第6章 扉を開ける「鍵」
4.最果てからの来訪者
(お、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け・・・。)
エメルヒはひたすら自分に言い聞かせた。
それでも心臓がバクバクうるさく、頬を伝って流れ落ちる冷たい汗が止まらない。
「い、いやぁ、こいつぁ・・・。
ゴメンなすってよ、私ぁ育ちが悪くてね。失礼があるかも知れませんが、ご容赦くださいよ?」
しっかり掴まれた手に力を込め、改めて相手と握手をかわす。
「それは私も同様です、ミスター。
こんな太陽系最果てから来た田舎者に、お気遣いなど不要ですよ。」
悪戯っぽくそう言って、 リーベンゾル・ターク が穏やかに笑う。
人好きする態度である。エメルヒは密かに舌を巻いた。
(なるほど、マスコミ共が騒ぐワケだぜ。なかなかの男ッぷりじゃねぇかクソッタレ!
さっきからうるせぇエマージェンシー・コールはこいつの仕業だな? まさか1人で乗り込んできたんじゃあるめぇ、兵隊散らして基地を制圧しやがったんだ!
畜生!こんなことならリュイの野郎を追っ払うんじゃなかったぜ!)
あれこれ思考を巡らせながらも 平静を装い笑顔を作る。相手の意図が見えない以上、感情を損ねては非常にマズイ。
「で、どうやってここまでこられました?
地球連邦政府軍の宙域封鎖は完了してるはずですぜ? それにエベルナは 小惑星植民コロニー だ、監視の厳しい宇宙港『ゲート』を通過せにゃならんのですがねぇ?」
「二つの回答ができます。」
タークは快く質問に答えた。
「一つは『我が国は地球連邦加盟国ではない』。
誰が何を言おうともその命令に従う義務はありません。ただ、地球連邦政府軍はいささか好戦的ですから、用心はしてきましたよ。
我が国の優秀な技術者が製造した 最新のステルス機 で馳せ参じました。地球連邦政府軍のレーダーでは捕らえられない 太陽系未発表 の機種です。
・・・もっとも、地球連邦政府軍がこのシャトルをみたら『戦争準備の為の開発』とくるんでしょうけどね。何度も言っているが我々に戦争の意志はない。迷惑な話です。」
「なるほど。で、二つ目は?」
「エベルナの 入区管理局 に事情を話してご協力いただきました。ちゃんと『ゲート』を通って来ましたよ。ご安心ください。」
一つ目の回答と打って変って実に簡素な答えだった。
しかしコレはあり得ない。地球連邦政府軍の規制が入った以上、エベルナ入区管理局は宇宙港『ゲート』を閉鎖するはず。「ご協力」などできるわけがない。
(おいおい、入区管理局の連中、生 き て ん だ ろ う な ???)
「ご協力いただいたのですよ。ミスタ・エメルヒ。」
不審が顔に出たようだ。タークが同じ言葉を繰り返す。
余計な詮索はしないほうがいい。背筋に冷たいモノが走り、エメルヒは小さく身震いした。
「・・・一杯 いかがです?」
キャビネットへ足を運び、ブランデーを引っ張り出した。
滅多に来ない上客用に揃えた一番高価な酒だが、こうなったからには仕方がない。気分を落ち着かせるためにも飲んどいた方が良さそうだ。
しかしタークは軽く手を振り、申し訳なさそうに断った。
「いえ、結構です。
このような訪問になってしまい非常に恐縮しております。ご無礼のお詫びは後日 必ずさせていただくとして、すぐにお暇しますのでお気遣不要でお願いします。・・・さて、ミスタ-。」
タークの顔から 笑み が消えた。
「 私の『妹』に会わせていただけますか? 」
(そら来やがった! さぁてどう切り抜けるか・・・。)
エメルヒはゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
「これは遠くからご足労いただきまして 恐縮ですな。
生憎ですが寝耳に水、とはこの事でしてね、こちらも今確認中なんですわ。」
「事実確認中、ですか? 困りましたね、地球連邦政府と同じ事をおっしゃる。」
深く追求されたらマズイ。エメルヒは話題をそらす作戦に出た。
「いや、相済みませんなぁ。・・・それにしても、ですよ?
何でまた、こちらへ出向いておいでに?
貴方は今、地球連邦加盟国では テロリスト として認識されつつある。軍に見つかっちまったら 妹さん に会うどころじゃない、ご自身の身が危ないでしょ?
それに『後宮』の被害者だっつーて名乗り出る輩は、太陽系中掃いて捨てるほど居やがりますぜ? なんでローカルラジオで小娘が言った戯れ言なんぞを信じるんです?
