第8章 水の都ティリッヒの陰謀

2025年2月18日

9.おバカが首相になった日にゃ

不審な男達は目標とする部屋の前に到着した。
強行突入する気のようである。銃を構える男達の1人が その銃口をドアノブに向ける。
彼はトリガーを引こうとした瞬間、何かに気付いて身を引いた。
他の男達も同様だった。言い合わせた様に全員が、非常階段入口へと続く廊下の果てに銃口を向ける。

「 ・・・ 女 ?!!」

男達の誰かが言葉を漏らす。
誰もいないはずのフロアの廊下に、女が1人現れたのだ。

「パーティ会場はここかしら?遅刻してしまったらしいの。」

しなやかな体に黒のコンバットスーツを纏った女が聞いてきた。
右手にギラギラ銀光を放つアサシン・ナイフぶら下げて。
いつの間にか開け放たれた非常口。吹き込んでくる風に乗って血の香りが漂ってくる。
「・・・な・・・。」
政府公認の殺し屋達・地球連邦政府 特殊公安局部隊の工作員達は、言葉を失い後退った。

「貴方達・・・ エ ス コ ー ト し て く だ さ る ?」

鋼鉄の処女アイアン・メイデン=サマンサが 実に美しく妖艶に笑った。

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「済んだわよー。入れてくれる?」

ちょっと野暮用片付けてきた。
そんなノリで部屋の扉をノックする姐貴分の声に、ナムは恐る恐る扉を開ける。
鋼鉄の処女アイアン・メイデン=サマンサが、ネオリッツホテルの広い客室を陽気に見回し破顔した。
「あら、いい部屋ね♡ プライベートで泊まりに来たいわ。
5つ星ホテルなんて必要経費じゃなきゃとても泊れないでしょうけど。」
その明るさがこそが異常。
ロディ達はもちろん哀れな姿の捕虜達も、全員絶句し固まった。
「姐さん、まさか、皆殺し・・・?」
「いやぁね、戦場じゃあるまいし。ちょっとキツめのお仕置きしただけよ♡
ちゃんとみんな生きてるし、自力で帰って行ったわよ?捨て台詞は賜ってないわ。」
「人数増やしてまた来るんじゃ・・・。」
「また来たって重傷者が増えるだけよ。連中だって暇じゃないわ。これ以上ケガ人が出ればティリッヒでの活動に支障が出る。バカじゃなけりゃわかる事よ。」
ナムは振り返り捕虜達を見た。
無表情を装っているがあまり上手くいってない。救援の手が撃退されて動揺しているのだろう。
「妙に頭数いやがると思ったら、元々一個小隊でティリッヒに潜伏してやがったのか。」
「そのようね。女の子1人拉致するのには大袈裟な人数だけど、ウチの部隊は諜報員だけでも一筋縄じゃいかないって教えたんでしょう。そんなアドバイスまでするなんて、禿ネズミエメルヒにも呆れるわね。」
頬にこびり付いた血を手で拭い、サマンサがフッと微笑を漏らす。
「無事でよかったわ、モカ。」
「ありがとう、ございます・・・。」
モカもぎこちなく微笑み、怯えてしがみつくシンディの肩を震える手でそっと抱く。
鋼鉄の処女アイアン・メイデンの名は伊達じゃない。サマンサは全身 血まみれ だった。
もちろん、全て返り血である。見た目哀れな捕虜達が震え上がって慄いた。
「彼らがここで何してるのかは貴方の方が詳しいんじゃない?私は来たばかりだもの。何もわからないわ。」
アサシン・ナイフをナムに投げ渡し、サマンサは捕虜達の前を颯爽と横切る。
ワザとである。仲間の血でまみれた姿はただそれだけで威嚇で脅迫。捕虜達が「ひぃ!」と悲鳴を上げた。
「悪いけど非常階段 掃除しといてね。あんまり汚して無いつもりだから、30分位で終わるでしょ。
モカ、シャワー借りるわ。 クローゼットにカルメンかビオラの服があったら後で持って来て♪」
浴室バスルームのドアノブに手を掛け、ふと思い立ったように振り返る。
血で染まってなお美しい顔には、冷たい微笑が浮かんでいた。

「そうそう、そこの愉快な連中、情報引き出すのに捕まえてるんでしょ?
口割らないんだったら後でじっくり・・・・手伝うわよ?♡♪」

サマンサが浴室に消えるなり、あんなに頑なだった捕虜達の態度がコロッと一変、軟化した。

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ナムは再びしゃがみ込み、モヒカン頭の男の顔を厳しい目で凝視した。
「おい、今なんつった?」
「・・・。」
厚化粧された顔を悔しげに歪め、モヒカン頭の男はヤケクソ気味に話し出す。

「宇宙港開港記念式典同日に、改革政党による地球連邦離脱を求めるデモ集会が開催される!
その会場で 爆弾テロ が実行される可能性がある!我々はそれを阻止する目的でここに居る!」

