第5章 ハルモニアの暴露
2.鉄巨人と禿ネズミ
「・・・あンの野郎ぉおぉ!!!
いつかぜっっってぇやるぁぶん殴ってやるぁーーーっっっ!!!」
「何言ってんッスか、サクッと秒殺されといて。」
ロディのツッコミが耳に痛い。
オンボロ輸送機の中でナムは荒れまくっていた。
この機体は垂直離着陸で宇宙空間も飛べるが、いわゆる「旅客機」などではない。
あくまで「輸送機」である。武器弾薬を固定するための固定具はあっても 人を固定するものは何もない。まともな座席すらないのだからシートベルトなんかあるはずない。
そんな機体に乗る以上、自分の身は自分で守る。離発着時はもちろんの事、ハイパーワープ使用時はかなり揺れるので、ぶん殴られて昏倒しちゃったヤツを乗せて飛ぶには危険。
それでナムはついさっきまで、貨物室の床に固定ベルトでお荷物よろしく拘束されていたのだ。
約10時間の気絶&爆眠だった。意識を失う直前の記憶は、繰り出す拳をサラッとかわしたリュイが放った侮辱の言葉。
「100年早ぇよ、クソガキ!」
耳元でそう聞こえた瞬間、いきなり世界が暗転した。
後頭部へ肘鉄を喰らったそうだ。後ろへ回られた記憶すら無い。
頭に残る鈍痛が屈辱感を大いに煽る。やり場のない怒りがこみ上げ、頭を抱えてのたうち回る!
「な~にが『ぶん殴ってやるぁー』だ、このおバカ!
局長に素手で挑むなんて それこそ1000年早いっつの! 」
「うっさいわ、野蛮女!!!」
「アンタ、本っ当かっこ悪ぅい!局長にノされた時の顔ときたら♪」
「蜂蜜女、てめぇ!!!」
舎弟を窘める(?)カルメン・ビオラといつものケンカが始まった。
平穏だった輸送機のフライトは、寝ていたお荷物が目覚めただけで一気に騒々しくなった。
ちなみに、リュイとマックスの姿はない。薄い鉄板で仕切られたコクピットにパイロットのアイザックと一緒に居る。
輸送機窓の外はすでに小惑星帯。星々が密集する宇宙空間が美しい。直に禿ネズミがいる エベルナ に到着するだろう。
何が待ち構えているのかは、行ってみないとわからない。
・・・クスッ♪
小さな笑い声が聞こえた。
輸送機の隅でモカがこっちを見て笑っている。
目が合ったが慌てて反らされた。機窓の外を見る横顔の、頬の湿布が痛々しい。
(また避けられた。でも久しぶりに笑ってくれた。
・・・いや、笑われたのか? どっちでもいっか♪)
急に空腹を覚えた。夕べからほとんど何も食べていない。猛烈に腹が減ってきた!
「リーチェ姐さん、腹減ったー! 何かない?」
「サンドイッチ持ってきてあるわよ。アンタ、わかりやすいわねぇ・・・。」
ベアトリーチェが呆れ顔で傍らのバスケットからサンドイッチを取り出した。
それを横からシンディが奪う。香ばしいスモークサーモンのサンドイッチは、モカの所へ運ばれた。
「ほら、モカさんも食べなきゃ。また倒れちゃいますよ!」
世話を焼こうとするシンディに、モカはぎこちなく微笑んだ。
「ありがとシンディ。ゴメンね心配掛けて・・・。」
「ホントですよ、もぉ、すっごく心配だったんだから!!」
うるっと目を潤ませてシンディが抱きついてきた。
モカはそっと妹分を抱きしめ・・・ようとして、手を止めた。
その代わり、そっと肩に手を置き引き離す。
「モカさん?」
「・・・。」
モカは、シンディの胸を見た。
そして、自分の胸元を見下ろした。
もう一度シンディのを見た。
再び自分のを見下ろした。
・・・。
「あれっ!?モカさん、何でまた落ち込んじゃったの?!」
「そっとしておあげなさい、シンディ。
トラウマで落ち込むのも辛いけど、コンプレックスで落ち込むのもしんどいモノよ♡」
「サマンサ、ドS気質もほどほどにしとけ。
