第5章 ハルモニアの暴露
5.その友情は「公開処刑」
B棟の前には着床ポートに隣接した広いグラウンドが整備されている。
今度の騒ぎはそこで起った。
「痛ぁ~い、足くじいちゃったぁ!」
人工芝を敷き詰めたグラウンド。その真ん中で娘が右足首を押さえてへたり込んでいる。
「痛いよぅ、痛くて立てない。どうしよう・・・♡」
助けてもらいたいらしい。泣きそうな顔で娘が露骨に手を伸ばすのは、目の前に立ってる 銀髪の少年 。
切れ長の目は深いブルー。やや細身の体つき。
中性的な魅力をもつその少年は、娘の手を見てこう言った。
「 うざい 。」
空気が氷点下へと落ち込んだ。
どうやら拳闘の訓練中だったようで、周りには2人一組になって拳を付き合わせる少年少女が大勢いる。熱い汗を流す彼らが全員動きをピタリと止めて、凍ったように固まった。
それくらい、冷淡な態度だった。負傷したのだと言い張る娘を見下ろす少年の両目には、優しい感情は微塵もなく 侮蔑 の色が浮かんでいた。
「ちょっとアンタ!それが女の子に言う言葉!?」
乱入者が現れた。
シンディである。通りすがりにこの様子を見かけたのだ。ワンピースの裾をたくし上げ、芝生を踏みしめ駆けつけた彼女は銀髪の少年を睨みつける!
「私、見てたのよ!
この子、アンタとの組み手で怪我したんじゃない!手を貸すくらいやったげなさいよ!」
「なんだ、お前は?」
「なんだじゃないわ!少しは悪いと思わないの!?」
「別に。」
「はぁ?!信じらんない!
何様のつもりよ偉そうに!人に怪我させといて知らん顔とか、幼稚園児でもやらないわ!」
「うるさい。」
「なんですってぇぇぇーっっっ!!!」
激昂していくシンディの後ろには、追いかけて来たコンポンがいる。
彼はうんざりとした面持ちで、一つ大げさにため息をついた。
ここまで騒ぐと野次馬がわく。拳闘訓練していた少年少女はもちろんの事、あちこちから人が集まってきた。
「あの娘だれ?見た事ねぇぞ!」
「気ぃ強そうだけどメッチャ可愛い!」
「ついでに胸もデカい!」
「13支局隊?」
「美人しか入れないって有名な?」
「う~む、納得!」
周囲の少年達がざわめいた。お年頃な彼らにとって新参の女の子は興味深い。
その中で、当の美少女(?)に怒鳴られた相手だけが至って平静、無関心だった。
人を見下すかのような冷めた態度が癪に障る。
緑のグラウンドの真ん中で、怒髪天をつくシンディと面倒くさそうにあしらう少年の攻防は、場所が場所なだけに人目を引いた。
「おぉ、オモロい事になっとるやないか!」
フェイと一緒に見物に来たスレヴィが面白そうに歓声を上げた。
コンポンが振り向き駆け寄ってくる。無事健康診断を終えたらしい。半袖Tシャツを着ている彼の右腕には、注射の後に貼る小さな絆創膏が貼られていた。
「フェイ!どこに居たんだよ、モカさんは?」
「さっきまで一緒だったよ。でも『病気の発作が心配だから 人がいっぱいいる所には行けない』って、どこかに行っちゃった。」
心配そうに顔を曇らせるフェイに、スレヴィの後ろから ヒョイ と出てきた少女が親しげに声を掛けた。
「それって、栗色の髪の子? 1人でA棟の方へ行くのを見たよ。あの子も仲間?」
マルギーである。あれから自分の局長に捕まる事なく何とか逃げおおせているようだ。
「げ! お前さっきの!
なぁなぁフェイ、コイツ変態なんだぜ!」
「変態じゃない、変・質・者!
