第6章 扉を開ける「鍵」
5.そんな貴方に強制連行
A棟脇の駐車場、大型輸送車が並ぶ一角。
盗聴機が伝える統括司令室での不穏な会話。それに聞き入る ナム達 は、シンディの悲鳴に飛び上がった。
「きゃぁ! モカさん、しっかりして!」
モカが今にも気絶しそうになっている。
顔色が真っ青で目は虚ろ。体がガタガタ震えだし、必死で呼びかけるシンディの声も、どうやらほとんど聞こえていない。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発作が起きようとしている。
戦慄く両手で口元を押さえ、モカは固く目を閉じた。
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「『後宮』の性奴隷には、その証として体のどこかに 焼き印 が施されているのです。
そしてそれが『後宮』最奥にあったという 拷問部屋 の 認 証 パ ス なのですよ。」・・・
盗聴受信機から聞こえた言葉に、焼き付けられた あの刻印 が熱を帯びて鋭く痛む。
モカはこみ上げる吐き気を飲み込み、激しい悪寒に必死で堪えた。
着替えの時やシャワーを浴びる時、決してそれを見ないよう 目を反らし続けてきた。
火星基地のシャワー室。入口の大きな姿見鏡が恐ろしかった。鏡は無慈悲にそれを映す。傷つき穢れた自分の体を有りのままに見せるから。
左の胸すぐ下に穿たれた、不可解で悍ましい 紋章 。
それがまさかあの「拷問部屋」の 認 証 パ ス = 鍵 だったとは・・・!!!
目の前が暗くなっていく。
隣で抱きつくようにして支えてくれてるシンディも、心配そうな仲間達も、まったく何も見えなくなった。
代わりに徐々に見えてきたのは、あの「拷問部屋」の凄惨な光景。
血塗られた拷問機器、生臭い腐敗臭、母の悲鳴、ケダモノの哄笑。
そ し て ・・・!!!
パ ァ ン !!!
「!!?」
急に意識がクリアになった。
モカは一気に覚醒した。
「よっしゃ! やる事は決まったな!」
驚き、目を開けるとそこには、打ち合わせた手をヒラヒラさせて陽気に笑う ナム の顔。
いつも通りの 彼 だった。
それが心を和ませた。「こんな状況なんだけど?」と、半ば呆れるほどだった。
「 モカは絶対、渡さない。エメルヒにも、リーベンゾル・タークにもだ!
先ずはメイン司令塔地下を目指す!テオさんが言ってた隠し通路、アレを使って基地外に逃げる!
ロディ! カメラ搭載蜂型ロボは何機持ってる?」
ロディが慌ててウエストポーチの中を探り、機体の数を確かめた。
「さ、3機ッス!」
「よし、メイン司令塔探ってくれ。地下への入口があるはずだ。」
A・Jが苦い顔で詰め寄った。
「おい、リグナム!まさかこの面子で動く気か? ほとんど素人のガキばっかりじゃないか!」
「そうなんだよね~。もちょっと実戦慣れしてる奴がいたらいいんだけど。」
ナムは頭の後ろを掻きむしった。
「まさか基地全体が 制圧 されちまってるとはな~。
でも司令室の盗聴機、コレがいい仕事したよな。基地の状況 把握できたたし、モカ、グッジョブ!!!」
「え? あ、う、うん。」
いまいち緊張感の無い 妙な明るさに圧倒される。元気いっぱいのサムズアップに、モカは曖昧に頷いた。
「禿ネズミなら敵さんの正体把握してるかと思って盗聴したら、まさかの大物登場だ!
敵さんのボスがいるメイン司令塔が手薄とは思えねぇしなー。しゃーねぇ、カルメン姐さん達も連れてくか!
ロディ、あの2人も捜してくれ。たぶんどっかで男取り合ってケンカでもしてンだろ。」
「う、うぃッス!」
メイン司令塔に行く気満々。そんなナムにA・Jがキレた。
「 正気か?! 相手はリーベンゾルの武装兵だぞ!? そんな奴らと本気でやり合えると思ってんのか?!」
「そこはまぁ、エーちゃんもいるし 何とかなるって♪」
「ふざけんな! また俺を巻き込みやがって、下手すると全員死ぬぞ!?」
A・Jがナムの胸ぐら掴んでガクガク揺する。
その時、すぐ近くの茂みの中から 変った抑揚の声がした。
「そやで、ヤメときや~。
司令塔もA棟も武装したおっさん達でいっぱいや。行ったら死ぬで~!」
茂みからノソノソと這い出してきたのは、オーサカ民・スレヴィだった。
さっきからずっと居たらしい。彼は頭や服に付いた葉っぱをバタバタ叩いて払い落とした。
「この基地ヤバイで! ワケわからん奴らにあっちゅう間に占領されてもーた!
