第8章 水の都ティリッヒの陰謀

2025年2月18日

7.人類史上最速終了のパーティ

エレベーターのドアが開いた。
1歩踏み出すなり、おしゃべりに興じていた人々が一斉に振り向き注目された。男達は一瞬目を見張った後抜け目なく秋波を送り、女達は唇噛み締め俯くかうっとり羨望の目線をよこす。
(ふふん、当然だね♪)
ネオリッツホテル最上階。その迎賓ホールに足を踏み入れたカルメンは満足気に微笑する。
遠く煌めく夜景を映すガラス壁に映る自分の姿に得意絶頂、至極ご満悦だった。

特殊シルクのドレスは紺碧、胸元が大きく開いた色っぽいもので、大胆なスリットが形いい足を艶めかしく映えさせる。
髪はオールバックにまとめ、サイドにブルーサファイアの飾り櫛。
ピアスはサファイアにダイヤを添えた大ぶりなもの。ネックレスには二連の真珠、腕には宝石を贅沢に散らした煌びやかなプラチナの腕輪。
真珠の光沢を放つハイヒールに、右の足首にキラキラ光る細い鎖のアンクレット。
「ゴージャスな美女」を演出するカルメンは「メビウス艦歓迎パーティ」の招待客、全ての目線を釘付けにした。
( 見たか蜂蜜女ビオラ!さぁ、どっからでも掛かっておいでっ!)
本来の目的をすっかり忘れ、カルメンは今の自分に喝采した。

 ドン!

誰かと肩が当たった。
大きくよろめき倒れかかり、咄嗟に何かにしがみつく。
「あ、ごめんなさい。失礼しましたミスター♡」
カルメンはぶつかった相手に失礼を詫びた。
もちろん、魅力的で愛らしい笑顔を添えて。たいていの人はこれでアッサリ許してくれる。良くも悪くも美女の特権である。
しかし。

「前方不注意です、レディ。」
「・・・は?」

もの凄く堅苦しい声が頭上から降ってきた。
相手は背丈の高い男。30歳半ばと思われる銀縁眼鏡の将校だった。

「しかもその靴はいけない。ヒールが高すぎるし細過ぎる。いざという時に自重を支えられません。」
「・・・はぁ。」
「肌の露出も多い。コレではいざという時の致傷率も上がる。」
「いざという時?致傷率?!」
「さらに身につけている貴金属は電磁系の武器で襲われた時に致命的なダメージを受けかねない。できれば自重すべきでしょう。」
「あの、アナタ何の話を・・・?」
「『大戦』が終わって久しいが、戦火の火種は太陽系中に有り余るほどある。決して油断すべきではないのです。レディ。」
「・・・。」

男は丁寧だが抑揚のない口調でカルメンの身なりを批判した。
しかもことごとく的外れ。さらに男は自分の腕にしがみついているカルメンを引っぺがし、一兵卒よろしく一兵卒よろしく直立不動きをつけさせた。

「では失礼。どうぞお気をつけ下さい。」

そう言い残し、軍服姿の将校はスタスタ足早に去って行く。
直立不動きをつけ」のままカルメンは、呆然と彼を見送った。
(な・・・何だアレは?! 可憐で可愛く美しく 気品あふれるこの私を完全スルーしやがって!!!)
怒りが沸き上がってきた。
肩をワナワナ震わせるカルメンの耳に、女性のはしゃぐ声が聞こえてきた。
ターゲットD=スタンレー議員は、会場正面の特設ステージ近くで若い女性達と談笑しているのである。遠目に見ても相当美形。カルメンは急に自分のミッションを思い出した。

(エモノとしては申し分ない。よっしゃ、行くぞ!)

口元に愛くるしい(と、本人は信じてやまない)微笑を浮かべ、気合を入れた時だった。

 ギ ラ ー ン !!!

スタンレー議員の周りを取り巻くドレスを纏った肉食獣達が、一斉にカルメンを睨め付けた!

『どこの誰かは知らないけど、アタクシ達のスタンレー様に近付かないでいただける?
この新参者のアバズレがっっっ!!!』

・・・事前調査によると彼女達は、スタンレー議員のファンクラブ会員。
全員良家の令嬢・夫人・未亡人で、品よく微笑み穏やかなのだがまったく目が笑っていない。嫉妬と憎悪のオーラを放ち、激しくカルメンを威嚇する。
(・・・ひぃ。)
怨念こもった毒々しい空気に、さすがのカルメンも怖気づいた。
その時。

「ぼんやり突っ立ってるだけじゃ、何にも堕とせないわよ♡」

耳元で聞き慣れた声がした。
同時に衣擦れの音がすぐ傍を通り過ぎ、楚々とした足音がスタンレー議員へと向かって行く。

「あの、スタンレー議員先生でいらっしゃいますか? ご挨拶させていただきたいのですが。」

突然現れた見知らぬ淑女。
彼女がが遠慮がちに声をかけると、スタンレー議員の気を引こうと必死になっていた女達が、目を見開いて押し黙った。
それくらい、淑女 ビオラの出立ちは異彩を放っていて素晴らしかった。

