第4章 闇の国の復活
5.闇の国を継ぐ者
モニターの画像が切り替わった。
どこか地方のニューススタジオを思わせる安っぽい壁紙の狭い部屋。設置された簡素なデスクに旧式のマイクが一つ置かれている。
そのマイクが拾うのだろう。打ち合わせでもしているような複数の声が小さく聞こえる。
やがて。
1人の男が画面左から静かに現れ、デスクの椅子に腰を下ろして正面からナム達と向き合った。
『・・・先ず、以てお断りしておきましょう。』
低い声で、男が言った。
『これは 宣戦布告 ではない。
我々は戦争など決して望んでいないのです。どうかそれをご理解頂きたい。』
俯き加減だった男が顔を上げた。
年齢は30代後半と思われる。品の良いスーツを着ているのだが上着の肩幅がかなり広い。大柄で立派な体格のようだ。
黒い髪をすっきりと刈り上げ、堀深い精悍な顔つきをしている。小さめの目だが「目力」があり、意志強さを感じさせた。
『私の名は ターク 。
姓はありません。リーベンゾルで生まれました。』
男は真っ直ぐ前を見つめ、穏やかな口調で語り出した。
『父の名は、ゴルジェイ。
リーベンゾル・ゴルジェイです。
しかしながら それを証明できるものは何もありません。6年前の地球連邦軍による我が国への攻撃で、出生証明もDNA鑑定結果も燃えて無くなりました。
強いて証明するものと言えば、父に似てしまった容姿、と言った所でしょうか?』
タークと名乗った男はフッと悲しそうに微笑んだ。
「そんなに似てるンっすかね?」
ランチャー抱えたロディが小さな声で聞いてきた。
ナムは首を横に振る。
「わかんねぇ。つか、リーベンゾル・ゴルジェイの顔知ってるヤツなんて居ンのか?」
会った事はもちろん、見た事もない。
これだけ有名な男だったらTVか新聞でお目に掛ってもいいはずなのだが、ただの一度も目にしてない。
どういう事だろうか? 答えを求めてアイザックを見た。
「ヤツはね、『大戦』中でも滅多に人前に現れなかったんだ。」
銀縁眼鏡をかけ直しながら、アイザックが話し出す。
「だから、画像も動画もほとんど無い。
『粛正』の後は尚更だね。リーベンゾル国内にあったものも全部燃えちまってるさ。
まぁ、地球連邦政府軍は敵総大将の面構えくらい把握してるかもしれないね。こいつが言ってる事がホントなら、今頃 軍のお偉いさん方は上を下への大騒ぎさ。」
「そういえば、なんで普通に放送されてるんだ?
こんなヤバい映像、特殊公安局の検閲に引っかかって放送中止になるはずなのに。」
「地球連邦 非 加盟国のローカルTV局の放送だからだよ。
太陽系中星の数ほどTV局はあるからね。しかも非加盟国の電波とくりゃぁ、ヤツらの目も届きにくい。
ヤレヤレ、確信犯ならお見事だ。
このチャンネル、ついさっきまでアイドルの生ライブ放送してたんだぜ? 完全に検閲対象外だ。
いきなりこんな動画に切り替わるだなんて、誰も思いはしなかっただろうさ!」
「・・・。」
最後の言葉が恨みがましい。
この男はどこまでもアイドルヲタクのようだった。
『もちろん似ているだけでは証明にはならない。』
TV画面のタークが言葉を繋ぐ。
『整形で意図的に顔を似せることだってできる。
もし連邦政府側が調査と鑑定を求めるのなら私は逃げも隠れもしない。
彼らからの要請はいつでもお受けしよう。DNA情報の提供も辞すつもりはまったくない!
今日、私が名乗りを上げたのは 祖国 の復活を宣言する為です。
リーベンゾルは蘇る!
争いの元凶としてではない。この冥王星宙域に恒久平和を築く国として、です!
私はその 元首 として、祖国および近隣諸国の復興・発展に一命を賭すと誓いましょう。
そして先の「大戦」で犯した我が国の罪を誠心誠意陳謝申し上げ、その贖罪を宣誓します!!!』
タークは高らかに宣言した。
太陽系中を揺るがす大事件である。
ドサ!!!
