第7章 激闘!バケモノ VS 化け物
9.パーフェクト・リュイ
銃は効かない。
そう判断したらしい。リュイはショットガンを手放した。
弾丸はそれの体を貫通せず、明後日の方向へと跳弾した。これが意味する事は、1つしか無い。
サイボーグである。自身の体を機械化し、戦闘能力を強化している。これなら人間離れした力の説明も付く。統括司令室の破壊もA棟建屋の倒壊も、機械化した体だからこそ出来得たのだろう。
むしろ生身の部分の方が少ないに違いない。リュイは顔をしかめて舌打ちした。
「・・・局、長・・・?」
掠れた声が微かに聞こえた。
腕の中で怯えるモカが、真っ青な顔で見上げていた。
見開かれた虚ろな目から、安堵の涙があふれ出す。
そんな少女のか細い体を、リュイは強く抱きしめた。
「お、おぉぉ???」
それが石屑の山から身を起こした。
なにが起きたかわからないらしい。呆けた顔で周囲を見回していたそれは、リュイに気付くと血相を変え、怒気も顕にいきなり咆えた!
「があ"あ"あ"ぁぁぁーーーーー!!!」
リュイが少女を抱いている。それに怒りを覚えたのだ。
醜く歪むそれの顔は、もはや人にすら見えなかった。
もう1人、心中穏やかでない者がいる。
(・・・なに? この状況・・・??!)
強く抱き合う2人の様子に、ナムも驚き絶句した。
モカは安心しきって身を預けているし、そんな彼女を抱くリュイは、彼らしからぬ穏やかな目で優しく労っているように見える。
「窮地に陥った部下とそれを救った頼れる上官」。そう言うにはやたらと熱いこの光景。
しかも。
呆然となるナムの目前で、リュイはモカへと顔を寄せる。
そして・・・。
「・・・な?! ちょおおおぉぉぉい!!?」
ナムは思わず絶叫した!
リュイがモカに キス したのだ!
胸に顔を埋めて泣いてる少女の頭に、静かに唇を落としたのである!
「ぅごあ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁ!!!」
それも目を剥きの咆哮を上げる!
空気を震わす絶叫にナムはハッと我に返った。
( 超絶激怒?! なんだコイツ、 嫉妬 して・・・!!?)
だとすれば、それが狙うのは「後宮の生き残り」でも「妹」でも、「扉を開ける鍵」でもない。
モカ だ。
誰でもない、モ カ 本 人 を、狂ったように欲している!
「・・・ ゲス が!!!」
嫌悪顕わに顔を歪め、リュイがポツリと吐き捨てた。
さっきのキスは相手を真意を探るものだったらしい。リュイもまた、それの望みがモカだけである事を確信した。
嫉妬に荒ぶるそれが地を蹴り、もの凄い勢いで走り出す。
リュイはしがみつくモカを引き剥がし、ナムの方へと突き飛ばした!
ズガーーーン!!!
咆哮と共に繰り出されるそれの拳が地面をえぐる。砂塵・石屑を派手にまき散らし、地面に大きな穴を穿つ。
直前飛躍しかわしたリュイは、それを飛び越え背後を取った。しかし 狂気にギラつく双眸が彼の姿を的確に捉え、巨躯に見合わぬ速さで振り向き血まみれの腕を一振する。
リュイはもの凄い力でなぎ払われた。すぐに体勢を整え着地し、間髪入れずに走り出す。
それとの間合いを一気に詰めると、左足膝関節を横から狙ってブーツの底をたたき込む!
「お”ぉ”お!?!」
それの巨体がよろめいた。すかさず背後に回り込む。
敵の首を腕で締め上げ、髪を掴んで大きく捻る!
ゴ キッ !!!
嫌な音が鳴り響いた。
それは口から涎を吹出し、ガックリその場に頽れた。
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「 ・・・ 強 っ ・・・!!!」
マルギーが愕然と呟いた。
崖の上で修羅場を見守るはロディ達は、倒れるそれを冷たく見下ろすリュイの姿に畏怖を覚えて震え上がった。
「よ・・・よかったッス。局長が来てくれたら、もう安心ッスよ!」
ロディは大きく息を付いた。
どっと疲れがでた。脱力している場合じゃないが、今はとにかく安堵感が強い。その場にヘナヘナ座り込む。
そんまロディのすぐ横で、抑えきれない興奮に震えるスレヴィがニンマリ笑って言った。
「・・・ パーフェクト・リュイ 。
まさにその通りやな・・・!!!」
自然とごん太眉毛がつり上がった。
聞き慣れない言葉である。ロディはスレヴィを凝視した。
「な、なんッスか、それ?」
「あれ? 知らないの?」
答えたのはスレヴィではなく、崖下の光景に釘付けになってるマルギーだった。
「不死身で無敵の 最強傭兵・ パーフェクト・リュイ !
エベルナの基地じゃみんなそう呼んでるよ。どんなハード・ミッションでも必ず完遂してみせるし、あの禿ネズミが押しつけてくる死んで当たり前の無茶ぶりミッションも、完璧に成し遂げちゃうんだもん。まさに無敵、パーフェクトでしょ!
