第6章 扉を開ける「鍵」
2.頼れる助っ人の黒歴史
ナムとエーコが着床ポートに着くと、出発を待つトーキョー大学医学部の医療宇宙船の前ではちょっとした トラブル が起っていた。
「一緒に行く!」
「ダメ!」
「行くったら、行く!」
「ダメだってば!」
「行~く~の~っっっ!!!」
「ダメだっつってんッスよ! あ、こらコンポン! 忍び込もうとすんな!」
シンディがロディ相手に駄々をこね、コンポンは隙あらば乗り込もうと機体の周りをうろつき周り、フェイは機材チェック中の女性看護師に纏わり付く。3者3様に騒ぐ中、ナムはフェイの襟首掴んでとっ捕まえた。
「お前が一番タチ悪ぃ!看護師さん口説くとか、ガキのする 事ちゃねぇだろが!」
「お友達になったら乗せてってくれるかな~と思って。」
「くれるワケないっつの!」
シンディ・コンポンが駆け寄って来た。
掴みかかるような勢いで、2人揃って必死に詰め寄る。
「ナムさんたらズルイ! 私も行く!モカさん助ける!」
「俺もキョウリョクするぞ! みんなでピンチ乗り切ろーぜ!」
「だーかーらー!
お前らが一斉に居なくなったら禿ネズミが怪しむんだよ、何度も説明したろーがっ!」
「あーもー、コイツら手に負えねぇッスよ!」
新人達相手の攻防ですっかり疲弊したようだ。ロディがガックリ肩を落とす。
「でもナムさん。大丈夫なんッスか?
カルメン姐さん達にも言ってないんっしょ?」
「あの姐さん達に言ったら、まだ見習いのくせに〜とか言って止めやがるからな。
ンな事言ってる場合じゃねぇよ!モカ1人で行かせられっか!」
「そうッスけど、さすがに危険なんじゃ・・・。」
ナムはトーキョー大学の宇宙船を見上げた。
昇降口から下ろされた階段を、エーコが登って行くところだった。モカはもう乗っているようだが、その方がいいだろう。今はどこにいようとも、人目がある外にいるべきじゃない。
「ま、心配すんな。俺1人ってワケじゃねぇよ。」
「え?」
ナムは宇宙船を眺めてニンマリ笑い、ズボンの尻ポケットからモバイル電話を取り出した。
「助っ人頼んであるんだ。スッゲェ頼れるヤツに♪いつでも 無条件で助けてくれる メッチャいいヤツなんだぜ!
あ、でもまだ来てないな。ここに来るよう言っといたんだけど、何やってんだアイツ?」
電話を掛けるとワンコールもしない内に、速攻相手が電話に出た。
相手の喚き声が漏れ聞こえる。しかしナムは気にも留めない。
「あ、もしもしー。そろそろ出発だからちょっと急いで来てくんない?
・・・え? まったまたぁ♪ そんなこと言っちゃって〜。
お前のことだからここでの生活、退屈してんだろ?一緒に冒険しようぜ、子供ン頃みたいにさぁ!
万が一バレても受診し損ねたんだ〜っつって、無理矢理付いてった事にしときゃいいんだって!
ん? だってお前、ケンコー診断バックレたんだろ? 昔から医者とか注射とか大っっっ嫌いだもんなー。
そうそう、アレ11歳ン時だっけ?「倉庫で爆泣き事件」!
養護院での予防接種の日に、お前行方不明になったんだよな? 俺、散々探し回ったんだけど、真夜中に備品倉庫で泣き喚いてたのには驚いたわ~。慌てちゃってさぁ、養護院中の人、みぃんな叩き起こして知らせたんだったっけ。
注射が嫌で倉庫に隠れたら職員さんに入口鍵掛けられちゃったってオチだったよな。どーしても出られなくて、心細くて泣いちゃった、と。いやぁ、お前もまだ子供だったねぇ~。
とにかくあの時は大騒ぎで・・・あ、切れた。」
C棟の彼方から、大絶叫が聞こえた。
「おのれ、
リグナム・タッカーあぁぁぁーーーっっっ!!!」
血を吐くような雄叫びだった。
フェイが隣に佇むロディを見上げ、小さな声で呟いた。
「『無条件で助けてくれる』って・・・。」
「きっと、だたの 巻 き 添 え ・・・。」
着床ポートの彼方から、疾走してくるA・Jの姿が見えてきた。
鬼のような形相である。
・・・同情を禁じ得なかった。
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「おのれ、
リグナム・タッカーあぁぁぁーーーっっっ!!!」
この絶叫を耳にして、エーコは昇降口で振り向いた。
「助っ人」を迎える歓声(?)に、ただでさえ騒がしかった着床ポートはさらに騒々しくなった。他人がみたらこのシャトルが有名大学の機体だなんて思いもよらないに違いない。
(まったくあの子は、もう・・・。)
昇降口の扉にもたれてため息をつく。
集団の輪の中で明るく笑う息子の顔が眩しかった。
(あんな顔 見るのは久しぶりね。
最期に見たのはいつだったかしら? あの子が養護院へ行く前?8歳の頃だったかしら?
・・・いえ、違う。
それより前から 見 て い な い 。
もっとずっと以前から、あの子は 笑っていなかったわ・・・。)
鈍い痛みが胸を突き、エーコは悲しげに微笑した。
「あの・・・。」
遠慮がちな声が聞こえ、慌てて振り向き笑顔を作る。
「あら、モカちゃん、だったわね。」
「はい。すみません、こんな事になって・・・。お世話になります。よろしくお願いします。」
すっかり恐縮しているモカが深々と頭を下げる。
「いいのよ、気にしなくても。
謝らなきゃならないのはこっちだわ。うちの子、貴女にも迷惑かけてるんでしょ?」
「いえ、そんな。私、助けてもらってばっかりです。」
はにかむ様子が初々しい。
その様子に心が温まり、ほんの一時間前の 息子 の姿が頭をよぎる。
『 頼む母ちゃん! 俺も一緒に連れてってくれ!!! 』
モカを地球へ送り届けるという エメルヒからの依頼を受けた直後だった。異様な市松模様のTシャツを着た ナム がすっ飛んできたのだ。
度肝を抜かれたが理由はすぐに判明した。エーコは目の前の 少女の「普通さ」に安堵していた。
(よかった!女の子の好みはマトモみたい!
悪趣味がたたってとんでもない女に引っかかったらどうしようって、ずっと心配してたのよ!
この子、大人になったら お酒 飲めるよーになるかしら?近い将来、一緒に飲めたら嬉しいわ。でも、その前に・・・。)
エーコの顔が急に曇る。
宇宙船の脇で騒ぐ息子にチラッと目線を走らせ、その 出で立ち に失望した。
(・・・ダメね、最悪だわ!!!
あんなのでうまくいくのかしら? って、無理に決まってるわよねぇ・・・。)
「本気でMRIにぶち込んで、頭ン中検査してやろうかしら?」
「 は?」
思わず懸念が口から漏れた。
それをモカが聞き返した時、エーコのモバイル携帯が鳴った。
『大変だタッカー教授! シャトル・ジャックだ!!!』
電話に出るなり、コクピットの操縦士が声を上げた。
「えっ?!」
言葉の意味を飲み込む前に、モカに腕を強く掴まれ、昇降口扉の影に押し込まれた。
宇宙船の外ではナム達が、アーミースーツを着た男達に囲まれている。
全員、ホールドアップである。
相手は 銃 を抱えていた。