第7章 激闘!バケモノ VS 化け物
4.笑顔とレーションと父ちゃんと
( 迷った ・・・。)
地下通路に入り込んだ ナム は途方に暮れていた。
見事に 迷子 になったのだ。どっちを向いても殺風景なコンクリート製通路、それが延々と続くばかり。物音一つ聞こえやしない。暗闇が不気味で不安を煽る。ナムは後頭部を掻きむしった。
シャーロットが「わかりにくい」と言っていた 地下通路通気口 は、割とすぐに見かった。
侵入防止用鉄格子と古風な換気扇を破壊して潜り込んだ。ビルの3階分くらい下降してやっとたどり着いた地下通路は、照明がなく真っ暗だった。
モカのウエストポーチに簡易ライトが入っていたのが有り難かった。明かりを付けて先ず見えたのは、延々と続く動く通路。
「マジであったよ、マネーカードのベルトコンベアー!」
「これでホントに運んでたんだろうね。
お金とか高級品とかの入ったコンテナみたいなの、たくさん。」
「ここから3km放れた 宇宙ゲート まで続いてるのかよ?
呆れて物も言えなくなるぜ、腹黒い奴の考えることは理解不能だな。」
最初は軽口叩く余裕があった。
しかし動く通路の先が二股に分かれているとは思わなかったし、適当に選んで進んだ先が三股や四又に別れているなど夢にも思っていなかった。
あちこちに袋小路があり昇降口まで付いていたので、試しに一つ開けてみようとしたがロックされてて開かなかった。
そうこうしているウチに迷ったのである。ナムは苛立ち毒を吐いた。
「何が地下通路にシェルターだ。非常時に自分だけ逃げれるように作ったモンじゃねーか!
あの禿ネズミ、マジで根性腐ってんな!」
「よく知らない人から見たらただの面白いオジサンなんだけどね。」
コンバット・レーションの封を開けるモカが小さく微笑んだ。
( あ、笑った。)
口にしていたレーションが、なぜか急に美味しくなった。
ついさっきまで、どうしようもなく不味いのを我慢して食べていたはずなのに。
2人は配管に並んで座り、モカが持っていたビスケット型レーションを齧っていた。
シャーロットが言っていたシェルターは見つからなかったが、機械管理室のような小部屋があった。ボイラーらしき大型機械から無数の配管が伸びていて、床を伝って壁をぶち抜き通路の外へと引かれている。歩き疲れた足を休めるのには丁度いい場所だった。
「これ美味いな。
レーションなんてみんなマズいって思ってたけど、昨日のシチューより全然美味い!」
「火星基地で食べるシチュー、すごく美味しいもんね。
私達の部隊って食事にはすごく恵まれてると思うよ。リーチェさんのお陰だね。」
「そか、エーちゃん達は毎日あんなマズいメシ喰ってんだよな。
今度ウチのメシ喰わしてやりたいな。カレーとかハンバーグとか。」
「そういえばナム君、逃げる時に使った煙幕装置って、ロディ君に作ってもらったんだよね。
なんでカレーの匂いだったの???」
「俺が好きだから。」
「・・・それだけ?」
「そんだけ。」
「あはは、なんかナム君らしい。」
他愛のない会話が新鮮に感じる。
モカの声が心地いい。
柔らかな口調が温かいし、何よりよく 笑って くれる。
嬉しい? 楽しい? 和む? 癒される? どれが正解かは、自分自身でもわからない。
胸に湧き上がる不思議な思いに、ナムは少しだけ戸惑っている。
こうして2人でゆっくり話す機会が今までほとんど無かった事に、今更ながら驚かされた。
「俺が火星基地に来て4年も経ってンのにな。
モカは局長室にいる事が多いし、一日中コキ使われてて局長室から出られないし。
ミッション中もバックヤードだから、一緒に行動するなんてほとんどなかったし。
なんか変な感じだな。基地で一緒に暮してんのに。」
「そうだね。ナム君が来てもう4年になるんだね。
でもナム君、基地に来て2年くらいは大変だったでしょ? あの頃はちょっと怖かったよ。私、話しかけられなかった。」
「あ~、あの頃・・・。随分荒れてましたね~、俺。」
苦笑するしかない。思い当たることが多すぎた。
「副長やテオさんには毎日ケンカ売ってたし、サム姐さんやリーチェ姐さんにも逆らいまくって暴れたし。
カルメン姐さんとビオラ姐さんにも随分手ぇ焼かせたよな。特に局長には楯突きまくって情け容赦なく鉄拳制裁・・・って、これは今も同じだな。」
「ロディ君が基地に来た頃からなんだか落ち着いたみたいだったね。
だから安心してたんだけど・・・。」
モカが言いにくそうに口ごもり、遠慮がちに聞いてきた。
「聞いていいかな? お父さん、大丈夫?」
コンバット・レーションを喉に詰まらせるところだった。
ガンバって飲み込み、慌ててモカに向き直る。
「父ちゃん、いや、親父の事 知ってんの?!」
「気に障ったらゴメン。
局長が教えてくれたの。バックヤードは部隊員の事、何でも知ってろっ言われてて・・・。」
「いや、別に隠してるワケじゃないからいいんだけど・・・。
それって俺の親父の事、局長が知ってて教えたって事?」
「うん。話聞いた時ビックリした。」
悪い事を聞いたと思ったらしい。モカが申し訳なさそうに目を伏せる。
「あのね、局長ってあんな人だけど、ナム君の事すごく 心配 してるんだよ?
