第5章 ハルモニアの暴露

7.スパイ・アイドルの実力


少し、時間が遡る。
グラウンドでの騒ぎの後、ナム達はB棟裏の廃タイヤの山で、オーサカ民&変質者と親睦を深めていた。

「いや~、オモロイもん見せてもろたわ! 兄ちゃんやるな!」
「ホントにすごいよ。私、A・Jがあんなに怒ったの初めて見た!
ついでに、スレヴィこのドケチが他人に奢るのも初めてだよ。あめ玉1個にも金取るヤツなのに。」

スレヴィ・マルギーはまだ驚きが冷めやらない。スレヴィがどこからともなく持ってきた缶ジュースを飲み交わしながら、さっきの騒動を思い起こす。
「コーラ、サンキューな。悪ぃね! 統括基地ここ、街から遠いし滅多に手に入んないじゃねぇの?」
「ええってええって!ワイ、兄ちゃんの事 気に入ったわ!」
タイヤの山のてっぺんでくつろぎ 冷たいライト・コーラで喉を潤す。そのナムの肩をバンバン叩き、上機嫌のスレヴィが破顔する。
「ジュース、A・Jの分もあったんやけどな。怒ってどっか行ってもーたから、後で持ってったってや。」
「ありがとな。マジ悪ぃね。アイツ、根は結構いい奴なんだ。
気難しいトコあっから、いろいろ誤解されっけど。」
「やっぱり。それでアイツの事いじり回してたんだね。」
2個ほど下のタイヤで胡座をかいてる マルギーがオレンジジュースを一口飲んだ。
「A・Jの取っつきにくいイメージ、取っ払っちゃう狙いだったんでしょ?
お陰で綺麗さっぱり吹っ飛んだよ。今度私から話しかけてみようかな。
エミリー訓練教官に告白しこくった話、じっくり聞いてみたいしね。」
「ほどほどにしてやってな? 可哀想だから。」
「アンタが言うかそのセリフ!」
3人が陽気に笑い合う。
盛り上がってるナム達をよそに、ロディと新人達は静かだった。

「・・・もう打ち解けてる。」
「結構癖のある人達なのにもう仲良くなってる。」
「しかも昔っからの友達みたい。」
「しゃーねぇッス、ナムさんだから。」

タイヤの山の下の方に座り、苦笑ながらそれぞれ好みのジュースを啜る。
グレープジュースを飲み干したロディが空を見上げてため息ついた。
「ジュースもいいけど腹減ったッス。
健康診断も終わったし、俺らこれからどーするんッスかね?」
コロニー全体を覆うスクリーンシールドの軌道を辿る人工太陽が傾きつつある。ナムはマヌケ般若の腕時計を見た。夕刻が近い。腹が減るのも無理はなかった。
「そういや、どうするんだろな?
副官達見も見かけねぇし、なんかあったかな?」
本当は傭兵達より、モカの事が気がかりだった。
基地に着いてから一度も彼女を見ていない。フェイの話ではうまくエメルヒから逃げてるようだが、大丈夫だろうか?
(カルメン姐さん達が捜しに行ったけど、あれから結構時間立ってンな。何やってんだか!
やっぱし俺も、モカを捜しに・・・!)
ライトコーラを一気に飲み干し、立ち上がろうとした時だった。

「ねぇ、何か変な匂いがしない?」

シンディが顔をしかめて聞いてきた。
そういえば、香水みたいな匂いがする。
フローラル系、シトラス系、マリン、ハーバル、グルマン系。一つ一つは良い香りに違いないが、混じり合ってて気持ち悪い。

「こちらにいらしたんですね♡ 捜しちゃったぁ♡♡♡」

スレヴィとマルギーが「げっ!」と叫んで顔色を変えた。
新人ルーキー達も「ひぃ?!」と声を上げ、ロディの後に逃げ込んだ。
上目遣いで媚び笑う グラウンドで足を負傷した娘。彼女から纏う香りは、悪臭を誤魔化すために使う安っぽい芳香剤のようだった。

「さっきは助けていただいてありがとうございました♡ 
私ィ、ハルモニア・ディアーズ、18歳でぇす♡♡♡」

「・・・俺? 何か助けたっけ?」
呆気にとられて呟くナムに、マルギーが立ち上がって耳打ちする。

「こういう奴だよ、この娘は。
さっきグラウンドであった事を頭ン中で 自分都合 に記憶ねつ造しちゃってんの。」
「さっきのグラウンドっつったって、こんな奴居たっけ? って感じなんだけど?
もちろん、まったく絡んでないし。」
「たぶん『A・J悪者をやっつけてくれた王子様♡』ってなっちゃってんじゃない? ナムさん、見た目結構イケてるし。
胸筋とか立派そうだから ロックオンされちゃったんだよ、きっと。」
「・・・関係ないっしょ、胸筋は・・・。」

