第8章 水の都ティリッヒの陰謀

2025年2月18日

10.そのチェンジはマジっすか!?

そもそも、MCミッションコード2Aツーエーは、ティリッヒに地球連邦脱退の意志があるかどうかを探ること。
しかし状況がすっかり変ってしまった。依頼者である地球連邦政府は特殊公安局まで投入し、離脱阻止の裏工作に必死で勤しんでいたのである。
「つなぎ止める気満々じゃねーか!調べさせる方がどうかしてるぜ、一体何考えてんだ?!
おまけにミッション・コンプリートが 首相暗殺と爆弾テロの濡れ衣着せられてみんな仲良く土星行き♪ときた! 冗談じゃねぇ! やってられっかこんな茶番!」
「それじゃ、爆弾テロってホントにあるの?!」
「あるはずだったんだろーよ、特殊公安局コイツらのシナリオには! 俺達が 犯 人 って筋書きでな!」
フェイの疑問に怒鳴るようにして答え、ナムはコンポンの頭を解放した。

禿ネズミエメルヒの野郎、元々ティリッヒに潜伏してた特殊公安局コイツらに モカごと俺達売りやがったんだ!
地球連邦離脱デモでの派手なテロ、保守政党が諜報員雇ってやらせたって偽装する気だったんだろ?!
モカだけ拉致って俺達は土星強制収容所極悪人の墓場。いい筋書作るじゃねーかクソッタレ!!!
・・・って、まぁ ここで全部バレちまったんだから作戦失敗だな。ざまーみろってヤツだけど。
しかも 鋼鉄の処女アイアン・メイデンが乗込んできたんじゃぁな~。
特殊公安局のエリート集団でも一個小隊じゃ足りねぇよ!」

「あらそれ 誰の話? 諜報員なら口を慎みなさい、リグナム。」
いつの間に浴室から出てきたのだろう。すぐ後ろを髪にタオルを巻いたサマンサがスタスタ通り過ぎて行った。
心臓が止る思いがした。ナムは慌てて取り繕う。
「とっ! とにかく姐さん、助かった!でも、どうしてここに?」
「冷血暴君の命令よ。」
ソファに深々と腰掛けたサマンサは なぜか少々不機嫌だった。
「ねぇ、これビオラのキャミソールとスリムパンツ? ちょっと派手ね、私の趣味じゃないわ!
モカ、後でいいからティリッヒで服買える所、幾つか調べてくれない?」
「服なんかより、サム姐さん。局長が姐さんここに寄越したって事?
別口ミッションは? かなりハードだって聞いてっけど?」
「大した案件じゃないから人数は要らないそうよ。
くだらないわね! 禿ネズミエメルヒも 私達をモカから引き離すんだったらもっと やり甲斐・・・・ある仕事、寄越せば良いのに!」
「・・・。」
百戦錬磨の傭兵達が「やり甲斐」を覚える仕事の内容。
考えただけで恐ろしい。ナムは会話を切り上げた。

(よーするに、局長はエメルヒの企みなんざとっくに看破してたってワケだ。
悪かったな! 俺らだけじゃ モカ 護れなくて!!!)

ブンむくれるナムの耳に、哀れっぽい声が聞こえてきた。
「・・・スミマセン、スミマセン。
全部、皆さんがした事になるからって言われたんです。どうしても断れなかったんです・・・。」
議事堂厨房のコックである。
自分がした事に恐れを成したのだろう。彼はすっかり怯えていた。
「つ、妻と子供が居るんです。助けてください、土星強制収容所極悪人の墓場行きは勘弁してください・・・!」
「って、言われてもな~。」
再び後頭部を掻きむしる。
このコックは無実に近い。特殊公安局に目を付けられて手駒にされていただけである。
助けてやりたいがなんとも言えない。コックの行く末・末路はもちろん、この先何をどうしていいかはナム達にもさっぱりわからない。
シンディが口を尖らせた。
「どーすんの? これから。取りあえず特殊公安局コイツら、腹立つから殴っていい?」
「やめなさいって弱い者いじめは。
う〜ん、ミッションどころじゃなくなったし、ぶっちゃけとっとと撤収したいけど・・・。モカ、ウチの指揮官と連絡ついた?」
キャスケットの通信機に耳を傾けるモカが小さく首を振る。
「ダメなの。カルメンさん、応答が無いの。」
「強制開線は?」
「もちろんそれで呼びかけてる。だから声は聞こえてるはずなんだけど・・・。」
モカが心配そうに目を伏せた。

MCミッションコード2Aツーエーの指揮官は カルメン である。
指揮官の指示・決定がないとこれ以上は何も出来ない。ミッション続行も撤収も彼女の判断に掛っている。
にもかかわらず行方不明。これは部隊が身動き取れないだけでなく、カルメン自身の安否が気になる。
彼女が任務を放棄するなど、今まで一度もなかった事。何かの事故に巻き込まれたか、それとも・・・。

 ピピッ!

