第6章 扉を開ける「鍵」

2024年12月7日

1.統括司令室での攻防

殺気だった人の群れが、宇宙港のチケットカウンターへ押し寄せる。
通常、航空チケットはネット購入するものなのだが、昨夜未明から航空各社予約サイトはパンクしたまま。受付再開の予定すらたっていない。購入希望者の怒りの矛先は宇宙港職員達に向けられた。
客達の暴徒化を恐れるあまり、地球連邦政府軍に救助要請する宇宙港まで出始めた。太陽系のあちこちで、宇宙護衛艦が無駄に飛び交い混乱を煽る事態になった。
太陽系中の「暴徒」達が一斉に エベルナ への侵攻を開始したのである。
「報道の自由」は免罪符。旗印に社名を掲げ、マイクとカメラで完全武装した各社より抜きの敏腕記者達。
彼らの襲撃にエベルナ宇宙港は混乱を極め、収集も付かない状態だった。

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メイン司令塔・統括司令室。
デスクに座るエメルヒは、TVのニュースでエベルナ宇宙港の混乱ぶりを見ながらウンザリ呟いた。
「よくもまぁ、あんな禄でもねぇラジオ番組 聞いてやがるもんだぜ、まったく!」
忌々しげにリモコン取り上げ、TV画面の電源を切る。
そしていきなりデスクの上に両手を突くと、真正面で睨み付けてる女2人に頭を下げた。

「いや、まったく申し訳ねぇ!
今回の事ぁ俺の落ち度だ、あんな脳ミソ足りねぇ小娘なんぞに立ち聞きされちまうとはよぉ!
俺もヤキが回ったもんだぜ!畜生!!!」

「そんな事より、一刻も早く対応して下さい!」
カルメンが禿げた頭に激しく詰め寄る。
「今すぐモカを連れて火星に帰ります! エベルナを出る許可を下さい!!!」
「局長達が帰るのなんて待ってられないわ! 早くあの娘を安全な場所へ連れて行かないと!!!」
ビオラもデスクを叩いて催促する。
2人が統括司令室に入るのはこれが初めて。ここは下っ端諜報員にはおよそ縁の無い部屋である。
成り上がり趣味の調度品や仰々しいインテリア。普段の彼女達なら ありったけの軽蔑を込めて毒づいてみせるが、今はそんな余裕は無い。
「い、いや待て落ち着け! 悪ぃがそれは出来ん!」
エメルヒが慌てて頭を上げる。

「今 ニュース見ただろーが!
エベルナだけじゃねぇ、太陽系中の宇宙港はマスコミ共のせいでメチャクチャだ。
空席のある船は1機もねぇよ!火星どころか隣の小惑星にだって行けねぇのに、どーしようってんだ!? カルメン・ビオラよぃ!」
「統括基地所有の宇宙船を出して下さい! 小さいのでいいから早いヤツを!」
「だー もう! 落ち着けって!
もう地球連邦政府軍が規制にのり出してんだ!
間もなくエベルナ宙域は一般宇宙航空機の航行は 禁止 になる! カラス一匹飛べねぇよ!!!」
「・・・そんな!」
「それにだ、仕事が早ぇなクソッタレ!
 特殊公安局 から事実確認の打診が来てやがる! コレが正式な捜査協力依頼になるのは時間の問題、そうなりゃ俺にゃもう拒めねぇ! エベルナは一応 地球連邦加盟自治コロニー だからな!
特殊公安局やつらに楯突きゃどーなるか、お前らだって知ってんだろ!?ただでさえ例のバイオテクノロジー研究所の件で揉めちまってんだ! 今度こそタダじゃ済まねぇ!!!」

カルメン・ビオラは絶句した。
政府公認の暗殺集団、特殊公安局。局長リュイ抜きで敵に回すには、あまりにも危険だった。
「・・・やっと事態が飲み込めたかい。お二人さんよぃ。」
エメルヒがホッと一息吐いた。

