第7章 激闘!バケモノ VS 化け物
14.カレーの日の告白
タークに破壊されたエベルナ統括基地の被害は当然ながら甚大だった。
A棟は全壊 メイン司令塔は半壊。B棟・C棟も無事ではなく、基地在住の傭兵達とリーベンゾル武装兵達が交戦した戦闘跡が派手な傷跡を残している。
当面、統括司令室の代わりとなるのは 比較的被害が少なかったC棟の会議室。そこでリュイ達と対峙するエメルヒはぐったり疲れ果てていた。
「ディアーズの父娘、夜逃げしたらしいぞ。」
顔を合わせるなり、エメルヒは言った。
「あの父親、結構な悪党でな。馬鹿娘が世間の関心集めやがったお陰で、自分も近辺嗅ぎ回られたんだと。しゃーねぇなぁ マスコミ連中は。ネタに飢えてっから人の粗探ばっかしやがってよぉ。
挙げ句、今までやらかした悪事がすっかりバレて 有り金もってトンズラだ。とっ捕まって土星強制収容所へ送られるよりゃマシだとか思いやがったんだろうなぁ。
こんだけの騒ぎになりゃ 地球連邦政府軍の特殊公安局 が動く。逃げ切れると思ってんのもマヌケだが、地球連邦非加盟国か・・・それこそリーベンゾルにでも行きゃぁ、取りあえず何とかなるかもな。」
「・・・そりゃ、大変ですな。」
無言で佇むリュイの後で、副官・マックスが呟いた。
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ちなみに、元スパイアイドル・ハルモニアは「暴露」後 特殊公安局に「保護」されていた。
彼女のSNSは漏れなく炎上、過激で苛烈なコメントが殺到し「命の危機」にさらされている。それが「保護」の名目なのだが、真の理由は違うだろう。
ほとんど 犯罪者 扱いである。
罪状はおそらく「戦争煽動罪」。エベルナ襲撃を事を鑑みれば、最悪「テロ組織誘致罪」も適用される可能性も有り、エメルヒが言ったように土星強制収容所へ送られかねない。
最後に彼女が公の場で目撃されたのは 保釈 の時。
莫大な保釈金と引き替えに、一旦自由の身となった彼女は、群がるマスコミ記者達に向かってこう叫んだそうである。
「アタシが何したっていうのよぉ!!!」
・・・つける薬 無し。
かくして、ディアーズ親子は2人仲良く 夜逃げ するしかなくなった。
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特に関心なさそうなマックスの相づちに、エメルヒも適当に頷き話を進める。
「トーキョー大学医学部のシャトルは無事に地球へ帰還したそうだ。
エーコちゃんも他のスタッフも怪我はねぇ。テオヴァルトのお陰だそうだ。・・・そういやアイツ、生きてんのか? とんでもねぇ重傷だそうだが。」
「えぇ。先に火星に帰って治療中です。死にゃしませんよ。」
「そうかい、うん、何よりだ。
とにかく、今回はよくやってくれた。あのサムソンとかいう奴が連れてた連中は相当な手練ればかりだった。お前らが居てくれなかったら、どうなってたか・・・。
って、俺が任せたぶっ込みミッション、アイザックに送らせた サマンサ だけで片ぁ付けさせたんだって? 酷ぇ事するなぁ。可哀想だろぉ?鋼鉄の処女襲われる敵さんがよぉ。」
「正直、俺も同情を禁じ得ません。」
無言を貫くリュイに代ってエメルヒの相手をするマックスが、重要な疑念を投げ掛けた。
「 統括司令、今回の事ですが・・・。」
「 あぁ 心配すんな。うまくやっといたぜ。」
エメルヒが抜け目なく笑う。
「 エベルナ統括基地の事ぁ一般人にゃ知られてねぇんだ、武装兵共が暴れ回ったって新聞の隅にも載りゃぁしねぇ。
宇宙空港で派手にやらかした件もな、危ねぇ思考の弱小テロ組織がアホやらかしたって事でケリがついてる。リーベンゾルがらみが疑われるだろうが、証拠は大してありゃしねぇよ。
特殊公安局も何とか矛先納めやがったぜ?