そもそもあのハルモニアって娘ぁ、育ちは良いが頭のネジが何本かぶっ飛んじまってる。そんな小娘の言う事なんざ、信憑性に欠けませんかねぇ?」
「・・・お答えしなくてはなりませんか?」
「是非お聞きしたいですな。
私はここの主でね。仮に妹さんが居るとしても、大事な部下を理由もわからねぇままお引き渡しはできんのですわ。」
相手の物腰が柔らかいのでつい強気に出てしまった。
なんとか平静を装いながらも、内心冷や汗ものだった。
「そうですね・・・。」
タークが考えるぞぶりを見せた。
「おっしゃるとおり、私は 地球連邦加盟国圏 では非常に難しい立場にある。
だから迅速に事が運ぶよう、今回のような強行手段を取らせていただいたのですが・・・。
わかりました、お話しましょう。
あぁ、やはり一杯いただけますか? 少し長い話になる。・・・ここに座っても?」
「え? えぇ、どうぞ!是非!!!」
心拍数が跳ね上がった。
慌ててソファの上席を進め、封さえ切っていなかった高級ブランデーを急いで開ける。
クリスタルガラスのグラスに注ぐと、ブランデーの香気がほどよく鼻孔をくすぐった。
良い流れである。俄然、面白くなってきた!
( 何をくっ喋るかは知らねぇが、さて。 吉と出るか 凶と出るか・・・?)
エメルヒはこっそりほくそ笑んだ。
しかし。
先刻本人も嘆いたように、やはり歳を取ったのかも知れない。
モカがテーブル下に取付けた ロディ作成の 盗聴機 。
それに未だに気付かないまま、太陽系全人類の未来に関わる 重大な話 を始めようとするのだから。
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苛烈を極めた「リーベンゾル大戦」後、地球連邦政府軍が決行した大規模な空爆。
「7日間の粛正」と呼ばれる宇宙艦隊による爆撃は、リーベンゾル国が領土と主張する小惑星の形が変るほど苛烈で凄絶だったという。
破壊の限りを尽くした後、地球連邦政府軍は「大戦」に主に起用してきた非正規傭兵部隊ではなく、正規の歩兵部隊を投入した。
目的はあくまで「人命救助」。被災者救済、保護・支援。
しかし彼らが真っ先に向かったのは、独裁者が君臨していた住居・宮殿跡地だった。
真の目的は見え透いていた。
実に浅ましかったという。
「・・・だが、奴らは何も発見出来なかった。」
「えぇ、そうです。」
タークが暗い目をして頷いた。
「先の『大戦』で他国から強奪した、莫大な数にのぼるはずの 金品・財宝・文化遺産 は、何一つ発見できなかったのです。
だからでしょうね。地球連邦政府軍が自らの攻撃で傷つけた民を見捨ててさっさと引き上げたのは。」
グラスにたゆたうブランデーの、澄んだ琥珀色が美しい。
それを眺めるタークの笑みは皮肉が込められ痛ましい。
少なくとも、エメルヒの目にはそう見えた。この悲しげな表情は本物だろうか? それとも・・・。
「国庫を埋め尽くしていた財宝は、いったいどこへ消えたのか?