「まぁ、そんな顔すんなって。
実はもう手を打ってある。モカちゃんを一度、地球へ逃がそう。」
「地球へ?」
「 宇宙船は飛ばせないんでしょう?」
「トーキョー大学医学部の宇宙船がある。
ありゃぁ俺の顔を使って要請した地球連邦政府軍公認の医療用宇宙船機だ。航行予定は事前申請してあるし、連邦政府に顔が利く『心臓外科医の権威』もいる。
そんなわけで地球への帰還が特別に許された。今離陸準備をしてる所だ。」
「じゃ、私達も一緒に行きます!」
「いや、ダメだ。それは止めとけ。
目立つのは良くない。地球に行くのはモカちゃん だけ だ。」
「でも!!!」
「カルメン、ビオラよぃ!」
エメルヒがチェアにゆったり座り直し、詰め寄る2人を睥睨する。
「本性」が垣間見える双眸だった。カルメン・ビオラが息を飲む。

「お前らもすっかり大人になったなぁ。
リュイが拾ってきた時は まだほんの小娘だったのによぉ。いい女になったモンだぜ。
だったら、ちゃーんとわかるよな?
お前らが行くっつったら、他のガキ共も行きたがる。そうだろ? え? お二人さんよぃ!
シンディちゃんにフェイ・コンポン。アイツらまだ子供だぜ? 危ねぇ目にゃぁ遭わせたくねぇよなぁ?」

カルメンが拳を握りしめ、ビオラは唇を噛みしめた。
今の一言で新人ルーキー達が 人質 に取られた。これでもう逆らえない。

「安心しろや。地球にゃ信頼できる部下がいてな、そりゃもうしっかり守ってくれるぜ? 誰もあの子にゃ手ぇ出せねぇよ!
お前らもそうだがな、モカちゃんは俺にとって娘みてぇなもんだ。ど~んと任せとけって、な?」

(・・・この禿ネズミ!!!)
横っ面を張り飛ばしたい。その衝動に必死で耐える。
自分達では太刀打ちできない。忸怩たる思いに身体が震え、ただ立ち尽くす事しかできなかった。
そんな2人をエメルヒは嘲笑う。義妹を守れず身悶える様子を面白そうに眺めながら。
「それじゃ悪ぃんだけどもよ、モカちゃんここに呼んでくれや♪」
大げさな身振りで2人の背後、出入口扉を指し示す。
その時!!!

 ド バ ーーー ン !!!

その扉が蹴り開けられた!
飛び込んできたのはピンクとグリーンの市松模様。
エメルヒは大きく目を剥いた。

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極彩色市松模様は、統括司令室に乱入するなり、半狂乱で絶叫した。

「助けてくれええぇ!!!」

「どわぁ!なんだ何だ!!?」
エメルヒが椅子から飛び上がる。
カルメン・ビオラも目を丸くして、身を竦めるようにして固まった。
物体が物体なだけに無理もない。
「リグナム!?お前、どーしてここに?!」
驚くカルメンの横を駆け抜け、ド派手なTシャツ姿の ナム は、エメルヒの肩にすがりついた。

「エメルヒのおっちゃん、助けてくれ!」
「どどどどーしたんじゃい、落ち着け!いったい何があった!?
って、お前がまた、そういう悪趣味な服着やがってよぉ~。」
「いや、そんなんどーでもいいい!助けてくれ、連行される!!」
「連行???」

エメルヒとカルメン・ビオラは、互いに顔を見合わせた。

 コンコン♪

蹴り破られた扉がノックされる。
騒がしくなった統括司令室に、もう1人乱入者が現れた。

「 まったくこの子は! 往生際が悪いんだから!
ご機嫌よう、ミスタ・エメルヒ。そろそろ出発させていただきますわ♪」

ドクトル・エーコ・タッカー。
ナムの母親である。統括司令塔のカードキーを首に掛けている。それを使ってナムも一緒に司令室まで来たようだ。

「あぁ、エーコちゃん。もう行くのかぃ?」
「ええ。連邦政府軍が規制に入るから早く発てってうるさくて。なんですかまぁ、大変なことになりましたわね。
でもご安心なさって。お預かりしたお嬢さんは無事に地球へお届けしますわ。
もうウチの宇宙船に乗船してもらってますのよ。軍に急かされてますもので。」
「あ、そうなの? すまんね、よろしく頼むよ。」

ニンマリ笑うエメルヒに、エーコもニッコリ微笑み返す。
そして統括司令室をつかつか横切り、エメルヒにすがるナムの襟首を掴んで思いっきり引っぺがした!