連中だって今この時に 戦争 のネタなんざ欲しくねぇんだ。丸め込むのにゃ手間ぁ取ったが、おおむねいいカンジに話が付いた。
どうでぇ、俺の手腕ってヤツは! えぇ? おい、リュイよぃ!♪」
「・・・。」
リュイは当然、無言のまま。
ドヤ顔見せる上官を冷ややかに見据えるだけだった。
「それはそうと今回の報酬だがな。」
エメルヒが マネーカード を取り出した。
「2,30枚は出してやろうと思ったんだが、基地がこんな事になってよぉ。
修理修繕に大枚が飛ぶ。悪ぃがコレで勘弁してくれや。」
デスク代わりに使っている会議室の机の上。そこにばら撒かれたカードの数は、たった3枚だけだった。
「・・・。」
リュイは何も答えない。
その代わりに踵を返すと、足早に出入口へと向かって行った。
「・・・要らんそうです。」
マックスもすぐに後を追う。
上手く心情を隠せない彼の顔には 嫌悪 が漲っている。
「そうか。悪ぃな♪ 恩に着るぜぇ、リュイよぃ♪♪♪」
そんな事はお構いなしに、エメルヒはマネーカードをイソイソかき集め懐の中に仕舞い込んだ。
「そうか。悪ぃな♪ 恩に着るぜぇ、リュイよぃ♪♪♪
・・・そうだ、ところで モカちゃん なんだがよぉ!」
出入口扉前まで着ていたリュイが足を止め、ゆっくり肩越しに振り返る。
侮蔑のこもった冷たい両目が、エメルヒの冷笑をねめつけた。
「あの娘も危ねぇ目に遭って相当ショックだったろうぜ?今回火星に連れて帰ってゆっくり労ってやってくれや。
まぁ心配すんな、こっちもちゃ~んと話が付いてる。
『保留』だってよ。特殊公安局のヤツら、『ハルモニアの暴露』と今回のエベルナ襲撃の後始末でてんてこ舞いになってるらしいぜ?
当面、俺が 預かる 事にしてあるんだ。お前って 護衛 を付けて、火星でな。なぁに、お前が付いて守ってやりゃぁ あのイカれたバケモンも簡単にゃあの娘に近づけねぇよ。
そうだろ? え? なぁ、リュイよぃ!」
いつでも手に入れられる。その時まで 預 け と く 。
異様に光るエメルヒの目は、如実にそう語っていた。
「・・・。」
リュイは無言を貫いたまま、扉を蹴り開け出て行った。
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「みんな、今回は頑張ったわネ♡
晩ご飯、何でも好きなもの作ってあ・げ・る♡ 何がい~い?」
無事、火星の基地に帰り着いた夜の事。
エプロン姿のベアトリーチェが新人達にそう聞くと、満場一致で「カレーライス!」との返事が元気よく返ってきた。
明らかにマヌケ般若が目眩ましに吐いた カレーの香り付煙幕の影響。そんな事など知らないベアトリーチェは目を丸くしたが、すぐに了承してくれた。
ベアトリーチェのカレーは超絶品。ただし、コクと旨味がたっぷりのカレールーはドラム缶並のどでかい鍋で、白米は1俵60kgの米俵分が一度に炊ける巨大な炊飯器で提供される。
「勝手に注げや」のスタイルである。
今夜もバトルロイヤル必至だった。
し か し ・・・。
「・・・。」
カレールーのお鍋の前で、モカが驚き固まっている。
お皿に控えめに盛ったご飯にカレーを掛けた直後だった。大きな目をさらに見開き、引きつった様に身を強ばらせる。
そんな彼女を目の前にして、ナムは決死の突撃かます特攻兵の心境だった。
モカの沈黙が堪えがたい。このまま回れ右をして逃走したい衝動を必死で押し殺していた。
「・・・ 直球、だね・・・。」
長い長い沈黙の後、モカがようやく口を開く。
呆気にとられて立ち尽くす彼女が小さく呟いたのは、たった今聞いた「 告 白 」の感想だった。
(・・・やっぱ簡単すぎたか?
何かもーちょい気の利いた言葉を・・・って、そんなん俺にできるわけねーし!)
