第5章 ハルモニアの暴露
4.キミらの本性、かなり異常!
ナム達がC棟で珍獣めいた変質者に遭遇している頃。
司令塔の統括司令室では、ある種の攻防戦が勃発していた。
「さぁて、本題に入ろうか。」
エメルヒが革張りのチェアに深々と座り直した。
「モカちゃんはどうした?
カルメン達と一緒じゃなかったぞ?お前達とここに来とるはずだろ? ん?」
またしてもリュイは答えない。
嫌悪感を押し隠し、マックスが努めて平静に聞いた。
「あの子が、何か?」
「しらばっくれるのは止めとこうぜ、お互いにな。」
エメルヒの表情が豹変した。
人懐こい笑顔が消え失せ、現れたのは毒々しい微笑。声色までドスを効かせたいやらしいものに変わっている。
本性 を現したのである。
モカが新人達に話して聞かせた、冷酷無比な本性を。
「今、この太陽系で何が起っているか知らねぇたぁ言わせねぇぞ?
独裁者の息子がうるせぇうるせぇ! TVもラジオもネット上でもヤツの話で持ちきりよ。『後宮』だの、性奴隷だの、毎日飽きもしねぇでご苦労なこった。
他の奴らも騒がしいぞぉ。
我こそは性奴隷でございっつってな、名乗り出るアバズレが蛆虫みてぇに湧いて出やがる。大半はうめぇ汁吸いに来たペテン師だろうが、解せねぇったらありゃしねぇ。タークって野郎、その蛆虫どもを片っ端から追い払うって話だぜ?」
「追い払う?
自分で名乗り出るよう呼び掛けといてですかぃ?」
「その通り! 碌に調べもせずな。」
マックスの疑問に応えながらも、見据えているのはリュイの顔。
エメルヒの笑みが凄みを増した。
「何なんだろうなぁ、えぇ?
『後宮』の性奴隷ってなぁ、それとわかるような 目印 でもあんのかねぇ???」
「・・・。」
身動き一つしないリュイは、目の前にある歪な笑みを ただ冷ややかに見返すだけ。
エメルヒがゆっくり立ち上がる。
デスクの上に身を乗り出して、グイッと顔を近づけてきた。
「お前が最後にリーベンゾルに行ったのは6年前。
『7日間の粛正』の時だったなぁ。リュイよぃ!
金で釣れねぇ、女もいらねぇ。骨の髄まで 殺人マシン のお前がよぉ、リーベンゾルから ちっこい子供 連れて帰ってきた日にゃ、天変地異の前触れかとすら思ったぜ!」
エメルヒの目がギラギラ光る。
狂気にも似た異常な興奮に、次第に声が大きくなる!
「覚悟決めろや、なぁリュイよぃ!
リーベンゾルがらみでいろんなモンが陰で動き出してやがる!
捜してやがんのよ! 蛆虫じゃねぇ 本物 をよぉ!
タークの野郎が『救済』がどうこう言ってやがるが、まさか本当じゃあるめぇよ! もっと他の、例えばあのイカレた独裁者に関するモンとか、必ず何かあるはずだからなぁ!
地球連邦政府だって黙ってねぇぜ?
あの公安局部隊がどう出るか、こいつぁちょいと見物だぜ! いくらお前が強ぇっつっても、守り切れる保証はないだろが!
俺ぁ連邦政府に顔が利く! 強ぇコネならいくらでもあるぜ? こういう時こそ頼ってくれや、仮にも俺ぁ、上官なんだからよぉ!
あの子なんだろ? なぁリュイよぃ!
あの子が 『後宮』ってトコの 生 き 残 り の・・・!!?」
激しく詰め寄るエメルヒが、不意に「あれ?」と言う表情になった。
「・・・で、そのモカちゃん、どこ行った?
ロディのヤツがお前らと一緒だっつっとったぞ?」
本来の目的を思い出したらしい。
いささかきまり悪そうに、禿げた頭をポリポリ掻きつつ革張りの椅子に腰を落とす。
「居ましたよ。ついさっきまでここに。」
義腕の手で背後を指さし、マックスが答える。
リュイとマックスが立つ後ろには、来客用の豪華なソファと大きな大理石のテーブルがある。
そのテーブルの上に置かれた、ちょっと大きめの キャスケット 。
モカの帽子である。マックスがこみ上げてくる笑いを咳払いで誤魔化した。
「スンマセンねぇ、司令。アレもまだまだ子供なもんで、なかなかジッとしとられんようです。
非礼は後でコッテリ叱るとして、さて。今はどこに居るのやら・・・。」
「 え~、またぁ???」
さっきまでの勢いが嘘のように、エメルヒがショボン、と項垂れた。
落ち込むのにはワケがある。
実はエメルヒ、モカとまともに会った事が 無い のである。
リュイが率いる13支局隊は、なぜか美女・美少女が揃いぶむ。サマンサ や ベアトリーチェ 、カルメン・ビオラ に加えて シンディ と、性格・気性の善し悪しはともかく、華やかな女性達が籍を置く。
その中にあっておとなしい モカ は影が薄くて目立たない。
目立たないと狙われにくい。だから今までエメルヒもあまり気にせず見過ごしてきた。
モカも冷酷無比の人でなしになぞ、お近づきになりたいはずもない。目に付かないのをいい事に、エメルヒから逃げまくる。
そういうわけでエメルヒが、モカの姿をきちんと目視したのは この6年間一度も 無い 。
会おう、見ようと思った事は過去に何回か有りはしたが、全て未遂に終わっている。
「・・・俺、モカちゃんに嫌われとんの?」
「さぁ?」
何を今更、と思いつつ、マックスは上品に言葉を濁す。
そしてこっそり自分の上官を盗み見た。
肩が小刻みに震えている。
笑ってやがった。
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一方。