お前、そんなんだから 彼氏いない歴 長くなるんだぞ?」
「ビオラ、そこの非常用昇降口のハッチ 開けてくれる?」
「テオさん突き落とす気!? ここ宇宙空間よ!?」
「なぁなぁ、モカさん そんなに ちっちゃい かな?」
「僕に聞かないでよ! そりゃ、ここの女の人ってみんなそこそこのおっきいけど・・・。(ポッ♡)」
「・・・3.1415926535 8979323846 2643383279っっっ!」
「円周率!? どうしたリグナム!!!」
「あ、コレはほっといても良いみたいッスよ。」
・・・オンボロ輸送機は エベルナ に到着した。
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小惑星帯エリア・B4652宙域自治区小惑星「エベルナ」。
特殊諜報傭兵部隊司令部は、この歪な形をした小惑星にある。
着床ポートに着陸したオンボロ輸送機から、先ず降り立ったのは局長・リュイ。建屋の方へ歩き出す彼を、マックス達傭兵部隊が武器を担いで追っていった。
「わー、ここも何にも無ぇ。」
「コンポン、後ろつかえてんだからとっとと降りて!」
「わぁ!押さないでよ、シンディ!」
新人達も昇降口から顔を出す。
火星と違って空気に潤いがある。エベルナは特殊強化スクリーンシールドで覆われた植民コロニーで、大気が人工的に調合されている。
適度な湿度で気持ちいい。地面に降りた3人は思い思いに体を伸ばした。
元気な新人達とは対照的に、カルメン・ビオラはオンボロ輸送機から出渋っていた。
「あーもー、テンション下がるな~。
エベルナには極力来たくなかったってのに。」
「エメルヒの禿ネズミと顔合わさなきゃならないなんて。いっそ輸送機から出ずにいようかしら?」
「往生際悪ぃぞ、とっととおりろー!」
昇降口で振り返ったナムが、立て籠もろうと目論む2人に声を掛けた時だった。
「 ぎゃあーーーーーっっっ!!? 」
バケモノでも見たかのような、新人達の大絶叫!
3人は輸送機の外へ飛び出した。
先に地面に降り立ったナムは、ジャケットの背中に手を突っ込み武器の棍棒を取り出そうとした。
( げ、無い!? )
火星を出る前、コンポンに預けたのを思い出して舌打ちする。
新人達の悲鳴は尋常ではなかった。どんな「敵」が出たのかわからないが、素手でやり合うしかないだろう。
拳を握るナムの視界が、突然フッと暗くなった。
( ・・・ん???)
見上げると、そこには巨大な黒影。
威圧的に光る目がナムを捕らえて睨めつける!
「 ぎゃあーーーーーっっっ!!? 」
ナムも盛大に悲鳴を上げた。
「 も・・・。
申し訳ありません! 統括司令副官 殿 っっっ!!!」
もの凄い勢いで駆け付けてきた カルメン が ナム をどつき倒した。
ビオラがへたり込む新人達を 立たせて直立不動の姿勢を取らせる。
ロディも慌てて昇降口から降りてきた。新人達の隣に駆け寄り、姿勢を正して並び立つ。
着陸後の機器チェックでコクピットに残るアイザックが、その様子を見てつぶやいた。
「叫んじゃうのも仕方ないんじゃない?『鉄巨人』に睨まれたんじゃさ~。」
恐怖で固まる新人達を、じっと見下ろす巨大な 女 。
エベルナ特殊諜報傭兵部隊 統括司令付 副官・シャーロット。
「鉄巨人」とあだ名される身丈の女は無表情のまま、重々しく口を開いた。
「全員、C棟1階の会議室に出頭しろ!」
低い、地を這うような声を聞いた途端、怯えるシンディが泣き出した。
鉄巨人の出現がよほど恐ろしかったらしい。
シンディがなかなか泣き止まない。えぐえぐしながら幼女のようにビオラの腰にしがみつく。
「もっ・・・申し訳ありません、司令副官殿!
