第7章 激闘!バケモノ VS 化け物
12.屈辱の戦士達
採掘所跡の崖下に佇む リュイ は顔をしかめた。
突っ伏し泣きじゃくるそれ。ナム達を乗せたトーキョー大学の医療宇宙船が去った後、空を見上げて呆然としていたそれが突然泣き出したのだ。
「 あ"あ"あ"ぁぁぁぁ・・・・!!! 」
身をよじるような慟哭だった。目の前にいるリュイの事など完全に忘れ去っている。
子供じみた異様な姿に、リュイはさらに顔をしかめた。
ナム達が宇宙空港へ向かってからもう随分経つ。
KH時限弾解除は成功したと思っていい。マックス&ベアトリーチェにフォローを命じて送り出したが、相当激しい修羅場になっただろう。宇宙空港の惨状は目も当てられないと推して知れた。
後は、このバケモノをどうするか、である。
とどめを刺した方がいい。戦場で培った闘争本能が警鐘を鳴らすがそんな気にはなれない。どうしても気になる事があり、息の根を止めるのを躊躇っている。
デライラ 。
それが叫んだ女性の名前。
その意味するところに疑念を覚え、リュイは彼らしくもなく考えあぐねた。
「・・・。」
ふと、何かに気付いて上を見上げる。微かだが航空機の エンジン音 を耳にしたのだ。
驚く事にすぐ近く、ちょうど崖上辺りの所で見た事のない 宇宙船 が停止飛行している。機体が発する音が極端に小さい。エメルヒの司令室でそれが説明した リーベンゾルの最新ステルス機 なのだろう。
『 双方 退きなさい。地球連邦政府軍が来ます。』
廃れた採掘場に 女の声 が響き渡った。
ステルス機の外壁に取付けられたスピーカーから聞こえてくる。リュイは眉を潜めたが、それ反応しようとせず、ただ泣き叫ぶだけだった。
『一連の騒動を鑑みれば、来襲する部隊は軍公安局の手の者達です。
彼らの目に停まるのはあなた方としても本意では無いはず。ここは一先ず退きなさい。
そちらが矛を収めるのなら我々は速やかに撤収し、これ以上事を荒立てないと約束しましょう。』
「・・・。」
リュイはただ無言で佇み、ステルス機を見据えていた。
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うち捨てられた採掘場は、再び静寂を取り戻した。
あちこちに転がった空薬莢と、固い地面に染みこんだどす黒い血の跡。激しい修羅場があった事を物語るのは、それらの痕跡だけだった。
崖上に上がったリュイは、敵のステルス機が去った空を静かに見上げた。
たった今、敵方の撤収を見届けたところである。ステルス機はリーベンゾル・タークと呼ばれるそれとサムソン達を回収すると、宇宙空港の方角に消えていった。
今頃はもう入区管理局にいる「味方」の手により、ゲートを通って宇宙に出ただろう。みすみす見逃すのは気が進まなかったが、深追いするは危険を伴う。特殊公安局が動き出した以上、こちらも早々に撤収しなければ面倒な事に巻き込まれる。
リュイは空から目線を落とし、崖の上を見回した。
そして血だまりの中で1人倒れる 戦士 の方へと足を向ける。
投げ出された手に折れたトンファの柄を握りしめ、力無く横たわる戦士は全身血まみれ。死んでいるかのようだった。
靴先で戦士の頭を小突く。
僅かに動いた。まだ生きている。
襟首を掴んで引きずりあげると、瀕死の戦士が掠れた声で 息も絶え絶えに呟いた。
「・・・すんません・・・局長・・・。次は・・・仕留めます・・・!」
リュイは何も答えない。
黙って テオヴァルト を肩に担ぎ、崖の上を歩き出す。
カラン。
意識を失ってしまったらしい。
テオヴァルトの手から折れたトンファが滑り落ち、地面に乾いた音を立てた。
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KH時限爆弾、撤去完了!
その吉報はシンディのリストバンド通信機から、エベルナ基地で戦う戦士達に届けられた。
「よかった!全員無事か!?」
カルメンがピアスの通信機で応答する。
『大丈夫、みんな無事よ。ナムさんとモカさんはここにいないんだけど、怪我とかはないって。』
元気そうなシンディの声に、カルメンの険しい表情がようやく少し和らいだ。
かつてA棟があった場所は完膚なきまでに破壊し尽くされていた。「どっかんクッション」がなかったら、ナム達よりもカルメン達が危なかったに違いない。
「・・・でも、ロディさんのネーミングセンスってやっぱり変だ。」
「そーね。兄貴分の影響かもね。」
呟くフェイを軽く抱きしめ、ビオラが優しく微笑する。弾丸飛び交う修羅場から生還したフェイは、疲れ果ててはいるものの、以前のように泣いたり怯えたりしなくなっている。
(慣れてきているのね、修羅場に。いい事なんかじゃないんだけど。)
ビオラはフェイの小さい肩を、複雑な思いで優しく撫でた。
「また助けてくれてありがとな!
