第6章 扉を開ける「鍵」
7.マヌケ般若、リターンズ!
時として、友情はほんの一瞬で芽生えるものである。
修羅場が収まったA棟ロビーでは、少女達の暖かい交流が始まっていた。
「もぉやらない絶対やらないやらないったらやらない絶対しない・・・!」
「そんな~、モカさんって言ったっけ?またやってよ、男 剥 き ♡」
「い~や~で~すぅ~!!!」
羞恥に耳まで真っ赤に染めたモカと自称・変質者マルギーの攻防。
それに怒りの形相のシンディが割り込む形で参戦する。
「ちょっと、聞いたわよ!
アンタ、私の事チビっ子呼ばわりしたくせに、歳は1つしか違わないっていうじゃない!」
「ん? あぁ、背がちっちゃくって可愛い♡って意味だから気にしないでよ。
でもキミ、まだ14歳だったんだね。すごいじゃんEカップ! いや~、たまんないね~♪」
「きゃー! ブラのカップまで看破ー!?」
両手で胸を隠したシンディが、モカの後ろへ逃げ込んだ。
モカは微妙な表情で、自分とマルギーの胸を見比べる。
「えと、マルギーちゃんって年下、なの?」
「うん15歳。でも身長あるからよく大人と間違われるんだよね。
あれ?モカさん、なんか落ち込んじゃった?
なんで?チビちゃん、わかる???」
「アンタ、胸もそこそこあるからね・・・。
って、今は胸とかどーでもいいでしょ、非常時なのに!」
「そーだね!今大事なのは胸筋よりも大臀筋!
ほら、あそこでふん縛られてる敵の隊長さん、きっといい大臀筋してるよ?
モカさん、ちゃちゃっと剥いちゃってくれない?」
「いーやーでーすぅー!!!」
やり取りを眺めていたフェイが、隣で佇むロディに聞いた。
「ロディさん、ダイデンキンって何?」
「・・・尻。」
律儀に答えるロディは当然、呆れ果てて引いていた。
一方、変質者が「いい大臀筋」と絶賛した敵の隊長がふん縛られてる一角では、真面目でまともな人達が事態の収拾に励んでいた。
ナムは着床ポートで起こった「事件」をカルメン・ビオラと統括副司令シャーロットに報告した。
その上で、テオヴァルトが言った「隠し通路」について聞いてみる。
「その通路については聞いた事がある。あくまで噂のレベルでな。」
「本当にあったらモカを逃すのに最適なんだけど・・・。」
カルメン・ビオラが不安げに、佇むシャーロットを降り仰いだ。
彼女達より頭二つ分大きい鉄巨人は、重々しく頷いた。
「メイン司令塔地下通路を使うにはパスワードが必要だ。」
「隠し通路は実在するのですか?!」
A・Jが驚き目を見張る。
「通路はエベルナ宇宙港ゲートにある入区管理局に続いている。基地側と管理居側、どちらの入口もパスワード入力で解錠するセキュリティでロックされている。」
「で、パスワードは・・・?」
「エメルヒ司令と、管理局上層部の役人共しか知らないものだ。私もおいそれとは教えられない。
もともとあの通路は使用目的事態が悪どい。非常事態とはいえ、使わない方がいいだろう。」
A・Jの隣で聞いていたスレヴィがおどけて呟いた。
「あの噂はホンマやったんやな。
エベルナ基地の地下にゃ、禿げネズミの懐に入るマネーカード用ベルトコンベアーが宇宙港から続いとるっちゅう話や。あやかりたいモンやで、まったく!」
彼は冗談のつもりだろうが、シャーロットの渋面が深みを増した。
当たらずといえど遠からず。そんなところなのだろう。
「だが、おそらくコイツらはそこを通って基地内部に入り込んだ。」
シャーロットが再び口を開いた。ナム達はハッと息を飲む。
推して知るべきは地下通路の先、入区管理局の現状である。
「無事とは思えない。そんな場所にまだ見習いのお前達を送り出すわけにはいかない。
一応傭兵と呼ばれている、そこの間抜け共ならともかくな!」
まだ拘束されたままの傭兵達を、「鉄巨人」が睨み付ける。
敵の奇襲を成功せしめ、為す術も無く制圧されたうえ「ロックオフぺったん」が数が足りず自由を回復出来ていない。
そんな不甲斐ない部下達に対する彼女の怒りは想像するのも恐ろしい。
(うっわ、おっかねぇ・・・。)
ナム達は思わず後退った。
「なぁなぁ。
俺たちが傭兵にされそうになった時、助けてくれた人だよな!?」
そんな空気がまったく読めない、マイペースな奴がたまに居る。
駆け寄ってきたコンポンが、怒りの形相猛々しい「鉄巨人」を見上げて屈託なく笑う。
ナムはもちろん、カルメン・ビオラも顔色変えて戦慄した!
