第7章 激闘!バケモノ VS 化け物

6.慈悲深き暗殺


何かがおかしい。
そう気付いて立ち止まったナムは辺りを見回した。
いつの間にか走っているのが動く通路ムービングウォークの上じゃなくなっている。張り巡らされていた配管もなく、壁の強化コンクリートにはひび割れが目立つ。

「よぉし、止まったな!?手を頭の後ろ回せ!」

追いついてきた武装兵達がライフルの銃口を突きつけてくる。その数7人。ありがたい事に概ね全員で追跡してくれたようだ。
しかし。

( やられた! )

ナムは舌打ちした。
こっちが誘導しているつもりが、逆に誘導されていた。この場所に追い込む敵方の策に見事はまっていたようだ!

「ほぉ、気付いたか。」

武装兵達の後ろから見知った男が現れた。
「時間が無い。もう少し自分で走ってもらえると助かったんだがな。」
「うっわ最悪!アンタ なんでここに?」
隻眼の男・サムソンが目を細める。
「ご縁があって光栄だ。お前はなかなか面白い。・・・歩け。そこの角を右だ。」
従うしかない。
ナムは爆弾を持ったままの手を頭の後ろに回した。

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言われるままに歩かされると、鉄製の梯子が取付けられた昇降口がある袋小路に着いた。
(なんだ、ここ?)
訝しがっていると、後ろを歩くサムソンが思い出したように聞いてきた。

「そういえばお前、連れてた娘はどうした?」

心臓が跳ねた。
しかし、今の問いに違和感を覚え、妙な不安に襲われた。

(そういえば?こいつら、モカを追って地下通路に来たんじゃないのか?
だったら、誰を捜していたんだ・・・?)

平静を装いしらばっくれる。ナムは振り返り、肩をすくめて戯けてみせた。
「デートに誘ったけど、さっきフラれた。なんか怒って帰っちゃった。」
「そうか。・・・まぁ、そうだろうな。」
サムソンはナムが着ている悪趣味なTシャツを眺め回し、口元を歪めてニヒルに笑う。
そして後ろに控える部下達に、厳しい口調で指示を出した。

「ロナルドとオハムは娘を捜せ。
15分で見つからなければ撤収しろ。もし見つけたら・・・やり方は任せる。」

「?! おい!!!」
最後の一言が妙に神経を逆撫でた。
嫌な予感がする。サムソンに掴みかかろうとしたナムは、銃を突き付け誘導していた武装兵の1人に取り押さえられた。
「やり方って何だよ!お前らあの娘に何する気だ!?」
くってかかると他の武装兵達も容赦無く銃口を向けてきた。全員の目が一様に、「この人サムソンに楯突くと命はない!」と告げている。
それを察すると同時にナムは、武装兵が1人足りない事に気がついた。
「コイツらの指揮官、どーしたよ? 居たろ? 偉そーなのが。」
「知らない方がいい。」
サムソンが顎をしゃくり、ナムの背後の鉄梯子を指す。
「昇れ。その昇降口は開いている。」
「・・・。」
選択肢はない。忸怩たる思いで梯子を登り、押し上げるタイプの昇降口扉を開けて顔を出す。
ナムは驚いて目を丸くした。目の前に大きな 渓谷 が横たわっている。
しかも火星にあるような風が削り取った造形ではなく、人工的に造り上げたもの。崖上にある昇降口から這い出て下を覗き込むと、ゴツゴツした岩が転がる崖底が見えた。
重機も幾つか点在している。大型の油圧ショベルや掘削機、運搬に使う大型ダンプカーまでうち捨てられたように放置されていた。
「採掘場跡地? エベルナにそんな物あるなんて聞いたことねぇぞ。」
「だろうな。我々も意外だった。」
続いて上がってきたサムソンがナムと並んで下を見下ろす。

