第4章 闇の国の復活

7.少女の中の「闇」

基地食道内に緊張が走る。
傭兵達は露骨に動揺しなかったが、カルメン・ビオラは激しく驚き、互いの顔を見合わせた。

「なんでモカが?!
「禿げネズミなんかに!?」

この状況がよくわからないルーキー達も狼狽える。
特にコンポンは困惑顔で、ロディのつなぎの袖を引っ張った。
「なぁなぁ、何があったんだ? ショーシューメイレイってなんだ?」
「呼び出し。エメルヒ司令からの。」
答えるロディの顔は暗い。ごん太眉毛をへの字に歪め、至極不安そうだった。
「いつもは傭兵部隊だけッス。
絶対碌な事じゃない。しかも全員でだなんて、そんなん今までなかったのに・・・。」
ざわつく部下の目線を背に受け、リュイはモカをジッと見据える。

「もう一度言う。
 アレエメルヒの狙いは 間違いなく お前 だ!」

モカがぎこちなく顔を上げた。
痛々しいほど見開いた目、紫色に近い唇。今にも止まってしまいそうな浅い呼吸を繰り返し、自分を抱く手に力が入る。
その姿にサマンサが目を剥き、リュイの背中を睨みつけた!

「何のマネ?!
アナタこの娘にいったい何を・・・!?」
「黙れサマンサ!動くんじゃねぇ!!!」

恫喝したのは、副官・マックス。
彼は部下一同を見回した後 ナム に目を留め厳しく睨む。

「誰も動くな!発言も許さん!」
「・・・。」

殺気すら漲る上官の双眸、それを真っ直ぐ見返すナムは、強く奥歯を噛み締めた。
もしマックスの制止がなければサマンサ同様、キレていた。しかも声を荒げて喚くのではなく、「行動」に出ていたに違いない。

「・・・説明してくれ、カシラリュイ。」

暫しの重い沈黙の後、目線をリュイの背中に移したマックスが静かに問い掛ける。
振り返ろうとしないリュイは 肩越しに何かを放り投げた。
タブレット型のモバイル機器。それを受け止め画面を眺めるマックスの眉がつり上がる。
「こいつぁ、今朝の新聞記事だな。
いや 新聞だけじゃねぇ、TVやラジオでも報道してた内容だ。」
モバイル機器を少しいじってテーブルの上にそっと置く。
画面が瞬き空中に 立体ホログラフィ画面 が立ち上がった。

 『 リーベンゾル・ターク氏語る!
  独裁者ゴルジェイの凶行、 後宮 の惨劇!!!』

記事の見出しは華々しいほど派手で大きく、まったく内容にそぐわない。
今朝、太陽系中の報道各社が かつてリーベンゾルにあったという 後宮 について一斉に報じた。
実子を名乗る男が明かした、独裁者ゴルジェイの ハーレム である。

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「・・・えぇ、そうです。
先の元首・ゴルジェイは ハーレム を築いていました。」
『大戦』後期に造られた施設で、拉致した女性を監禁・暴行・虐待する 悍ましい 牢獄 です。」

今や太陽系中全ての人から「リーベンゾル・ターク」と呼ばれる男は、大勢の報道記者達を前にしての暗い面持ちで頷いた。

「『大戦』後期に造られた施設で、拉致した女性を監禁・暴行・虐待する 悍ましい 牢獄 です。先の元首本人は『後宮』と呼んでいました。
内部の詳細は一切極秘。しかし多くの女性が監禁されていた事はわかっています。
正確な数は調査中ですが、おそらく判明しないでしょう。地球連邦側が『7日間の粛清』と呼ぶ 大空襲 、あれが詳細把握をより困難にしたのです。
特に『後宮』があった地域は攻撃が激しく、都市はもちろん ごく小規模の集落に至るまで徹底的に破壊された。度重なる爆撃で地形が変ってしまうほどでしたよ。『後宮』が無事で済むはずないでしょう?
極めて遺憾だ! あの大空襲から6年も経つのに、誰1人救済できないとは!
犠牲になった女性達を弔う事すらまともにできない。彼女達の身元、拉致された経緯、帰るべき故郷やご遺族の有無! その調査もままならないのです。忸怩たる思いとはこの事ですよ!

