若者がSPを押しのけ割り込んできた。

「良かった、お会いできて! 俺を覚えてますか!?」
「・・・???」

見た事無い顔である。ラミレス議員は隣のSPにチラリと目線を走らせた。
SPのサングラスには高性能スキャナーが仕込まれている。それで少年の網膜を読み取り、地球連邦政府機関のデータベースに登録された個人情報を検索する。
「 戸籍保有。地球・日本国の 心臓外科権威 ドクター・タッカー の ご子息 です。」
SPが素早く耳打ちしてきた。
ラミレス議員の爽やかな笑顔が 営業用 から 本物 になった。
「先日はありがとうございました。いや俺、もう感動しちゃって!」
お会いできて光栄極まる。
そんな笑顔で少年は、両手で掴んだラミレス議員の右手をブンブン振り回した。

「先日、というと?」
「あ、やっぱり忘れちゃいました? 」
「い、いや~、ははは・・・。(俺、何かしたっけ???)」
「ほら、1週間前の夜ですよ。」
「1週間前の晩?(モデルの未成年とやらかした夜じゃないか。)」 
「貴方に助けていただかなかったらどうなってたか!貴方は俺の恩人です!」
「あ、いや、そんな・・・。(助けた? 俺が? さっぱりわからん!)」

「兄ちゃん、何があったんだね?」
好奇心に駆られたらしい。健啖老人ランナーが不思議そうに聞いてきた。
謎の少年はキラキラした目で、熱意を込めて語り出す。

「俺、実は母親とケンカして家出してたんですよ。
どこ行こうか迷った時にあの不沈艦『メビウス』がティリッヒに来るって聞いてここに来たんです。
でも地球から来るまでで結構金かかって、ホテル代なくて夜の街歩いてたら変な奴らに絡まれちゃって・・・。ネオミッツ・ホテルの裏通りでしたよね?」

高級ブランド店や5つ星ホテルが建ち並ぶティリッヒの目抜き通り・セントラル・ナディア通り。そこにある「ネオミッツ・ホテル」は、未成年モデルと出会ったパーティーがあった会場だった。

「怖くって抵抗してたら、この人が助けてくれたんですよ。騒ぎを聞きつけて駆け付けてくれて。
しかも俺が家出してきたって言ったら宿泊するホテルを世話してくれて、そこで親身になって話を聞いてくれたんです。一晩中、朝までですよ! なのに、お礼を言う前に名前も言わずに帰ってしまわれて・・・。
お陰で助かりました。いろいろ諭してもらったお陰で母とも仲直りできましたし。
あ、今日は家出じゃないですよ?『メビウス』見たいんで親の許可取ってからまた来ました。母がお礼したいって言ってるんです。是非お名前を教えて下さい!!!」

ほぉぉ~、と周囲から感嘆の声が上がった。健啖老人ランナーが誇らしそうに破顔する。
「いやぁ、さすが我らがラミレス議員さんじゃなぁ。ご立派ご立派!
兄ちゃん この人な、ティリッヒ改革派議員さんの中じゃすこぶる有力な議員さんなんじゃぞ!♪」
「えぇ!? 議員さん?! そうなんですか!?」
少年は驚き、ラミレス議員の顔を見直した。
ふと表情を曇らせる。今更ながら何かに気付き、少なからず動揺していた。

「あれ? そういえばちょっと違う人、のような・・・?」

「・・・人違い、ですね。」
SPの1人が呟いた。
彼は少年を引き離そうと、2人の間に割って入ろうとした。
しかし。

「あぁ、思い出したよ! キミはあの時の・・・! いやぁ、奇遇だねぇ!!♪」

「 え!!? 」
SP達が一斉に目を丸くして議員を見た。
彼らの目線は正直痛いが、かまってなどいられない。
ラミレス議員は満面の笑みで、今度は自分が少年の手をブンブン大きく振り回す!

(どこの誰と間違えたのかは知らないが、相手が名乗っていないのなら都合がいい。
あの夜、俺は未成年のモデルなんかとはやらかして・・・・・ない。この少年の未来のために朝まで語り合っていたんだ!
取りあえず、自宅へ連れて行って今の話をワイフにしてもらおう。マスコミにも信じさせるには、もう少し詳細を聞き合わせる必要があるしなっ♪)

そんな目論見など露とも見せず、ラミレス議員は少年の肩に さも親しげに手を掛ける。
起死回生のチャンスである。人違いした少年には悪いが、逃がすわけにはいかなかった。
「あれからどうなったか、とても心配していたんだ。
ちょっと時間はあるかな? もし良かったら詳しく話を聞かせておくれ♪」
躊躇う少年を強引に引き連れ、公園の出口へと歩き出す。
ラミレス議員の顔は輝き、嬉々としていて明るかった。

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「・・・発信器・盗聴機類 異常なし。
ターゲットA、諜報開始。ターゲットBの追跡に移行するッス。」

ロディが腕時計型通信機に報告する。
『了解しました。気を付けて。』
バックヤードの応答を聞いて通信を切る。すぐに自分が受け持つ「ターゲットB」の元へ行かなければならない。食べかけのハンバーガーを口に押し込み、公園のベンチから立ち上がる。
立ち去る前に少しだけ、ナムと一緒に仲良く歩く「ターゲットA」を盗み見た。
満面の笑みである。ロディは小さく苦笑した。

( やれやれ。後ろ暗いヤツは隙だらけッスね。
おまけに無駄にポジティブだから 仕事がやり易くって有り難いッスよ。)

市民との交流を大事にする実力のある共和国議員。その本性は若い女が大好物の浮気者であり恐妻家。
そんな男を何も知らない善良な市民達が温かい拍手で見送っている。茶番劇を見ているようでなんとも言えない気分になった。

( あ~あ、知らないッスからね。
あの議員、プライベート洗いざらい暴露されちゃうッスよ。ザマミロだけど。)

ナム達がいなくなるのを待って、ロディも行動を開始した。
歩き出した彼が向かう方向には、立派な造りの「共和国議事堂」がそびえ立っていた。

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