キャスケットの通信機が短く鳴った。
モカが慌てて回線を開き、インカムマイクに呼び掛ける。

「カルメンさん!?」
『ゴメンね、ハズレ♡ あ・た・し♡』

ビオラだった。
妙に明るく陽気な声が、バックヤードの空気を和ませる。
「スミマセン、カルメンさんがいなくなっちゃて連絡が取れないんです。それで・・・。」
『カルメンなら 私の目の前にいるわよ?』
通信機の向こうにいるビオラが驚くべき事を告げてきた。
『100mほど先に、浮浪者風のショボいオヤジと一緒にね。
見た事無いヤツよ。カルメンは顔見知りみたいね、結構親しそうにしてるわ。
ターゲットDのケリがついて ホテル出た時見つけたの。様子がおかしかったから尾行してるんだけど、私、今どこにいると思う?』
「どこなんですか?」
『 宇宙空港 。しかも 軍 基 地 エ リ ア よ。
艦隊が停泊するブースにいるの。噂の無敵艦隊「メビウス」が見えるわ!』
名だたる「不沈艦」を目の当たりにして多少興奮したらしい。ビオラの声は弾んでいた。
「まさか! 何言ってんだ姐さん!」
ナムは自分の通信機を使い、2人の会話に割り込んだ。
「 軍基地エリアだぞ? 簡単に入り込めるわけねぇだろ!
特に艦隊停泊用ブースはセキュリティレベルSクラス、入ろうとしただけですっ飛んできた憲兵共に 銃殺 されてお終いだ!」
『私は大丈夫よ。ロディが作った『ごまかしっ子君マークⅡ』があるんだから。』
ロディも意気揚々と割り込んだ。
「説明しましょう!セキュリティシステム誤作動誘導装置『ごまかしっ子君マークⅡ』はッスね、火星のバイオテクノロジー研究所に侵入するミッションで使用した『ごまかしっ子君』の後継機器ッス!
認証画面に接触させるだけでシステムが誤作動を起こす上に、セキュリティ・ロックまで解除されちまう、前代未聞の優れものッス!♪!」
「 いや ロディ。説明は今ノーサンキュー。
ビオラ姐さんの心配なんざしてねぇよ、俺が気にしてんのは カルメン姐さんだ!
あの人『ごまかしっ子君』持ってってねぇだろ? ホントにそこが軍基地エリアなら、どうやって侵入したってんだ?!」
『何よ心配も信用もしないつもり?! 実際入り込んでんだからしょうがないじゃない!』
ビオラがヒステリックに喚き散らした。
尾行しているのでもちろん小声だが、隠しきれない驚愕が伝わるような声だった。

『一緒に居る浮浪者風のショボい男!
そいつがセキュリティシステムに小細工したのよ、サクッとロック解除して侵入しやがったわ!』

「小細工した? 軍のセキュリティ・システムに???」
ナムは愕然となり、ロディと顔を見合わせた。
ビオラの言うところの「浮浪者風のショボい男」が「ごまかしっ子君マークⅡ」と同レベルのセキュリティ解除手段を持っていると言う事である。
だとしたら。
その浮浪者はただ者じゃ無い。かなり手練れの 工作員 だ!
『とにかく、私はあの2人を追うわ。』
通信機の向こうでビオラが言った。
『男の素性とここでの目的、カルメンとの関係も突き止める。情報は逐一そっちに送るから、そーゆー事でヨロシクね!』
「待ってください、ビオラさん! そんな事しなくっても、カルメンさんには・・・!」
モカの声を遮る形で、通信を切ろうとしているビオラをナムは大声で呼び止めた。

「ヨロシクじゃねぇって姐さん!
こっちもいろいろ大変なんだ、とっととカルメン姐さん連れて帰ってくれなきゃマジで困る!
だいだいアンタ、ターゲットDの諜報は!? スタンレー議員はどーした スタンレー議員は!?』
「うっさい! 仕入れた情報はみんなモカに伝えたわよ、アンタだってもう聞いてんでしょ!
大したネタなかったからとっととおさらばしたのよ 悪い!?」
「いちいち喚くなよ機嫌悪ぃな! 狙ってた金持ち色男議員が実は おネェ だったからって・・・。』
『 お黙りっ! アンタ後で覚えてなさいよっっっ!!!』

 ブツっっっ!!!