後でよく言って聞かせますので!」
「・・・。」
カルメンの詫びに眉ひとつ動かさない。シャーロットはただ無言でシンディを凝視し続けた。
(そーゆーのがおっかねぇんだっつの。
ただでさえ無駄に迫力あるんだからさぁ。)
ぶちのめされて地面に転がるナムが心中で呟いた。
その時。
「お~、シンディちゃん可哀想に~!」
突然おっさんの甘ったれた声がした。
「シャーロット〜。
どーしてお前はそう愛想が無いんじゃい。ただでさ
え無駄に迫力あるから余計おっかねぇだろが!」
オヤジに叱られたシャーロットは一礼し、無言で建屋の方へ去って行った。
小柄で瘦せ型、頭の禿げた初老のオヤジがシンディの頭をヨシヨシと撫でる。
「俺を忘れたか?ほら、エメルヒのおじちゃん♪」
「・・・あ!?」
シンディとコンポンは同時に思い出し、困惑した顔を見わせた。
エベルナ特殊諜報傭兵部隊統括司令・エメルヒ。
13小隊から成る傭兵部隊の総司令官にして、局長リュイの上官である。
「リュイの隊はウチの小隊の中でも荒くれ者ばかりでな、心配しとったんだぞ。
親切にしてもらってるか?何か困った事はないか?ん?」
「いえ、大丈夫です。万事うまくいってますわ、統括司令。」
ルーキー達の代わりに答えたのは、ビオラだった。
エメルヒの笑顔がさらに大げさなものになる。
「おぉ、ビオラ!また一段と女が上っとるじゃないか!
カルメンもまた綺麗になって!コレでまた13支局隊は美人しか入れないって噂が立つなぁ、おい♪
お、そこに居るのはロディか!
少し背が伸びたようだな。お前ももう15になるか、早いもんだなぁ、チビだったのによぉ。
・・・ところでリグナム。お前、大丈夫か?」
エメルヒはわざわざ屈み、地べたに沈むナムにも声を掛けてきた。
ひょうきんで人当たりのいいオヤジである。
結構な肩書きを持ちながら威張らず親しげに接してくる。基地格納庫でのモカの話が間違いではないかと思えるくらいの好人物だった。
しかし。
この親父が現れるなりカルメンの笑顔が固まった。ビオラは僅かに後ずさったし、アイザックもコクピットから出て来る気配がまったくない。
見事に全員、このオヤジを嫌っている。
ナムは這いつくばったまま「どーも。」とだけ答えておいた。
不穏な空気を物ともせずに、エメルヒは陽気に破顔した。
「いやいや、お前ら本当によく来たなぁ。
ところで、2人ほど姿が見えないんだが?」
「・・・あれ?」
全員、顔を見合わせた。
そういえば、いない。さっきまで確かにいたはずなのに。
「モカちゃんとフェイ君、どした?」
「あの、局長と一緒に行っちゃいました。」
答えたのはロディだった。
ごん太眉毛を僅かに顰め、言いにくそうに小声で話す。
「局長は司令室に向かったんッスよね?
一緒にご挨拶するつもりなんじゃないッスかね?」
「そっか♪」
エメルヒはアッサリ引き下がった。
「ま、ゆっくりしてけ。
健康診断 なんて滅多に受けられんだろ?しっかり見てもらえよ♪」
「は?健康診断?」
意外な言葉に驚いたカルメンが聞き返したが、聞こえなかったようだ。
エメルヒは輸送機のコクピットを見上げて叫ぶ。
「おーいアイザックよぃ!
俺のPC、調子が悪いんだ。ひとつ見てくれや!」
アイザックがコクピットのキャノピー越しに、こっちを見ずに敬礼した。
上官に対して無礼な態度だったが、エメルヒは特に気にはしない。こんな所も感じがいい。気さくな人柄の優しいオヤジのように見えた。
「じゃ、また後でな♪」
最後まで親しげな態度を崩さないまま、エメルヒは建屋の方へ去って行った。
姿が見えなくなった途端、シンディがツインテールをふりほどいた。
汚い埃を払うように、バタバタ強く頭をはたく。
シンディは感受性が強い子である。何か良からぬ何モノを、少なからず感じたのだろう。