第5章 ハルモニアの暴露

3.注射と母ちゃんと変質者と


ナムは立ち上がり、体に付いた砂を払った。
「禿ネズミの奴、健康診断って言ったか?」
「言ったッスね。何だそれ?聞いてないッスよ?」
エメルヒがいなくなった途端、愛想笑いをピタリと止めたカルメンも訝しげにうなづいた。
「あの禿げねずみ、何企んでやがんだか。
とにかく、鉄巨人・・・。い、いや、シャーロット副司令殿が言ったC棟1階の会議室に行ってみよう。」
異存はない。ナム達は行動を開始した。
何となく、辺りを見回してみる。
本当にモカの姿が見当たらない。いつ消えたかもわからなかいが、凄い 逃げ足 だった。

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C棟 は 統括司令室 がある メイン司令塔 の裏手にある。
学習設備や会議室などがある2階建ての建屋で、射撃訓練施設がある鉄筋コンクリート建ての A棟 、頑丈な鋼鉄壁製の武器・弾薬庫 B棟 とは違いこじんまりしている。
本当に健康診断が行われているようだ。C棟前では他支局隊員が列を作って順番を待ち、その間を忙しそうに白衣姿の人達が走り回る。その様子を眺めるコンポンが、何かを見つけて顔色を変えた。
「ぅわ、アレって注射!?」
「そうみたいだな。苦手なのか?」
「好きな奴いないだろ!? 俺帰る!」
「逃がすか!予防接種はちゃんと受けろ!」
ナムは逃げだそうとしたコンポンの襟首をひっ捕まえた。それでもジタバタ暴れるのでヘッドロックで締め上げる。
その時。
後ろから声を掛けられた。
少し高圧的な、相手をからかうような口調だった。

「あ~ら、ご立派になったモンだわね。
誰かさんは予防接種の時、それ以上 に暴れたそうだけど?」

突然現れた 白衣の女性 。
看護師ではなく 医者 らしい。歳は30代後半と見える。ダークブロンドの髪をヘアクリップで後ろにひっつめた、緑色の目に銀縁眼鏡の少々キツイ顔立ちをしている。
「どうしたんッスか、ナムさん?」
ロディが異変に気付いて声を掛ける。
振り向き、白衣の女性を目にしたナムの顔からみるみる血の気が引いた。

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エベルナ統括基地の中心にある メイン司令塔 は、特殊加工された外壁が輝く 白亜の塔 である。
懐具合の豊かなクライアントだけを招く場所なだけあって、内装も豪華で凝っている。
ただし、本当に目の肥えた者が訪れたならばすぐにわかる。この塔は 金持ちに憧れた貧乏人 が建てたものなんだ、と。
塔内の至る所に飾られた絵画やオブジェ・調度品は全て一流作家の物。なのにどこかひけらかしているようでまるで調和が取れていない。
無駄に広い 統括司令室 も独特の雰囲気で充満していた。
一面ガラス壁の前に据え置かれた、マホガニー製のバカでかいデスク。そこに戻ってきたエメルヒは革張りのチェアに腰を下ろした。

「お前の仏頂面はシャーロットといい勝負だぜ。
なぁ、リュイよぃ。」

「・・・。」
リュイは答えない。
仮にも「上官」たる男を見る彼の目は、険しい上に冷え切っていた。
「マクシミリアンよぃ、元気そうだな。
どうだ?義腕の調子は?」
「はぁ、ありがとうございます。」
後ろに控えるマックスの返事もどこか歯切れが悪い。
エメルヒは椅子の背にふんぞり返る。決して良いとは言えない態度の2人を叱り飛ばす代わりに、別件でやんわり嗜めた。
「おい お前ら。カルメン達は今日の用件知らんかったぞ? ちゃんと説明してないのかよ?」
「用件?これからお聞きするのでは?」
「なんでぇ、マックスにも言ってねぇのかよ?!
リュイよぃ、お前はホンっとに意地が悪ぃなぁ!」
禿げた頭を横に振り、エメルヒが大げさにため息ついた。

