第7章 激闘!バケモノ VS 化け物
13.辿り着いたその想いは
地球連邦政府軍がエベルナ宇宙空港へ強行突入を開始したのは、全てが終わった後だった。
しかも入区管理局を占拠していた武装集団は 到着前に 殲滅 していた。義腕と重機関銃を振り回して暴れた一組の夫婦のお陰(?)である。宇宙空港ターミナルは壊滅状態。見るも無惨な有様だったが、民間人の被害は最小限。死者も奇跡的にいなかった。
その民間人の大多数はカメラを抱えた報道記者。ライブ放送されてしまった宇宙空港の惨状で、報道各社がさらに意気込み記者達を送り込んでくるに違いない。
エベルナは今以上に騒がしくなる。
平和な日々は当分訪れない。混乱は長く続くだろう。
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ナムはモカと一緒にぼんやりと強化シールドスクリーンの空を眺めていた。
荒野を臨むエベルナ宇宙空港北側。分厚い外壁に並んでもたれ、魂が抜けたようにへたり込んでいる。修羅場をくぐり抜けた心が まだスレヴィの悪質なジョークから立ち直っていなかった。
軍特殊部隊が突入する前に地下のエネルギー制御室から脱出した。人目を避けて行き着いたこの場所は、外壁に沿って家電や盗難車が不法投棄され近づく者もほとんどいない。さっきまでの騒々しさが嘘のように静かで、身を潜めるのには最適だった。
「・・・ナム君、ゴメンね・・・。」
モカがポツリと呟いた。
彼女はこの場所に落ち着いてからずっと謝ってばかり。何度も聞いた台詞に苦笑し、ナムは頭の後ろを掻いた。
「言ったろ? モカは何も悪くない。」
「でも、怪我・・・。」
「怪我なんか気にしてたら、あの局長の所じゃやってらんねぇよ。
そっちだってボロボロじゃん。早く手当しないとな。」
ナムは片目をつむって見せた。
「だいたい誰の所為かっつったら 禿ネズミ だろ? 何が健康診断だっつの、ふざけやがって!」
「あはは、そだね~。」
モカが虚ろに小さく笑う。
「 でも・・・いろんな事がわかったのは、よかったのかな・・・。」
モカが左の胸のすぐ下に手を当てる。
( ・・・モカ・・・。)
哀しそうな声に胸を痛む。
締め付けられるようなその痛みは、体中のどの生傷よりも痛かった。
( まだ子供だったモカに 焼き印 するとかあり得ねぇ!
しかもそれがリーベンゾル「後宮」の 開かずの間 の 鍵 だと?! 冗談じゃねぇ ふざけやがって! ・・・ ん??? )
ふと、別の事に気がついた。
もしかして、火星基地にキメラ獣が襲撃してきた時、シャワー室での 共闘 で・・・。
「 俺、その焼き印、見ちゃってる???」
ぼんやりしていたモカの目が、急に不審そうなものに変る。
胸の辺りを両手で庇い、ほんの少しだけ身を引いた。
「あの後、一応聞いたけど・・・。
ナム君、ホントーに覚えてないの? 結構目立つはずなんだけど?」
「 な い 。」
ハッキリキッパリ、即答した。
嘘偽りなく覚えていない。モカがさらにうろんな目をして、ナムからもう少し距離を取る。
「だって、その、ガッツリ見たって言ったよね?
あんなに真正面から、私の は、裸? 見て、それだけ見えてなかったとか、ある???」
「いやぁ、実はあれから何度もあのシャワー室のシーン、思い出してんだけどさぁ。」
「思い出さないで! 覚えてると危ないかも知れないよ!?
ナム君までリーベンゾルの人達に狙われちゃったら・・・!」
「それが、何回思い起こしても 覚えてんのは 上の部分 と 下の部分 ・・・。」
「そっちも思い出さないでぇぇぇ!!!」
青くなったり赤くなったり、モカが様子が面白い。
それを察したモカがむくれ、そっぽを向いて呟いた。
「・・・意地悪。」
( ぅお!? )
さっきとは別の痛みが胸を突いた。
しかも何故か心地いい。ささくれた心が癒されるような、温もりを感じる痛みだった。
穏やかで、暖かくて、とても楽しい。こんなにモカと同じ時間を共有するのは初めてだった。
ロディの通信機で他のメンバー達とは連絡が付いている。ちゃんと居場所も伝えてあるのでその内に誰かが迎えに来る。
( でも、なるべくゆっくり来てくれれば・・・。)
つい、そんな事を思った時。
『リーグーナームぅぅぅ! モカぁぁぁ! 無事かぁーーーっっっ!!?』
通信機から聞こえた声じゃない。
荒野の彼方から砂塵を巻き上げ激走してくる4駆のバギー。そこから聞こえた喚き声だった。
スコープを覗くとハンドルを握るカルメンの凄まじい形相と、助手席のビオラと後部座席のフェイ・コンポンが、乱暴極まる運転に悲鳴を上げている様子が見えた。
(うん、わかってた。
カルメン姐さん、アンタ こーゆー時必ず邪魔してくれちゃう女女だよな。)
楽しい時間は即終了。
ナムはうんざりと空を仰いだ。
「よかった。みんな無事だったんだね!」
一方、モカは素直に喜びナムの方に向き直った。
「MC付いてないけど・・・ミッションコンプリート、コングラチュレーション!」
小さな拳を突き出してきた。
ナムも軽く拳を握る。
「おぅ、コングラチュレーション!」
互いの拳をコツンと付き合わせ、晴れやかな気分で笑い合った。
カルメン達のバギーがすぐそこまで来ている。
仲間がそれぞれ喚く声も、耳に付くほどうるさくなった。
エベルナでの予期せぬ修羅場がようやく終わった。
何にも解決してない。
タークが暴れ回った理由も サムソンが破壊行為を目論んだワケも、全くわからないままではあるが、とにかくみんな無事だった。
これからの先の事は火星に帰ってゆっくり考えればいい。
モカの弾けるような明るい笑顔に、今はこれで十分なのだと ナムは思う。
「それじゃ、帰ろっか♪」
モカがヒョイッと立ち上がった。
疾走して来るバギーの方へ軽やかな足取りで歩き出す。
彼女はナムの異変に気付かなかった。
ナム自身も何が起こったのかすぐにはわからず困惑した。咄嗟に、ただ無意識に、右手がモカの手に伸びたのだ。
( ・・・ えっ ・・・?)
伸ばした右手は一瞬遅く、望んだものは掴めなかった。
虚しく宙を漂うその手を ナムは呆然と眺めていた。
( ・・・あぁ、そうか。)
ようやく 想い に気が付いた。
いつの間にか自分の中に 生まれ育っていた 特別な想い に。
シャワー室で共闘した時、戦う姿を美しいと思った。
避けられてると感じた時は、自分でも驚くほど落ち込んだ。
リュイに責められ傷つけられた時は言いようのない怒りを覚え、咄嗟にリュイに掴み掛かった。
リーベンゾル・タークから助けたかった。自分の危険など少しも考えなかった、バケモノじみた男に追われる彼女をとにかく救いたかった。
苦しまないでほしい。哀しまないでほしい。
ずっと笑っていてほしい。
できれば、自分の す ぐ 側 で ・・・!
( 俺・・・ こ の 娘 の 事 が ・・・。)
掴めなかったモカの手が、カルメン達のバギーに向かって元気に大きく振られている。
そんな彼女にエベルナの人口太陽が優しく照らす。
とても眩しく綺麗に見える。
ナムは右手を握りしめた。