明確に答えられるのは、現・元首である私だけでしょう。それらは今、全て『後宮』に眠っているのです。
独裁者は『大戦』後すぐ、ありったけの金品財宝を『後宮』に持ち込み、そこで拉致監禁していた女性達と 籠 城 したのです。」
「 籠 城 ?!!」
エメルヒは驚き、目を剥いた。
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『リーベンゾル・ゴルジェイ、所在掴めず。その生死、不明。』
『大戦』後、リーベンゾルに潜入したある小隊。彼らが全滅と引き替えに入手したこの情報は、太陽系中を震撼させた。
それ故、様々な憶測が飛び交った。
暗殺・病死などの死亡説はもちろん、領土内地下潜伏説、火星・金星潜伏説、整形して別人なりすまし説、地球連邦非加盟国の隠匿説・・・。不謹慎なTV局や映画会社などがコレをネタに作品を創り、激しくバッシングされたほどである。
『7日間の粛正』後、連邦政府軍歩兵部隊が徹底的に捜索しても 独裁者の消息はつかめなかった。
その事が人々を不安にさせた。
いつかまた現れるのではないか。また『大戦』を引き起こすのではないか。
漠然とした恐怖は『大戦』後10年経った今でも、人々の心に燻り続けている。
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「 行方不明? そうですね、一般的にはそのように言われています。
しかし事実は違う。あの男は自ら進んで 身 を 隠 し た のです。」
「い、いったいなぜ?」
「・・・わかりかねます。」
誰もが知りたがる問いかけに、タークはさらに顔を曇らせた。
「『大戦』時、我が国の軍勢は 小惑星帯エリア を超え 火星周域 にまで達していた。
当時の戦況は明らかに 我 が 国 優 勢 だったはずです。
なのに彼は、突然 地位・権力を全て放棄し国を見捨てて 欲望 に走った。
あり得ない。とても理解できるものではありません・・・。」
確かに理解不能である。
太陽系中未曾有の被害をもたらした『大戦』。それを起こした国の元首が、圧倒的優勢の戦況だったにもかかわらず、全てをうち捨て行方を眩ます。部下や家臣に謀反を起こされ暗殺されたというならともかく、財宝を持ち逃げハーレムに籠もるなど容認できる話ではない。
もしそれが真実ならば、彼の行動はあまりにも軽率で不可解極まるものだった。
「それじゃ、ヤツは今・・・。
リーベンゾル・ゴルジェイは、今も『後宮』で女ぁ囲って暮してやがるんで?」
「いえ、生きては いない でしょう!」
タークがキッパリ断言する。
言葉の語尾には怒りが込められ、叩きつけるように厳しかった。
「『後宮』があった辺りは 空爆 が特に激しかった区域です。
直近の街にはKHミサイルまで投入されました。
KH線が人体を脅かす影響は凄まじい。生存など不可能です。考えるだけ無駄でしょう。」
「しかし、その死を確認されたわけではない?」
「えぇ、残念ながら。
連邦政府軍が使用したKHミサイルは その地域一帯を 汚染 しました。
特に『後宮』周辺は今でも線量が極めて高い。空爆から6年経った今現在でも 近づく事すらできないのです。」
ブランデーを一口含み、タークが小さく首を振る。
やりきれない、といった面持ちになった。疲労の色さえ垣間見え、エメルヒはちょっと目を見張る。
「・・・しかし、今我が国では 彼の死亡を確認しなければならない事態が起っている。
国内には『大戦』で疲弊した民をいたずらに混乱させる 武装組織 が数多く存在するのです。
驚く事に彼らはまだ独裁者が生きていると信じている。『後宮』周辺を囲うように支配域を築き、我々が介入するのを頑なに拒むのです。
まるで『後宮』を神が祭られている神殿であるかのように、ですよ。・・・困ったものです。」
「リーベンゾルにゃ、今でもそんな奴らがいるってぇんですか・・・?」
エメルヒの顔にも苦悶の色が浮かぶ。
恐怖が蘇ってきた。かつて傭兵として身を投じた、あの悪夢でしかない『大戦』の恐怖が。
エメルヒはブルッと身を震わせた。
「い、いやそこまではわかりました。
しかしですよ? それが今回のご訪問となんの関係がおありで?」
「我々は何とか『後宮』内部に侵入し、恒久平和と人々の心の安寧のためにも 独裁者の死 を 確実な証拠とともに全太陽系に示さねばならない。」
「ですから、それが何で・・・?」
「 焼き印 です。」
タークの様子が不意に変った。
物腰の柔らかい紳士的な雰囲気が消え、静かに覇気をまとったのだ。
「『後宮』の性奴隷には、その証として体のどこかに 焼き印 が施されているのです。
そしてそれが『後宮』最奥にあったという 拷問部屋 の 認 証 パ ス なのですよ。
独裁者の亡骸、あまたの財宝。
何もかもが 今なお稼働し続ける強固な防御システムに守られた 扉の向こう にあるのです!」
タークの双眸が異様に光る。
彼はその目でエメルヒを見据え、静かに、容赦無く詰め寄った。
「ミスタ・エメルヒ。我々も無駄に歳月を過ごしてきたわけじゃない。
あの忌まわしい空爆の中、無名の傭兵に助けられた 少女 がいる事実は掴んでいるのです。
ラジオで事を明かした娘。彼女の人間性はともかく、私自身の勘がその暴露は 真実 だと告げている!
居るのでしょう? 間違いなく、統括司令基地に!
当時10歳ほどだった、おそらく 私の『妹』 が!!!」
凄まじい威圧感に全身が総毛立つ。
ギラギラした目に絡め取られ身動き一つ取れやしない。
この男には勝てないと、自分の本能が警鐘を鳴らす。
返答を謝れば殺される。そんな恐怖にさらされてエメルヒは浅はかな自分呪う。
(畜生、リュイの野郎さえいれば・・・!!!)
後の祭りだった。