「テロ?!
「爆弾!?」
「何それ大変っ!」
新人ルーキー達が騒然となる。
一方、モカとロディは男の言葉を全く信用しなかった。

「事前調査じゃティリッヒには今、武装した過激派組織はいないはずだよ?
反社会的な集団は幾つかあるけど、人手不足や資金繰りに苦しんでる弱小組織ばかりで 爆弾テロなんてとてもできないと思うけど。」
「だいたいその地球連邦離脱デモ、アンタらの仲間がオルバーン議員に計画させたんっしょ?
なんで特殊公安局が地球連邦離脱デモ 企てるンッスか? そこからもう 怪し過ぎッス!」

本来ならば特殊公安局は「離脱阻止」する側である。
重要な軍港を有するティリッヒは 地球連邦にとって最も重要な軍拠点の1つ。しかし独立国家である以上、ティリッヒ国政府が脱退に舵を切り正式に閣議決定すれば、いかに 地球連邦政府 でも否定・阻止する事は不可能に近い。
阻止するための偽装工作に奔走するのなら納得もいくが、連邦加盟継続を固持する 保守政党 ではなく 脱退推進を強く望む 改革政党 と連んでいるのは どう考えても理に合わない。

「それに どうして 首相の暗殺 を?
サトラー首相は保守政党の党首ですよ? なぜ彼女の命を狙ったんですか?」

「・・・。」
モヒカン頭の男の顔から表情が消えた。
回答拒否である。急に押し黙った男を眺め、ナムはウンザリ吐息を付いた。
「これ以上話す気ないようだけど、もういろいろバレてんだぜ? アンタら、手駒にするヤツはもっと慎重に選んだ方がいいよ? 」
ジャケットの内ポケットから携帯モバイルを取り出し、少しイジって突きつける。
音声が流れ始めた。改革政党のラミレス議員の 明るい陽気な声だった。

『・・・そういうわけなんだよ、ダーリン。
この少年・・・ナム君がね、家庭の事情で悩んでいるのがどうしても放っておけなくってね。助けてあげたくなってしまったんだ。
いやいや、もちろんしてないよ!未成年のモデルと浮気なんて!
さっき説明したとおり、あの夜はパーティが終わってからずっと ナム君と語り合っていたんだからね!
え? おいおい、なんで知ってるんだい? 確かにパーティの後は 地球連邦政府官僚共の会合 に出席する予定だったけど・・・。
秘書問い詰めてスケジュール聞き出した?! い、いや、怒ってないよマイ・ダーリン♡
なぁに、会合ドタキャンしたのくらいでどうにかなる私じゃない。なんてったって私はもうじきこの国の 首相 になる男だからね!♪♪
大した事ないさ、地球連邦政府の官僚なんて。小金でも掴ませとけば容易く手玉に取れるんだから!・・・。』

「・・・。」
部屋の中が静まり返った。
「おわかり頂けましたかね? アンタらが見込んだ男の本性♪」
得意気に笑うナムの顔をモヒカン頭の男が睨む。
重々しい空気が立ちこめる中、首を傾げてロディが聞いた。
「これって、ナムさんが当たっていた ターゲットA の盗聴記録ッスよね? ラミレス議員、保守政党に寝返ってるンッスか? 」
「おおむね正解だけどちょっと違う。」
「何がッスか? 地球連邦政府側の会合に出るのも、首相を選出する内閣与党も 保守政党 っしょ?
改革政党のラミレスじゃ、逆立ちしたってムリッスよ。 」
「そうでもない。
特殊公安局コイツらにしてみりゃ、 地球連邦政府の言いなりになるか だけが重要なんだ。政党の違いは関係ないさ!」
「ねぇ、もしかして、なんだけど・・・。」
事の成り行きをポカンと見守るシンディ・コンポンとは違い、ずっと考え込んでいたフェイが遠慮がちに口を開く。

「特殊公安局の人達って、保守政党 見放してる んじゃない?
だから、改革政党の有力者を抱き込んで 自分達の都合の良いように操ろうとしてるとか???」

「おぉ! やるじゃんフェイ! モカの言うとおりだな、お前、メチャクチャ頭良いぞ!♪」
ナムは立ち上がってフェイに近寄り、頭をクシャクシャ撫で回した。フェイは迷惑そうに顔をしかめたが 気にせず捕虜達に振り返る。
「も1つ聞かせてやろっかな。モカ! ビオラ姐さんの 成果 、聞かせてやって!」
「 え? あ、はい!」
モカがデスクのノートPCに駆け寄り、キーボードに何かを打ち込んだ。
音声が流れ始める。
「メビウス艦歓迎パーティ」でサクッとビオラの手中に堕ちた ターゲットD=保守政党議員スタンレーの、妙に明るい声だった。