エメルヒの司令室から逃走&失踪したモカは、武器弾薬庫B棟裏にいた。
廃タイヤや壊れたコンテナが積み上げられた一角に、フェイと一緒に逃げ込み隠れる。歪んだコンテナに並んで座り、息を潜めてひっそりしていた。
「ゴメンねフェイ君、健康診断受けられないね。
でもキミも隠れといた方がいいと思って・・・。」
「うん、僕もそう思う。また父親の家の人に売られるのなんてイヤだもん。
モカさん隠れて逃げるのすごく上手いね。僕、弟子入りしちゃおっかな♪」
フェイがにっこり笑って見せた。
最近フェイはよく笑う。肉親に殺され掛けたショックから暗く塞ぎ込んでいたのだが、何とか立ち直りつつあった。特に火星の渓谷での事以来、仲間に心を開き始めている。
コンポンといつも一緒に行動している事もフェイにとってはいいのだろう。明るい彼の有り余る元気が良い影響を与えるらしい。
「今ね、言葉使いにも気を付けてるんだ。
できればコンポンみたいな話し方になろうと思って。僕、話し方固いから。」
「丁寧だし全然可笑しくないよ?」
「コンポンは『お坊ちゃま丸出し』って笑うんだ。
僕もそう思うし、上品に話してる人って何だか弱そうでしょ?」
「そうかなぁ?」
「うん。それにさ。」
「うん?」
「ちょっとくらいワイルドに話した方が、女の子にもてると思うし!」
「・・・。」
モカは困って俯いた。
確かに、最近のフェイは明るくなった。しかしそれ故元々の性格、つまり 本性 が現れ始めている。
「エベルナって怖い所だと思ってたけど、今はちょっとワクワクするよ!ここ、諜報員見習いの子がたくさんいるんだね。可愛い女の子も結構いたし、綺麗なお姉さん達も見かけたし♡
エメルヒに見つからないよう気を付けたら、声かけてみていいかなぁ? お近づきになりたい娘が・・・(指折り数えて)6人くらいいるんだ♡
もっと砕けた話し方したら、僕に興味持ってくれるかな?ねぇどう思う?モカさん!♪♡」
フェイの目がキラキラしてる。
肯定的な意見を期待する、笑顔がやたらと眩しく見える。
( もしかして・・・いや もしかしなくても、フェイ君って 女 好 き ?!
どうしよう、この子の将来、ちょっと心配・・・。)
その時、返答に困るモカの代わりに、賛同の声が聞こえてきた。
「そやでぇ~、女っちゅうのは、ちょい悪くらいの男がええっちゅうのが多いからなぁ♪」
なぜか上の方からだった。2人は驚き振り仰ぐ。
山と積まれた大きなタイヤ、その上でのんびり寝そべっていた 男 がのっそり起き上がる。
伸ばし放題になっている癖がある黒の剛毛に、黒い瞳のドングリ眼。やや瘦せ型だがよく鍛えられており、筋肉質な体つきが服の上からでもわかる。
地球の中東付近で見かける人種だった。しかし・・・。
「もっと言うたらな、ワイみたいな特徴の有る話し方したらええねん。
女の子グイグイ喰い付いてくるで~♪
最初は珍獣扱いやけどな、好感もたれて次のチャンスが来やすいんや。」
「そっか、特徴有る話し方か。」
モカは考え込むフェイに苦笑した。
確かに独特の話し方だ。こんな口調は「あの国」の都市民以外思い当たらない。
「あの、貴方は『オーサカ共和国』の方なんですね?」
男は破顔し、ひらりと地面に降りてきた。
「おぉお!『オーサカ』知っとるんかいな!嬉しいなぁ!
地球エリア・日本国特別自治体衛星コロニー、その名も オーサカ 。
通称『オーサカ共和国』や。ワイこう見えても生粋のオーサカ民やで!
・・・お嬢ちゃんらも逃げてきたんか?」
「え?」
「ケンコー診断や、ケンコー診断!
ジョーダンやないでぇ、ワイ、医者と学校のセンセは寒イボできるくらい嫌やねん。
ま、ゆっくりしていきや。ワイも訓練サボる時なんかでよくここに来るけどな、意外と見つからへんもんやで♪
ワイは スレヴィ 。第2支局隊の見習い諜報員、スレヴィちゅうモンや。」
スレヴィと名乗ったオーサカ共和国民は、よれよれのジャンパーのポケットから キャンディ をいくつか取り出し、フェイの方へ差し出した。
「お近づきの印や。」
「わぁ、ありがとうございます!」
「1個100エンや。」
「・・・え?」
「ジョークやジョーク♪」
「はぁ・・・。」
「200エンや。」
「・・・。」
どうやら 曲者 のようである。
フェイはキャンディを手にしたまま、困ったように苦笑した。
「 きゃ~~~~~~!!! 」
突然、悲鳴が轟いた!
聞こえてきたのは少女の声。絹を裂くような絶叫に、 モカはウエストポーチからワイヤーソードを取り出し構え、驚くフェイを背中に庇う。
しかし。
オーサカ共和国のスレヴィは、モカとは真逆の反応を示した。
呑気にキャンディを包みを開き、口の中に放り込む。
「あー心配ない心配ない。
興味あるんなら見に行ってもええけど、たいしたことあらへんで?」
「大したことないって・・・女の子の悲鳴だよ?!」
フェイの抗議にも動じない。彼はヘラヘラ笑いながら、呆れた様にため息付いた。
「いつものこっちゃで、アレは。
ったく、毎日毎日飽きもせんと。あの自称・アイドル、頭どーかしてもうとるで、まったく。」
( ・・・自称・アイドル??? )
モカとフェイは首を傾げ、お互いの顔を見合わせた。