第7章 激闘!バケモノ VS 化け物

5.天国と地獄の狭間


武装兵達が現れた。
動く通路ムービングウォークの流れを無視して走り回る足音が物々しい。その数7,8人と言ったところ。ナム達がいる機械管理室の前を行ったり来たりして、なかなか通り過ぎてくれなかった。

「・・・居たか!?」
「いや、見当たらない。本当にこっちへ来てるのか?」
「『大佐』はそうおっしゃってる。よく捜せ!」

誰かを捜しているようだ。
モカが小声で聞いてきた。

「私達の事、捜してるのかな?」
「・・・うん・・・。」
「『大佐』って誰だろ?あの片目の男の人かな?」
「・・・うん・・・。」
「どうしよう、このままじゃ出られないね。」
「・・・うん・・・。」
「早くどっか行ってくれないかな。
その、困るね、色々と。」
「・・・・・・うん。」

この状況を危惧するモカとは対照的に、ナムは少々上の空。
脳内で唱える円周率は、100桁超えたら最初からで15回目に突入していている。
気を紛らわせるのにもう必死。頭から湯気が出そうなくらい、体が熱くて仕方なかった。
ナムは今、武装兵達の襲来とは別個の修羅場の真っ只中にいる。
地下通路の機械管理室には身を隠す所などほとんど無い。武装兵の出現に、慌てたモカに押される形で潜り込んだ僅かな隙間。大きな配管が垂直に並列する、取り敢えず入口からは死角になってるその場所は、当然ながらメチャクチャ狭い。
幸が不幸か図らずも、2人は真正面からピッタリと抱き合う形になってしまった!

( うおぉお?!
 3.1415926535 8979323846 2643383279・・・!!!)

健康優良思春期男子の努力は限界点に近づきつつある。
モカはナムより頭一つ小さい。
彼女の髪から立ち昇るコンディショナーの香りが芳しい。胸板で柔らかく押し潰れる二つの感触。それがあのシャワー室での光景をイヤでも思い起こさせる。
これだけでもう充分ヤバイ。
とんでもなく、ヤバいのに・・・。

(・・・おみ足、当たってる・・・・・んですけどー!!! ※ご想像にお任せします。
ナニこれ、天国?!それとも地獄!? 誰でもいいから、何とかしてくれこの状況ーーー!!!)

「入って来た・・・!」
胸元で聞こえた小さな声に、ようやくハッと我に返る。
そして、気が付いた。モカが震えている事に。

(・・・俺の、どアホンダラ!!!)

やり場がなくて無駄に彷徨う左手をモカの肩に置く。
手のひらにすっぽり収まる小さな肩を、大丈夫だと伝えるために、ゆっくり力を込めて握る。
機械管理室に入ってきたのは3人。
その内1人はこの小隊の指揮官コマンダーのようだった。

「クソ、 まるで迷路だな! 何だここは? ボイラー室か?」
指揮官コマンダー、通信です!
テス組・レイヴン組、双方未発見。それぞれ進行方向行き止まりデッドエンドのため、後退開始との事!」
「ちっ! どこに行きやがったんだあの野郎・・・!」

武装兵達の話し声が聞こえる。ナムはモカの頭越しに様子を窺った。
「迷路」に散った仲間の状況を確認する通信兵らしき男と指揮官コマンダー。苛立ちを隠せない2人をよそに、ライフルを構えたもう1人の武装兵がナム達がいる配管側までやって来た。
足下を走る配管の裏に 手を差し入れて 何か を置いた。
指揮官コマンダーからは見えない位置だが、隠れるナムにはそれが丸見え。一目見ただけで 正体 がわかり、思わず声が漏れそうになった。
「どうしたの?」
モカが小声で聞いてきた。
密着しているが故だろう。ナムの異常に気付いたのだ。
無理も無い。元々早かった心臓の鼓動はさらに加速しうるさいほどだし、全身嫌な冷や汗が吹き出し体がガタガタ震えてきている。
ナムは何とか冷静を装い、できるだけ落ち着いた低めの声で 目の前にある「最悪な状況」をささやいた。

