第4章 闇の国の復活
3.リーベンゾル大戦
リーベンゾル 。
キャスターが言ったこの一言に、傭兵達の顔が強張った。
「・・・どこの大馬鹿野郎だ? 戯言抜かしてんのは。」
テオヴァルトが呟いた。
「 あの 独裁者 の実子だと? 一体何の冗談だ?」
「しかも今 あの国 を 復活 させるっつったか? 冗談にしちゃタチが悪ぃ。笑えねぇ話だぜ!」
荒くれモードのベアトリーチェもランチャー担いで小さく頷く。
『 繰り返します。今日未明、外惑星エリア・宇宙ステーション「アリエル」で、
旧 リーベンゾル国 元首の実子を自称する男性が 国の復活 を宣言しました。
地球連邦政府および連邦加盟各国は、事実確認を・・・。』
同じ事を何度も告げるキャスターの声が、食堂内に延々響く。
どこか張り詰めた空気の中、ナム達はTV画面に釘付けになった。
ただ1人を除いては。
「なぁなぁ。りーべんぞる って、なんだ?」
全員、一斉に コンポン を見た。
「あと、何でみんなビクついてんだ?
すンげぇ事が起こったってのは、なんとなくわかるけどよ。」
フェイが驚き目を丸くした。
「わかんねぇって・・・。リーベンゾル、知らないの?『大戦』の 元凶 になった国じゃないか。」
「うん知らねぇ。『大戦』ってのも、昔 デッカい戦争があったっ事くらいっきゃわかんねぇ。
・・・なんだ? 知ってなきゃいけねぇ事なのか???」
周りの大人を見回すコンポンの 疑問 に応えたのは、アイザック。
ついさっきまで放送されてた カタストロフィP のライブで、オタ芸踊った彼とはまるで別人のような面持ちだった。
「 いいや、コンポン。キミが知らないのも当然さ。
『大戦』が終わって10年の間、その国の名は ほぼ 禁句 。 口にするのも憚られるほど忌み嫌われてる国名だ。
誰も望んで語りゃぁしないし、教えてなんかくれないさ。」
「 きんく って、言っちゃいけねぇって事だよな? なんで?」
「その国が起こした 戦争 が 最凶最悪 だったからさ。」
TV画面を凝視し続けるアイザックの目は非常に厳しい。
しかしその一方で、どこか怯えているような暗い翳りが差していた。
「『リーベンゾル大戦』。
一般的にはそう名付けられてる。地球人類総人口を 半分 にした、
人 類 史 上 最 大 の『 世 界 大 戦 』 だよ。」
「・・・。」
ナムの隣でロディがブルッと身震いした。
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人類が地球を飛び出し 宇宙に移住し始めたのは、今からおよそ 500年前 。
増え続ける人口を養いきれなくなった国々は 植民コロニー を次々と築き、自国民を移住させた。
それを可能にしたのは 飛躍的に発展した 宇宙航行技術 と コロニー開発・建設技術 。
地球・火星間約2億3000万kmの距離を 3時間弱 で飛べる翼 と、太陽までの距離から生じる灼熱・極寒、その環境下でも居住可能な空間を築くテクノロジーは、宇宙開拓史最初の100年で太陽系のほぼ全域を人類の居住区と成さしめた。
さらにテラ・フォーミングの技術も発展した。現在、木星・土星の衛星群から比較的規模の大きい小惑星まで可能な限り「地球化」されており、その中でも 火星 の「地球化」は完璧だったと言われている。
ただし、開拓完了500年経つ今でも ほとんど発展していないのだが・・・。
一方、日々発展する技術とは対照的に、残念ながら変らないものもある。
欲望 である。地球各国の指導者達は、広大な宇宙空間にも「国境」を引けると考えた。競い合うように宇宙に進出、築いた衛星都市や植民コロニー周辺を「領域」と主張する様になっていった。
結果、争いが起った。
金星や水星の地下資源、太陽光、小惑星に眠る希土類元素。地球では枯渇したエネルギー資源を奪い合い、国家間の緊張は高まった。
そこに追い打ちをかけたのが、宇宙空間移住者達の母国から 離反 だった。
衛星都市や植民コロニーの民が 独立 を宣言し始めたのである。
当然、地球既存国家はそれを認めず 太陽系のあちこちで紛争が起った。それぞれの戦火は拡大し続け、世界情勢は混迷した。
事態を重く見た各国首脳達は過去歴史に習おうとした。
世界平和を維持・監視する国際機関。その設立を目指して会合を重ね、国家間で連盟した。
これが現在 太陽系に存在する 約50万の国 や 自治都市 の8割が加盟する「地球連邦」の始まりである。
加盟国の主席・王族・大統領が議員・官僚として名を連ね、強い行政権を持つ 地球連邦政府 は、各国軍隊から提供される 軍事力 を終結して軍組織を編成、 地球連邦政府軍 を設立した。
その力で紛争・内乱の鎮静化を試み成功。以来400年の長きに渡り、太陽系内で大きな争いが起る事はなかったという。
今から約30年前。
外惑星エリア・冥王星宙域にある「21××YU5」と仮符号で呼ばれる小惑星で、ある1人の傭兵 が 地球連邦政府に対し 宣戦布告 までは・・・。