「エベルナの植民コロニーは規模に比べて居住区域が少ない。
その理由がここにある。本来 街を築くべき場所から良質な鉱石が取れるとわかった時、エベルナ地方自治区高官はその事実を隠蔽した。採掘した鉱石を正規の流通ルートを介さず売りさばいたそうだ。
そして 小惑星自体が破壊されるギリギリまで採掘し尽くし、この場所を手つかずの荒野ごと 売却 した。
買ったヤツはエベルナ高官に恩を売り、同時に弱みを掴んだ事になる。
今ではそいつがここエベルナで好き勝手やっている。そんな所だ。」

(・・・あの 禿ネズミ のやりそうなこった。)
ナムはゲンナリと採掘場を見やった。

「一つ提案がある。」
昇降口から上がってきた武装兵達を背後に従え、サムソンがナムに聞いてきた。
その問いかけは、今起こっている状況を無視した 非常に意外 なものだった。

「お前、俺の部隊にこないか?」

「・・・は?」
一瞬、意味がわからず聞き返した。
呆気にとられてしまったが、どうやら相手は 本気 の模様。彼は崖下に目を向けたまま、勧誘の言葉を口にする。

「まだ若いが十分な訓練を受けてるようだ。お前は見所がある。どうだ?」

( 何言ってんだ? コイツ。)
ふざけているとしか思えない。ナムは苛立ちを覚えた。
そんな事よりさっきから焦燥感で胃が痛い。自分の「見所」なんかはともかく、戦闘訓練を積んだプロが2人も モカ を捜しに行ったのだ。
彼女が危ない。今すぐにでも機械制御室に戻りたかった。

「えっと、その前に俺の質問お答えいただけますかね?
アンタ、あの娘どうする気だ?!やり方は任せるっつったな?!どういう事だ!?」
「・・・お前、分かりやすいな。」

語尾を荒げるナムに、サムソンが薄く微笑した。
後ろの武装兵達も口元を綻ばせる。中には銃口を下ろして破顔する者もいた。
性根から悪党ではなさそうだが、そんな事は関係ない。彼らの失笑はむしろ神経を逆撫でた。
「ふざけんな、答えろよ!!!」
ナムが思わず咆えた瞬間。
急にサムソンの目の色が変った。
殺気を帯びた冷たい光が消え、代わりに現れたのは幾分人間らしい感情。
深い 憂い と 憐れみ の念が色が濃く浮かび上がったのだ。

「 覚えておけ。
世の中には 死んだ方が幸せ な者もいるって事を な。」

「・・・何、だと・・・?」
思いがけない言葉だった。
ナムは目を剥き絶句する。

「あの娘が馬鹿馬鹿しいラジオで言ってた『性奴隷の娘』なのだろう?
間も無くここは小惑星ごと消滅する。しかし、それより先にあの『バケモノ』に発見されれば・・・。
・・・あの娘には深く同情している。終わらせてやるなら一刻でも早い方がせめてもの 慈悲 だ!」

サムソンがフォルスターから銃を抜いた。
セーフティは解除されている。手を伸ばせば触れるほどの至近距離。たった一発で頭部粉砕、そんな威力の銃の銃口がナムの鼻先に突きつけられる!

「時間が無い。
答えが『NO』なら時限弾そいつと一緒に そこそ から飛べ!」

ナムは手の中のKH時限弾を見た。
表示は『00:30:21』。確かにもう時間が無い!

「おい、マジかよ!?
さっき小惑星エベルナがぶっ壊れる寸前まで掘った場所だっつったな?! そんな所でKH弾なんて使ったらどうなるか、アンタわかってんのか!?」
「言うまでもない。」
「タチ悪ぃな無差別大量虐殺かよ?!
リーベンゾル・タークも死ぬぞ!? アンタらの主の!」
「お前の知った事ではない。」
「何だそりゃおい! てめぇらだってヤバいだろーが! こんな残り時間じゃタイム・リミットまでに脱出なんてできるかどうか・・・!」
「 構 わ ん 。」
「 はぁ?!?!」

銃のトリガーに掛かるサムソンの指に、僅かながらも力が入る。
その隼眼は薄倖の少女モカに対する 同情 が消え、冷酷な 殺意 が蘇った!

「時間が無いと言っただろう? さっさと決めろ!」

(・・・ぅわ、狂っイッちまってる・・・!!!)
ナムは生唾を飲み込んだ。

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