第7章 激闘!バケモノ VS 化け物

8.バケモノ

モカが悲鳴をまき散らしながら、崖際を闇雲に走り出す。
一歩足を滑らせれば真っ逆さまだが、気にする様子はまるでない。不安定な岩場の上を、必死の形相で逃げて行く。
それ・・は両手に掴んでいた武装兵を振り捨てた。
モカの後を追い始める。モカを狙う目がギラギラし光、だらしなく開いた口からは涎と共に哄笑が漏れた。

あひゃぁはははははーーーぁ!!!

屈強な男の足がよろばうモカに追い迫る。
血にまみれた大きな両手が少女の背中に伸びていく!

・・・ 掴んだ !!!

それ・・はそう思ったに違いない。顔一面に浮かぶ悍ましい笑みが、さらに色濃く歪になった。
しかし。
すぐに失望の表情に変る。
握り合わせた両手の中に、求める少女はいなかった。

「ナムさん!!?」
「きゃあぁ!モカさぁん!!!」

ロディとシンディが同時に叫ぶ。
少女は他の男に抱かれ、切り立った崖から飛んでいた。

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モカが悲鳴を上げた瞬間、ナムは岩陰から飛び出した。
「病気」の発作を起こしたのだ。逃げる彼女を追おうとしている獣物じみた血まみれの男。それが目の前に現れた途端、モカは激しく錯乱した。
火星基地の食堂で見た状態と同じである。その時彼女は今のように、あるもの を見て恐慌をきたした。
だとしたら・・・。

(こいつ、まさか?!)

掴みかかろうとする手を際どく掠め、モカの体をかき抱く。
そのまま崖から飛ぶ刹那、ナムはそれ・・の姿を見た。

( リーベンゾル・ターク !!?)

間違いなく、あの日TV画面の中でリーベンゾル復活を宣言した男の顔だった。
しかし。
(同じ奴とは思えねぇ!なんだこのぶっ飛びまくったバケモンは!?)
崖下めがけて落ちていく中、ナムはモカの手からワイヤーソードをもぎ取った。
力任せにそれを振る。放たれた銀線が崖に突き出た岩を捕らえ、先端のフックが岩肌に食い込み何とか落下は停止した。
ワイヤーソードを握る片手に2人の体重が掛かる。腕に激痛が走ると同時に急な停止で崖側面に 強く体を打ち付けた!
「・・・ぐっ・・・!」
意識が飛びそうな衝撃に堪え、一旦状況を確認する。
ワイヤーソードの銀線は意外と長い。崖下まではかなりあるが、限界まで伸ばせばなんとか降りられそうに見える。
モカは腕の中でグッタリしている。怪我は無いようで安心した。安全な所でゆっくり休ませてあげれば発作も収まってくれるだろう。
銀線の長さはグリップ側面のスイッチで調整できる。慎重に繰って下降し始める。できるだけゆっくり伸ばしていくつもりでも、宙づり状態では難しくどうしても上下・左右に揺れた。
そのほんの僅かな振動が、まだ混乱しているモカの心を刺激してしまったらしい。
まだ崖底までかなりあるのに、モカが突然暴れ出した!

「イヤ! 嫌だ! いやぁあぁ!!!」
「 !? モカ、落ち着け モカ!!!」
「きゃあーーーっ!嫌だ!い や ぁ ーーーっっっ!!!」

身をよじってもがくモカを片手で必死に抱き留める。
頭上からパラパラ小石が落ちてきた。ワイヤーを絡めた岩が崩れ始めている。落下の恐怖に背筋が凍る。ナムは焦って狼狽えた。

「 ナムさん !!!」

崖の上からロディの声がした。
同時に頭上で岩が崩れた。ナム達は再び崖底めがけ、真っ逆さまに落下した!

 ボ ン !!!

爆発音と共にモニョッ、ムニュッとした感触が全身を包んだ。
ロディが「どっかんクッション」を投げ付けたのだ。膨らみ広がる緩衝剤は、2人を無事に受け止めた。
痛みもなければ衝撃もない。この発明は大したものだが、見た目と感触があまり良くない。安堵と不快な手触りに、つい気を緩めてしまったナムはモカを抱く手を緩めてしまった。

「いやあぁあ!!!」

モカが飛び起き走り出す。
慌てて後を追おうとしたが、崖に体を打ち付けたダメージが思いの外大きい。起き上がる事すら苦痛を伴い、体がいう事を気かなかった。
(・・・ここから崖上まで相当高さがある。
あのバケモノもすぐには追って来られない。一先ず逃げ切ったな・・・。)
ナムは逃げて行くモカを見守った。
( モカ・・・。)
遠ざかっていく小さな背中が、無性に哀しく痛ましい。砕けたクズ鉱石が埋め尽くす崖底を必死になって逃げていく。その姿に胸が詰まり、やるせない思いで苦しくなった。

(あの娘がいったい何をした?!
なんであんなに苦しまなきゃならないんだ!!?)

形振り構わず叫び出したい衝動を堪え、グッと奥歯を食いしばる。
萎える足に檄を入れ、ナムはやっとの思いで立ち上がった。

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もう1人、モカを見つめる者がいた。
切り立った崖の上から、逃げるモカをジッと見下ろす リーベンゾル・ターク と呼ばれる それ・・ 。
その目は爛々と異様に光り、口元には禍々しい笑みが浮かぶ。
堪えきれない激情に、それ・・は天を仰いで咆哮した!