え~っと、トーカツフクシレイカン、様!」
もう1人の子供はタフだった。瓦礫の山を見回す女戦士に元気に駆け寄りお礼を述べる。
シャーロットの厳しい目つきが途端に和らぎ優しくなった。
「『様』ではない、『殿』だ。
名前はコンポンだったな?もう少し言葉使いを勉強しなさい。」
「勉強嫌いだけど、オ バ ち ゃ ん がそう言うならやってみるよ。大事なことなんだよな?」
「そうだ。強くなるのと同じくらい大事だ。」
これ以上とんでもない事を口走られては困る。ビオラが慌ててすっ飛んできて、速やかにコンポンを引っ立てていった。
「統括司令副官殿!」
代わりにカルメンが駆け寄ってくる。
「バギーを貸して下さい。リグナム達を迎えに行かないと!」
シャーロットは無言で頷いた。
再びA棟跡地の瓦礫を見回す彼女の目は、険しかった。
激しい銃撃戦だったが、人的被害は意外と少ない。負傷者はかなりの数になるが、死者がいないのは幸いだった。
勝った、と言うのはおこがましい。KH時限弾のリミットが近づき敵方が撤収していかなければ、本当に危ない所だった。
( サムソン・・・。)
シャーロットは去って行った旧知の戦士に思いをはせた。
(危険な男だ。それがまさか、リーベンゾル側に付いたとは・・・。)
不吉な予感に焦燥感を煽るが。今はどうする事もできない。彼女はバギーの手配をするため、瓦礫を踏みしめ歩き出した。
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ステルス機は宇宙空間での慣性走行に入った。
『リーベンゾル到着予定時刻は、20時間と16分後です。』
宙に浮かんだホログラフの四角い画面。その中で微笑む中年の女が穏やかな声で報告した。
『ご気分はいかがですか?ターク様。』
「あぁ、ありがとう。やっと落ち着いたよ。」
リクライニングベットに横たわる リーベンゾル・ターク が微笑み返す。
身を清め、清潔な白の検査服に着替えた彼はもうそれではない。再び礼儀正しい穏やかな紳士に変貌していた。
「・・・しかし、首が少々痛い。」
『かしこまりました。お帰りになりましたらすぐ「医師」にみていただくよう手配いたしますわ。』
「ありがとう。ロゼリッタ。」
タークは深い吐息と共に、深々とベットに体を預けた。
「妹に会えたよ。
素晴らしい、まったく素晴らしい!あの娘の存在はまさに奇跡だ!」
『それはようございましたわね。ターク様。』
満ち足りたように微笑うタークの口元が次第に歪んでいく。目も爛々と輝き始め、体もガタガタ震え始めた。
「私はあの娘を幸せにするよ、ロゼリッタ。苦労を掛けた分、ずっと手元に置いて慈しんであげよう。
そうとも、もう片時も手放さない。心ゆくまで愛し尽くすのだ。
私のものだ、あの娘は私だけのものだ、もう誰にも渡さない私のものだ私のものだ私のものだ私の私の私の私の・・・!!!」
激昂していくタークの首に、医療ロボットのアームが伸びて無針注射器の先端を押し当てた。
ビクン、とタークの体が跳ねた。強ばり戦慄く体からゆっくり力が抜けて行く。
『お疲れなのですわ。ターク様。少しお休みあそばせ。』
「そうだね。ロゼリッタ・・・。」
タークは静かに目を閉じた。怯え震える少女の面影を瞼の裏で見つめながら、眠りに落ちる男の口元は禍々しく歪んでいた。
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同じステルス機内の貨物庫では、エベルナを襲った武装兵達がいる。
負傷者の多くは重症で、応急手当ては施されたが悲惨な有様。寝台に寝かされる事もなく呻き苦しんでいる。
しかし目の前に上官が現れると、全員すぐさま敬礼した。
「無理はするな。みんなよくやった。せめて今は休め。」
必死で苦悶を押し隠す彼らに、サムソンは労いの言葉をかける。そういう彼も満身創痍。立っているのがやっとだった。
肋骨は何本か折れてるようだし、右足の甲は踏み砕かれている。
特に利き手の状態は酷い。サムソンが折り捨てたテオヴァルトの右腕のように、へし折られて血まみれだった。
(・・・次は、仕留める・・・!)
サムソンは隻眼に憎悪を宿し、完璧だと呼びと称されるバケモノへの復讐を誓った。