好みと性格がおかしいだけで、精神構造までヤバイわけじゃないから。
・・・それよりさぁ、いいね あのおチビちゃん! 」
ぎゃーぎゃー喚くシンディを眺めマルギーはニヤリとほくそ笑む。
「可愛いし巨乳だから目立つ目立つ。
ほら見てみ?自称・アイドルがおカンムリだよ!」
「ホンマや、周りからガン無視やで。
あの姉ちゃん、自分が注目されとらんとオモロないって性格やからな。キッツいやろなぁ!」
スレヴィも面白そうに同意した。
2人は旧知の仲のようだ。1~3支局隊はエベルナ統括司令部に駐在しているので、それなりの付き合いはあるのだろう。
「なぁなぁ、自称・アイドルってなんだ?」
「それ、さっきも言ってたよね?誰の事?」
フェイとコンポンが同時に聞いた。
「あそこでほったらかされてる 厚化粧の姉ちゃん の事や。」
スレヴィがグラウンドを指しクツクツ笑う。
「足が痛い」とへたり込む娘は確かに化粧が異様に濃い。
今はもう泣いてなどない。むしろ怒りの面持ちで、自分のために物申してくれてるシンディを睨んでふて腐れている。
「 ハルモニア・ディアーズ とか言うたかな。『スパイ・アイドル』なんやて!」
「スパイ・アイドルぅ???」
ますます意味がわからない。
首を傾げるフェイ・コンポンに、今度はマルギーが説明した。
「私に言わせりゃ『アブナイ国のお姫様』だよ。
アイツさ、地球連邦政府のお偉いさんの娘なんだけど、芸能界デビューしたアイドルなんだって。
だたし、頭に『売れない』って付くけどね。歳喰ってきて焦ったらしいよ。変った付加価値付けたら売れるかもって、「アイドルだけどスパイなんです~!」って、トチ狂っちゃった設定付けちゃったワケ。
それを エメルヒの禿ネズミ がお偉いさんのご機嫌取りで『ウチが教育します~!』って、エベルナに連れてきちゃったのよ。
本っ当、いい迷惑! 1日2,3回、ああやって気に入った男の前で無駄に騒いで気を引こうとすンの。
しかもアホ丸出し! よりによって A・J にからんじゃうとか、どーゆー神経してんのかね?」
「A・Jって、あの人?」
フェイが銀髪の少年を指さすと、マルギーは大きく頷いた。
「そうよ。アイツもまた変っててさ、他人にまったく興味ないヤツんだよね。
冷めてるってゆーか、感情がないってゆーか。とにかく誰に対しても冷たいんだよね。
ま、結構美形だから 自称・アイドルも狙うんだろーけど、ぜんっぜんダメ。
私、エベルナに来て結構経つけどさ。A・Jが笑ったり怒ったりするのはただの一度も見た事無いよ。」
「へ~・・・。」
コンポンとフェイがグラウンドに目を向け、銀髪の少年=A・Jを見た。
自分以外はみんな虫けら。そんな高飛車な表情である。
そういう相手に屈さずめげず、罵詈雑言をまくし立ててる シンディ もある意味凄いのだが。
「まぁ、許してやれってシンディ。コイツ、見た目より悪い奴じゃないからさ。」
「 ・・・え? 」
シンディの目が丸くなる。
同時に スレヴィとマルギーの顎が、「カックン」と落ちて固まった。
笑ったり怒ったりするのは見た事無い。たった今マルギーがそう言ったA・Jの顔に、劇的な変化が起きたのだ。
背後から聞こえた陽気な声に、目はつり上がり唇が震え、眉間に縦皺が刻まれる。
鬼の形相である。しかも尋常ではなく激昂している。
怒り心頭の面持ちで、A・Jは体ごと振り向いた!