突然、何か重たい物が床に落ちた音がした。
ナム達はハッと振り返る。いつの間にか食堂の入口に モカ が佇んでいた。
彼女の足下には宇宙通販「ジョボレット」の段ボール箱。落ちた拍子に箱の中からビニール袋に梱包された衣類が飛び出し散乱している。
「あら、どうしたの?」
同じ段ボール箱を抱えたサマンサとシンディが一緒に食堂に入ってきた。
臨時ニュースの内容を、2人はまだ知らないらしい。異様な空気を感じ取りいささか戸惑っているようだった。
「・・・モカ?」
サマンサがモカの顔をのぞき込み、その異常さに顔色を変えた。
モカは石のように固まっていた。
両手は段ボール箱を抱えていた時のまま。顔色は真っ青で血の気が無く、小刻みにガタガタ震えている。
割れんばかりに見開いた目で、凝視するのはTV画面。タークと名乗った男の顔を、茫然自失で見つめている。
「モカ!貴女どうしたの!?」
「モカさん大丈夫?モカさん!」
驚くサマンサとシンディが慌てて同時に声を掛ける。
聞こえてない。戦慄くモカは2人の方をまったく見ようともしなかった。
「モカ?!」
避けられ続けているのも忘れ、ナムも思わず呼び掛けた。
あまりに異常な彼女の様子に、つい右手を差し伸べる。
その時・・・!
「い"や"あああぁぁーーーーーっっっ!!!」
絶叫が迸る!
モカは髪を振り乱し、ナムの右手を振り払った!
その弾みで体制を崩し、激しく床に倒れ込む。
食堂の床は打ちっぱなしのコンクリート。打ち付けた体が痛いはずだが そんな様子はまったく見せない。
狂ったように泣き叫びながら ナム の側から逃げ出した!
「あ"あ"ぁ!きゃああぁ!
いやだ!いやぁーーーっっっ!!!」
這うようにして壁際まで逃げた。
壁に背中が当たってもまだ 遠ざかろうと必死でもがく。
完全に錯乱状態だった。
どうしていいかわからない。ナム達は呆然と立ち尽くした。
「・・・ひっ・・・ひぅ・・・ひ、ぃ・・・。」
やがてモカは強ばる身体を自分で抱きしめ蹲った。
食堂壁のTVでは、いつの間にか放送が終わっていた。画面がブラックアウトしている。地球連邦政府軍・特殊公安局部隊の 電波妨害 が入ったのだろう。
静まり返った食堂内に、モカが苦しげに喉を鳴らす息使いだけが哀しく響く。
そんな彼女をナムはただ眺める事しかできなかった。
モカに払われた右手が痛い。左側の胸、その奥も。
宙を漂う右の手を、ナムは強く握りしめた。
「 ど け ! 」
背後からいきなり肩を掴まれ 強く乱暴に押し退けられた。
リュイ が来ていた。
彼はグルリと食道内を見回した後、隅で蹲るモカに目を留める。
「・・・。」
無言でツカツカ歩み寄る。苦しむモカの腕を掴むと、引っ張り無理矢理立ち上がらせた。
「飯はいらん。後は好きにしろ。」
そう言い捨て、食堂を出る。足元覚束ないモカを半ば引きずるようにして。
誰も止めないし、何も言えない。
ただ見送る事しかできなかった。
『次の曲行っくよー!最後まで楽しもうねー!♪♡』
「ぎゃー!!?」
リリアンちゃんの元気な声に、新人達が飛び上がった。
TV画面が再び「カタストロフィP」のライブ放送なっている。リリアンちゃんが手を振っているが、アイザックはもう見ようとしない。それどころではないのだから。
マックスが手近にあったリモコンを取り、TVの電源をOFFにする。
食堂はまた静かになった。
「・・・ビール取ってきてくれ、ハニー。」
放心していたベアトリーチェが我に返り、キッチンへと足を向ける。
他の者達もテーブルに着いた。無言で、表情を固くして。
ナムは1人佇んだまま、食堂の入口を眺めていた。
モカに何があったのだろう? 状況がまったく理解できない。
握りしめた右手が疼いた。