第6章 扉を開ける「鍵」

2024年12月7日

3.隼眼の男


突然現れた男達はざっと数えて10人強。
しかもアサシン・ライフル装備。身のこなしにまっ隙が無い。正真正銘、プロである。

(マジか!? ここ、傭兵部隊基地だぞ?!)

ナムは思わず舌打ちした。困惑した時の癖が出て頭の後ろがムズムズする。今すぐ掻きむしりたい所だが、ホールドアップを強制されている今の状況では叶わない。
エベルナ統括司令基地は小惑星上に造られた大規模な植民コロニーの 荒野 にある。一般人には基地の存在すら知られてないので、近づく者などまずいない。
しかもセキュリティや防御システムが厳重に備えられており、許可無く敷地内には入れない。
そんな場所に、フル装備の武装兵がこれだけの数入り込んでいる。
かなり高度な訓練を積んでいる、手練れなのは間違いない。

「抵抗しなければ危害は加えん。だが出発は認めん。全員機内へ入れ。」

唯一銃を構えてない男が冷ややかにこう告げた。
長い灰色の髪を後ろで一つに結んだ長身の男。彼が歩くと武装兵達が黙ってすっと道を空ける。
(こいつが指揮官か。)
ナムは目の前に来た男の目を見返した。

男は隻眼だった。
顔の右半分に瘢痕ケロイドがあり、皮膚がイビツに引きつっている。
「怖がらないのか。いい度胸だな。」
隻眼の男はナムのTシャツをしげしげ眺め、薄く笑って踵を返す。
「この機の責任者は?」
「私よ!」
昇降口にいたエーコが声を張り上げる。
「私はトーキョー大学医学部循環器科の外科医。教授プロフェッサーよ。
ここにはボランティアで来ている学生や無関係の子供もいる。彼らを解放してちょうだい!」
「医者・・・?なら内科医はいるか?」
「えっ?いる、けど・・・?」
質問の意図が読めずエーコが戸惑う。男は武装兵達に振り返った。
「ロベルト、コーウェン。診てもらえ。」
「は?い、いやしかし・・・。」
名指しされた武装兵が狼狽した。
確かにどちらも顔色が悪く、額がうっすらと汗ばんでいる。
「ドクター、この2人は数日前から体調が優れない。
腹痛と微熱の症状で苦しんでいる。こんな状況で恐縮だが、診てやってもらえないか?」
エーコは少し考え、モバイル携帯を取り出して耳に当てた。
「ヨジュン医師はいる?昇降口下へ来て。急患よ。」
「感謝する、ドクター。」
意外にも隻眼の男は礼儀正しく頭を下げた。
「医者にかかれる身分じゃないんでね。
礼と言ってはなんだが、学生と子供は決して傷つけないと約束する。」
「部下思いね。でも私は 解放して と言ったのよ?」
「断る。こちらの目的を果たすまでおとなしくしていてもらおう。・・・動くな!
男の隻眼が目ざとく光る。
彼は昇降口のエーコではなく、ナムを睨んで声を荒げた。

(・・・ちっ!)

ナムはピタリと足を止めた。
新人ルーキー達を背中に庇いつつ、ジリジリ後退していたのだ。
敵との間合いが近すぎる。少しでも距離を取っておきたかった。
(も少し放れておきたかったけど、しゃぁないか!
さて、これから 修羅場 が始まるんだけど、どう動きゃぁいいもんか・・・?)
何かを察した隻眼の男が、ショルダーフォルスターから銃を抜いた。
「言っておくが、おかしなマネしようものなら今の約束は 反故 にする!
子供だろうと学生だろうと容赦はせんぞ!この場で全員射殺する!」
「ひぃ!?」
新人ルーキー達とボランティアの学生達が、悲鳴を上げて震え上がった。
その時。

「じゃあ 俺も言っておこう。
病人にゃ手を出さねぇ。でもそっちの出方によっちゃ『殲滅』だ!」

「 !!? 」
隻眼の男が弾かれたように振り返る。
武装兵達もライフルの銃口を声がした方へ一斉に向けた!