傭兵の名は ゴルジェイ 。
姓はない。無国籍者である。
彼の素性は外惑星エリアの片隅で生まれた以外、一切判明していない。
そんな男がある日突然、仲間の傭兵達と共に小惑星「21××YU5」に駐屯する連邦政府軍施設を奇襲、一夜のうちに壊滅せしめたのだ。
この「宣戦布告」は太陽系中全ての人々に衝撃を与え、大きく世界を揺るがした。
ゴルジェイが武力隆起に至った理由は解っていない。
しかし外惑星エリアの人々、特に無国籍者達はこぞって彼を支援した。
母星・地球から遙かに遠く、かつ広大な宙域である外惑星エリアでは、連邦政府の行政が行き届かない。故に 治安が元々非常に悪く、他のエリアと比較しても貧困に喘ぐ無国籍者が圧倒的に多かった。
彼らの目にはゴルジェイが 英雄 のように映ったのだろう。
ゴルジェイ率いる傭兵部隊は100万を超える軍勢になった。そして冥王星宙域中の連邦政府軍基地を襲い、その壊滅に成功した。
この頃からである。ゴルジェイが拠点としている小惑星「21××YU5」を「リーベンゾル」と呼び始めたのは。
彼は自ら「元首」と名乗り、「国」を興した。
外惑星エリアの人々の狂信的な支持は揺らぐ事無く、勢いを増すばかりだった。
地球連邦政府はこれを認めず、リーベンゾルを「危険思想を持つ反社会組織」と位置づけた。
しかしすぐには対応せず、事態静観の姿勢を取った。
外惑星エリアへの軍の派遣は多額の軍事費が必要となる。遠距離であるが故、莫大な資金とエネルギーを要するのだ。
地球連邦政府は介入を渋り、これが後々 「人類史上最悪だった」と非難される事になる。
リーベンゾルは近隣国家への 武力侵攻 を開始した。
リーベンゾル軍勢の猛攻は凄まじいく、平和だった幾つもの国が滅ぼされた。
そこで暮らしていた数え切れないほど多くの人々が、理由無く無惨に殺された。文化財は破壊され、金銀宝石・美術品は一つ残らず略奪された。
ここに至って地球連邦政府は、軍勢力の全てをかけたリーベンゾル殲滅に乗り出した。
「リーベンゾル大戦」勃発である。
その後約20年。太陽系は血にまみれた暗黒の惨事を歴史に刻む。
地球連邦政府軍とリーベンゾル軍、両軍は激しく衝突し、太陽系の至る所で殺し合った。
多くの民間人が巻き添えとなった。宇宙空間を星間ミサイルが頻繁に飛び交い、幾つもの植民コロニーが破壊された。
環境破壊が著しい化学兵器が使用された。汚染で不毛の地となった小惑星も、一桁や二桁の数ではない。
戦場となった国は都市という都市、名も無い小さな集落でさえ破壊し尽くされた。
悲惨極まる泥沼の戦争。
死と恐怖と破壊と略奪、終わりが見えない凄絶な悪夢。
人々は打ちのめされ、絶望した。
ところが。
突如、戦況が一変する。
ある日、リーベンゾル軍が突然撤退、支配下に置いた国々を捨て冥王星近宙域まで引き下がったのだ。
そして今までの猛攻が嘘のように、ピタリと沈黙したのである。
あまりに突然の変貌に、太陽系中の人々は戸惑いを隠せなかった。
その後間もなく地球連邦政府は大戦の「終結」を宣言する。
消滅・殲滅した国家は約5,350ヶ国。
破壊された都市は約26万8400都市とされ、死者・行方不明者は当時の人類総人口の半数強にも上るという。
その後も外惑星エリア各地で内乱や紛争が頻繁に起こり、住む場所を追われた戦災難民が悲惨な生活を余儀なくされた。
間違いなく 人類史上 最大 にして 最悪 な「リーベンゾル大戦」は、太陽系中全ての人を不幸に陥れたにも関わらず、あまりにもあっけなく終結したのだった。
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「そう、あっけなく ね。
本当に急に終わったんだ。あんなに凄惨を極めておいて、10年前にサクッとね。
犠牲者の数はあまりにも膨大、被害増額は天文学的数字になった。
そんな戦争を起こした国だ。禁句になるほど嫌われてても仕方がない事だぁね。」
「・・・。」
アイザックの話に聞き入っていた コンポンがちょっと首を傾げた。
意外にも丁寧な説明だったが、まだわからない事があるらしい。
「そんじゃ、 どくさいしゃ ってなんだ?
テオさんが言ってた『どくさいしゃ』って、ゴルジェイってヤツの事なんだろ?
なんでゴルジェイが『どくさいしゃ』なんだ?」
アイザックが苦笑した。
いつものとぼけた薄笑いではなく、素直な子供の疑問に答える優しい年長者の微笑だった。
「 独裁者ってのは、 絶対的な権力をもって国や人を支配する人間の事。
あまりいい意味では使われない。悪政を行う悪者の場合が多いね。
残念ながらゴルジェイは外惑星エリアの人達が思うような 英雄 じゃなかったのさ。
彼は自分が興した国で、国民にとんでもない 悪政 を強いた。
暴力と恐怖で人を支配し 悪業 の限りを尽くしたのさ。」
TV画面に再び目を向け、アイザックは表情を引き締めた。