基地の傭兵共なんか手も足も出んかったわ。普段エラそーに威張り散らしよるクセに、使えん連中やで、しょーもない!
訓練サボってよかったわ~。お陰で捕まらずにすんだし、ホンマ ラッキーやったで!」
背中の葉っぱを払ってやりながらロディが聞いた。
「じゃ、他の人達みんな捕まったって事ッスか?」
「そや。アンタらんトコのベッピンのネェちゃんらも捕まっとったで。
あと『鉄巨人』もや。
敵さん、マルギー達訓練生を人質に取りやがってな。ああなるともうお手上げや。」
「シャーロット副官も捕まったのか?!」
目を剥いて驚くA・Jに、一瞬怯んだスレヴィが気まずそうに頷いた。
「ほぉかエーちゃん(昨日以来、スレヴィもずっとこう呼んでいる)、あん人に恩っちゅうもんがあるんやったな。あん人、強面やけどホンマはめっちゃ優しいからな。」
新人達が何かに気付き、互いの顔を見合わせた。
「なぁなぁ、もしかして・・・。」
「その人が、僕達がエメルヒに傭兵にされそうだった時・・・。」
「助けてくれた『副官』さんなの?」
3人揃ってモカを見る。
モカは微笑み、頷いた。
「とにかくここは逃げるが勝ちや!」
スレヴィが拳を握って力説する。
「ワイは元々、傭兵だのスパイだのになる気は無いんや、こんなトコさっさとズラからんと、命が幾つあっても足らへんわ!
なんや事情がありそーな話を偶然聞いてもぉたけどな、何も聞かんかったって事で 一つ勘弁しといてや!」
早口で一気にまくし立て、スレヴィはクルッと踵を返す。
そうは問屋が卸さない。彼はいきなり背後からヘッドロックで 捕獲 された!
「よぉし!戦力ゲット♪!」
「はぁ!?ちょ、ナムはん、今の話聞いとったんかいな! ワイ今からトンズラするつもり・・・。」
「いートコ来たわ~! スッゲぇ助かるわ~!」
「うっわ、人の話ガチ無視かいな?! 助けへん、助けへんで!」
「レヴィちゃん、結構強ぇんだろ? 頼りになりそーだと思ってたんだよね~♪」
「って、ぅおぃ!ワイまであだ名で呼ばれとるし!?」
「ニックネームとあだ名は違うんだぜ? あ、これ前も言ったか。
よっしゃ、先ずはウチの姐ちゃん達と『鉄巨人』奪還作戦、行ってみよー!
モカぁ? これMC付ける?」
「ちょおぉぉおい!!?」
その様子を遠巻きに眺める新人達が呟いた。
「なぁなぁ、エーさん(とうとうコンポンもこう呼ぶようになっている)とロディさん、すっげぇ暗い顔してっぞ?」
「巻き込まれるスレヴィさん見て、まるで自分のようだって思ってるんだよ。きっと・・・。」
「哀れだわ。なんか可哀想・・・。」
思わず吹き出しそうになる。
慌てて口元を押さえたモカは、ハッと気が付いた。
(あれ? 私、普通に笑ってる・・・。)
いつの間にか、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発作が治っている。
苦痛に堪える事も無く、「呪文」も一切唱えていない。なのにサクッと症状が消え、いつもの自分を取り戻している。
今まで一度も無かった事だ。モカは思わず両手を見つめ、不思議な爽快感に戸惑った。
「何やねんこの展開は!?
勘弁してーな、おい!ナムはん、ナムはーん!!!」
元気に張り切るナムに引きずられ、スレヴィが連行されていく。
その後ろをビミョーな面持ちで付いていくA・J、ロディを、生暖かい目で見る新人達。
緊張感の欠片もない、陽気で明るい「出陣」だった。
このミッション、どうなる事やら。
モカは顔を少し反らし、こみ上げる笑いをかみ殺した。