「あと、こいつ。」
「・・・は?」
「うちの子も連れて行きますネ♡」
「な、なんで?」
「このおバカ、4年前にお宅にお預けしてから一度も連絡よこした事ないんですの。」

エーコの目が吊り上がった。
相当怒っているようで、ものすごい剣幕で捲し立てる。

「こっちが連絡取ろうとしても、電話掛けても取ろうとしないし、メールしても返信しない。まったく薄情だったら!
おまけに、カルメンさん達がおっしゃるには自分勝手で皆さんにご迷惑かけてるそうじゃないですか!
恥ずかしいたらありゃしない!一度連れて帰って、捻くれた根性たたき直してやりますわ!」

急にエーコがしおらしくなり、ススス、とエメルヒ達に近づいた。

「・・・と、言うのは口実で、実は一度この子の頭の中を詳しく検査してみようと思いますの。
この子の姿を一目見て、気絶しそうになりましたわ。こんな悪趣味な服がカッコいいだなんて!はっきり言って頭のビョーキなんだと思いますの。
このままじゃ一生彼女なんて出来ないし、下手すると生涯独身のまま。みんなに煙たがられて孤独死決定ですわ!
大学病院ならCTでもMRIでも何でもありますし、脳外科医や精神科医も在籍してます。
親として母として、今のうちにやれることは 何っっっでも やっておきたいんですの!」

「おぉ、なるほど!」
エーコが訴える母の苦悩に、エメルヒはアッサリ納得した。
「そりゃいい考えかもしれねぇな! いや、親ってぇのは有り難いもんだねぇ。
よっしゃわかった、特別に許す!
この際だ、徹底的にやっちまってくれ! 頼んだぜ、エーコちゃんよぃ!」
「おい!なに勝手に決めてくれてんだ!・・・っおぐぉ!?」
見苦しく抵抗する息子を頭を、母がヘッドロックで拘束する。
「おぉー!?」
エメルヒ達は感嘆した。
寸分の隙も無い、実に見事な絞め技だ!

「ありがとうございます。ミスタ・エメルヒ♡ カルメンちゃんとビオラちゃんも、またね♪
では、皆様ご機嫌よう♡」
いやじゃああぁーーーーー!!!

そのまま引っ立てられて行くナムを、エメルヒ & カルメン・ビオラは仲良く笑顔で見送った。

「アイツがいつもコンポンにするヘッドロックって、お母様譲りなのねぇ。」
「たまにゃいい薬だ。たっぷり親孝行して来りゃいいさ。」
「あの悪趣味、ちっとでも何とかなるといいなぁ、おい。」

ナムの悲鳴が遠ざかっていく。
それを聞きつつ笑う3人は、今の今までいがみ合っていたとは思えないほど和やかだった。

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白亜のメイン司令塔を出た所で、エーコはナムの頭を解放した。
「何とかうまくいったみたいね。」
「ガチで締めあげんなよ痛ってぇな~。」
ナムはすぐさまエーコから離れ、頭の後ろを掻きむしった。
「だいたい誰の頭がビョーキだって? アンタの専門、心臓だろが!」
「お黙り!ホントにMRIかけて頭ン中覗くわよ!」
拗ねる息子を一括した後、エーコが不安げな表情を見せる。

「詳しい事情、聞かせてくれるんでしょうね?
いったいなんなの?あの娘は?」
「・・・仲間だよ!」

ぶっきらぼうに答えるナムは、エーコの目から逃れるようにそっぽを向いた。

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