もっとも、第3支局隊局長はあの人嫉んでるから、イヤミ込めてそう呼んでるンだけどね。『アイツは人間じゃねぇ、バケモンだ!』だってさ。そんな感じで嫌ってる人もいるけどさ、おおむねみんな 英雄 みたいに崇めてるよ。」
「・・・初耳ッス・・・。」
ロディは複雑な思いで再び崖下に目線を落とした。
倒した相手にはもう一瞥もくれてやらない。そんな態度でそれから放れるリュイの仏頂面が怖かった。
( 局長、こんなチャラい 二つ 名付けられてるって知ったら、メチャクチャ怒りそうなんッスけど。
その後多分、いや絶対 ナムさんに 八 つ 当 た り するンッスけど・・・。)
特に理由無く理不尽に、フルぼっこにされる兄貴分の哀れな姿が目に浮かぶ。
ロディは虚ろに微笑した。
「やむを得ん・・・時間が無い!」
サムソンの声に我に返った。
途端に現状を思い出す。宇宙空港ゲートのKH時限弾の爆発時間が差し迫っている。ぼんやりしてる場合じゃない!
「おい!お前、何してる!?」
A・Jの叫び声が聞こえた。慌てて岩陰から顔を出し、辺りをグルリと見回してみる。
崖際に立つサムソンが片手で銃を構えていた。
空いた手でジャケットの内ポケットからスコープを取り出し目に当てる。銃を扱いに長けたA・Jには、彼が何を狙っているのかすぐにわかったようだった。
「さっきからお前ら何かおかしいぞ!? どうして ターク を 狙撃 する!?
錯乱している状態とはいえ仕損じたら死ぬ! それでも構わないとでもいうのか?! ヤツはお前らの『主』だろう!? 」
「・・・残念ながら、それは違う。」
律儀に答えたサムソンが 慎重にトリガーに指を掛ける。
「これ以上答える義務は無い。仕損じないよう黙ってろ!
・・・全員撤収準備! ヤツが倒れたらすぐに回収に走れ!
宇宙港ゲートのKH弾を死守するぞ! 傭兵基地にいる『同志』達を 宇宙港ゲートへ呼び戻すよう伝えろ!」
部下の返事が、無い。
異変を察したサムソンが、銃を下ろして振り返る。
彼の部下達は1人残らず、地面に倒れ伏していた。
苦痛に呻く彼らの側で、決死の形相の 襲撃者 が武器を片手に佇んで居る。
「・・・あの女医、ドクター・タッカーといったか?
彼女の要求どおり部下達の手当と引き替えに見逃してやったが、やはりとどめを刺すべきだったな。」
「うるせぇ、黙れ!!!」
襲撃者がサムソンを睨む。
航空機のエンジン音が聞こえる。事の成り行きについて行けないロディが空を見上げると、崖の上空をトーキョー大学の医療宇宙船が高度を下げつつ旋回していた。
「なるほど、貴様も崖下の男もアレに乗ってきたか。
俺を倒すつもりのようだが、その武器2本で その様 だ。
今は1本だ。勝負にならんぞ?」
「黙れと言っている!!!」
襲撃者は声を荒げた。
基地のA棟で見せしめにされた無惨に折れた一本の打突武器。それを持っていた右腕は、血まみれの上添え木がしてある。
左肩と右足も負傷しており、応急処置が施されている。立っているのが不思議なほどだが、とにかく怒気が凄まじい。
( ひぃい?! )
凄絶な有様に気圧されて、ロディは戦き絶句した。
「二度とそんな口聞けなくしてやるよ・・・!!!」
周囲の空気が張り詰める。
テオヴァルト の左腕で、トンファーがヒュン、と空を切った。
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リュイが無言で「敵」から放れ、悠々とこっちに歩いてくる。
モカを抱いたままへたり込む ナム は大きく吐息を付いた。
目の前で見た驚異的な強さ、それに対する驚愕と畏怖に、救われ助かった安堵が混じる。そんな複雑な思いを抱えながらも、無性に腹が立ってきた。
( あー、ありゃ ぶん殴ってやる っつー顔だな、うん。)
リュイと出会って約4年。散々ど突き回されてきたからわかる。
理由は特に無いだろう。強いて言うならこんな場所まで足を運んだ手間の駄賃。文句はそこでぶっ倒れてるそれに言えと言いたいところだが、聞く耳持つような男じゃない。
(つまりはただの 八つ当たり だろーがぃ!
ふざけやがって冷血暴君! いつか絶対、ぶん殴ってやる!!!)
敵わぬまでも反撃したい。
ナムは到底無理な打開策を頭の中で模索した。
しかし。
急にリュイが足を止め、肩越しに後ろを確認した。
( ・・・えっ?)
その動作につい釣られ、ナムも彼の目線を追う。
そして心底 恐怖 した。まさか、頸骨折られて倒れたはずの それ がゆっくり 立 ち 上 が ろ う と は ・・・!!!
