第5章 ハルモニアの暴露

6.ネズミに飼われる化けイタチ

司令室のデスク後ろ、壁一面のガラス壁からは、統括基地一帯が見渡せる。
グラウンドでの騒動も丸見えだった。ガラス壁の側に佇み、一部始終を見ていたエメルヒが呆れた様に苦笑した。
「しょーがねぇなぁ、も~。あの金髪の坊主(ナム)が来ると、何かしら騒ぎが起きやがる。」
「司令、モカは・・・。」
「あぁ、急ぐこっちゃねぇよ。気にすんな。」
何か言おうとするマックスを遮り、エメルヒは改めてデスクに座る。
そしてニヤリと笑って見せる。彼の双眸は爛々と光り、異様さを失っていなかった。

「そうだ、お前ら悪ぃんだけどもよ、ひとつ『仕事』してくれねぇか?
急な依頼が入ってきてな、困ってんだ。ちょいと荒仕事になるが、お前らの腕なら2,3日もありゃ片付くだろうさ。ミッション・コンプリート間違いなしだ。
詳細はシャーロットから聞いてくれ。報酬なら弾んでやるぜ? 無理を言うんだ、マネーカード30枚出そうじゃねぇか!
あぁ、後の事ぁ心配すんな。諜報員のガキンチョ共は ここでの休暇を楽しんでもらうさね。
のんびりゆっくり、ご存分に、な!」

リュイや傭兵達を追い払い、無防備になったモカと接触する。
あまりにも見え透いた手口である。マックスは堪えきれずに顔をしかめた。

「すまねぇな、リュイよぃ。人手が足らなくってよぉ。頼んだぜ♪」

その言葉を合図に、リュイが無言で踵を返す。
マックスもそれに従った。足早に出入口扉を目指す2人に、わざとらしい大声が投げつけられた。

「おぉっと、忘れるトコだったぜ!
ドクトル・タッカーが話があるって言ってたぞ。『仕事』に行く前に一声掛けとけや。
お前もエーコちゃんの話は聞いときてぇだろ?何たって天下に名高い 心臓外科医 の権威だからな! あの若さで大したもんだぜ!
トーキョー大学病院に医師の派遣を依頼したのも、半分は お前のため だったんだぜ? この俺自ら わざわざ連邦政府軍に掛け合ってよぉ!
ちったぁ、感謝してくれよ? えぇおい、なぁ、リュイよぃ!」

リュイの微かな変化に気づけたのは、やはり副官として一番近くで見てきたからだろう。
ほんの一瞬振り向いた、彼の目に閃いたのは 殺意 と言っても過言では無い ゾッとするような激しい 憎悪 。
それに気付いていないかのように、一旦言葉を切ったエメルヒが禿げ頭をポリポリ掻いた。

「もう半分は、前からお前が「機会があったら呼べ」って言ってたからなんだがな。
そりゃ、強制的に機会を作らんとあの親子は一生顔会わさねぇままになっちまうが、息子の方は嫌がっとるだろーに。
なぁお前、なんでそう リグナム ばっかりいじり回すんだ?
最近随分マシにはなったが、いい加減にせんと前よりグレちまうぞ???」

リュイが微かに口元を歪めた。
これもマックスにしかわからなかった。

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とうとう一度も口を開かないまま、リュイは司令室を辞した。
後を追うマックスは、扉を出た所で誰かとぶつかりそうになった。

「アイザックか、どうした?」
「エメちゃんにPCの具合を見てくれって言われてさ~。」
「・・・そうか。『仕事』だ。用が済んだらすぐ出るぞ。急げよ。」
「りょ!(了解)」

閉まったドアの向こうから、エメルヒの明るい声が聞こえてくる。
「おぉアイザックよぃ、すまんなぁ。
PCの動きが妙~に遅くなっちまったんだ。一つ、直してくれや・・・。」
マックスは少し顔をしかめ、心の中で舌打ちした。

(禿ネズミと化けイタチ。
いいコンビだぜ、けったくそ悪ぃ!)

心の中で悪態付いて、すでに随分先を行くリュイの背中を追いかけた。

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「おぉアイザックよぃ、すまんなぁ。
PCの動きが妙~に遅くなっちまったんだ。一つ、直してくれや・・・。」

満面の笑顔のエメルヒが、アイザックを出迎える。
豹変したのはその直後。
アイザックは前髪を掴まれ、荒々しく引き倒された!

「いいご身分になったモンだなぁ、えぇ?アイザックよぃ!
何の成果もなく手ぶらでノコノコご帰還たぁ、大したもんだ!」
「ソーリー、サー。盗聴機が全部、見っけられちゃったんで・・・。」
「ふざけんなこのイタチ野郎!」

腹部に靴先が叩き込まれる。何度も何度も、執拗に。
黙って堪えるアイザックは、再び髪を鷲掴みにされ強引に頭を持ち上げられた。
眼鏡がズレて霞む視界に、エメルヒの顔が迫ってくる。ひどく醜い顔だった。血走った目で睨む形相は、獣の方がよっぽど可愛い。

「てめぇ、小娘の素性も洗い出せねぇほどのクズだったのかよ!?
まさか何か知ってて黙ってんじゃないだろうなぁ!
いっちょ前にリュイの野郎が怖ぇかよ?
くっ喋ったら殺すとか言われたか? そいつぁおっかねぇなぁ、おい!?」

「すんませ~ん。・・・ッ!」
頭が床に叩きつけられ、ゴツッと鈍い音がした。
頬に靴底がたたき込まれ、ぐりぐりと踏みにじられる。
アイザックは抵抗しない。ただ冷めた目じっと耐えていた。

「勘違いすんなよ、アイザックよぃ!
天才ハッカーだのなんだの言われてようが、てめぇはただの 手駒 に過ぎねぇ! 俺の役に立たねぇヤツぁ、ゴミより価値はねぇんだよ!
俺のために働いて、俺が死ねっつったらとっとと死ぬ! テメェはそん程度のクソちっぽけな生きモンだ!
忘れんじゃねぇぞ! クズ野郎!!!」

「・・・は~い。」
踏みにじられてなお、アイザックは飄々とした態度を崩さない。
ほんのささやかな 抵抗 だった。

(「知らない」って事にしておいた方がいいだろうねぇ。「小娘の素性」は。
下手打つと 大戦再発 の危機になりかねない。そんなヤバい話、俺の口からは言えねぇよ!
禿ネズミのこっった。その小娘が「後宮」関係者だってのは察しちまってんだろうけどね。
さて、とっ捕まえた小娘を、 地球連邦政府 に売るか、 リーベンゾル に売るか・・・。)

エメルヒがもう一度 アイザックの腹を蹴り上げた。

「次はねぇぞ、とっとと行け! 絶対にリュイから放れるなよ!
もしアイツが俺を裏切るようなマネしやがったら、差し違えてでも ぶ っ 殺 せ !!!」

「イエッサー・・・。」
アイザックはフラフラと立ち上がり、司令室を出た。
扉を後ろ手でピッタリ締めると、平然を装い歩き出す。
執拗に蹴られた腹部が痛むが 心配なのはそこじゃない。踏みにじられた右の頬に そっと手を当て確かめた。
腫れてきている。鏡がないので確認できないが、痣ができているかも知れない。

(顔は目立つから止めて欲しかったな。さて、どうすりゃ誤魔化せるか・・・。)

真剣に考え込んでいた彼は、廊下の途中で 人 とすれ違ったのにも気付かなかった。
その人物が スパイ・アイドル = ハルモニア・ディアーズ だったのにも。
アイドル狂のアイザックにしては、非常に珍しい事だった。

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