第4章 闇の国の復活

10.《余談》君が眠りにつくまでは

局長室の中は真っ暗だった。
リュイは壁の照明スイッチへ手を伸ばす。
しかし思い止まった。今のモカは照明の光すら恐怖する。時々起こす発作の中でも特に重い症状だった。

「・・・あいつは、死んだ、きっと、死んでる、もういない、大丈夫・・・。」

冷え切った室内のどこかから、微かに「呪文」が聞こえる。リュイは部屋の奥に足を向けた。
衣類や本が雑多に散らかる部屋の奥には 無駄に大きいデスクがある。積み上げられた本に埋もれるデスクの下に モカ はいた。
震える手で耳を塞ぎ、固く目を閉じ蹲っている。リュイが近づいてもまったく気づかず、ひたすら「呪文」を繰り返す。

「・・・いない、大丈夫、もういない、きっと死んだ、あいつは、死んだ・・・。」

リュイはモカの腕を掴み上げた。
寒さの中で汗ばむ腕は、冷え切り氷のようだった。

「・・・嫌・・・っ!!?」

悲鳴を上げて抗うモカを、デスクの下から引きずり出す。
戦慄く両手が闇雲に振られ、爪がリュイの頬を裂く。
それすら気付かず暴れる少女を、リュイは強く 抱 き し め た 。
乱暴過ぎるほど荒々しい、無骨で不器用な 抱擁 だった。

「 ・・・。 」

強張る小さな身体から 徐々に力が抜けていく。
リュイは胸に顔を埋める少女の耳に 唇 を寄せ、ささやいた。

「・・・そいつは死んだ、もういない。大丈夫、ここにはいない、もう死んだ・・。」

襟が破れたシャツを握りしめ、モカが静かに泣き出した。
抱く両腕に力がこもる。
リュイは「呪文」を唱え続けた。

「・・・大丈夫、きっと死んだ、もういない。あいつは死んだ、ここには居ない・・・。

この男らしからぬ穏やかな声で唱えられるモカの「呪文」。
それは すすり泣くモカが眠りにつくまで 絶える事なくずっと続いた。

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