「心の準備ってぇやつがいるだろぉ? 感動のご対面ってヤツにゃぁよぉ!
ただでさえあの2人は ワケあり で・・・。
リュイよぃ お前、何でそう リグナム ばっかりイビリまわすんじゃい!・・・そりゃまぁ、打たれ強ぇし根性あるし、イジって面白ぇガキだがよぉ。」

無言を貫くリュイの代わりに、マックスが眉をつり上げた。
さっぱり話が見えてこない。見た目だけなら人のいいエメルヒが、支局部隊全員をエベルナに呼んだ「表向き」の用件も。
「感動のご対面??? 司令、何のこってす?」
「いや、それがな・・・。」
呆れ顔のエメルヒが説明しようと身を乗り出す。
その時だった。
デスク後ろの分厚い強化ガラス壁を、つんざく絶叫が轟いたのは!

 あーーーっっっ!!!
母 ち ゃ ん 、なんでここにーーーっっっ!!?
 」

「・・・な?」
「なるほど。」
エメルヒとマックスはうなずき合い、同時にリュイを盗み見た。
(・・・まぁた笑ってやがる。性悪が!)
マックスは心の中で悪態ついた。

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白衣の母親は エーコ・タッカー と名乗った。
17歳になるナムの母親にしては随分若い。年齢はハタチから数えてないそうだが、後でナムが36歳と暴露した。

「まったく、ほっといたらメール 一文字も連絡よこしゃしない!
ちゃんと元気でやってんの? 皆さんにご迷惑掛けてないでしょうね!?」
「 あ~、まぁ、ははは・・・。」

露骨に狼狽えるナムが可笑しくてたまらない。ビオラが笑いをかみ殺す。
「お母様は、お医者様なんですか?」
「えぇ。と言っても、循環器系が専門の外科医なんだけど。
ちょうど受け持ちの患者さん達の容体も落ち着いてるから、連邦政府軍から大学にきた医師派遣の要請に便乗して来たの。こうでもしないとこの子ナムもミスタ・リュイも会う機会なんて作れないからね。」
「局長に? 失礼ですけど、ウチの局長とどういったご関係で?」
不思議そうに訊ねるカルメンに、困ったようにエーコは笑う。

「そりゃぁ・・・。
この子ナムの面倒、見てもらってるからね。会えるときはお礼くらい、言わないと・・・。」
「誤魔化すの下手だな母ちゃん。
理由ワケ有りだって言ってるよーなモンだ。」
「お黙り!」

息子の突っ込みに母が鋭く切り返す。
その時、ちょっとした「事件」が起った。
健康診断真っ最中の C棟建屋 から、絹を裂くような 悲鳴 が上がる!

ぎゃーーーっ! 痴 漢 ーーーっっっ!!!

「さてはまた あの子 ね?! まったく、どういう神経してんのかしら!?」
すかさずエーコが血相を変えて C棟の中に駆け込んでいった。
「 ・・・ あの子 ???」
ナム達は顔を見合わせた。

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身体測定の会場になっているC棟1階の会議室は、騒然となっていた。
身長・体重測定器が幾つも置かれた室内で、半裸の青少年達が大混乱に陥っている。
乙女のように胸元を隠し、逃げ惑うマッチョな男子達。少々滑稽な光景だった。

「やだなぁ、痴漢だなんて〜。
ちょっと覗いてただけじゃ〜ん♡」

あっという間に空っぽになった会議室には、少しも悪びれたところのない 痴漢 だけが残された。
茶褐色の肌とグレイの瞳、長い黒髪を編み込んでまとめた、背の高い 娘 が陽気にカラカラ笑っている。