お"お"お"お"お"お"ぉぅおぉーーーーー!!!

悍ましい絶叫が採掘場にこだまする。
ロディ達は耳を押さえ、恐怖の面持ちでうずくまった。
「ひぃぃ!?何やねんアレは!?人やない、人間なんかじゃあらへんで!」
「あれが、リーベンゾル・ターク・・・マジッスか・・・?」
「!? アンタら、ちょっと見て!」
マルギーがロディとスレヴィの頭を掴み、乱暴にゴキッと捻り上げた。
「何すんねん!」
「いいから、アレ!」
血相変えるマルギーが示したのは、さっきまで交戦していた武装兵達。
何人かが小型のランチャーを構えている。彼らの砲口が狙っているのは、狂ったように雄叫びを上げる一頭の バケモノ 。
「主」であるはずの それ・・ だった!

「撃て!」

サムソンが冷酷に号令を放つ。
ランチャーが一斉に火を噴いた!

 ドドドン!!!

発射と同時に捕獲網が大きく広がり、それ・・に被さった。
「対大型キメラ獣捕獲用の強化鋼鉄網?! 仮にも相手、人間ッスよ!?」
「だから、あんなモン人間じゃあらへんって!」
「 何言ってんのやり過ぎだよ!
大型キメラ獣用でしょ? 強度も重量もハンパじゃないし、あんなに被せたら 圧死 しちゃうよ!?」
武装兵達の異常な行為。それに驚くロディ達をよそに、サムソンの鋭い指示が飛ぶ。

「ライフル隊!時間が無い、仕損じるな!」

ランチャー抱えた武装兵が下がり、今度はライフルを構えた武装兵が前に出た。
本気で狙撃しようとしている。全員決死の突撃かます特攻兵の面持ちだった。
「・・・マジッスか・・・?」
愕然となるロディが思わず、小さく呟いた時だった。
それ・・が捕獲網を握りしめ、再び激しく咆哮した!

がああぁぁぁーーーっっっ!!!

 バキーーーン!!!

強化鋼鉄の捕獲網は、最も容易く引き裂かれた!
「なんだと!?」
「ぎゃああぁ!マジッスかーっっっ?!」
サムソンとロディが同時にに叫ぶ。
「うぉおあぁああ!!!」
リーベンゾル・タークと呼ばれるそれ・・は、捕獲網を振り捨てると雄叫びと共に地を蹴った!

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 スガァーーーン!!!

突然の轟音と、一気に砂塵が舞い上がった!
(なに?!)
ナムは咄嗟に頭を庇って地面に伏せた。

きゃあぁーーーーーっ!!!

少女の悲鳴が轟いた!
体中の痛みを全部忘れ、弾かれたように飛び起きる。
砂塵が遮る視界の中に必死でモカの姿を捜す。声が聞こえた方向へ走り出そうとしたナムの目に、信じがたい光景が飛び込んできた!

(・・・まさか、飛び降りたのか!!?)

モカの目の前に、それ・・が居る!?
思わず上を振り仰いだ。
ビル5階分ある崖の高さが、背筋を冷たく凍らせた。

・・・はは!
 はははふははひゃははははーーーーー!!!

リーベンゾル・タークと呼ばれるそれ・・は、少女を見下ろし哄笑した。
もう逃がさない。
異様に光る双眸は、明らかにそう告げていた。

(モカ!!!)

ナムは走った。
勝てるとは思えない。やり合って敵う相手じゃないのは十分承知、それでもそれ・・を目がけて無我夢中で走った。
苦しみ怯えるモカを狙う、それ・・に覚えた憤り。全身の血が沸き立ち逆流するような怒りに、それ・・の背中向かって咆えた!

「止めろ! しつっけぇんだよ、この野郎!!!」

右の拳を強く握り絞め、思いっきり振りかぶる。
その時。
突然、もの凄い力で肩を掴まれ、かなり乱暴に振り飛ばされた!

「 ぅおわっ!??」

何が起ったかわからない。ナムはもんどり打って倒れ、石屑の上を転がった。
咄嗟に受身の姿勢をとったが、打ち付けた体が悲鳴を上げる。再び意識が飛びそうになった。
しかし。

 ドン!ドン!ドン!!!

立て続けに聞こえた銃声に、驚いて飛び起きる。
おそらく違法に強化された、口径の大きい改造ショットガン。鼓膜をぶち抜く凄まじい銃声だった。
巻き上がる砂塵でかすむ目で、ナムはその姿を見いだした。
「バケモノ」に魅入られ襲われる少女。
彼女を救いに現れた、もう1人の「バケモノ」を!

 ドン!ドン!ドン!!!

大砲並みの銃声を奏で、放たれた弾丸がそれ・・を襲う!
両肩と右足大腿部にヒットしたが、一滴も血が流れない。
驚く事に、弾丸は金属音をたて 跳弾 した!
しかし、銃の威力は本物だった。
それ・・は体勢を大きく崩し、砂塵と共に後退すると大きく仰け反り岸壁に激突。衝撃が崖の崩落を招き、土砂がそれ・・を埋め尽くした!

「な・・・何でここに・・・?」

砂塵烟る静寂の中、ナムは愕然と呟いた。
「・・・。」
 リュイ はナムの声を黙殺した。
土砂に埋もれる敵を見据えてショットガンを構える彼は、もう片方の腕の中に傷だらけの少女を抱いていた。

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