(いや、お前、空気読め!
つか、その人統括副司令だぞ! この基地のNo.2だ、頼むからせめて敬語を使え!!!)
しかし。
学校へ行った事がないコンポンは、言葉遣いなど学んでない。
しかも生来 脳天気 。無教育天然系の元気な子供は、怯える大人達をよそに 大きな声でお礼を言った!
「ありがとなっ!
シャ ー べ ッ ト さん !!!」
( ふおぉぉぉ??! )
張り詰めた緊張が崩壊した!
ビオラが慌てて唇を噛みしめ、A・J・スレヴィは虚空に目を向け必死で耐える。
自己対処が間に合わず、吹き出し笑ってしまったナムはカルメンが拳でブン殴られた。
「バ、バカ、コンポン!そんな呼び方・・・!」
窘めようと口を開くが、こみ上げる笑いに言葉が出ない。カルメンも口を抑えて俯いた。
拘束されてる傭兵達も、顔をしかめて身悶えている。
笑いたいのに、笑えない。
そんな空気がさざ波のようにA棟ロビーに広がっていく。
「 ??? 」
まるで状況がわかっていない。コンポンは首を傾げて訝しがった。
そして 恐ろしい事にシャーロットを見上げ、天真爛漫に話し掛けた!
「じゃ、なんて呼んだらいいんだ? オ バ ちゃ ん !!!」
・・・一瞬で空気が凍結した。
驚愕と恐怖で言葉もでない。ナム達は顔を引き攣らせて固まった。
「あ・・・、あのスミマセン、統括司令副官 殿・・・。」
事態を見かねたモカが、遠慮がちに声を掛ける。
「後でよく言って聞かせます、の、で・・・?」
佇む上官を見上げたモカは、口をつぐんで目を見張った。
笑っているのだ。「鉄巨人」が。
基地中の傭兵達から恐れられ、たった今武装兵1個小隊殲滅せしめた女戦士は、無邪気なコンポンを優しく見下ろし、口元に 微笑 を浮かべていた。
「私の名は、シャーロットだ。」
幾分優しさのこもった声で、彼女は静かに子供を諭す。
「だが、ここは規律ある軍組織だ。私の事は『統括司令副官』と呼べ。」
「そっかわかった。トーカツシレイフクカンだな? 覚えたぞ!」
「ならば、よし!」
シャーロットの目がさらに細くなる。
しかし。
その目はすぐに豹変し、緊張漲り鋭くなった。
A棟ロビーに1人の男が入ってきたのだ。
「微笑ましい光景だな。ところで、俺の部下達を倒したのは 誰だ?」
着床ポートにいるはずの 隻眼の男 。
返り血を浴びた凄惨な姿である。
「・・・ひっ!?」
シンディが小さく悲鳴を上げた。
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思いがけない人物の襲来に、再び緊張感が高まった。
棍棒を構えるナムの耳に、低く囁くシャーロットの声が聞こえてきた。
「裏手から出ろ。
C棟を周ってメイン司令塔へ行け。東壁側の立木の陰に、わかりにくいが通気口がある。」
逃げろ、と言っている。
彼女が言う通気口は、地下通路のものなのだろう。
「地下にはシェルターを兼ねた個室が幾つかある。私が行くまで隠れてろ!」
シャーロットの手がモカの肩を掴み、ナムの方へ押してきた。
意図は察した。
あとはいつ動くか、である。タイミングを間違うととんでもない事になる。
今、目の前にいる男はテオヴァルトの手を逃れてここに居る。鋼鉄の処女や義腕の巨人と同格の 猛者 が 仕留め損なった のだ。それだけで力量が推して知れる。逃げおおせるのは簡単ではない。
「ちょっと聞いていいっすかね?