「よ! エーちゃん、ひっさしぶり♪
悪ぃな、 コイツ ウチの支局隊の新人なんだ。何があったか知ンないけど 大目にみてやってくれよ♪」
「 貴様・・・、リグナム・タッカーぁぁぁーーーっっっ!!!」
エベルナの青空に、A・Jの絶叫がこだました。
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まるで親の敵にでも出くわしたかのようだった。
ワナワナ震えて拳を握り、今にも殴り掛ってきそうなA・Jに対し、 ナム は至って通常どおり。
むしろ陽気で楽しげで、親しみを込めて明るく笑う。
「おー、元気全開だな、エーちゃん! 何年ぶりだっけ、2年くらい?
おいシンディ、紹介しとく。こいつは エーちゃん 。
取っつきにくいけど実はいい奴だから、そこントコ理解してやってな♪」
「 はぁ・・・。」
毒気を抜かれたシンディは、あまりにも対照的な2人の表情を交互に眺めて立ち尽くす。
「なぁなぁ、ナムさん。コイツ知ってるヤツなのか?」
好奇心に駆られて駆け寄ってきたコンポンがA・Jを指さし聞いてきた。
それをナムの傍らにいるロディがやんわり窘める。
「人を指さしちゃダメだって コンポン!
この人は何つーか・・・。ナムさんの幼馴染み? みたいなモンッス。」
「そーそー、幼馴染みで俺のマブダチ♪!子供ン頃、一時期 一緒の 養護院 に居たんだよ。」
ナムは何度も大きく頷いた。
「2年くらい前、統括基地で 支局付見習い諜報員の集団研修 があってな。冷血暴君に無理矢理参加させられたんだけど、まさかエーちゃんが居るとは思わなかったぜ! 」
「俺も参加したンッスけど、メチャクチャ大騒ぎだったッス。」
「5年ぶりに会ったんだよな。まさに感動の再会ってヤツだ!」
「出会い頭に首絞められて、そんな事言えるのナムさんだけッスよ?」
「懐かしくて泣いちゃうかと思ったぜ! 以来 ずっとお友達♪ 」
「ぶち切れそうになってる相手の様子、見えてるッスか?」
「コイツとは切っても切れねぇご縁だったんだな♪ 安心したぜエーちゃん!!!」
「もう言葉もでないッス・・・。」
フッと小さく吐息を付いて、ロディがガックリ項垂れる。
フェイ達もグラウンドに足を踏み入れ近寄ってきた。
スレヴィ・マルギーは茫然自失。怒りに震えるA・Jをお化けを見る目で凝視する。
そんな2人の挟まれて立つフェイがちょっと首を傾げた。
「 ナムさん、養護院に居たの? でも・・・。」
お母さんが、いるじゃない。
そう言いかけて何かを察し、言葉を飲み込むフェイの頭を ナムはグシャグシャなで回した。
「 ま、家庭の事情ってヤツだ。気にすんな。」
「・・・うん、ごめんなさい・・・。」
フェイもしょんぼり項垂れた。
「幼馴染みでマブダチだと?! 冗談じゃ無いっ!!!」
突然、A・Jが声を上げた。
髪振り乱して喚く彼は、さっきまでとはまるで別人。息巻くシンディをあしらっていたのが信じられないほど、熱く激しく、滑稽だった!
「 リグナム・タッカー、貴様! よくも俺の前にその面出せたもんだな!?
あの時 の事、忘れたとはいわせんぞ!!!」
「 あの時? え~、 何だっけ?」
「 しらばっくれるな! 人をあんな目に遭わせておいて!」
「 まぁ落ち着けってエーちゃん。えっと、何だろな?」
詰め寄るA・Jを宥めつつ、ナムは腕組み考えた。
眉間に皺を寄せて記憶を辿る。
「 あぁ、あれかな? 見習い諜報員集団研修の時の。
エーちゃんがメアリー訓練教官に 告白ろうとしたのを止めた件。
いや~、悪い悪い。でもあれ 玉 砕 確 実 だったじゃんよ。
メアリー訓練教官、メッチャ怖ぇ拳闘師範とつき合ってたろ? お前、そいつからよく思われてなかったし、告白ったのバレたらキツく当たられると思ってさ。つい み ん な の 前 で 、メ チ ャ ク チ ャ 大 声 で 引き止めちゃったんだよね。
あ、それともエーちゃんがキモヲタ先輩諜報員に付きまとわれた時か?