全身汗ばみじっとり冷たく、口の中は緊張でカラカラ。
萎える気持ちに檄を入れ、ナムはモカの顔を凝視した。
A・J達と別れを告げて火星への帰路に着いてからずっと、気の利いた言葉を考えまくった。
さっぱり思い浮かばなかった。女の子が喜びそうな甘い言葉など微塵も知らない。映画や小説に出てくるようなロマンチックな演出なんて とてもできたモノじゃない。
だから「直球」になった。それも 小細工なしの剛速球 である。驚かれるのも無理はない。
「 ・・・いや、リグナムお前、直球云々っつーよりもな?」
膠着状態の2人に助け船を出したのは、テオヴァルト。
簡易ギプスで体中固定した痛々しい姿で、カレー鍋近くのテーブル席から呆れた様に苦言を述べる。
「 なんで 『 今 』なんだよ???」
突然始まった求愛劇に、目を剥いたのはモカだけじゃない。
それまであちこちのテーブルで皿から口へと回転していたスプーンの動きが全てフリーズ。怒濤の勢いでカレーをかっ込む 基地住民達の全員が硬直している。
しかも隅のテーブルには、本を読みながらカレーを食す恐怖の上官・リュイまでいる。
「残したら命は無いと思え!」とのベアトリーチェの怒号を合図に、カレーの日の基地の夕食はつい先刻始まったばかり!
テオヴァルトのその一言は、まさにその場全員の ツッコミ を代弁したものだった。
「あ”ーーー! お前ときたらもぉーーーっ!!!」
「最っっっ低!こんなのマジであり得ない!!!」
突然、カルメン・ビオラがいきり立った。
「飯時の食堂で何やってんだ! センス無いにもほどがあるわアホンダラぁ! 」
「場所と状況考えなさいよ! バッカじゃないの恥ずかしい!」
「うっさいわ!誰の所為だと思ってんだ!」
カウンターで怒鳴り返し、ナムはズボンのポケットに手を突っ込んでゴソッと何かを取り出した。
姐貴分達が陣取るテーブルにバラッと大量にぶちまけたのは 盗聴機 や 盗撮機 。
カメラ搭載蜂型ロボまで混じっている。何でもござれの諜報機器に、ナムはブチ切れ喚き立てた!
「人の体にこんなモン 勝手にベタベタ取付けやがって!
告白イベント諜報するとか、趣味が悪ぃにもほどがあンだろ!? 面白半分に覗かれた挙げ句 後でいじり回されるンなら『公開告白』した方がよっぽどマシだ! ふざけんじゃねぇぞ この出歯亀共ぉ!!! 」
「何だとゴルァ!」
「口説き文句の1つも言えない 唐変木の分際で!!!」
ナム達はそのままいつもの、ただ喧しいだけの口ケンカに突入した。
罵詈雑言を聞き流しつつ、アイザックが空になった皿を手にして席を立つ。
巨大炊飯器の蓋を開け、ご飯を山盛りによそいながらおかしそうに呟いた。
「まぁ、端から見ててわかりやすかったからねぇ、ナムっちは。
その内 告白する って踏まれちゃったんだね。基地じゃ娯楽は少ないんだ。いじり回されても仕方がないさ。」
「それにしても、も~ちょっとマシに・・・。ナムさんはも-・・・。」
頭を抱えるロディの横で、何かに気付いたコンポンが 姉弟ゲンカに辟易しているフェイ・シンディに話しかけた。
「なぁなぁ。モカさん、居なくなってるぞ?」
「さっき逃げてったわ。カレー持って。」
「さすがの逃げ足!僕、ホントにモカさんに弟子入しようかなー?」
感心したフェイは苦笑し、カレー皿に残った最後の一口をほおばった。
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「・・・いいのか?」
食堂隅のテーブルで、リュイと同席しているマックスが遠慮がちに聞いてきた。
リュイの答えはたった一言。
しかも読んでる本から顔も上げない。まったく関心なさそうだった。
「 何 が ?」
そう言ったきり、空になったカレー皿を遠くへ押しやりその手で本のページをめくる。
離れた席で彼らを眺める者がいた。
サマンサである。
彼女はふと寂しげに、静かに美しい目を伏せた。