ストロベリーブロンドの髪はブルネットに染め、鼈甲のかんざしで上品にまとめてある。
紫の瞳もカラーコンタクトで黒に変え、化粧は鮮やかなローズピンクのルージュのみ。それがかえって白磁のような艶めかしい肌を際立たせている。
白地に足元から咲く紅のシャクヤク。金糸を織り込んだ帯は慎ましく二重太鼓に結び、装飾品は七宝の帯留め一つのみ。
なんと、ビオラはジャパニーズスタイル・きもの姿だった。
華やかなパーティーの会場で、老いも若きも派手に装いギラギラ着飾る女達の中で、格調高い訪問着姿はスッキリしていて美しい。
凛とした佇まいは感動すら覚えるほどだった。

ビオラはスタンレー議員に歩み寄った。
「お会いできて光栄ですわ。少しお話させていただけますでしょうか?」
「い、いきなり失礼じゃなくって? アナタ いったいどなたですのっ!?」
議員の一番近くに陣取る、若ぶっているが三十路ははるかに超えてるだろう女が甲高い声で喚き散らす。
しかし。
スタンレー議員がそれを制し、ビオラに手を差し伸べた!

「・・・お嬢さん、こちらこそよろしいですか?」
「まぁ、光栄ですわ。先生・・・(ポッ♡)」

パーティーはまだ始まってすらない。なのに アッサリ陥落したスタンレーとビオラは会場を後にした。
勝負あり!一瞬で勝敗は決定した。
取り残されたカルメンは、「女王様とその獲物」を歯噛みしながら見送った。


 パパラパッパパーーーーン♪♪♪

華やかなファンファーレが聞こえてきた。
不沈艦・メビウスの歓迎パーティが始まるのだ。女性司会者のよく通る声がパーティの開催を高らかに告げた。

「皆様、お待たせいたしました。
ただ今より無敵艦隊と誉れ高い、メビウス艦歓迎パーティを開催いたします!
さぁ皆様、拍手でお迎え下さい!主役のご登場です!」

司会者が声を張り上げ会場を煽る。
特設舞台に軍服の男達が現れた。にこやかに手を振る彼らの中で、1人の男が舞台中央に設置されたマイクスタンドへと歩み寄る。
笑顔で彼を出迎えた女性司会者や貴賓達。
舞台上で和やかに拍手を送るサトラー首相すらマルッと無視し、男はマイクをいきなり掴むと勝手に淡々と話し出した!

「ティリッヒ共和国今年度国民調査における総人口126万4832人の国民の皆様、お初にお目に掛かります。
私は 地球連邦政府軍 宇宙艦隊特殊防衛艦・「メビウス」艦長、フィランダー・ノーランド。
このような盛大な歓迎をいただき大変光栄ではありますが、リーベンゾル国復活とそれに伴う反社会勢力の台頭がめざましい今、我々はこの太陽系和平を死守する任務に励まねばならない。
よって、この挨拶をもって辞する事をご理解いただきたい。
ご静聴いただき感謝します。それでは 失 礼 。」

万雷の拍手の中である。
誰も静聴はしていなかったが、彼が踵を返した瞬間、会場中が静まり返った。
彼と一緒にステージに上った部下達数名も凍り付いた。笑顔のまま固まる部下達に、栄えある「不沈艦」の艦長たる男は振り向きもせず去って行く!
歓迎パーティは終了した。
開始から5分も経っていない。パーティ会場にいる人々は、呆然と立ち尽くすばかりだった。
カルメン1人を 除いては。

(・・・ノーランド?! あの男が・・・!!!)

カルメンはパーティ会場を抜け出した。
従業員通用口へ入り込み、最短ルートで地下へ向かう。ネオリッツホテルは地下一面が駐車場になっている。駆けつけると ノーランドと名乗った不沈艦艦長が ホテル側の制止を振り切り車に乗り込む所だった。
走り出した車が目の前を通り過ぎる。
カルメンは後部座席に座った男の横顔を 心にしっかり刻み込んだ。
(間違いない。さっき私とぶつかった男、アイツが「ノーランド」だったなんて・・・!)
去って行く車を睨みつけ、強く両手を握りしめる。
色鮮やかなつけ爪ネイルチップが手のひらに深く食い込んだ。

「違うよ、カーリィ。アイツじゃない。」

突然、声を掛けられた。
胸の谷間に隠し持っていた小銃を引き抜き、声の主に突きつける。
薄暗い駐車場の柱の陰から現れた のは、くたびれたコートを着た中年の男だった。
彼は両目に涙を浮かべ、よろばうように歩み寄る。

「俺だよ、わかるかい?
大きくなったなぁ カーリィ! 綺麗になったなぁ!」

銃を持つ手がゆっくりと下がる。
カルメンはこの浮浪者を知っていた。
「アイツじゃ、ない・・・?」
「そうだ。あの男じゃない。」
懐かしそうにカルメンを見つめる浮浪者の顔が引き締まった。

「 俺達の『仇』は ジョセフ・ノーランド 。あの男の 父親 だ!」

「・・・。」
カルメンの手から小銃が滑り落ちた。

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