「KH時限弾、仕込みやがった!
しかももう動いてて、リミットが 1 時 間 切 っ て やがる!」

コロンとしたカプセル型の、手のひらサイズの 時限弾 。
表面で赤く点滅しているデジタル表示は『00:56:18』。
下一桁が刻一刻と減っていくのまでよく見える。まるで命を削られているようで、焦燥感に襲われる!
「そんな、どうしよう!?」
腕の中で、モカの体が強ばった。
ナムは右手の棍棒を改めて強く握りしめる。

( 援軍は多分望めない。
A棟の残してきたカルメン姐さん達が無事なら助けに来るだろうけど、今の俺達には通信機も発信器がない。すぐには合流できないだろう。しくっ失敗したな~、通信機だった般若の腕時計、エアポートで使うんじゃなかったぜ!)
とにかくこれは本気でマズい。
KH時限弾は小型でも、あれ1個で統括基地が吹っ飛ぶ威力、被害の規模は計り知れない。
しかもこのままでは武装兵に見つかる。
どっちにしろモカが危ない。
ならば、やる事は一つしかない!

「俺が行く。
モカはここに居てくれ。片付いたら迎えに来る。」
「え?で、でもナム君!?」
「大丈夫だから。な?
・・・でさ、ちょっと 般若 取ってくんない?」
「ハンニャ?」
「ベルトバックルの般若。捻ったら取れるから。」
「う、うん。」
胸元のモカがモソモソ動く。
2人がいるスペースは狭いのだから仕方がない。目視できないモカの手が、覚束ない手つき般若を探す。

「あ、いや、もちょっと上・・・かな。」
「え?あっ・・・!ゴ。ゴメン!」

慌てたモカがあたふたと般若のバックルを取り外す。
その途端!

うきょきょきょきょきょきょきょーーー!!!
きゃああぁぁーーーーーーーーーっっっ!!?

焦って般若発動のスイッチを押してしまったらしい。
般若は高らかに哄笑し、モカの悲鳴と共鳴した!
「どわああぁ!!?」
さすがに妙な煙幕は吐かなかったが、それでも威力は抜群だった。武装兵達が絶叫する中、キーンと痛む耳を押さえてナムは配管の隙間から飛び出した!

「これ、も~らい!♪」

素早く拾い上げたKH時限弾をひけらかす。
武装兵達の顔色が変り、激しく狼狽え取り乱した。

「・・・貴様、どうして!?
ソレは使わないと言っただろう?!」

<ruby>指揮官<rt>コマンダー</rt></ruby>が激昂し、アサシン・ライフルの銃口を向けた。
驚いた事にナムにではなく、時限弾を設置した自分の部下に。
(・・・???)
様子がおかしい。
今の台詞から考察すれば、時限弾設置は部下の独断いう事になる。
タイムリミットがこれだけ差し迫ってるのなら、玉砕覚悟の自爆テロに近い。それを部隊全員を巻き込む形で強行する?あまりにも異常だった。
(いや、考えるのは後だ!)
ナムは声を張り上げた。

「仲間割れっすか?
じゃこれ、いらないよな。捨てて来よ~っと!」

明るく笑って踵を返し、機械管理室を出て走り出す。進行方向は当てずっぽに左を選んだ。背後を確認するまでもなく、武装兵達が追いかけて来る気配にニンマリほくそ笑む。

「待て!」
「ヤなこった!狙撃は止めとけ、時限弾に当たったら爆発すンぞ!」

これでいい。あとは小隊全員で追っかけて来くれば上出来である。

「さてと。これ、どうしよう???」

<ruby>動く通路<rt>ムービングウォーク</rt></ruby>の上を全速力で走りながら、ナムは手の中で時を刻む危険なカプセルを見下ろした。
タイマー表示は『00:49:32』。
時間が、ない。

→ 6.慈悲深き暗殺へ

→ 目次 へ