「ぐあ!?」
「ぎゃ・・っ!?」
「うぐぅ!!」

奇襲とはいえ3人瞬殺。短い悲鳴があちこちで上がり、武装兵達が倒れていく。
「すまんな、お医者先生。患者が増えちまった。」
襲撃者が不敵に笑う。
ひゅん、と唸って空を切った。

「テオさん、かっくいー!!!」

両腕の打突武器トンファーを構える テオヴァルト の勇ましい姿に、ナムの背中から身を乗り出したコンポンが大きな歓声を上げる。
「・・・。」
隻眼の男の眼光が鋭くなった。

ナムはコンポンのジャンパーの襟首掴み、背中に手を突っ込んだ。
「おわぁ!?って、あー!それ俺の!!」
「お前ンじゃねぇよ!預けただけだっつの!」
引っ張り出したのは、ナムの棍棒。火星を発つ前にコンポンに預けた武器エモノである。


「自分のモンみたいに持ち歩きやがって、使えもしねぇくせに!」
「ちぇー!じゃ、今度ロディさんに同じヤツ作ってもらおっと。」
「好きにしろ!あと、も少し下がって伏せていろ!」
認証レンズに指紋を読み込ませて伸ばすついでに、歯で腕のマヌケ般若時計を引きちぎる。
それをテオヴァルトの出現に浮き足立ってる武装兵達のど真ん中に放り込んだ。

うきょきょきょきょきょきょきょーーーーー!!!

マヌケ般若が奇声を上げた!
「げっ!気色悪!」
武装兵が後ずさる。マヌケ般若の奇襲は続く。牙をカタカタ鳴らして笑う、歪な口から不気味な煙を吐き出した!

 ぶしゅあぁぁぁーーーっっっ!!!

煙は何故かカレーの香り。食欲をそそる黄土色の煙が辺り一面を覆い尽くす!
これで驚かない者などいない。混乱する武装兵達に、ナムは棍棒振り上げ躍りかかった!

「どこまで悪趣味なんだ、アイツは・・・。」

黄土色の煙を冷めた目で眺め、呟くA・Jにシンディが怒る。

「何やってんのよ!ナムさんだけに戦わせる気?!アンタもさっさと動きなさいよ、友達でしょ!?」
「誰が友達だと?ふざけるな!」
「なによ!黒歴史バラされたからって、今はそんな事気にしてる場合じゃないでしょ!?
・・・気持ちはすっっっごくわかるけど!」
「知ったような事言うな!迷惑だ!」
「何ですってぇえぇ!!?」

その時。
煙幕の中から黒光する何かがシンディ目掛けて飛んできた!
「きゃあ!?」
飛来物は2つ、どちらもシンディを庇うようにして両手を伸ばしたA・Jが掴む。
銃だった。型は違うが威力強めの自動操銃二丁を目視し、A・Jが忌々しげに舌打ちした。

「38口径・・・チッ!」

A・Jの目つきが変った。
ナムが奪って投げよこした敵の銃を両手に構え、怒涛の勢いで撃ち始めた!

 ドン!ドンドンドンドン!ドォン!

まるで機関銃のようだった。
二丁拳銃はカルメンの十八番おはこ、しかし速さ・正確さは確実にA・Jの方が上をいく。
連射される弾丸が武装兵達を利き手を襲う。ライフルのトリガーに指は引かれる事なく不能になった!

「テオさん、助かった!でも何でここに???」
「話は後だ!時間をくれてやったら不意打ちが無駄になる!」

戦闘不能になった敵を、ナムとテォヴァルトがそれぞれの武器で叩き伏せる。
カレー風味の煙幕が晴れる頃、約10人もいた武装兵達は全員「患者」になっていた。

---☆★☆---☆★☆---☆★☆---

「リグナム!
俺は45口径の銃しか使わないと言ってあるはずだぞ!」
「勘弁しろよエーちゃん。いちいち口径なんか見てなんねぇって!」

軽く揉める2人をよそに、テオヴァルトは隻眼の男と対峙した。

「形勢逆転だな。さて、お前ら何モンか吐いてもらうぞ。」
「・・・。」

隻眼の男は倒れた部下達を眺めている。
特に「ロベルト」「コーウェン」と呼んだまだ年若い部下達を。
「警告はしたぜ?病人でも容赦しねぇってな。こういう場合は手向かった方が悪い・・・。」
テオヴァルトの言葉は途中で切れた。
隻眼がギラリと光ったのだ。
周囲の空気が冷たい怒気をはらんでいく。
「・・・部下思いだねぇ。」
あからさまな殺意を目にして テオヴァルトは苦笑した。