「 ーーーっっっ!?!?!?」
悲鳴は声にならなかった。
グッタリしているモカを抱きしめ、地面に尻を付いたまま足をばたつかせて後退る。
それは、大儀そうに身を起こし、あらぬ方向へ曲がった首を両手でゴキリと元に戻した。
そして笑った。モカを見て。
狂気に染まったままの目に、リュイもナムも映っていない。
キュィィィィーーーーーーン・・・!
甲高い音が聞こえる。中型の宇宙航空機が崖下に垂直降下しようとしていた。
トーキョー大学の医療宇宙船である。開け放たれたままの昇降口から エーコ が崖下を指さしながら、中に向かって何か喚いている。ナム達を助けるつもりでコクピットの操縦士に檄を飛ばしているらしい。
「 行 け。 」
「・・・へ?」
リュイが放った一言に、ナムがハッと我に返る。
「 とっとと行け。宇宙空港ゲートだ。あと18分。」
弾かれたように立ち上った。
そんなナムにつれなく背を向け、リュイは再び「敵」と向き合った。
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モカはもう泣いていない。しかし酷く疲れてグッタリしていた。
労ってあげたいが時間が無い。ナムはモカを立たせると、両手で顔を挟で持ち上げ互いの鼻がすり合う距離で、声を荒げて怒鳴りつけた。
「モカ! しっかりしろモカ!
宇宙空港ゲート! KH時限弾! わかるか!? もうヤバイ時間が無い!!!」
虚ろだったモカの目が次第に光を取り戻してきた。差し迫る危機を思い出したらしい。ふらつきながらも自分の足で立とうとしている気配を感じた。
「よし・・・行くぞ!」
「・・・はい!」
モカの細腰に左腕を回し、右手でずっと握りしめていたワイヤーソードを空に振る。
医療宇宙船が停止飛行可能高度ギリギリの所まで降下してきている。エーコが身を乗り出している昇降口の頑丈な手すり。それにワイヤーの先端を絡め、一気にワイヤーを引き戻す!
そのまま2人は宙を飛び、昇降口の中に転がり込んだ。
驚くエーコのすぐ横で、ナムはワイヤーソードのグリップを振って手すりに掛ったフックを外し、銀線を元に引き戻した。
「ワイヤー飛ばす、までは出来たんだよな俺にも。完璧に 狙い澄ます とかが無理だっただけで。
・・・母ちゃん、宇宙空港へ向かうようパイロットに言ってくれ!」
「リグナム! まったくアンタはもぉ・・・!」
「いいから早く!宇宙空港で降ろしてくれたらエベルナからできるだけ放れてくれ!
事情はあとで話す!メールでも電話でもなんでもするから!!!」
「・・・その台詞、忘れるんじゃ無いわよ!」
エーコがコクピットへと走っていった。
宇宙船が上昇を始める。
高度を上げて崖上に出ると、テオヴァルトがサムソンと対峙していてそれを見守る仲間達が見えた。
「宇宙空港行くぞ! 来い!!!」
A・Jが即座に反応した。彼はシンディを肩に担ぎ、けたたましい悲鳴をまき散らしながら宇宙船目がけて走り出す。
スレヴィ・マルギー・ロディが続き、4人と荷物扱いの1人は崖からダイブする形でシャトルの昇降口に飛び込んだ。
「リグナムぅ!貴様はやっぱり疫病神だ!」
無事に乗込むなりシンディ振り捨て、A・Jが ナムに掴みかかる。
「とんでもない目に遭わせやがって! 覚えてろよっ!」
「これ俺のせい!?ってか、今それどころじゃねぇよ、あと15分!」
軽くもみ合う2人にモカがオドオド震えて目を伏せた。
「あの、ゴメンなさい・・・。これ、全部私の、せい・・・。」
「違うから!モカさん、何も悪くない!
ちょっと! アレキサンダー・何とかカントカ! 余計な事言ってんじゃないわよこの非常時に!」
「誰が 何とかカントカ だ! A・Jと呼べA・Jとっっっ!!!」
A・Jとシンディが言い争いを始める中、モカがふと思い出したように、昇降口へと目を向けた。
「・・・局長・・・。」
「! だめだ、見るな!」
今 リュイの姿を見ようとすれば、嫌でもそれも目にしてしまう。ナムは慌てて昇降口に駆け寄り、手動で扉を閉めようとした。
その時だった。
突然、それが叫んだのは!
「・・・ デ ラ イ ラ ぁぁぁ ーーーーーっっっ!!!!!」
( ・・・!!?)
ナムは目を見張った。
去りゆく宇宙船を捕らえようとしてか、血まみれの両手を天に伸ばしてそれが絶叫したのは「名前」。
女性の名前である。十分な高度まで上昇した宇宙船が向きを変える。宇宙港の方向へ機首を向け、水平飛行にし始めたためそれの姿は見えなくなった。
( 今のは・・・? いや、今はそれどころじゃない!)
中型航空機の速度なら 宇宙港まで約2分。
残り時間はあと僅か。
絶望的だが、やるしかない。