第4章 闇の国の復活

荒野を走るバギーの速度は時速300キロに近づきつつあった。
ハンドルを握るのはサマンサ。
助手席にはシンディ、後部座席にはモカが座っている。ルーフは全開、風を突っ切る轟音の中、運転手は鼻歌交じりでアクセルベタ踏み。同乗者が顔引きつらせ硬直しているのもお構いなしで、道なき道をぶっ飛ばす。
バギー有るまじきスピード維持して突っ走る事小一時間。
一行は荒野の真ん中にある岩場にたどり着いた。

岩場といってもこんもりとした大きな岩が横たわっているだけの小規模なもの。
周りにいくつか小さめの岩が転がっているだけで、特に何の変哲も無い。
「ここ、何?」
フラフラしながらバギーを降りたシンディが力無く呟いた。
「今に解るわ。面白い物が見られるわよ♪」
岩場に佇むサマンサが微笑む。
いつもの冷笑などではなく、楽しそうな陽気な笑みに、シンディは目を丸くした。
(いつもこんな風だったら、怖くないのにな。)
ほんのちょっぴり、そう思った。

「・・・モカ?」

サマンサがもう1人の同乗者に声を掛けた。
モカがぼんやりと地平線を眺めている。心ここに在らずといった様子に、サマンサは眉を曇らせる。
「どうしたの?貴女、最近変よ?」
「・・・え? あ、いえ、そんな。」
我に返って慌てるモカが、ぎこちなく笑って口籠る。
「ひ、久しぶりにサムさんのバギーに乗ったから、驚いちゃって。相変わらずだなー、なんて。」
「・・・。」
どこか痛々しい笑顔だった。
心配そうなサマンサが、ふと空へと目を向ける。

「あら、時間ぴったりね。来たわよ。」

「何が?」
シンディも空を見上げた。
よく晴れ渡っている。地球と違い灰色がかった空の色だが、火星全体を覆っているスモッグのような雲がない。
遙か上空を 航空機 が飛んでいるのが見える。飛行機雲を長く引きながら、まっすぐ空を横切って行く。
その航空機から 小さな光 が飛び出してきた。
光は猛スピードで一直線に、なぜかこっちへ向かってくる。
謎の光を正しく目視した瞬間、シンディは思わず悲鳴を上げた。

きゃーーーっ、人ーーーっっっ!!?」

メタリックシルバーの派手なつなぎが、日差しを浴びてギラギラ光る。
背中にドデカい荷物を背負って真っ逆さまに落ちてくるのは、紛れもなく 人間 だった!
体格からしてどうやら男。彼は際どい高度まで落下し、シンディ達に見守られながらパラシュートを開いて減速した。

 「毎度-! ジ ョ ボ レ ッ ト でーっす!!!

笑顔で大地に降り立ったのは、アフリカ系黒人種の 美形イケメン だった。
頭に被るメタリックシルバーのキャップ。そこには 彼の会社の ロ ゴ がやたら大きくあしらわれている。
会社の名前は JOBO-LET 。
太陽系 最 強 と言われる 宇宙通販 ジョボレット のロゴである。

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 ジョボレット とは、太陽系全域で主に通信販売・配送業務を展開する 総合商社 である。
「お客様のご要望には 何が何でも必ず対応」をモットーに、膨大な数に上る商品を通信販売で提供している。「ジョボレットここで揃わぬものは無い」と多くの人々に言わしめる、非常に便利で優秀な企業だが 地球連邦加盟国では テロ組織支援企業 に位置づけられる。
その理由は ジョボレット の言う「お客様」には 反社会的思考の国や組織・集団 も含まれ、火器・武器類も販売する事。支払い等に問題無ければ、誰でも利用が可能なのだ。
例えば、注文元が「大戦」の 元 凶 と言われる 国 だとしても。
ジョボレットは商品を届ける。
何が何でも、どんな手段を用いたとしても、必ず商品を届けに向かう。
恐ろしい事にそれこそが、太 陽 系 最 強 だと言われる所以で・・・。