ナムは突然現れた自称・アイドルを改めて眺めた。
確かに そこそこ 可愛らしい。
青い目はぱっちり二重だし、縦巻きロールの髪は亜麻色。プロポーションも悪くない。
ただし 化粧 がメチャクチャ濃い。ファンデーションはコッテコテ。本来のラインがわからないほどアイラインを描きまくり、あり得ない長さの付け睫毛に、べっちょり塗った真っ赤なルージュ。
装いすぎた人工美が、聞いてもないのに申告した年齢の信憑性を疑わせる。

自称・アイドル=ハルモニアは、チョコチョコ小走りで駆け寄ってきた。
足に撒かれた包帯がわざとらしいほど仰々しい。しかもさっき痛がっていたのは右足首だが、包帯は左足首に巻かれている。
どちらの足にも痛みはまったく感じないようで、廃タイヤの山を軽やかに登り ナムの隣に腰を下ろした。
反対側の隣に座るスレヴィが慌てて逃げ出した。
ナムも逃げ出したい気分だった。しかし、廃タイヤの山の頂上、足場の狭いスペースの中で、必要以上に身を寄せられて逃げようにも動けない!

「私の事は『モニィ』って呼んで下さいね♡ モニィ、貴方の事なんて呼んだらいいかなぁ♡♡♡」
「俺は、ナム、だけど・・・。」
「ナム君ですね♡ きゃ♡ステキなお名前ですネ♡♡♡
それでぇ、ナム君って、歳とか幾つなのかなぁ?
趣味とかあるの? あ、モニィはお料理とか手芸が得意、カナ?(キャハ♡)
あと、好きな女の子のタイプってぇ、ある? モニィ、今は ナ・ム・君♡ かも♡
やぁだ~、言っちゃった~♡♡♡」
「・・・。」

これはキツイ。
明らかに「アブナイ国のお姫様」だった。

「・・・アレ、殴っていい?」
険悪な目をしたシンディが、ナムに絡まる娘を見上げて呆然となってるロディに聞いた。
すでに拳を握っている。事情を知らなかったとは言え、グラウンドの騒ぎで同情したのを恥じているのだろう。
「ちょ、シンディ落ち着いて! 追っ払うだけならいい方法があるッス。」
義妹に戦くロディが慌てて 盗聴盗撮機カウンター を取り出した。
電源は入ってないし、入れようともしない。
しかし・・・。

「反応あり! ナムさん、3つ付いてるッス!」
「何だとぉ、マジか!?」

ナムはハルモニアを引っぺがした。
カーキ色のフライトジャケットを脱いであちこち調べ出す。

本日のナムの装い(ジャケットの下編)。
蛍光色のピンク・グリーンが織りなす市松模様のど派手な生地に、肩のところにレースのフリルがヒラヒラしている半袖Tシャツ・・・。

「何だよ、何も付いてないぞ?」
「えぇ。でも憑き物は取れたッスよ。」
理解不能な悪趣味に恐れを成したと推測される。
ハルモニア・ディアーズの姿は消えていた。

「 だーっははははは!!♪
ええわ!ナムはん、メッチャええわ! ワイ、もう惚れてまいそーや!!!」
スレヴィが腹を抱えて爆笑した。
一方、マルギーは茫然自失。異様な色彩の市松模様を目を丸くして眺めている。
彼女は自称・変質者。
しかし美意識はどうやらまともなようで、自称・アイドルのように逃走まではしないにしても、廃タイヤの山から駆け下り 距離を取る 程度に ドン引いていた。

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・・・と、いうわけで。
スパイ・アイドル=ハルモニアは肩を怒らせ、メイン司令塔へ向かう渡り廊下を歩いていた。
彼女は今、もの凄く怒っていた。

(信じられない!サイテーだわ!
みんな、私を大事にしなきゃいけないのに! モニィ、アイドルだし地球連邦政府事務次官の娘なのに!)

特にグラウンドで起った騒動には我慢ならない。
自分をつれなく袖にするA・J、いきなり現れて人気をさらった赤毛の少女(シンディ)。あの2人は許せない。腸が煮える思いだった。
しかも、今日はこれから「仕事」がある。
ラジオ番組出演オファーで、番組名は『アイドル全員集合!みんなでワイワイオールナイト!』。地方ラジオ局の穴埋め企画である。
企画と言ってもなんて事はない、売れないアイドルばかり集めて無駄にワチャワチャ話をするだけ。ひどい時には売り出し中の新人アイドルを連れてきて、引き立て役にされるのだ。

(冗談じゃないわ!それじゃモニィ、全然目立てないじゃない!
何がインパクトある話のネタでもあれば別だけど、こんなド田舎の辛気くさい訓練施設になんの話題があるっていうの!?
あー、もう最低!さっきもちょっとステキだなって思った子が、悪趣味センスの変人だったし!あんな残念な男は見た事ないわ!
モニィ、アイドルなのよ!? 地球連邦政府事務次官の娘なのよ!?
あんなふざけた男が言い寄っていい子じゃないんだからね!)