ちょっと、って言うか、かなりわかりにくいんだけど・・・。」
(あンにゃろ、余計な事ベラベラ話しやがって!)
ナムは頭の後ろを掻きむしった。
「そっか、ちょうどロディと出会った頃くらいだったな。
珍しく母ちゃんから連絡あって、親父が 薬物依存専門の病院 に入れたって聞いたんだ。
やっと治療受けれるようになったんだってさ。まぁ、俺も安心したよ。
親父、 無国籍者 だから。」
「そう、だったんだ・・・。」
楽しかった空気が一変した。しんみりとした重たい沈黙が2人の間にわだかまる。
自然に顔が俯くのを感じ、慌てて陽気な言葉を探す。
この沈黙を打ち払う明るい話題が欲しかった。
しかし。
先に口を開いたのは、モカの方。
彼女はナムの方へ体を向けて座り直し、強い口調でキッパリ言った。
「ナム君の所為じゃ、ないよ?」
「えっ?」
顔を上げてモカを見る。
自分を按じる真摯な瞳が真っ直ぐ見つめ返してきた。
「いろいろ・・・本当にいろいろあったと思うけど、みんなナムくんの所為じゃない。
特に、ご両親の 離婚 は・・・。
・・・お父さん、治療受けれてよかったね。少しずつでも、良くなると、いいね・・・。」
(うっわ、ホントに全部知ってんだ!?)
ナムは目を泳がせた。
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地球連邦加盟国では無国籍者が戸籍保有者と婚姻関係を結ぶと、相手の戸籍に入る事が許される。
法に触れることなく一定期間を過ごせば、仮に離婚しても独自に戸籍が持てるようになる。再び無国籍者になる事なく、一市民として生きていけるのだ。
しかし法を犯した元・無国籍者が、戸籍保有者との婚姻関係を解消した場合。
その者は全ての権利を奪われ 無国籍 に戻される。
例えば、薬物に手を出し検挙され、戸籍保有者と離婚した場合。
悲しい事に、無国籍者が医療を受けられる国や自治体は太陽系にはほとんど無い。
違法薬物依存症に苦しみ、心身共にボロボロに成り果てても、救いの手は得られないのが現状だった。
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戸惑いが右手を頭の後ろに向かわせる。
ナムは頭を掻きながら、必死で動揺を押し隠した。
「嫌なこと聞いちゃったね。ゴメン。」
「い、いやいいよ、謝らなくて。
親父が今 どーしてっかはよくわかんねぇけど、専門病院に居るわけだし良くなって来てンじゃないかな。
便りが無いのが元気な証拠ってね。母ちゃんもそう思ってくれりゃ、メールだ連絡だって文句言われずにすむんだけどな。」
「・・・エーコ先生、大丈夫かな。」
モカがふっと表情を曇らせる。
「こんな事になるなんて・・・。ナム君、ゴメンね。また巻き込んじゃった・・・。」
「何言ってんだよ、このくらいで。」
「片目の男の人、何者なんだろ?
狙いは私、だよね? きっとあのラジオ放送聞いて来たんだよね。」
「あんま考えない方がいいよ?」
「うん・・・。」
モカがまた目を伏せた。
その様子が痛ましい。無性にに腹が立ち、コンバット・レーションを思い切り齧る。
( ??? )
パサパサしてて味気ない。味がすっかり変っていた。
「みんなも大丈夫かな?・・・テオさん・・・どうなっちゃったのかな・・・。」
沈んでいく声に胸が詰まる。
ナムは慌てて努めて陽気に声を張り上げた。
「大丈夫だろ?テオさんがそう簡単にくたばるワケないし、カルメン姐さん達には ソルベちゃん がいるし!」
「・・・ソルベ、ちゃん?」
「シャーロット統括司令副官。
コンポンが言った シャーベット は面白いけど長いから、フランス語で ソルベちゃん 。
今、思い付きでニックネーム付けた。」
「え?!ソレ、怒られない?」
「でも可愛いだろ?」
「・・・うん。」
モカがクスッと笑みこぼした。
「そだね。みんな強いもんね。大丈夫だよね、きっと。・・・ありがとう、ナム君・・・。」
「いや、まぁ、ははは・・・。」
笑ってくれたのは嬉しいけれど、なんだかちょっと照れくさい。
ナムはコンバット・レーションに齧り付いた。
また美味しくなっている。
(コロコロ味が変るレーションだな。)
不思議に思いながら、ナムは最後の一欠片を口に放り込んだ。
物音 を聞いたのはその時だった。
ヴォン!
何か大型の機器が起動した時 発する音のようだった。
弾かれたように立ち上がり、ナムは棍棒を握りしめ、モカもワイヤーソードを身構えた。
「ナム君!」
辺りを見回していたモカが何かに気付いた。
機械管理室の外で、動く通路が基地へ向かって動いている。
誰か来る!
しかしそれはおそらく、味方じゃない。