『いや~ん、アナタのジャパニーズスタイル、す・て・き♡
綺麗ね~♡ おキモノ、とても似合ってるわぁ♡ アタシ、一度でいいから着てみたかったの~♡
あ、安心してネ、アタシホントは女にキョーミ無いの。男っぽく演じてるだ・け♡ パパや周りがうるさいから、みんなにはナイショなんだけどネ♡
保守派ってウザいわ~。考え方が古くって。老人ばっかでさぁ、堅苦しいったらありゃしない!アタシ近いうちに改革政党に乗り換えるつもりなの♡ アッチは考え方が柔軟で楽しそうなんだモン♡
あら、地球連邦脱退は反対よ。そんな事したら自国の力だけでやってかなきゃならないのよ?面倒じゃない、それ。
だぁいじょーぶ♡ 連邦政府のお偉いさんが改革政党に移っても 贔 屓 に し て く れ る って約束してくれたんだモン!あの人達が嫌ってるのは保守政党のジジババ共と サトラー首相 だ・け♡ アタシは『物わかりが良い』って気に入ってもらっちゃってるの♡ だから今後も安泰だわ♡
ねぇ、マネーカードあげるからぁ、そのおキモノ譲ってくれない?
今ここで 着付けてくれるとうれしいんだけどな~♡♡♡』

「・・・。」
再び部屋の中が静まり返った。
今度の静けさはひと味違う。やや緊張感に欠けており、全員唖然・呆然だった。
「・・・ま、まぁ、スタンレー議員が実は おネェ だったっつーのは置いといて、だな。」
しらけた空気に恐れを成して、ナムは慌てて話を進める。
「要するに特殊公安局は ティリッヒ国議会の有力議員を抱き込んでる。保守・改革隔たりなくな!」
ごん太眉毛を大きくつり上げ、ロディが驚き声を上げる。
「ってことは、デモ計画したダーゲットBの オルバーン議員 も!?」
「だろうな。」
「なんなんッスかコレ?! 内乱でも起こす気なんッスか!?」
「・・・内乱、じゃない。これってもう・・・。」
モカが呆然と呟く。とても信じられないといった面持ちだった。

「 乗っ取りだわ。
地球連邦政府は ティリッヒ政府を 傀儡化 する気なんじゃ・・・?」

モヒカン頭の男がほんの一瞬、ピクリと頬を引き攣らせた。

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ティリッヒは重要軍事拠点であるが故に 地球連邦政府の干渉が強い。
軍港・軍事基地としての役割が大きい 宇宙空港 には 地球連邦政府軍 の 大規模な旅団 が駐在し、「大戦」時から国防のほとんどを担ってきている。それ故、謝礼の一環としてかなり高額な安全保障代を要求される。
国家予算上は「連邦政府軍駐留経費」との名目だが とどのつまりは「みかじめ料」。国民が長い年月を掛けて育んできた自然の恩恵、観光・保養地としての土地活用。それらが生み出す利益の半分以上が地球連邦に「上納」される。
「大戦」終結後10年経っても変わりはない。ティリッヒは太陽系内でも比較的平和な宙域にあるが、今なお軍は駐留し国の富を巻き上げ続ける。
それに不満を抱く保守政党議員の改革派支持転向が増加し、政治情勢はここ数年、悪化の一途を辿っている。
無論、地球連邦政府はサトラー首相に何らかの対策要求している。しかし効果が期待できる具体策は未だ取られていないのが現状、それどころか、与党・保守政党内は派閥ばかりが増えてく一方で統括すらままならない。
だから、地球連邦政府は工作員を送り込んできたのだろう。やはり特殊公安局は「離脱阻止」のため 暗躍していたのである。
ティリッヒの連邦離脱は重要軍基地と莫大な「みかじめ料」を失う事を意味している。
地球連邦にとってそれだけは、あってはならない事なのである。

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「首相にするんだったらラミレスやスタンレーよりもオルバーンの方がマシじゃね?
胸くそ悪ぃ差別意識さえバレなかったら、だけど。」
「内政干渉にもほどがあるッス!
地球連邦政府も 表だってギャァギャァ言えねぇから特殊公安局送り込んできたんだろーッスけど。」
「ところでナム君? さっきのラミレス議員の盗聴記録、私 報告もらってないんだけど・・・。」
「え? あ!ゴメン!
ほ、ほら、報告しようと思ってバックヤードに帰って来たらさ、コイツらがモカ襲ってやがったから、渡しそびれたっつーか忘れてたっつーかっ!」
「なぁなぁ、違うぞ。ナムさんがモカさん襲いに行ったんだぞ。」
「コンポン、シャラップ!!!」

でしゃばってきたコンポンをヘッドロックで黙らせる。
もみ合う2人を眺めるフェイが不思議そうに呟いた。

「特殊公安局の目論みはわかったけど、じゃぁどーして連邦離脱デモなんか計画するんだろ?
あと、爆弾テロは? ホントにあるの? それとも嘘?」

「そこなんだよな~。」
コンポンの頭を締め上げながら、ナムもブツブツ呟いてみる。
「ワケわかんねぇな、特殊公安局コイツらいったいな~に企んでやがんだか。・・・って、おい待てよ!?」
不意に閃き戦慄した。
腕の中で暴れる コンポン とデスクの側に佇む モカ 、そして愉快な捕虜達のすぐ隣で神妙にしている 議事堂のコック。
ナムは彼らを順番に眺め、声を荒げて愕然となる。

「 その爆弾テロ、俺達がやるってシナリオなのか?! まさか 首相暗殺 も!?」

「・・・。」
愉快な捕虜達は答えない。
その代わり、僅かに目を泳がせた。

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