第4章 闇の国の復活
9.大戦の闇の中で
太陽系中が戦場となった「リーベンゾル大戦」。
その後起こった「7日間の粛清」と合わせて、投入された地上部隊・陸軍歩兵の正しい数は今現在も解っていない。
公式発表では大戦終結までの20年で、延べ3億6千万人と言われている。正確ではない。この数は大戦の規模を考えても極めて少ない。
「大戦」は星間ミサイルと宇宙艦隊の空爆が主な攻撃手段だった。
兵士達は要塞基地でIT兵器を繰り、宇宙艦船に乗船して電磁バリヤーや迎撃砲で守られながら戦った。連邦政府軍に籍を置く軍人で実際に戦場へと降り立った者は、極めて少ない。
「民間人の避難誘導と救済」という使命を背負い、地上戦に送り出されたのは、無国籍者の傭兵達。
彼らは兵士としても戦死者としても、まともに数えられなかった。
担った大義にまったく見合わない安い報酬で、生きて帰れる保証のない戦地に送られた傭兵達。
リュイもその1人だった。
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「俺達に与えられたミッションは、リーベンゾル国内政および軍事情報の諜報。
投入された部隊は8部隊。ゴロツキの傭兵ばかりを集めて編成した即席の諜報部隊だった。
潜入に成功したのは俺の隊だけだ。他の部隊がどうなったかは知らん。」
「・・・!!?」
傭兵達がどよめいた。
一番に口を開いたのはサマンサだった。アイアンがこんなに驚き戸惑う様子は滅多に見られるものじゃない。
「リーベンゾルに潜入した?!それ、いつの事!?」
「6年前だ。」
「!? いや、ちょっと待った!」
今度はテオヴァルトが椅子を蹴って立ち上がる。
「『粛清』の時か?!
そんじゃ、リーベンゾルで独裁者が行方不明になってるってぇ一報を伝えた小隊ってのは・・・!?」
「俺がいた隊だ。」
テオヴァルトは呆けた表情のまま、ゆっくり椅子へと腰を沈めた。
「無線で伝えたのは隊で一緒になった雇われ兵士の1人だ。瀕死の重傷で助からなかったがな。
潜入3日で俺以外全員死んだ。骨も拾えねぇ有様だった。
・・・リーベンゾルには3度行った。どれも最悪だった。」
「だろうな。そこに行って帰ってきたヤツがいるなんぞ、思ってもみなかったぜ。」
額に汗をじっとり浮かべたマックスが渇いた笑みを漏らした。
「しばらくして空爆が始まった。
『7日間粛正』だ。アレはその時に拾った。」
傭兵達の動揺をよそに、リュイは淡々と話を続けた。
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混乱極まるリーベンゾルの戦場で、リュイはその少女を救った。
何をされたかは一目瞭然だった。辛うじて息をしている瀕死の状態。何とか戦場から連れ出したものの、手当らしい事は禄にできない。少女は生死の狭間を何日も彷徨い、奇跡的に覚醒しても廃人のように生気が無い。
身体の傷は少しずつ癒えたが、心の傷は癒えなかった。少女は深刻な後遺症に苛まれ、昼夜を問わず苦しんだ。
当時のリュイには、この少女が生きながらえるとはまったく思っていなかったという。
「身元を聞き出そうとすると錯乱した。
自分の名前すら言おうとしない。だから詳しい事情は聞かなかった。今日まではな。
激戦区にいれば大の大人でも大抵ああなる。放っとくしかなかった。」
ベアトリーチェが眉を顰める。
「名前も言わないって、『モカ』って名前は?」
「俺が勝手に付けた。」
「モカ・マタリ・・・コーヒーの銘柄だな。なるほど、アンタらしい名付けだ。」
テオヴァルトが苦笑する。
話が終わりに近づいたらしい。リュイは部下達を見回した。
「独裁者の後継者を名乗る野郎が、『後宮』にいた性奴隷の生き残りを捜している。
そんなヤツはいない。モカ以外はな。」
「なぜ、そう言い切れる?」
マックスの質問に、リュイの答えは簡潔だった。
「 見た からだ。
『後宮』は切り立った崖を利用して造られた入口も窓もない要塞だ。そこへ迎撃できない量のミサイルと都市破壊型KH弾。
・・・モカ以外、誰も助けられなかった。」
「生きたまま丸焼けか、被ばく後30分も生きていられない殺人光線の餌食。残酷だねぇ・・・。」
アイザックが首を横に振る。
腕組みをして思案するサマンサも小さく呟いた。
「『後宮』は脱出不可能な要塞だった。だったら空爆の生き残りがいるなんて考えるだけ愚かだわ。
何故、リーベンゾル・タークは『後宮』の生き残りを捜すの?」
「さぁてねぇ。今さらあんな国のトップになろうってヤツのやるこたぁさっぱりわからん!」
マックスが声を張り上げた。努めて陽気を装った、わざとらしい声だった。
「だが、ゲスの頭ン中なら容易くわかる。
エメルヒだ! あのジジィ、何か気付きやがったな?」
カルメン・ビオラの顔色が変る。
この2人は才能・美貌をエメルヒに狙われ、囲われそうになった過去がある。そのため彼に対しては、えげつないほど手厳しい。
「あンの強欲ジジィ! きっと 金になる とでも思いやがったんだな!?