それ故、私は先の元首の忌まわしい愚行、国辱と言うべき『後宮』の存在を あえて 公表 したのです。
もし、あの大空襲を逃げ延び生存されている『後宮』被害者の方がいらっしゃれば、どうか 名 乗 り 出 て いただきたい!
想像を絶する苦痛を味わった彼女達の心情を思えば、非常に残酷な申し出です。しかし未だ救われぬ被害者達のため、どんな些細な事でも構わない、話を聞かせて頂きたい。調査にご協力頂きたいのです。
そして我々に『償い』をさせて頂きたい。誠心誠意最大限の 補償 をここにお約束いたします。
重ねて言う。どうか、『後宮』の生存者は是非とも名乗り出て頂きたい!
その方々が今後末永く 幸 多 き 人 生 を歩んで行く。
我が国はそのための保障・援助を 惜しむつもりはありません!!!」

実に真摯で毅然たる態度だったという。
太陽系中の人々がタークを賞賛、『7日間の粛清』を強行した地球連邦政府軍に非難・抗議が殺到した。
その朝の内に「我こそは『後宮』被害者!」と名乗りを上げる女性が大量に出現した。そのほとんどが調べるまでもなく、詐欺師か集り屋だったのだが。
とにかく 報道の効果は絶大だった。
同時に『後宮』についてのデマ・憶測が飛び交い始める。被害者達を悼み憐れむ声もあったが、興味本位や下劣な趣意で噂を広める輩も多く、ネット上は大いに荒れた。
独裁者のハーレムである。その被害者が 性奴隷 である事は、誰でも容易に想像できる。
口にするのも憚られるほど醜悪な話が幾つも作られ、ありとあらゆる報道機関で嵐のように報じられた。
今や 太陽系中どの国でも『後宮』の話題で持ちきりだった。

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テーブル上のモバイル機器は、タークが『後宮』被害者への贖罪を訴える新聞記事を映し出している。
その記事をザッと斜め読みしたマックスが、怪訝そうにリュイを見た。
ナムもリュイに目線を移し、怒り心頭で睨みつける。
その時だった。
怯える少女を見据えるリュイが、信じ難い事を言い放ったのは!

 「 コ イ ツ の 事 だ 。」

「・・・えっ・・・?」
耳を疑い、絶句した。
ナムはリュイの背中を見つめ、呆気にとられて立ち尽くす。
他の者達も同様だった。
その場で一瞬息を止め、半ば呆然と目を見開いて動作と思考を停止する。

「 コイツは リーベンゾル『後宮』の生き残り だ。
タークとか言うイカレ野郎、ヤツは間違いなくコイツモカを捜している。
救済・贖罪はただの 茶番 だ。コイツを 見 つ け 出 す 為 のな。」

 
リュイが淡々と言葉を続ける。
それでもまだわからない。動揺しつつも苛立つサマンサが、先陣を切って詰め寄った。
「何なの、ちゃんとわかるように言って!
モカが『後宮』の生き残り?! それがエメルヒの招集と何の関係が・・・!?」
「それを今から説明させる!」
サマンサの声を無下に遮り、リュイが再びモカを見据える。
モカはまだ怯えている。リュイの厳しい視線を避けて震えながら項垂れた。

「なぜ、リーベンゾルのイカレ野郎が お前 を捜すのかがわからん。」

冷たい口調で、リュイが問う。

「だが、エメルヒは それ を知った。
だから お前 を狙う。アレエメルヒが 打つ手 は お前もよく知ってるはずだ!」

( !!? それで「招集命令」か! )
ナムは拳を握りしめた。
つまりナム達は「人質」にされたのである。
私設とは言え軍組織、部隊総指揮官の招集を無碍にできるはずもない。応じなければ反乱分子と見なされ他支局部隊に討伐される。
統括基地がある「エベルナ」に行けば、間違いなくモカは捕まる。拒めばリュイや仲間が全員処罰の対象になるだろう。
百戦錬磨の傭兵達なら抵抗・反抗もできるだろうが、まだ諜報員ですらない上ほんの子供の新人ルーキー達に危険が迫れば・・・。

「・・・。」

モカが両手で顔を覆い、膝の上に力無く伏せる。
それでもリュイは容赦無く、怯える少女に詰問する!

「『後宮』で何があった?!
   話せ! 洗いざらい 全部 だ!!!」

張り裂けそうな緊迫感に瞬きさえ躊躇われる。
暗く重い静寂の中、モカの苦しげな息づかいだけが ただ痛ましく耳を突く。
リュイは身じろぎ一つせず目の前の少女をジッと見据え、ナム達もそれを見守った。
永い永い沈黙の後。
たまりかねたサマンサが再びリュイをキッと睨む。
彼女が何か言いかけた時、酷く震えて掠れた声がモカの口から微かに漏れた!

「・・・わたし、は・・・」

我を忘れるほど取り乱す少女が語る物語。
それはナム達の、リュイですら想像できないほどの凄惨極まる「闇」だった。

「・・・わたしは・・・リーベンゾルの・・・。
   『後宮』で生まれた・・・性奴隷の 娘 です・・・!」

モカは激しく震える自分の身体を、さらにきつく抱きしめた。

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