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天空から来た ジョボレット配達員 はパラシュートを収納した。
腰ベルトに装着したリモコンのボタンをポンと1回押しただけ。クシャクシャになったパラシュートは一瞬で畳まれ、つなぎの背中に収納された。
背中の大きな荷物を下ろし、シンディ達にニッコリ笑う。
真っ白な歯がやたら眩しい。極上の営業スマイルだった。

「お待たせしました! ご注文のお品です!」
「ありがと。いつも助かるわ。」

モカがマネーカードを渡し、配達員がリーダーに通す。
カード表面が数回閃き、残高を表す数字が点滅した。
「はいっ、お支払い完了です! ありがとうございました♪!」
「ご苦労様。」
サマンサが手渡される受領証のタブレット画面に 手早く「フローラ」と署名する。
シンディが目を丸くした。偽名を使ったのだ。ジョボレットでは支払いさえ無事に終われば偽名での取り引きも黙認される。
「ちょっと危ない取引きだけど、助かってる人もいるんだよ。」
モカがシンディに耳打ちした。

「 内戦状態の国や紛争宙域にも配達してくれるし、大災害が起った場所にも最速で物を届けてくれるの。
救援物資を輸送するなら、連邦政府軍の艦隊よりも早くて確実なんだよ。
あと、受取指定場所の融通も利くの。こんな場所にもちゃんと配達してくれるしね。」
「それでわざわざここに来たの?! 基地まで持って来てもらえばいいじゃない!」
「私達 諜報部隊だよ? 拠点がバレたら大変でしょ?
この前みたいに襲撃されちゃうかもしれないし・・・。」

モカの顔がフッと曇る。
先日の キメラ獣襲撃 を思い出したのだろう。シンディが気遣わしげに声を掛けた。
「モカさん?」
「あ、うぅん、大丈夫。何でもない・・・。」
大丈夫とはほど遠い顔色に、シンディは少し眉根を寄せた。

「それでは、またのご利用お待ちしています。 じゃ♪!」

暗い空気を一掃する 明るく元気な配達員の声。
シンディはハッと何かに気付き、残った荷物を背中に担いで走り出そうとする彼を止めた。

「じ、じゃってアンタ、どこ行く気!?」
「ここから 北北西500km先 で 別のお客様 が待っていらっしゃいますので!」
「まさか 走って 行く気!? 普通に無理でしょそんなの!
だいたいこの辺ってキメラ獣出るのよ?! 盗賊まがいの武装組織もたくさんいるって聞いたわよ!?
バギーに乗ってても危ないって、さっきサムさんから聞いたわ!(ホントは連れ出す前に言って欲しかったけど。)死んじゃったらどーすんのよっ!!?」
「大丈夫です、お嬢さん。」
配達員はニッコリ笑って見せた。
真っ白な歯がとにかく眩しい。至高の営業スマイルだった。

「待っているお客様がいらっしゃる以上!
  ジョボレットは ど こ へ で も 配達するのです!(キラーン☆!!!)」

「・・・。」
シンディは、絶句した。

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「では、失礼します♪!!」

元気良すぎる別れの言葉。それと同時に配達員の スニーカーの踵 が火を噴いた。
小型ジェット・エンジンを取付けてあるようだ。砂塵巻き上げ走り出す彼はまるでミサイルのようだった。
「彼のような『危険地域配達員』は 連邦政府陸軍歩兵 並の 軍事訓練 を積んでいるそうよ。」 
配達員を見送りながら、風に乱れる髪を押さえてサマンサが静かにつぶやいた。

「 強盗目的 で襲われる配達員は後を絶たない。でもそのほとんどが 返り討ち に遭って 土星強制収容所極悪人の墓場に送られるの。
中でも勤続年数が3年を超えると、傭兵チームやテロ組織から勧誘されるほどの 猛者 になる。
でも彼らはなびかない。どんなに好条件でも、どんなに高収入を約束されても絶対に配達員を止めないの。・・・何でだかわかる?」
「さぁ・・・?」
「『お客様の 笑顔 が この配達を待っているから(キラーン☆!!)。』、だ そうよ。」
「それ、ジョボレットのテレビCMで言ってるよね・・・。」

そうこう言ってる内に、ジョボレットの美形イケメン配達員は地平線の彼方へ消えていった。
後で聞いた話では、彼の勤続年数は8年強。
間違いなく 猛 者  だった。

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