第8章 水の都ティリッヒの陰謀
8.コスメと油性ペンとバリカンと
お皿とスプーンは近くのコンビニで買ってきた。
さすが一国の議事堂で調理場を任されるコックが作ったグヤージュである。たっぷり野菜とお肉の旨味がトマトベースのスープに溶け込み、何杯だってお代わりできる。
「でも、火星基地で食ったヤツの方が美味い。」
「うん。リーチェさんが作ったクヤージュが断然美味いし量がある。」
「あの人なんで傭兵やってんだろな?飯屋開きゃ絶対流行るぜ?」
「無理ッスよ。食い残したらマシンガンぶっ放されるレストランなんて。」
「ほら、モカさんもちゃんと食べないと。モタモタしてるとなくなっちゃうわよ?」
「・・・。」
ティリッヒ一番の高級ホテル・ネオリッツの一室で、大鍋一杯のグヤージュ・スープを貪り食ってるスパイの集団。そんな連中がいるだなどとは、誰も思いはしないだろう。
ナムとコンポンが議事堂からわざわざ持って帰ったのだ。
バックヤードに帰ってきたロディ・シンディ・フェイも加わり、大鍋に掛かった一本のお玉を戦うようにして奪い合う。
部屋の隅ではモカを襲った謎の襲撃者達がふん縛られている。ナム達の食欲に呆気に取られる彼らの中には、議事堂にいたコックの姿もあった。
「あの~、ワタシ、これからどうなるんでしょうか???」
コックがオブオズ聞いてきた。
「ん?あぁ、事情徴収の内容次第かな。」
ナムは大きな肉を噛みちぎりながら陽気に答える。
「アンタ、いい人っぽいから助けてあげたいんだけどね。首相暗殺はヤバイでしょ?下手するとホントに土星行き決定だよ?」
「そ、そんな!」
「内容次第って言ったっしょ? 嘘は身のためにならないよ♪」
ナムが送った目配せに、8杯目のスープを貪るロディがタブレット端末を突きつける。
画面に映し出されたのはオルバーン議員と黒ジャケットの男の密会。カメラ搭載蜂型ロボが撮影した映像だった。
「コイツ、知ってるよな? コンポンの棍棒取ってったヤツ、誰?」
料理人の顔色が一気に悪くなった。
頬や目の周りが腫れ上がった捕虜達にもタブレット画面を見せつける。
「アンタら コイツの仲間だろ? どこの組織の何モンだ?」
「・・・。」
誰も何も言わない。
料理人はビクビク怯えて狼狽え、捕虜達は恨みがましくナムを睨んで押し黙っている。
「殴って吐かせる?」
「こらこら、暴力はイカン暴力は。」
拳握りしめるシンディの頭をムギュッと押さえつけた。
困ったものでこの義妹、エベルナの宇宙空港で修羅場以来 やたら人をど突きたがる。物騒な事この上ない。
「でもこれじゃ事情徴収にならないじゃない! コイツら何も話さないわよ!?」
口を尖らせむくれるシンディに、ナムはヤレヤレと首を振った。
「いいかお前ら。
そうやってすぐ拳で解決しようとするから 世の中戦争ってヤツが無くならないんだ。」
そう言いつつシンディに ポン と何かを投げ渡した。
カルメンが浴室に忘れて行った、バカでっかいコスメポーチ。プロのメイクアップアーティストばりに様々な化粧道具が入っている、ズッシリ重たいポーチだった。
「こういう時はな、どうしたら相手がお話してくれるかを 相手の立場に立って考えるんだ。」
今度はフェイの肩に手を掛け、彼に何かをそっと渡す。
ロディが発明した超・強力極太ペン「キエ・ナインダーZ」。一度書くとこすっても洗っても、1年くらいは絶対消えないという タチの悪い油性ペンである。
「そうすれば、自ずとわかり合える。これが世界平和の第1歩ってヤツだよ。うん♪」
コンポンは渡された物を見て目を丸くした。
デカくてゴツくて馬力ありそうな、ギラギラ光る刃の 電動バリカン 。
意図を察したコンポンの顔が、ニマっと露骨にほころんだ。
「そんじゃ、始めよっか。君達、相手の気持ちに立ってよーく考えるんだよ♡」
哀れな捕虜達が青ざめた。
何が起るかを察したのである。そんな彼らに新人達が、心から楽しげに破顔した!
「 い"や"あ"ぁぁぁーーーーーっっっ!!?」
残虐に笑う子供達に、彼らは思わず絶叫した!