ふざけやがって!今度会ったら 股間の逸物 引き千切って捨ててやらぁ!!!」
「バイオテクノロジー研究所の件といい、何様のつもり?!
とことん性根の腐ったジジィね! 袋叩きでも足りないわ!!!」
「・・・姐さん達、怖ぇッス・・・。」
怯えるロディのすぐ横で、ベアトリーチェが苦笑した。
「落ち着きなさい、アンタ達♡♡♡
・・・問題は、あのクソジジィが 何 に 気付いたか、だ!」
テオヴァルトとサマンサが2人同時に頷いた。
同じ意見であるようなのだが、思考に少々誤差があるが。
「見下げ果てたゲス野郎だが 悪知恵だけは天下一品。とにかく一筋縄じゃいかねぇ奴だ。
先ずはそれを探らん事にゃ、まともな対策は取れやしねぇ。」
「そうね。エベルナへ行ってみないと何も始まらないって事ね。
引き千切るのはヤツの企みがわかってからよ!」
「・・・。」
テオヴァルトは絶句した。
「閉口令だ。今の話、一言でも漏らせば 命は無い と思え!」
リュイが椅子から立ち上がった。
「明日早朝、エベルナへ飛ぶ。全員そのつもりでいろ。」
一瞬、何か目を留めたのだが、すぐに背を向け歩き出す。
彼は食堂を出て行った。
出入口すぐ横の壁にもたれる アイザック に、「何か」を放り投げ渡して。
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「明日早朝、エベルナへ飛ぶ。全員そのつもりでいろ。」
椅子から立ち上がったリュイと、ほんの一瞬目が合った。
何かを訴えかけてきた。そんな気がしたが、気のせいだろう。
食堂から出て行くリュイの背中を、ナムは呆然と見送った。頭がまともに働かない。胃と心臓が激しく痛み、息が苦しく吐き気がした。
「・・・モカさん・・・モカさん・・・!」
泣き出すシンディをビオラが宥める。
つられて涙ぐむフェイ・コンポンの頭をカルメンがグシャグシャ乱暴に撫でた。
「 ほら、テーブルと椅子! お前が倒したヤツ、片付けな!」
立ち尽くしているナムの肩を通りすがりにベアトリーチェが小突いていった。バケツとモップを手にしている。床の掃除を始めるようだ。
ナムはノロノロ体を動かし、近くに転がる椅子の背を掴んだ。
(・・・何が「局長」だ!)
急に 怒り がこみ上げてきた。
悶え苦しむモカの姿が思い出される。昨夜、屋上前のガラクタ置き場で1人怯える孤独な姿も。
( ここで一番エラけりゃ、あそこまでやってもいいってのか!?
血ヘド吐くまで追い詰めて、苦しめたっていいのかよ! ふ ざ け ん な っっっ!!!)
ガ ァ ン !!!
やり場のない怒りに駆られ、掴んだ椅子を思い切り食堂の壁に叩きつける!
もともと安物だった椅子は、壁に派手な傷を残してぶっ壊れた。
「ぎゃーっ!? 何やってんだお前!!?」
「頭イカれたの?! びっくりさせないでよ!!!」
カルメン・ビオラの金切り声で食堂内が騒がしくなる。
そんな中、入口付近で壁にもたる アイザック が、そぉっと右手の拳を開く。
食堂からの去り際に リュイ が放ってよこしたモノが入っていた。
シャツのボタンを模した形の 盗聴機 。1cmほどの小さな機器は潰れて破壊されている。
「・・・。」
アイザックは自分の身なりを見下ろした。
白い生成りのシャツのボタン、一番下についていた物がいつの間にか無くなっている。
まったく気が付かなかった。額にじっとり汗が浮かぶ。背筋が冷たく凍ったというのに!
「 閉口令。漏洩したら命が無いと思え、か。なるほどね。」
壊れたボタンを再び握り、彼は小さくで呟いた。
「・・・ バケモノ め !」
この呟きは舎弟を叱る姐貴分達のけたたましい声に紛れ、誰の耳にも届かなかった。
明日朝早くに エベルナ に発つ。
輸送機の整備をするために、アイザックは食堂を後にした。