「リグナム! 新人ルーキー達連れて 逃げろ !
メイン司令塔ヘ迎え! 基地外へ出る地下の隠し通路があるはずだ!」

テオヴァルトも目付きを変える。敵の 強さ を察した彼は、男の隻眼を鋭く見据えトンファーの柄を握りしめた!
「逃げろ」の意味はすぐに察した。
ナムは地面に転がるマヌケ般若の腕時計を、思いっきり蹴飛ばした!

うきょきょきょきょきょきょきょーーーーー!!!
 ぶしゅあぁぁぁーーーっっっ!!!

宇宙船の外壁に当たり、弾けたマヌケ般若は再び絶叫、今度は 納豆 の匂い芳ばしい 茶色い煙幕 を吐き出した!

・・・来い!!!

気色の悪い煙幕の中、宇宙船昇降口に呼び掛ける。
モカ がヒラリと飛び降りてきた。無事に仲間と合流したのを見届け、すぐさま逃走を開始する。

「 リグナム !!!」

昇降口から身を乗り出して エーコが息子の名を叫ぶ。
その叫びは 届かない。
煙の中を全力疾走して行く息子は、一度も母を振り向かなかった。

---☆★☆---☆★☆---☆★☆---

一方、白亜のメイン司令塔内。
エメルヒがいる統括司令室では、別の 事件 が起こっていた。
自慢の高級デスクでPC画面と向き合うエメルヒは、突如画面に現れた 非常事態エマージェンシー警報画面に僅かに眉をつり上げた。
多少なりとも焦ったが、現場が着床ポートと判明すると思わず口から苦笑が漏れる。

( どーせ、リグナムのヤツ が出発前のトーキョー大学宇宙船で 駄々こねて暴れてやがンだろうよ。
しゃーねぇやっちゃな、アイツはよぃ!)

本気でそう思っていた。
しかし。

( ・・・なにぃ?!!)
エメルヒは目を剥いた。
パパパパパッと複数の警報画面が一斉に表示されたのだ。
C棟会議室、B棟内全域、A棟射撃場、寄宿棟食堂・・・。表示をそのまま信じるのなら、基地のほぼ全域が 異常事態 に陥っている。
あり得ない。エメルヒは卓上電話の受話器を取った。

「シャーロット! おい、シャーロットよぃ!
どうなってやがる、聞こえねぇのか?シャーロット!!!」

応答がない。極めて無口な女だが、返答しないないなど初めてである。
( ・・・ホントに何がどうなってやがる???)
受話器を眺めて呆然となる。
その時、出入口のぶ厚い扉を 誰か が控えめにノックした。

「入れ!」

即座に入室を許したのは シャーロットだと思ったから。
エメルヒ自ら呼び出す以外でこの部屋に来るのは、統括基地の者の中では彼女以外に誰もいない。
だから その男 の来訪は、思いも寄らないどころではなく驚愕以外の何物でも無い。
間違ってもここに居てはいけない人物。
そうとしか言いようがない 来訪者 が微笑んだ。

「快くお招きいただき感謝します。ミスタ・エメルヒ。」

感謝の言葉を口して、彼は後ろ手で扉を閉める。
統括司令室の高級絨毯を颯爽と歩く。歓喜に堪えないといった面持ちで。

「貴方のご高名は太陽系の果てにある 我が国 にも届いてますよ。
お会い出来て光栄です。えぇ、非常に光栄です!」

エメルヒの手から受話器が落ちる。
宙で硬直するエメルヒの手を、デスクにたどり着いた来訪者が両手で握って上下に振った。

「お初にお目に掛かります。
 私は『ターク』。
 皆さんに『リーベンゾル・ターク』と呼ばれている者です。」

来訪者は再び微笑んだ。
真っ青になったエメルヒの顔。
それを見つめる彼の目は、古い友人と再会したかのような喜びに満ちていた。

→ 4.最果てからの来訪者 へ

→ 目次 へ