アレはそんなに怒んなくていいんじゃね? お前、プライド高いから人に頼るの嫌がるけどさ。親友なんだから遠慮すんなって!
そりゃ 俺もつい怒り過ぎて 場 所 考 え ず に行動しちまったけど、キモヲタ先輩フルぼっこにしたのは後悔なんかしてないぜ。
あの時みんな優しかったよな。見てたヤツ全員が『貞操死守できてよかったね♪』って言ってくれてたし。
もしかして、養護院での事か? 例えば、エーちゃんがおたふく風邪になった時とか?
パンッパンに腫れて『誰?』ってくらい酷ぇ顔になったってのに、注射怖いっつーて駄々こねるから、俺、強引に担いで病院まで走ったんだよな? 懐かしいな~、俺 み ん な に褒められてさぁ。
そん時もエーちゃん、いろんな人に心配してもらったよな? 人の優しさって有り難いよな~。
養護院の思い出って言えば、お前 年かさのヤツらに嫌がらせで水ぶっかけられた事があったよな。
俺 の 服 貸したんだっけ。懐かしいな~。
風邪引いちゃいけねぇと思ってさ、遠慮するのを無理矢理着替えさせんだけど、金ラメ フリル付 赤紫のトレーナー、すっげぇ似合ったよな~!
あの時みんな大絶賛だったんだぜ! お前、恥ずかしがってすぐ脱いで部屋に閉じこもっちまったけど。」
「 ぎゃあぁぁぁ! それ以上言うなーーー っっっ!!!」
誰が聞いても間違いようのない、彼にとっての黒歴史。
A・Jは頭を抱えて仰け反った。
フェイが隣で佇むロディを見上げる。
「ロディさん、今のって・・・。」
「多分、全部 『 公 開 処 刑 』・・・。」
呆然とつぶやくロディの顔は、何ともビミョーな表情だった。
髪を掻きむしって悶えるA・Jに、ナムは心配げに声を掛ける。
「エーちゃんどーした?大丈夫か?」
「喧しい!この悪趣味野郎!
だいたい、人のこと勝手にあだ名で呼ぶな! 馴れ馴れしい!」
「あだ名と愛称って違うんだぜエーちゃん。だいたいお前、本名で呼んだら怒るじゃんよ。
俺はカッコいいと思うんだけどな~。
『アレキサンダー・ジェラルディン・マクガイヤー・ゲッペンス』!
いいねぇ、カッコいいねぇ!♪」
「なが! 名前、めちゃ長い!」
「どっかの国の貴族みたいな名前なんだね。」
「だから呼ばれて怒るンだと思うンッスけどねぇ・・・。」
「私、A・Jの本名、初めて聞いたよ・・・。」
「ワイもや。ひょえ~・・・。」
見ている野次馬連中も同じ思いに違いない。
周囲が軽くざわめいた。
「言~う~な~!!!」
A・Jが再び絶叫した。
「なぁなぁ、ナムさんってさ、誰とでも仲良くなる人なんだな。
アレを『仲良く』って言うんなら だけど。」
そう言ってコンポンが無邪気に笑う。
おそらく深い考えは無い。何気なく言った彼の言葉が まさかこの後「真実」になるとは、今 この場にいる誰1人として 想像してすらいなかった。
「 ナムさんならさ、あのリーベンゾル・タークってヤツとも 仲良くなれたりするんじゃね?
そいつが ここに来たら だけどさ♪」
「何言ってんだ コンポン!」
「そーよ! あり得ないでしょそんなの!」
シンディ・フェイは鼻で笑う。
そんな事は、あり得ない。
彼の戯言が「真実」になるとは、誰1人 想像していなかった。