ナムの悪趣味センスはさておき、言い寄ってなど全然ない。
窮地を救った王子様♡ は 悪趣味センスの変人 に脳内変換されたようだ。

(エメルヒのオジ様に言いつけてやる!
オジ様、私の言うことなら何でも聞いてくれるっていったもの! アイツら全員、ここから追い出してもらうんだから!!!)

荒い鼻息を吐きながら、ハルモニアはエメルヒがいるメイン司令塔へと突入した。
途中、頬を腫らした銀縁メガネの男とすれ違ったが、当然気にも留めなかった。
塔の内部はセキュリティ・パスが必要になる。エメルヒの特別な許可がなければ、司令室には辿り着けない。
しかし、ハルモニアは塔内部に幾つかあるセキュリティ・ゲートをほとんど素通りで通過した。
地球連邦政府防衛事務次官・ディア-ズは、政府中枢や軍上層部に強い影響力を持っている。
ゲートを通る為のフリーパスは、父親の権力が与えたのだろう。

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肩で息する エメルヒ は、キャビネットからブランデーを取り出した。
グラスに注いで一気に煽る。馥郁とした香りが鼻に抜け、恍惚となった。
続けざまに3杯煽ってようやく気分が落ち着いた時、入口扉を叩く音がした。
「入れ!」
扉が開き、彼の副官が入ってきた。
鉄巨人 こと シャーロット である。彼女は軽く一礼すると、後ろ手で静かに扉を閉めた。
「おぉ、シャーロットか。リュイ達は発ったか?」
「は。」
副官の返答は極端に短い。エメルヒは苦笑した。
「まったくお前は堅苦しいやっちゃな。飲むか?」
掲げて見せたブランデーの瓶に、「いえ」と返事が返ってくる。またしても短い。
またしても短い。再度苦笑し、自分の為に一杯注ぐと革張りのソファに身を沈めた。
「年取ったなぁ。
リュイの野郎ほどじゃねぇが 俺も戦場を駆け回って名を挙げた男だ。それが最近ちょっと暴れたらすぐ息切れしやがる。あー、ヤダヤダ!」
「・・・。」
無言で佇む副官相手に エメルヒの一方的な語りは続く。

「・・・戦場、か。けっ! 思い出したくもねぇぜ。
戦争ってぇヤツはみんな同じよ。侵略、虐殺、皆殺し。地獄の方がよっぽどお上品ってなもんだ。
それが嫌でよぉ、俺ぁ、がむしゃらに上を目指して突っ走ってきたんだ。
我ながらえげつねぇ手 使って、偉ぇ奴らに媚びへつらってウン十年、やっとこさ陳腐な傭兵部隊の大将になったが、無国籍ASの俺じゃこれ以上いい生活は望めねぇ。
世の中てぇのは不公平に出来てやがるぜ、まったく。」

しんみり語るエメルヒの目が、急に爛々と輝きだした。
ソファの背もたれからガバッと跳ね起き、興奮気味に喚き出す。

「リュイの野郎がリーベンゾルから連れて帰った小娘!
ありゃぁ、間違いなく『後宮』のがらみの生き残りだ!さぁて、面白くなって来やがった!
何かあるはずなんだ! コレはチャンスだぜ、シャーロットよぃ!
しかもこのヤマ、相当でけぇぞ! さぁて このネタ、地球連邦政府に売るか、リーベンゾルに売るか!
どっちが金になるだろうなぁ? えぇおい、シャーロットよぃ!!!」

すっかり酔っ払ってしまったようだ。
ゲラゲラ笑い出す上官に シャーロットは僅かに眉を潜めた。
「・・・あの娘は苦労したんだろうなぁ。お前もそう思うだろ?シャーロットよぃ。」
またしても急に様子が変る。エメルヒの目が優しくなった。
テーブルの上にあるモカのキャスケットを手に取ると、しみじみ眺めて語り出す。

「『後宮』ってなぁ、とどのつまりは ハーレム だ。
その生き残りなら無傷じゃあるめぇ。可哀想によぉ。まだほんの子供だってぇのに・・・。ん???」

三度、様子が急変する。
今度は酷く下品で、厭らしい笑みが顔一面に広がっていく。

「 子供? そうか、子供!!!
もしかしたらあの娘、ゴルジェイの 落 と し 胤 か ?!!
こりゃ凄ぇ! 最高だぜ!
シャーロットよぃ! 明日朝一でこの帽子の持ち主、捜して来い!
面白ぇ話がきけるぞぉ! ぎゃーっははははは・・・!!!

「・・・。」
シャーロットは黙って一礼する。
狂ったように笑い出す上官の あまりにもゲスで醜悪な様子。それに気を取られるあまり、彼女は 背後 に気付かなかった。
扉を隔てて向こう側。
回れ右してコッソリ去って行く、自称・スパイでアイドルの 娘 が1人居た事に。
ファンデーションをコッテリ塗った 娘 の顔は、ニンマリと歪に笑っていた。

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