第6章 扉を開ける「鍵」
8.人ならざる者の雄叫び
一方、メイン司令塔・統括司令室。
死のような静寂が支配する中、タークに見据えられたエメルヒは必死で 最善策 を思案していた。
(どうすりゃいい?おとなしくあの小娘を引き渡すか?
しかしそうすりゃ、この場は凌げるが地球連邦政府に仇なす事になっちまう。
公安局が黙ってねぇぞ!目ぇ付けた奴の黒子の数まで調べ上げやがる連中だ、隠してたところですぐバレちまうのがオチってなモンだぜ!
だが 断りゃ話の口封じに殺される。その後 今 基地中で暴れてやがる連中が小娘見つけて連れてくだろうさ!
頭イカれてんぜ!小娘1匹探すのに、いったい何個小隊連れてきやがったんだ!)
「・・・そう警戒しないで下さい、ミスター。」
額に脂汗をにじませるエメルヒに、タークが表情を和らげた。
「どうか私の気持ちもお察しいただけませんか?」
「気持ち、ですかぃ?」
察するどころか見当も付かず、思わず呆けて聞き返す。
タークが静かにソファから立った。ブランデーのグラスを片手に強化ガラス壁に歩み寄る。
壁の向こうは人工太陽が眩しく輝き、基地内をおおむね見渡せる。外の風景を眺めながら、タークは穏やかに話を続けた。
「私は家庭に恵まれなかった男です。
実の父たる者はハーレムを築いて欲望を満たすだけ。
母とは早くに死に別れた。まだ物心つかない内に引き離されてね。
ずっと、1人きりで生きてきた・・・いえ、生き抜いてきたと言っていいでしょう。
『後宮』はまさに地獄でした。愛も夢も希望もない。幸福とはおよそかけ離れた場所でしたから。
そこで生を受けた『妹』も悲惨な半生だったはずだ。
一刻も早く会いたいのです。
この感情、どうかご理解いただけませんか?」
(・・・嘘だな。)
エメルヒは即座に思った。
(そんな綺麗事、信じろっつぅのが無理ってもんだ。
愛? 夢、希望だと? 笑わせんな!
人を見たら先ず疑って掛からなきゃ、こっちが寝首掻かれちまうご時世だぜ? 血の繋がりなんざ関係ねぇや、腹の足しにもなりゃしねぇよ!
・・・じゃぁ、なんでコイツはここへ来た???
そこがはっきりしない。
手練れた手下があんなに大勢居るんだぜ? 危険を冒してまでこんな所にノコノコ来なくたって、任せときゃいいじゃねぇかよ!)
「もちろん、家臣や部下達はここまで来るのは危険だと進言してくれました。」
エメルヒの思いを読み取ったように、タークは淡々と話を続ける。
「しかし どうしても聞き入れられませんでした。
お恥ずかしい話ですが、我が国は非常に 人材不足 でしてね。軍事関係はやむを得ず 私設の傭兵部隊 を雇って当たらせてます。
信用できるかと聞かれればできるとは言い難い。彼らの司令官たる男が曲者でして、詳しく話したがらないのですが、どうも 地球連邦政府軍 に激しい 恨み を持っているようなのです。
彼が束ねる傭兵達も皆、思考が過激で手を焼いている。本来ならば、エベルナのような 地球連邦加盟自治区 に赴かせるべきではないのです。
目を離すと何をしでかすかわからない。そんな連中に『妹』の保護を任せる事など、とてもできない・・・。」
突然、タークの話が途切れた。
あまりにも不自然だった。自分の考えに気を取られていたエメルヒは、我に返ってタークを見る。
外を眺めるタークの手から、ブランデーのグラスが滑り落ちた。
ブランデーは激しく飛び散り、品のいいスーツにシミを作る。それでもタークは動かなかった。
まるで石像にでもなったように、微動だにしないのである。
「・・・どうしました? ミスター・ターク?」
エメルヒが恐る恐る声を掛ける。
反応がない。不審に思ってソファから立ち、彼の傍らへ寄ってみた。
「ミスタ-・ターク? ・・・っ!!? 」
顔をのぞき込んだ途端、エメルヒは血相を変え後ずさった。
タークの顔が 変 っ て い る 。
歪に頬を引き攣らせ、大きく見開く目は血走っていて、半ば開いた唇がワナワナ小刻みに震えている。
まるで別人のようになっていた。さっきまでの穏やかで紳士的だった彼と同一とは思えない。
(どうしたってんだ?! 外に何か見つけたのか!?)
エメルヒはガラス壁の外へ目を向けた。
いつもと変らない基地内の光景。しかしある一角に、メイン司令塔に向かって走って来る 少年・少女 の姿が見える。
少年の方に見覚えがあった。あのド派手な市松模様のTシャツを 忘れる事など不可能に近い。
(ありゃ、リグナムじゃねぇか! もう1人は・・・ひょっとして モカちゃん か!!?)
エメルヒがそう認識した時だった!
「・・・お・・・おお・・・
お”お”ぉ”ぉ”お”ぉぉぉーーーーーっっっ!!!」
「ひぃぃ!?」
エメルヒはさらに後退した。
突然、タークが絶叫したのだ!
獣じみた叫びと共に、彼はガラス壁に両手を押しつけ、思いっきり仰け反った!
ガァン!
ガラス壁に自分の額を 強く激しく打ち付ける。
何度も何度も、狂ったように!
ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!!!
裂けた額から鮮血が吹き、仰け反るたびに飛び散った。
タークの正気が疑わしい。戦くエメルヒはなすすべも無く、彼の奇行を見守った。
(割ろうとしてやがんのか?!
特殊強化ガラスだぞ?! 迫撃砲にも耐える強度だ、人間が割れる代物じゃねぇってのに!)
しかし。
「 あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"ぁぁぁ!!!」
タークが再び咆えた瞬間。
迫撃砲にも耐えるという特殊強化ガラスの壁は、木っ端微塵に砕け散った!