「ま、いい筋肉ばっかだったからつい手が出ちゃったけどぉ♡」
「いや、立派に痴漢で犯罪だ。」
「痴漢じゃなくて、痴女ッスけどね・・・。」
「ハイ、ごもっとも!♪」

ナムとロディのツッコミにやたら明るく反応する。
痴女は喜色満面でピシッと敬礼してみせた。

「やっぱりアンタね!?
男性が脱ぐ度覗きに来て!何やってんの年頃の娘が!」
エーコが声を荒げるが、痴女はまったく動じない。
「女の子は更衣室とかに紛れてたらいつでも覗けるけど、男が集団で脱ぎ散らかす光景なんて、滅多にお目にかかれるモンじゃないからね♪
いや〜、いいね! 鍛え抜かれた男の 胸筋 ♡」
痴女が人なつっこい笑顔を見せる。言ってる事は不届千万、しかし見た目だけなら普通に可愛い、元気で明るい少女である。
「おぉっ!美女がいっぱい!♡」
急に痴女の目が輝いた。エーコやナム・ロディの後ろにいる カルメン達 を見つけたのだ。

「どれどれ・・・?
ショートカットのおネェさん、88・65・89!
金髪ロングのおネェさん、87・62・88!
ちびっ子、凄いね~。89・69・87!♡♡♡」

「えぇぇーーー!!?」
女性陣が悲鳴を上げた。
カルメン・ビオラは胸を、シンディは細腰を。それぞれ隠して後ずさる。
「 え? 今の ボディサイズ?」
「 まさか、当たってるンッスか?」
「 ち、違うわよ! 私、そんなにウエストないし!!!」
驚くナムとロディを睨み、結い直したばかりの髪を振り乱してシンディが喚く。
「ちょっとアンタ! 出会い頭に何よいったい!?
しかも『ちびっ子』って言ったわね?! 失礼にもほどがあるわ!」
「いや~ゴメンねおチビちゃん。 可愛いって意味だから気にしないで♪」
「チビとか言うな! 何なのアンタ、いったい何者!?」
キャンキャン騒ぐシンディに微笑み、痴女が堂々と胸を張る。

「 私? 変 質 者 !」 
「いや、自分で言うのかよソレ。」
「人のボディサイズ 正確に当てるの得意なのよ♡ 喜んでもらえた? お兄さん。」
「どーでもいい。姐さん達のサイズなんか 。」

思わず本音が漏らしたナムは、カルメンに拳で殴られた。
お陰で「モカなら知りたいけど。」とかいう暴言が口から出るのは阻止できた。

「人の 裸 見るの好き過ぎてね、いつの間にか身についた特技なの。
男は筋肉、女は曲線美!これもうサイコーだよね♡♡♡」
「・・・。」

ひたすら明るい 痴女=自称・変質者 が楽しそうにケタケタ笑う。
もはや言葉が出てこない。稀少レアな珍獣を眺めている気分だった。

くぉらぁー! マルゴット、またやらかしとんのかーっ!!!

廊下の向こうから慌ただしい足音と、オッサンのだみ声が聞こえてきた。
痴女=自称・変質者は マルゴット  という名らしい。彼女は急に顔色を変え、室内をキョロキョロ見回した。
「ヤベ、ウチの局長だ!」
「・・・おい、『また』とか聞こえたぞ?」
「聞こえたッスねぇ・・・。」
「うん。私、常習犯。」
「・・・タチ悪ぃぞお前。」
呆れ果てたナムとロディの目線を背中に受けながら、痴女=変質者は身を翻し、開いている窓の窓枠に飛び乗った。
逃走する気のようである。外へ出ようとして思いとどまり、振り向き可愛くウィンクする。

「 私、第3支局の諜報員見習いなの。
 マルギー って呼んで!
そこのお兄さん、今度胸筋見せてよね♡ じゃ、まったね~♪!」

「御免被ります・・・。」
慎み深くナムは辞退し、陽気に去って行く自称・変質者を呆然と見送るばかりだった。

→ 4.キミらの本性、かなり異常!

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