通信はぶち切られた。

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ナムは頭の後ろを掻きむしった。
困惑のクセが出たのはもう3回目。さすがに後頭部がヒリつき始めた。禿げそうな気がして手を下ろす。
「まいったな~、指揮官不在ってどうするよコレ? この場合サム姐さんが仕切るのか?」
「あら、私は嫌よ? 面倒だもの。」
サマンサはあっさり拒絶した。
しれっとそっぽを向いたまま、頭に巻いたタオルをほどき手ぐしで髪を整える。
「私 暴れたい気分なの。修羅場が多いのは大歓迎よ。手に余る相手は全部引き受けてあげる。」
「たった今 そこの廊下で敵さん 血祭り にしたばっかりじゃ・・・?」
「足りない。だから誰でもいいわ。勝手に指揮を取ってちょうだい!」
「・・・。」
室内に凍えるような冷たい空気が充満し始めた。
とても我慢できそうにない。ナムの右手が頭の後ろに向かっていったその時だった。

 「Call伝 令

突然、通信機から聞こえてきたのはデスク脇に佇むモカの声。
ナムだけでなく全員が、モカの方へと振り返る。
Call伝 令」から始まるこの通信は、局長・リュイの命令そのもの。強制開線で全ての部隊員に告げられる。
それはカルメンも例外ではない。不審な行動をとる彼女にも、必ず聞いているはずである。
モカはキャスケットのインカムマイクに、「局長命令」をハッキリ告げる。

 「MCミッションコード2Aツーエーを、5Aファイブエー(国際テロ組織・国家の内政に関わる諜報活動)に変更チェンジ
 指揮官を カルメン・ミラー から・・・。リグナム・タッカー に変更チェンジします!」

「・・・ は ??? 」

全員、目を剥き固まった。
サマンサだけがソファにくつろぎ、美しい口元に笑みを刻む。

「あら素敵。楽 し く な り そ う ね ♡」

鋼鉄の処女アイアン・メイデンの残忍な微笑はゾッとするほど妖艶だった。

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ナム達がいるティリッヒから 遠く放れる事 約40億km。
テラ・フォーミングされてはいても国とは名ばかりの有人小惑星、その荒れ果てた原野のゴーストタウンが、リュイ達傭兵部隊の「仕事場」だった。

Call伝 令MCミッションコード2Aツーエーを、5Aファイブエー変更チェンジ
 指揮官を カルメン・ミラー から・・・ リグナム・タッカー に変更チェンジします!』

モカの「伝令」は別口ミッションに赴いている傭兵達にも届けられる。
この伝令をピアス型通信機で聞いたリュイの 口元が一瞬、微かに歪む。防弾用に積み上げられた土嚢に座ってライフルを整備する彼は確かに 笑って いた。

(・・・ ティリッヒのミッションは最初ハナから5Aファイブエー級だった。)

傍に控える副官・マックスは、1つ小さく吐息を付いた。

( あの国の闇は相当深い。
「大戦」がらみの遺恨がある上、不沈艦メビウス何てぇモンが寄港するんだ。何も起きねぇはずは無ぇ。とんでもねぇ修羅場になって当たり前のミッションだってのに・・・。)

楽しんでいる。
もはやコンプリートするとは思えない、そんなミッションで指揮官にされた ナム の受難と心境を思い、底意地悪く笑っている。
(・・・やれやれ。)
思わず苦笑するマックスは、ロケットランチャーを義腕で担いでポツリと一言呟いた。

「お前、最初ハナからあの坊主にやらせる気だったろ? 性格悪ぃ。」
「ほっとけ。」

荒野に強風が吹き荒れる。
風が巻き上げた砂や小石が マックスの義腕やロケットランチャー、土嚢の壁の至る所に備え付けられた重機関砲に打ち付け乾いた音をたてる。
すぐ近くに停めてある旧式バギーのボンネットには、アイザックが胡座をかいて座っている。
ホログラフィ式のPC画面をジッと眺めていた彼が、マシンガンを構え直した。

「 敵 襲 ー。2時の方角、迫撃砲搭載装甲車3、歩兵15・・・機械兵5!
ターゲットは我々の模様。速度30で接近中ー。」

 仕事 が始まる。
戦闘 という名の、彼らの 仕事 が。

「・・・行くぞ。」
リュイはライフルを手に取り立ち上がった。

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