着床ポートって、今どんな感じになってます?」
なんとか隙を突かなければならない。ナムは隻眼の男に声を掛けた。
感情を殺したつもりでも、声が少々震えていた。
「ドクター達が患者を治療中だ。」
「大学病院の人達は無事って事で、OK?」
「約束は守った。だが・・・。」
不意に隻眼の男が笑う。
ゾッとするような笑みだった。
「トンファーの男。
アイツは患者にすらならなかった。」
隻眼の男が片手に持っていた何かをナム達の足下に放り投げた。
無残にへし折られたトンファーが一本、音を立てて転がった。
「・・・マジっすか・・・?」
ナムは折れたトンファーを凝視した。
血まみれだった。
入口から武装兵達が走り込んできた。
その数、約20人。他の棟を制圧してきた別動隊と思われる。
隻眼の男がフォルスターから銃を抜いた。
ナムが左手をそぉっと背中に回したのだ。銃口を向け額を狙う。脅しではない証拠にトリガーに指を掛けて見せた。
「市松模様のお前。背中に回した手を戻せ。」
「いや、あの、背中が痒いな〜って。」
「着床ポートでの事といい、お前がやる事は油断できん。戻せ。いや、そのまま手を上に上げろ!」
「・・・。」
ナムは渋々、棍棒を持ったまま両手を高く頭上に上げた。
ホールドアップと言うよりも、腕の運動でもしているように真っ直ぐ真上に、思いっきり。
それに伴いTシャツの裾が上がって腰ベルトが現れた。
バックルがまさかの「マヌケ顔の般若」。
気色の悪い般若の顔に、隻眼の男が目を剥いた!
「 ロディ !!!」
「 うぃッス !!!」
兄貴分の呼びかけに舎弟が素早く反応する。
ロディはモバイル携帯に何か打ち込み、指先で軽くスワイプした。
うきょきょきょきょきょきょきょーーー!!!
マヌケ般若が高らかに笑う!
辺り一面に黄土色の煙幕がたちこめ、カレーの匂いが充満した!
「モカ、行くぞ!!!」
ナムは戸惑うモカの肩を抱き、敵も味方も混乱している煙幕の中を走り出す。
A棟裏口まで遠くない。全力で走り突っ切ればなんとか脱出できるはずである。
しかし。
ほんの2,3歩走っただけで、ナムは思わず立ち止まった。
「そう何度も引っかかるわけないだろう?」
黄土色の煙幕の僅かな隙間から 隻眼の男 が嘲笑する。
彼の銃はさっきと変わらず、ナムの額を狙っていた!
(ヤバイ、死ぬ!!?)
回避するなどとても無理。
心臓が止まる思いを味わった。
その瞬間。
「よせ、サムソン!!!」
「 っ?!! 」
瘢痕が覆う男の頬が大きく歪んで引き攣った。
トリガーに掛けた指が躊躇し、銃口が僅かに戦慄き揺れる。
ダァン!
その一瞬を見逃さず、カルメンが男を狙撃した!
利き手を狙ったがかわされた。弾丸が壁に穴を穿ち、それが 戦闘 の合図になった。
辛くもA棟脱出を果たしたナム達の背後で、銃声と絶叫が聞こえてくる。
「ナム君、みんなが・・・!」
「今は走れ! 考えンのは後だ!!!」
状況を理解したらしい。ナムに引かれていたモカが、自分でしっかり走り出した。
先ずは C棟 を周ってメイン司令塔を目指す。
もう後戻りは、出来ない。