それから およそ 30 分 後 。
「ナムさん、コイツらメイクしてもちっとも可愛くならないわ!」
「可愛いどころかカブキチョー2丁目のぼったくりバーにいるバケモノみたいになってるぞ?」
「ナムさん、もう書く所が無い。」
「放送禁止用語はせめて見えない所に書いてやれよ。あと額に『肉』の文字は塗りつぶしておけ。」
「なぁなぁ、スゲーだろ俺の腕前っ!」
「モヒカンとまだらハゲとカッパと落ち武者・・・って、ひでぇなお前。」
拷問に近い子供達の 悪戯 だったが、捕虜達は誰も話さなかった。
見るも無惨な姿になっても、頑として口を割らなかった。諜報員の鏡である。
「コイツら裏社会の住民なんだろーけど、マジで表の世界じゃ暮らせない顔になっちまったな。」
「俺、ナムさんが時々悪魔に見えるッス・・・。」
「な〜に言ってんだ!しっかり動画撮っといて。ちゃんと保存しとけよ? 後で使うかも知れねーから。」
ナムは捕虜達の前にしゃがみ込み、一番手前で凹みまくっているモヒカン頭の男を眺めた。
( ティリッヒ入国してから潜伏まで、俺達に抜かりはなかった。
バックヤードのこの部屋も偽名で借りている。俺達の素性は誰にもバレていないはず。
でも コイツらは襲って来た。誰が情報漏洩しやがったのかは、コイツらが狙った 相手 を思えば考えなてもすぐわかる。
エメルヒ だ! また俺達を 売りやがったな !?)
先ず間違いないだろう。
ミッションが始動してしまえば諜報員は行動を開始、バックヤードが手薄になる。それを狙って襲撃するよう 漏洩先に進言したのだ。ご丁寧な事この上ない。
( だとしたら コイツらの正体は想像が付く。あンの禿ネズミ、ふざけやがって!!!
・・・ただ、潜伏先のホテルやその部屋番号まで知られているってのが解せねぇな。
襲撃してきたのも カルメン姐さんがターゲットDを堕としに出向いた後 ときた。タイミング良過ぎだろ?! まるでモカ1人になるのを知ってたみたいに・・・。
部隊内に 内通者 が居る? まさか!
まさか! そんじゃ、他に考えられるのは・・・。)
ナムはジャケットの内ポケットから 盗聴盗撮機カウンター を取り出した。
ロディ製作の機器探知機は 最強にしてこれまで無敗。ありとあらゆる諜報機器をサクッと発見・検知する。嫌な予感に駆られながらも、おもむろにスイッチをいれて見ると・・・。
「 げっ!?1個探知! 謎の男達の誰かからだ!!!」
「 えええぇぇ!!?」
ロディと新人達が悲鳴を上げた。
同時に、デスク上のノートPCから警報が鳴った!
デスクに駆け寄るモカが目を剥き、振り返って鋭く叫ぶ!
「 ナム君、ロディ君!
敵 襲 ! もう 囲 ま れ て る っっっ!!!」
ナムはモカの肩越しに画面を見た。
映し出されているのはこの部屋があるフロア周辺。エレベーターホールと非常口、廊下側から見た部屋扉前と、非常階段下から見上げた部屋の窓外側風景が、四分割した画面にそれぞれ表示されている。
全て監視カメラを仕込んだ場所の映像である。不審者が数名うろついている。エレベーターホールに3名、非常口付近に5名。非常階段上にも8名、こちらは所持する消音器付の銃をすでにフォルスターから抜いている。
「マジッスか?! 監視カメラから警報きてないッスよね!?」
「探知撹乱器使ってるんだよ! どうしよう、退路絶たれちゃってる!」
「畜生ぉ、抜かった! こんなん局長にバレたら半殺しだ!」
ナムは棍棒を抜き、指紋を読み込ませ伸ばした。
迎え討つしかない。しかし勝てるとはとても思えない。
なぜなら、この男達の 正体 は・・・。
「 さすが『政府公認の殺し屋』共! いい仕事するじゃねーか!
でもなんだこの兵隊の数は? 女の子1人拉致すンのに 人海戦術 使う気か?!」
モカが強く唇を噛みしめ 哀しそうに目を伏せた。
一方、哀れな捕虜達= 地球連邦政府軍 特殊公安局部隊 の 工作員達 は口を歪めてニヤリと笑う。
強い怒りがこみ上げてくる。
ナムは棍棒を握りしめた。